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苦手な方はご注意ください。

【短編】え?誰が王子の味方なんて言いました?

「ブランディーヌ・ルロワ、君には心底失望したよ。フィオナに対して暴言、事故に見せかけて怪我をさせる、私物を隠す壊すなどの陰湿な嫌がらせの数々。到底、次期王妃とは思えない所業だ。よって今日ここで貴様との婚約破棄を言い渡す!」


 断罪されているのは、黒髪で赤い目をした美女だった。確かに猫目で、ちょっとキツそうな顔立ちだが、実際笑うと可愛かった。

 今そんな状態じゃないけど。


「お待ちください、アルナルド殿下。私は──」

「黙れ、お前の言い訳など聞きたくもない。アレックス、ルイージ、ギルバード、彼女はこの卒業パーティーにはふさわしくない。摘み出せ」

「はい」

「分かりました」

()()()

「「「え!?」」」


 そこまで大きな声ではなかったけれど、腹から出した声はパーティー会場内に届き、オーケストラの彼らも思わず指揮棒を止めてしまうほどだった。

 まあ、それは別にいい。

 茶番はここまでだ。


「今回の一件を()なりに調べた結果、()はブランディーヌ様を擁護します」

「え……、オルフィーノ? どうしてそんなことを?」

「ぎ、ギルバード?」

「ギルバード・オルフィーノ? お前は何を言っているのだ?」

「ギル様? どうして……」


 周囲がざわつく。

 全員が驚いているのも無理はない。王太子の側近の一人である騎士団長の息子ギルバードが、王太子の言葉を否定したのだから。しかし、いくら顔が似ているとはいえ王太子たちに、私の正体が気づかれなかったことにも驚いた。

 一人称も、兄と違って変えているのに。


「どうして……ねぇ」


 私はギルバード本人ではない。

 双子の兄ギルバードが色々しでかしたおかげで、妹である私がその尻拭いをするために、断罪の場(ここ)に居るのだ。



 ***



 発端は双子の兄ギルバード・オルフィーノのせいである。

「ギルバードの様子がおかしい」と、両親から手紙を貰った時は「あの脳筋が?」と思いつつ、急いで隣国の留学先(任務先)から侯爵家(実家)に戻ることに。


(実家かぁ……)


 私は昔から身体能力が普通の人間と違ったため、12歳で竜の背に乗って魔物討伐に出たりもしていた。だから普通の令嬢とは大きく異なる。


 婚約の顔合わせで大体破談になったから、騎士として魔物と戦う道を選んだ。そこに後悔は一ミリもない。もし結婚を迫られたら、私と同じくらい心が強い人がいい。


(……ただまあ、私と同じくらい強いって難しいわよね)


 現実的ではない。けれど少しぐらい夢みがちなことを思うぐらいは良いだろう。

 私は相棒の白銀の竜(ノクス)と共に実家に舞い戻った。実に四年ぶりの我が家だ。


「兄さん、一体何が」

「フィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナ……」

(想像以上にヤバかった! というか、あの陽気で脳筋馬鹿な兄はどこに!?)


 常に甘い香りを漂わせて、中毒者のように女の名前を口走る姿は異常だった。鎖で捕縛されて居る兄は、私と同じく一族の中で筋肉が付きにくい体質で、いくら鍛えても上腕二頭筋や腹筋が割れず、引き締まっている程度だったりする。

 しかし今は目の隈が大分ヤバい。いや思考そのものがヤバいのだが。


 こんな時、普通の貴族であれば医師に相談したのち静養するように動くのだが、我がオルフィーノ家は違う。代々騎士家系の両親は共に、黒薔薇女騎士団団長、竜騎士団団長として苛烈な人たちだ。


 つまり薬物依存の疑いのあるギルバードは、保護という名目で独房に入れられ、毒気が抜けるまで地獄のしごきの日々を送ることが決定。ご愁傷様です。

 ここまでなら私にはなんら関係ない──が、今回の一件は王立魔法学院内で、問題が起こっているとか。既に王太子を含む周囲に影の護衛騎士(シュヴェルツェ)を使って事実確認を行っていた。


「あの子は馬鹿だけれど、騎士道に則って動く子だったわ。……だからこそ陥落させるために、中毒性のある菓子あるいは口から何らかの毒を服用した可能性があると報告が入った」

(それは……ありそう。脳筋だけど、騎士の中の騎士だったし……)

「これは我が侯爵家への宣戦布告だ」

(……ん?)

