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妖怪世界 春②

休日の後半は獣に変化して過ごすことにした。

狸に蟇蛙に猫又。俺たち三体には変化可能な動物妖怪という共通点があり、それゆえに気が合っているのだ。


二回りも体が縮み、すばしこくなった俺たちはどこへでも行けた。


市街地から外れて少し行くと、小国を囲む高い石垣の壁に突き当たる。新緑を繁らせている一本の広葉樹を足掛かりにすることで、壁をよじ登れることを俺たちは知っていた。


夜の世界に新緑の葉が繁ることに、違和感を覚える者もいるだろう。

確かに太陽の恩恵を受けることのない妖怪世界に、四季があるのは奇妙なことだ。

しかし世界創造の際にそういった移ろいのシステムも組み入れられたらしい。そのため繁茂し、枯れていく営みも不自然に繰り広げられている。


壁の終着点には、開け放された巨大な木戸がある。ちなみにおよそ五十年前の戦争以来、閉じられたことはないらしい。


壁の外は延々と荒涼とした野原で、向こうには山脈が黒々としていた。野原には畦のような盛り上がった土の道が走っていて、轍の跡を付けながら多くの荷車が(それを引く牛や馬は一つ目であったり毛並みが赤かったりと、やたらと種類に富んで目を楽しませる)通っていく。


小国の子供たちは、この木戸には近寄ってはいけないと大人たちから言い含められている。交通量が激しく様々な妖怪が行き交うため危険だということだった。

しかし禁止されていることでむしろ湧き上がる好奇心と、他国との交流風景を見たいがために、俺たちは寺子屋時代からしばしば言いつけを破っていた。


変化した俺たち動物妖怪三体は、気付かれないように壁の上を素早く移動した。蟇蛙である緑は俺の背中にへばり付き、半身を乗り出して壁の下の動きを伺っていた。木戸に着くと、すぐ傍らにある木戸番小屋の瓦屋根の上で身を低くする。ここが俺たちの指定席だ。


緑が木戸を通り抜けていく荷車を小声で解説していく。あの馬はどこの小国で、この荷車には何が積まれているかなど。かつては単なるいじられ担当の蛙だったが、旅籠に奉公することでそういった知識の豊富さは一目置けるほどになっていた。


「車に載せずに直接背負ってる荷があるでしょう」


牛馬に加え、巨大な荷物を背負った入道も目に付いて多い。誰もが頭を刈り上げ破戒僧のようなぼろぼろの着物を纏い、やたらと恰幅がいい。


「あれは反人派に向かうんだ」


と緑が言った。


「反人派」とは山脈の向こうに住む、人間化に反論を唱える一派である。

人間との関わり方が穏健な、俺たち「親人派」とは対立思想を持つ妖怪たちだ。

俺たちが生まれる前、親人派と反人派は今後の妖怪のあり方を巡って対立し、大規模な戦争を起こしたのだそうだ。

結局妖怪世界の創造に際して停戦状態になり、以来表面上は沈静化している。


そして反人派の存在こそ、俺たちの小国が親人派諸国第三の国にのしあがることができた理由である。


反人派諸国では人間世界との接触が認められていない。


もちろんそれでも、妖怪世界には生活していくに事足りるだけの資源はある。しかし例えばシステマチックに成長している妖怪世界の食べ物よりも、日光を浴びた人間世界の食べ物のほうがずっとおいしく感じられる。


「ない」と設定されているもの――電子機器や武器等――は妖怪世界では、持ち込まれた瞬間に土に戻ってしまう。そういった制限があるにしても、人間世界からの輸入品は妖怪世界でも広く一般的に流通している。そして親人派商人が仕入れた輸入品を、反人派に流すのが山脈にほど近い小国の役目であり、この交易で多くの利益を上げているのだ。


山脈はどこまでも深く、槍の切っ先のような鋭い稜線の連なりが空に走った亀裂のようだ。


二派の防波堤でもある山脈は、この期に及んで未開である。

だから地形の入り組んだ山道に馬や牛は入れず、入道が直接荷を背負って行商するのだ。


ちなみに小国が繁栄した要因はいわゆる「二本柱」と言われ、一本が「交易」、もう一本は「防衛」である。

地理的に反人派諸国に近いため、軍事力が集中しているのだ。中央官庁を抱えた首都機能を持つ第一の小国を抑え、親人派小国でトップである。


○○○


屋根の上で俺たちはまったりとした時間を過ごし、日迎鳥が鳴く頃に撤退した。


本当は寺子屋を卒業したあとは自己責任なので、木戸の辺りでうろついても咎められる筋合いはない。しかし「秘密の遊び」という甘美な響きが何よりも肝心で、俺たちが熱中する理由もそこにあった。そして自覚もあったので、誰もその事実を言い出さない。


来た道を遡り、民家が増えてくると俺たちは変化を解いた。


夜道を商店街に向かって歩く。


遠くで笑うような日迎鳥の声が聞こえた。もう少しすれば他の鳥も呼応して、鳴き声が一気に膨らんでいくだろう。


商店街にはまだ活気があった。夕餉前の書き入れ時で、呼子の声にも熱がこもる。

青鷺の火が日迎鳥の鳴き声に驚いたのか、集団で空を横切って行った。


道行く異形と呼子たちの向こうに、見知った顔を見つけて思わず足を止める。


「怪斗?」

「ちょっとごめん」


緑と穂室に言い置いて足を速める。半ばぶつかるように通行人を掻き分け、その姿を探す。何かおかしいものを見た気がした。幻だとしても首を傾げたくなるような。


しかし、妖奈はそこにいた。


青く光る髪に、白い古風な着物。

こちらに背を向け、俺に気付く様子もなくゆったりと歩いている。

大きな荷物を抱えているようで、肩口から紙袋が覗いている。

かすかに見える横顔は――


ふんわりと笑っていた。


目尻が下がり、口角が緩く上がっている。時折口を動かしては楽しそうに肩を震わせる。


普段見せるような取っ付きにくさはなく、年相応の少女の柔らかみがあった。


彼女の視線はただ一人、隣にいる人物だけに向けられていた。


背の高い黒髪の男。


肩から分厚い真っ黒な外套を羽織っているため、細かな全身のつくりは分からない。しかしちらりと妖奈を見た横顔――髪がかかっているため部分的にしか見えなかったが、白い肌に華奢な輪郭、通った鼻筋が確認できた――は、男が相当にきれいな顔立ちをしていることを予感させた。


「あの子、知り合いなの?」追いついてきた緑が聞く。

「俺と組んでる出張生」

「うそぉ!」いじられ担当の蟇蛙が目をむいた。「すっごく可愛いじゃん」

「あんたから聞いてた印象とは違うなぁ」


穂室も言った。


緑と穂室にも見えている以上、それは現実にある光景だ。


それでもやはり信じがたい。妖奈が他人のために見せる笑顔など、何百年寿命があったとしてもお目にかかれるものではないと思っていた。


しかしそこにいた雪女は、心底安心しきって、微笑みを浮かべるのだった。

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