目覚めたくなかった
これくらいなら、多分大丈夫だと思うのですが、ちょっとエロい?
ゆっくりと意識が覚醒していく。
緩んだ頭は、いつもより遥かに心地好い布団を疑問にも思わず、更に眠るよう促してくる。
昨日は、あまり眠れなかったからもう少しだけ寝ようと決めて、布団に潜り込む。
暖かい枕に頬を擦り寄せれば、いい香りがしてくる。
うっとりと匂いを嗅いでいると、私の頭を撫でる感触がした。
「………母、さん?もう少しだ、け」
そう呟いた私の体から、暖かな掛け布団が剥ぎ取られ、一気に寒くなり、暖かな枕にしがみつく。
………暖かな、枕?
さすがに不思議に思う。
そういえば、いくらなんでも布団が柔らかすぎるような。
大体、私はいつ眠りについたんだっけ?
つらつらと未だにぼんやりとした頭で考える。
確か、昨日は食堂で働いていて、騎士様達が現れて!?
まさか、今居るのは、お城のベット!
ようやくそう思い至り、回りはじめた頭の中では逃げなきゃという言葉だけがぐるぐると駆け巡る。
逃げなきゃという思いは、無意識の内に暖かな枕---と信じたい---から離れ背を向け距離をとるように促す。
逆らわずそれに従えば、
「起きたの?姉さん」
えっ!?
頭の上から聞こえたのは、くすりと笑みを孕んだ低めの甘い声。
私を姉さんなんて呼ぶ人物は、たった一人彼方しか思い当たらない。
こっちでは、私は一人娘だったし。
でも、まさか、そんな筈は。
彼方まで、この世界に生まれ変わったの!?
さぁと全身から血の気が引き、この訳の分からない状況を全てほうり投げて再び布団に潜り込み心地好い夢の世界に逃げ込みたくなる。
「ひゃっ!?」
「考えごと?ねぇ、いい加減僕を見てくれないかな、姉さん。久しぶりに姉さんの温もりを味わえるのは嬉しいけど」
怖くて顔を上げられずにいた私の体を、細くともしっかりと筋肉のついた男の人の腕が包み込み、背中に温もりが当たる。
待って。
何だか、やけにダイレクトに温もりを感じる気がする。
恐る恐る体を見れば、私は一糸纏わぬ姿だった。
更に体を包み込む腕にも背中に当たる感触も、服を纏っている感じではない。
まさか、は、裸同士で私は抱き着かれている訳?
慌てシーツか何かを巻き付け体を隠そうとするが、未だに体を包み込む腕は緩くとも私を離そうとはしない。
どうしたらいいのか分からず、ただ逃れたい一心でジタバタともがく。
「ねぇ、姉さん。こっちを向いてくれる?そしたら、はなしてあげるから」
少し焦れたような声にピタリと動きを止め、進まない気持ちを抑えてノロノロと向きを変え、上を見上げる。
見上げてみれば、それはそれは麗しい金髪に被われた顔がぱあっと嬉しそうに笑い、深海のように深い蒼色の瞳が細められる。
「か、彼方?」
悲鳴を何とか飲み込み、恐る恐る尋ねる。
答えなんて分かっていても、一縷の望みに賭けてそう問わずにはいられなかった。
そう、例え彼が色彩を除けば、彼方が成長すればこうなったんだろうという美麗な顔をしていても。
私を姉さんと呼んだとしても。
けれど、私の望みは彼の艶やかな声で打ち砕かれる。
「そうだよ。あぁ、やっと姉さんに名前を呼んで貰えた」
彼は、彼方は否定どころか肯定し、私の体をぎゅっと強く強く抱きしめる。
息が出来ず、苦しくて苦しくてパクパクと喘ぎ、目に涙を浮かべた私にようやく気づいた彼方が力を緩める。
それに合わせて、必死に呼吸する。
新鮮な酸素を必死に取り入れていれば、ペロリと彼方は私の涙を舐めとる。
そればかりか私が固まったのをいい事に彼方は、私に口づけた。
「姉さんは、甘いね。本当は、もっと味わいたいけど、まずは食事にしようか。約束は守らなきゃね」
それだけをわざわざ耳元で囁くと、彼方はやっと私の体を解放してくれた。
茫然と目だけで彼方を追えば、予想通り彼方の一糸纏わぬ姿が目に入ってしまい慌てて目を逸らす。
くすくすと笑いながら、彼方は部屋の椅子に置いてあった服を身につける。
「姉さんの服もここに置いてあるから、早く着替えておいで。それとも、着せてあげようか?」
彼方の声に血の気の引いていた頬が一気に赤くなる。
くすくすと実に楽しそうな笑い声を残して、彼方はようやく部屋から出ていった。
やっと手に入れた小鳥。
世界は、ようやく色を取り戻した。