「そうね。オルフィーノ家を敵に回したことを後悔させてあげましょう! 頼んだわよ、ローリエ」

「うん……んんん!??」


 兄の敵討ちが秒で決定した。いやまあ、やられっぱなしと言うのは好きではない。そこは両親と同意見だ。


「でも、なんで、私が報復者として選ばれたの!?」

「卒業パーティーで、何か動きがあるらしいの。そこで犯人をギャフンと言わせるのよ!!」

「聞いている、お母様!? 私学院の人間じゃないのだけれど!?」

「案ずるな、ローリエ」

「お父様!(よかったお父様はまとも)」

「ギルバードの制服を用意してあるし、このことは国王陛下にも承諾済みだ」

「お父様!??」


 違うそうじゃない。

 なんでガッツポーズしているんだ。なんで兄の尻拭いを私がしなければならないのか。ここは両親が出れば良いと思う。

 そりゃあ、兄は大事な家族だ。私は陰でバレないように、落とし前をつけるつもりで、表舞台に立つつもりはなかった。大勢の人がいるのはあまり好きじゃないし、手加減が凄く難しい。自分の力をコントロールするために実家を出たのであって、このためではないのだが。


 私が国王陛下及び、黒薔薇女騎士団団長、竜騎士団団長から下された命は「ギルバードの代役で卒業パーティーに参加。そこで何か起こるような事があれば、騎士道に則って(成敗しちゃ)動くように(ってくれ)」と。なんというかアバウトなオーダーだ。


 最初は意味が分からなかったが、両親は基本的に実の娘にも厳しい。自分で調べて、最高の結果を叩き出せと言う滅茶苦茶な人たちだ。自分が有能だとそれを基準にしてしまうので、本当に困った両親である。


(断罪まで四十八時間切っているのだけれど……さて、どうしよう)



 ***



 とりあえず時間もないので、情報収集として王立魔法学院に潜入することにした。

 幸いにも兄は私と同じくらいの背丈なので、制服も胸を押さえて、前髪で顔を隠して、髪の色はエメラルドグリーンを隠すために墨色に染めている。

 それと眼鏡をかけて変装は完璧だ。

 どこからどう見ても、普通科の生徒、モブに見えるだろう!


 王立魔法学院に到着したが、すでに授業が始まっているため校門は閉じている。しょうがないと、結界の薄い場所を探して、思い切りジャンプをして高い塀を跳び越えた。幸いにも魔力無力化にする指輪を装着しておいて良かった。


 スタッ、と着したところで、私と同じく結界の脆い場所を見つけ出して潜入しようとした部外者とかち合った。


(女子制服? え、超可愛いんだけど! ──じゃない! あの魔法は)


 相手は塀をすり抜けるという魔法でも高等な術式を使っているのは、一目瞭然だった。


(怪しい。もしかして敵!?)

「──っ!」

「!?」


 背中に隠していた短剣を抜いて、相手の首元手前で止めた。元々殺すつもりはなかった。もっとも相手もまた同じ考えだったらしく、私の胸に魔法陣を展開したまま発動を止めていた。


「「…………」」


 このまま攻撃を繰り出せば、お互いに致命傷を与え、最悪相打ちで死ぬ。ここからは交渉の時間だ。まあ決裂したら、殺し合いになるのだろうけれど。話ができる人種であってほしい。

 とりあえず口調は「僕」、「君」を使うことにした。男装しているしね。


「はじめまして。()は──普通科一年のその他大勢のモブAと言います」

「はじめまして。()は、魔法科のモブBと申します」


 お互いに名乗ったが、たぶんお互いに絶対に偽名だろうと思った。だってモブBだよ?

 私も人のこと言えないモブAって名乗ったけれども。変に意味を持たせると、家やら何やら勘づかれる可能性があるからだ。

 とりあえず名前で互いの身分など明かす気はないし、必要も無いので大事なことだけを確認すべく、口を開いた。


「君の目的は? 僕は(馬鹿兄貴の尻拭いをするため)学院内で不穏な動きがあるから、その調査をしに来たんだ」

「私の目的は……(身内の名誉を守るため)学院内で風紀を乱す者がいるというので、その調査……よ」


 口調がなんだか男っぽい。無理して女口調にしている。この人も訳ありなのかもしれない。私とは違うけれど、性別を偽って女装しているのだ。


「(もしかして私の兄以外にも被害を被っている生徒がいるってこと? まあ王太子の側近あたりなら、ありえる? そのあたりの情報も含めて自分で調べろって言われたんだっけ……)あのさ、目的はこの学院の調査なのだから協力して一緒に捜索するのと、お互いの邪魔をしないことを条件に別行動のどっちが良い? 僕は協力し合うのが良いかもって思うんだけれど」


