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鳥かごの小鳥  作者: 春秋
1/4

捕われる

リハビリを兼ねて書きました。

私の作品としては、いささか系統が違います。

狂愛な描写がそのうち書かれますので、お気を付け下さい。

「ユーリ、これとこれ!」

「はいは~い!」

出来上がったばかりの熱々の料理からは、すきっ腹を刺激するいい香りが湯気とともに立ち上がっている。

父さんと母さんが作った自慢の料理をつまみ食いしたい気持ちを抑えて、パタパタと足早にけれど埃を立てずにお客様の所まで運ぶ。


「お待たせしました!野菜炒めとカッナの香草焼きです。あっ、こっちのお皿はお下げしていいですか?」

「ユーリちゃん、こっちにリタハ酒三人分追加ね」

「は~い!」




パタパタと空腹も忘れて走り回っていれば、あっという間に閉店時間となる。

食堂の掃除をして、明かりを落とせば、無事の仕事はおしまいだ。




「疲れた~」

食堂の2階にある自分のベッドにぱたんと倒れ込む。

母さんの賄いを食べてくぅくぅと空腹を訴えていたお腹も今は満ち足りていて、疲れきった体は眠るよう促す。

けれど、私は中々寝付けない。

たまに、体がどんなに疲れきっていても私は寝付けなくなる時がある。

そんな時、思い出すのは前世のこと。



そう、私にはいわゆる前世の記憶がある。

もちろん、誰にも話したことはないけれど。




私は、前世ここ、カルトナ国とは違う世界、地球の日本に住んでいた。

そこでの名は、唐島優璃。

それなりに裕福な家庭に生まれたけれど、それに比例するように両親は仕事に忙しくて中々一緒に過ごすことは出来なかった。

両親が、私を愛してくれることは知っていたけど。

それでも、寂しさを拭い去ることは出来なかった。

それが変わったのは、私が5歳の時。

私に、弟が出来たのだ。

平凡な容姿の私とは違い、綺麗な漆黒の髪と瞳を持った弟は実に可愛らしかった。

お母さんは、弟が生まれる前後に約1年の休暇を取ったから一緒に過ごせることも嬉しかった。

お母さんが仕事に戻ってからは、私は出来る限り弟---彼方の世話を見ようと頑張った。

まぁ、小さな私に出来ることは少なかったのだけれど。

それでも、毎日飽きることなく彼方を見ていたし、彼方が最初に名前を呼んだのが私だったのは嬉しかった。

さて、可愛い可愛い彼方だったが、天は彼に二物も三物も与えていたことが成長していく中で判明した。

まずは、容姿。

生まれた時から可愛らしい顔立ちだったが、成長してからは更に可愛らしく、そして格好よくなっていった。

優しげな少女めいた顔立ちに、すらりとした体はまだ幼さが残っていてそれが庇護欲を掻き立てさせた。

耳に心地好いやや高めのの声で名前を呼ばれれば、誰も彼もがあっさりと陥落していった。

将来が楽しみだと、誰もが賛辞した。


それから、頭脳と運動神経。

幼かった彼方は、私に良く懐いていて宿題をしようとすれば、横に張り付いていた。

始めの頃は可愛らしいと思っていたのだが、ある日彼方に間違いを指摘された日には冗談抜きで腰が抜けた。

何せ、まだ幼稚園にも入って居なかった彼方が小学校の問題を解いたのだ。

元々、賢い子だとは思っていたのだが、比較対象がなかった故にどれ程の者なのか分かっていなかった。

両親が彼方に会うのも、大抵は夜遅く寝ている時だったから気付かなかったのだろう。

それから、みるみる間に彼方は知識を吸収し、あっという間に天才の称号を手に入れた。

幼い彼方であったが、彼に敵う相手など大人の中にさえあまり居なかった。

それだけ優れていれば、要らぬ嫉妬や憎しみも買うものだが、彼方は天使の様に愛らしい容姿や巧みな言葉を上手く使いむやみやたらに恨まれるような下手な真似はしなかった。

彼に人を引き付けるカリスマ性が、存分に備わっていたせいもあったのだろうが。




正直に言おう。私は、彼方に嫉妬したし、憎んだりもした。

けれど、やっぱり彼方は弟なのだ。

誰よりも可愛い私の唯一の。

誰にも一線を引いていた彼方が、自分にだけは甘えてくれるのを知っていてなお、彼を憎めるはずなかった。

散々悩んだりもしたが、最終的に優秀な弟を誇らしく思えるまでになった。




と、当時はそう思っていた。

確かに大部分は、そうだった。

