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人間世界 初夏②

「ねえ、コガはさ、加賀さんが好きなの?」


意味が呑み込めず、一瞬反応が出遅れた。


理解した途端、「はあああぁ?」と腹の底から声が出た。


始礼までには時間があり、教室に人は疎らだった。当の妖奈はまだ来ていない。俺はやたらと登校が早い富澤と、雑談をして朝のひと時を過ごしていた。


「えっ、なに唐突に。なんでそう思うわけ?」


普段はのんびり屋だからこそ、富澤に核心に近い部分を突かれると不意打ちされたような気分になる。


「誤魔化すことないじゃん。正直言って分かりやすいよ」

「誤魔化すとかそういうことは置いといて。どこ見て好きだと思ったのさ」

「だってコガさぁ、よく加賀さんのこと見てるでしょ」


ひとまず胸を撫で下ろす。妖怪的な違和感に勘付かれたわけではなさそうだ。


事あるごとに彼女を目で追っていることに自覚はあった。しかし好意からの行動ではなく、強いて言うならば妖怪のよしみだった。同じ境遇にいる異端者同士、やはり何かにつけて気になってしまう。


「それにさ、違うんだよね」フラッシュが弾けるように、脳裏に微笑む妖奈が照射される。「あの子は、もっとかっこよくて、強い人が好きなんだ」


無意識に口にした言葉。それがいかにとんでもないものだったか、気付いたときには遅かった。

富澤は口をぱかっと開け、好奇心にみるみる瞳が輝きだした。


「あの子って? 加賀さんに? 好きな人?」

「あっ、違う! 違うの」

「超意外! 誰? 何で知ってんの?」

「ちょっと待って。一回聞いて」


富澤を落ち着かせるためひと呼吸置く。ついでに俺自身の頭の中も整理する。


「俺が言いたかったのは」慎重に言葉を選ぶ。「彼女は理想が高いんじゃないかなぁっていう妄想」

「妄想?」

「そう。だってお高い感じしない?」

「あー……」


とっさに捻り出した出鱈目にもかかわらず、富澤はあっさりと言いくるめられた。それでこの話題は収束し、発展しないまま鎮火したのだ。


しかし火種は完全に処理しない限り、知らないところで燻り続け、いつかどこかで発火する。


つまり人というものは、必ずどこかで見ているものなのだ。


神社への階段を登っていくと、鳥居に妖奈が寄り掛かっているのが見えた。目をつむり、腕を組んでいる。前を通り過ぎようとしたとき


「四時間目の始まる前にね」


妖奈が口を開いた。


「滅多にそんなことないのに、私に話しかけてきた子がいたわけよ。加賀さん、好きな人がいるの? って」うっすらと開いた目で俺を見る。「なんでかなぁ」


このとき朝の出来事など、俺はすっかり忘れていた。しかし遠まわしな責任追及によってじわじわと記憶が戻ってくる。


「うーん、どっかで勘違いしたんじゃない?」

「戸神くんが言ってたってよ」


富澤が本人を前に、そんな不躾な質問をぶつけるはずがない。おそらく誰かに会話を聞かれたのだ。

目を泳がせる俺に、妖奈は聞こえよがしに溜息をついた。


「たく、人をあばずれ扱いして。何を根拠にそう思ったの」

「ははっ、本当だね。ひどいもんだ」

「聞いてんの」

「……」

「なんでそんなこと言ったの」


俺は親に叱られている子供のように、小さくなって白状した。百鬼夜行を見ているときに彼女に対して何を思ったか。そして視線の先にいた鬼の面。だから――


「だから俺てっきり、鬼みたいな人が好みなんじゃないかと……」


言いながら自分でも恥ずかしくなってきた。

彼女の顔を直視できない。

俺はきっととんでもない思い違いをしていたのだ。憶測は口に出すものではない。


さっさと鼻であしらうなり、罵倒するなりして否定してほしい。


しかしそんな願いとは裏腹に、妖奈に信じられないことが起こっていた。


全身を強張らせ、茹蛸のようになっていたのだ。いつもは伏している目を極限にまで見開いて、冷や汗すら滲ませている。


「あんた何考えてんの」無駄に声を張り上げるせいで、しどろもどろになっていた。「ち、違う。違うんだから!」

「う、うん。そうだよね。鬼とはなんの関係もないし。別になんとも思ってない。それでいいんだよね。ね?」

「それも違う。思ってないこともない」


なんでそこで否定をするんだろう。

俺は内心頭を抱える。どちらにも利がないこの話題を終わらせるチャンスだったのに。


「確かに、かっこいい。すごく……すごく尊敬してる。けど好きとか、それは絶対違う! そんなの厚かましいし……。私は断じて、師匠のこと、その……」

「師匠? 鬼のこと?」


地雷を踏んだと気付いたときには遅すぎた。目にも留まらぬ速さで間合いを詰められ、あっという間に景色が反転した。青い夏空に、顔面に向かって思い切り踏み下ろされてくる妖奈の足。地面に打ち付けた背中が軋んでいたが、それでもかろうじてショルダーバッグで足を受け止める。


「このっ、狸がぁ。皮剥いで煮て焼いてやるっ……!」


物凄い力でバッグを踏みにじりつつ、食いしばった歯の間から恨み節を吐く。彼女は真っ赤になりすぎて、内側から爆発しそうだった。怒りのせいで目が潤んでいた。

ただその様子を珍しがる余裕は俺にもなかった。バッグを支える両腕がぶるぶる震え、少しずつ力負けしているのが分かったのだ。


『いい加減にしなさいよ』


不意に女性の声に割って入られて、俺と妖奈の動きが止まる。

いつからそこにいたのか、火の玉が俺たちの頭上で揺れていた。


妖奈は急に夢から覚めたような表情になってバッグから足をどけた。しかし瞬時に憤怒の形相になると俺を睨み付け、足早に神社の裏手へ去っていく。


俺は半身を起こしてぽかんとした。火の玉も戸惑っているのか、探るようにゆっくりと俺のところに降りてきた。


『女の子、泣かしちゃダメでしょうが』


○○○


翌朝、日迎鳥の「すすり泣く」墓場で俺は妖奈に謝った。しかし


「なんのこと」


険悪な青い目で一蹴された。なかったことにするつもりらしい。

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