舟唄
杜若という神は旅を司っていて、遣いを連れるとき、連れないときとあれど、旅を繰り返している。いつも違うところを訪れているつもりでも、何百年と生きるうちに、同じところに帰ってくることもある。
一人で東国の渓谷を訪れたときであった。そこでは川の上下に舟が置かれ、小銭を払うと乗ることができる。
杜若はやはりどこかの土産として買った財布から運賃を払う。渓谷、渓流など、この国にはありふれているが、地域、季節によって、水の匂いや岩の質感、生えている草木の様子が違うのはおもしろい。
船頭は男一人の客を不思議に思いながらも、仕事として漕ぎ出した。更に不思議なことには、決まりでは数人の客が集まってからまとめて乗せることになっているのに、誰がそう提案したわけでもなく、一人だけを乗せて出発することになってしまった。
すべて、杜若の思惑である。杜若は旅を好みつつも、他の客と騒ぎあうことを嫌う。すぐに別れ、いずれ先立たれる人間に、気を遣ったり、あるいは現を抜かしたりすることが情けないからである。
下流から小舟は漕ぎ出す。古臭い木製の櫂が船頭の腕により、ともすればぜんまい仕掛けのからくりのようにひっくり返りながら、水を掻いている。坂に沿って流れる水に逆らって、ゆっくりと川を上る。
力仕事の中、船頭が歌いだした。
歌を再現するかのように、景色は進んでいく。
〈大岩は雨に打たれど動かずに〉
切り立った崖に大きな岩が見える。
〈先に見ゆるは萩の花。春に咲かざる、悩むるや〉
崖の上に遠く、小さく連なる赤い花木がある。
〈寄りまほしきと子らの言ふ〉
上流から別の小舟が下ってくる。
船頭の歌は古びた長歌で、今まで口承されていることに驚かれる。きっとすれ違う舟の客は、知りもしない形式である。
〈手に届かぬは等しきと、〉
神である杜若さえも、舟に揺られていてはも手に取れない。この感覚を昔にも思ったことがある。
〈男の手、川底の石、玉藻刈る少女の襟に〉
杜若は、在りし日を思い出した。そして口を開く。
『別るる人のふるさとを』
杜若が共に歌った声は水の音にかき消され、船頭には聞こえなかった。
もと、この長歌をこの渓流に授けたのが杜若であったことも船頭たちは知らないままで、杜若もまた、次の旅に出るときにはこの歌を忘れてしまった。
〈しらさぎの飛ぶ羽音に水面立ち〉
誰も生まれを知らない舟唄は渓流と共に歌われ続ける。