けれど、情けない事にあの頃の私は幼い彼方に少し依存してる部分もあったのだと今は思う。

誰も彼もが彼方しかみておらず、私はないもの扱い若しくは、彼方に近付くための道具としか見られていなかった。

そんな中で、彼方だけが私を見てくれたから、彼の中に私の居るべき場所を見出だしていたのだ。




彼方には、申し訳なかったと思う。

純粋に姉として慕ってくれた彼の思いを利用していたのだから。

私が居なくなってから、彼はどうなったのだろうか。

幸せになっていればいいのだけど。

今、この世界でユーリとなって彼方から離れた事で、私は純粋に彼方の幸せを祈ることが出来た。




つらつらと彼方との日々を思い出している内に、やがて私が優璃として生きていた最後の日に思い至る。




あの日は、実に気持ちのいい晴れた過ごしやすい休日だった。

彼方と二人だけで、ぬるま湯に浸かるような穏やかな時間だった。

モテる彼方が羨ましくて、高校生になっても彼氏が出来ないことを嘆いていた気がする。

小学生に愚痴る高校生は、みっともなかったかも。

それでも、愚痴る私に彼方は優しかった。

「姉さんの魅力に気付いてない男に見る目がないんだよ。僕が姉さんと同い年だったら、絶対付き合うのに」

と、まじまじと私を見て真剣に言う彼方が可愛い過ぎて思わず彼に抱き着いてしまったものだ。

どれだけ優れていても、彼方はまだ小学生にしか過ぎず、抱きしめた体は小さかった。

あの温もりは、今もこの腕に懐かしさと共に蘇る。

彼方もぎゅっと私を抱きしめてくれた。

まだ、小さい彼方だから腕が回りきらず、抱き着くという方が近かったけれど。

しばらくして、腕を離した後も彼方は私から離れなかった。

それからしばらく、私の膝の上で私には全く分からない物理の本を読む彼方の髪を弄りながら時間を過ごした。

彼方は、わりとスキンシップを好む所があって、家にいる時は大抵私の近くにいた。

時々だけど、夜一緒に眠ることもあった。

そんな彼方の子供らしい所が実に可愛いくて、ついつい私も甘やかしてしまった。


そんなよくある一日を過ごして、もう少ししたら寝ようかとなったとき、彼方は一緒に寝ようとねだってきた。

二つ返事で了承した私に彼方が差し出したのは、甘いミルクティー。

器用にそつなくなんでもこなす彼方だが、唯一何故か料理だけは苦手だった。

だけど、変わりにというか紅茶を煎れるのは上手くて、彼方の紅茶は私の好物の一つだった。

飲み干したそれは、いつもとはほんの少しだけ違う気がしたけれど、いつも通り美味しくてすぐに忘れた。

それから、私のベットで二人仲良く眠った。




そして、気がつけば私はユーリと呼ばれていた。

私に持病はなく、健康体だったはずで何故そうなったのか分からずしばらくは途方にくれた。

けれど、私を父さんと母さんが可愛がってくれたから、優璃が死んだことをなんとか受け入れ、この世界で生きようと思えるようになった。

それでも、まだ小さかった頃は、眠ったらまた知らない間に死んでしまうのではないかと怖くて中々眠れずよく泣いた。

その度に両親は私を抱きしめ慰めてくれた。

前世では、縁遠かった両親の愛を一身に受けれたのは、幸せなことだったと思う。




だから、将来は沢山の孫を二人に見せて、前世の両親に孝行出来なかった分も含めて返そうと決めている。


そこまで思って、ようやく私は寝付くことが出来た。





翌朝、日が昇るのと同時に起きた私は眠い目をこすりこすり着替えと洗面をすまし、一階にある食堂の外に出る。

ほうきとちり取りで前の道路を掃除し、花壇に水やりをすればようやく目が覚める。

昨日、中々寝付けなかったせいで体は少し怠いが、それを振り払うように体を動かす。

ふと、顔を上げた私の目に映るのは朝もやに浮かぶように存在するお城。

城下街であるこの街の何処からも見れる美麗なそのお城が、私には気になって仕方がなかった。

なんといえば、いいのだろうか。

小さな頃から無意識にお城を見上げるのだが、何だかお城が怖くて仕方がないのだ。

私のような平民を気に止めるはずないのに、いつかあそこに捕われるのではないかと思ってしまう。

自意識過剰だと笑ってしまうのだが、どうしてもそんな思いが拭い去れない。





「ユーリちゃん、追加!ミレハのスープとカリトの炒めもの!」

「分かりました!母さん、ミレハのスープとカリトの炒めもの追加!」

「はいよ!サハニの炒めもの頼むよ!」

