表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/50

幽燈殿

宵の帳が深まるにつれ、後宮に香の煙が揺れ、紫煙の宴はなおも優雅な熱を帯びていた。絢爛たる衣を纏った妃たちが、笑みの裏にそれぞれの企みと警戒心を滲ませながら言葉を交わす。


その中央、皇太后に近い上座に座すのは、漆黒と紫の重ね衣を纏い、金細工の簪を揺らす女――高妃。


その美貌には気品があり、微笑むその唇からは一音一音が刃のように滑り出る。


「そういえば…皆様。最近、幽燈殿の近くで、妙な火の光を見たという噂を耳にしましたの。…まさか、あの場所を訪れた者など、おりませんわよね?」


唐突な一言に、場の空気が凍りついた。


「ゆ、幽燈殿…?」


「そ、それは…不敬ですわ、高妃様。幽燈殿は禁足の地…決して近づいては…!」


「何者かが、あの封印の前に立った形跡がある、と内衛が言っておりましたのよ」


「そ、そんな…」


妃たちは次々に顔を強ばらせ、目を伏せ、息を呑む。


高妃はその様子を楽しむように、扇で口元を隠しながら、あえてさらりと続けた。


「ですが、心配には及びません。幽燈殿には強い結界が張られております。……そう、冥月之書を封じるためのものですもの」


――冥月之書。


その名を耳にした瞬間、誰も気づかぬ場所で、わずかに風がざわめいた。


屋根の上。宴を見下ろすように、月明かりの下に黒い影が身を伏せていた。ふわりと尻尾が揺れ、黄金の瞳が鋭く細められる。


(冥月之書…あの女、やはり何かを知っている)


猫の姿の怜綾は、鋭敏な聴力を研ぎ澄ませながら、宴の中に交わされる全ての言葉を拾っていた。


(あの語り口…探りではない。警告か…それとも――威嚇…?)


高妃の声は、あくまで穏やかでありながら、確かな棘を含んでいた。彼女は「知っている」と、ただそれを妃たちに向けて静かに示したのだ。


その下では、茗渓がひときわ強張った表情で座している。怜綾はその姿を見つめながら、静かに考えた。


(幽燈殿が再び口にされる日が来るとはな…何が起こる――いや、何を仕掛けようとしている…?)


彼の毛並みを揺らす夜風が、月の光をはらみながら、今宵の不穏な予感を運び込んでいた。


月明かりが庭園の石畳を淡く照らす頃、茗渓は怜綾と二人、静かな離れの縁側に座っていた。


「私たちは注意しなければならない。高妃がなぜ幽燈殿の話を宴の席で持ち出したのか……それにはきっと狙いがある」


茗渓はそっと怜綾の手を握り、励ますように言った。


「怜綾、怖がらないで。あなたがいてくれるから、私は強くなれる」


怜綾は少し照れたように笑い、夜風に揺れる茗渓の髪を指でかきあげる。


「心配ない。君と一緒ならどんな暗闇も怖くない」


その言葉が二人の間に温かな絆を灯した。幽燈殿の謎は深まるばかりだが、二人は確かに手を取り合い、これからの困難に立ち向かう決意を新たにしたのだった。


しかし、その背後では、高妃の影が静かに忍び寄っていた。

「やっと、時が来たようね」彼女は冷たく微笑みながら、ゆっくりと幽燈殿の鍵を握り直した。

この動きが、さらなる波乱の幕開けとなることを、まだ誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