思い悩む事も朝の喧騒と共に消えていく。

というか悩む暇があれば、仕事をしなければ終わらない。

両親と私の三人で切り盛りする食堂は、安くて美味しいとご近所に中々評判で毎日が忙しいのだから。

くるくると目の回るような毎日だけど、こんな暖かな毎日が続くのだと私は疑い無く信じていた。


そう、食堂のドアから騎士様達が入ってくるまでは。



バタンと勢いよく開いたドアに向かって、いらっしゃいと告げようとした私は凍り付いたように固まった。

店のお客様も皆私同様に固まる。

ドアを開けて入ってきたのは、この食堂に不釣り合いなこの国の騎士様。

キラキラと銀色に輝く鎧と青いマントを身につけた見目麗しい三人の騎士様は、カツカツと私に近付いてくる。

そして、私の前に膝まづいた彼等はあろうことか私を姫と呼んだ。

一番前にいた紺色の髪の私の記憶が正しければ騎士団団長のクラウリス様が、恭しく私を見上げ口を開く。



「姫、お待たせしました。不埒な輩共から身を守るためとはいえ、ご苦労をおかけし申し訳ありませんでした。ようやく全てが片付きました故にお迎えに上がりました」


何のことなのか分からず、私はただ途方にくれる。

私に、恐れ多くも騎士団長に姫呼ばわりされる筋合いなどなく、言われた言葉に思い当たることなど一つもない。

しんと、静まり返った食堂にごくりと唾を飲み込んだ音がやけに大きく響き渡る。

震える声で私は、クラウリス様に答えた。

「な、何かの間違いではないでしょうか?わ、私はただの平民です!」

震える私を憐れみのまじった瞳でクラウリス様は見ながら、私の言葉を否定する。

「いいえ、ユーリ姫。私達は間違いなく貴方様をお迎えにきたのです。さぁ、詳しくは城で話しましょう」

それだけ告げると、クラウリス様は私を軽々と所謂お姫様抱っこすると颯爽と食堂から立ち去った。

固まったまま、クラウリス様の肩越しに見たのは、青ざめた両親の顔。

あぁ、もう二度と帰ってこれないのだと、それだけは何故か確信できた。





クラウリス様他2名の騎士様達は、豪奢な馬車に私を入れると何も説明のないままにお城に連れて行った。

お城に着くと再びクラウリス様に抱き上げられ、湯殿に待ち受けていた女官達に手渡された。

手早く私の服を脱がし、体中を洗われたかと思えば、袖を通すのが恐ろしい上等なドレスを着せられた。

そして、再び待ち受けていたクラウリス様に抱き上げられ、城の中を進んでいく。

誰に尋ねても何も答えてくれず、ただ混乱して途方にくれる事しか私には出来なかった。

クラウリス様に下ろしてくれるように頼んでも首を振られるだけだった。





ようやくクラウリス様が足を止めたのは、扉の隅々にまで細工の施された一目で高価だと分かる扉の前。

扉の前にいた二人の衛兵にクラウリス様が声をかけると、おともなく扉が開いた。

その扉が私には地獄の扉に見え、怖くて怖くてただクラウリス様の服を握り締めることしか出来なかった。




クラウリス様は、無情にも私を部屋の中程まで運ぶとふかふかのクッションがおかれた華奢な椅子に私を降ろした。

そして、小さく「すまない」と謝れるとその意味を問う間もなく、クラウリス様は扉の外に姿を消してしまった。

カチャンと音がして、私はようやく部屋に閉じ込められたのだと気が付いた。

訳が分からず、逃げ道を探して部屋を見渡せばやけにその部屋が私好みである事に回らない頭でようやく気が付いた。

けれど、理由を知るよりも逃げ出す事を先決して、バルコニーに繋がる大きな硝子で出来たドアを開ける。

街が下に見え、さほど街から離れていない事に安堵しながら、逃げ出せないかと下を覗き込もうとした。

けれど、何もないはずなのにバルコニーのてすりから外に体を乗り出す事が出来なかった。

まるで透明な壁があるかのように、私と外は隔てられていた。

茫然とする私に、くつくつと笑い声が届く。

びくりと身体が震え、妙に懐かしい声に振り返ることも出来なかった。

振り返ってしまえば、永遠にここから逃れられないと分かってしまったから。




一向に振り返らない怯えた私を笑い声の主が、後ろから抱きしめる。

耳元で低めの甘い声は、確かに私を「姉さん」と呼んだ。


強すぎる愛着心と執着は、やがて愛しい人に死をもたらした。

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