 ここで敵対する理由はないはず。あくまでも学院内で何が起こっているかの調査なのだ。いや、目撃者は全員排除とかだったらアレだけれど、雰囲気的にたぶん私と同じような感じな気がする。これは勘だ。


「……そうですね。ここで敵対しても意味はない。あなたの意見も聞きたいし、一緒に調査を希望する……しようと思います」


 辿々しい口調だけれど、意見が一致してよかった。そう思ったら自然と笑みが溢れた。


「よかった。……とりあえず、この学院で思ったことがあったら言い合おう」

「……あ、ああ。うん」


 意見の一致で、共闘することに。まあ、色々嗅ぎ回らなくてもあちこちに魔素濃度が高くて、何かが蠢いている。

 色々見て回って、分かったことを正直に話す。


「なあ、モブB。この魔素濃度、自然発生しているものじゃないと思うんだけれど、魔法が得意な君の意見は?(さっきの壁を素通りするのができるのだから、魔法関係は詳しいはず。素直に教えてくれるかは、分からないけれど)」

「(魔素濃度の濃さに気づいた? 感覚が鋭いのだろうな)……おそらく使役した魔物あるいは召喚で、この淀んだ空気を作っているようね。魔法耐性がある生徒たちだからこそ、少しずつ魅了の毒に掛かったのかも」

「やっぱり自然発生じゃないか。……でもこれだけの魔物を使役するって、一掃するのが面倒だな。この生体反応的に、ネズミよりも小さな個体だろうし、数も多い。広範囲攻撃はできなくないけど、まず建物も一緒に吹き飛ぶし……。うーん、できるだけ建物を無傷のまま排除……」

「広範囲攻撃魔法で、使役している魔物なら潰せるけれど、打ち漏れする可能性があるな……です。この手の魔物は一匹でも残っていたら、すぐに数を増やす……わ」

「じゃあ、広範囲攻撃は君がやって。撃ち漏らした単体は僕が確実に潰すから」


 私の提案にモブBは、挑発されたのか口元を緩めた。


「俺……私に張り合おうなんて、面白いことを言う奴だ……です」

「そっちこそ。建物を破壊せずに、広範囲に展開している魔物だけを壊すって言い切ったんだ。十分面白いよ」


 こうして私とモブBは準備を整えて、秘密裏に魔物の駆除を行った。卒業生パーティー(この断罪劇が始まる)前日に。そして幻術をかけて、今も魅了の毒が蔓延しているように仕向けた。


(それにしても、あんなに綺麗な男の人っているんだなぁ。しかも魔法も洗練されていて、見ていてすごく勉強になった。広範囲攻撃の精度や術式の書き換えも。もし次に会うことができたら、友達になれないだろうか)


 なんて思ったりもした。恋愛は諦めている。だからせめて心を許せる友人を作りたい。



 ***



 そして現在、冒頭の騒ぎに戻る。


(まさか断罪当日に、ブランディーヌ嬢(モブB)と再会するとはね。しかも悪役令嬢として断罪される現場にいるし)


 どうして彼が再び女装しているのか分からないけれど、向こうも私が男装していて驚いていたからおあいこだ。

 改めて現在の状況を確認する。

 分かりやすい構図ができあがった。虐げられた男爵令嬢、悲劇のヒロイン(フィオナ)を擁護する王太子アルナルド、公爵家でアルナルドの従弟ノア、騎士団長の息子、馬鹿兄(ギルバード)、宰相の息子ルイージVS悪役を押しつけられた令嬢ブランディーヌ・ルロワ公爵令嬢。

 彼女は黒く長い髪に緋色の瞳、猫目だからか睨んでいるように見える。しかしなぜ彼が女装して代理でいるのか、全然分からないけれど。もしかしたら私とは違う意味で、断罪されると分かっていて代理を頼まれたのかもしれない。


(……両親に命じられて四十八時間で情報をかき集めて、整理アンド推理。魔物の駆除。男装をしてここに居るけれど……。なにこの茶番。最近巷で有名な恋愛小説並の展開になるなんて。まあ、だからこそ空気を読まずに、ぶち壊してみたけど、このまま断罪し(やっちゃい)ますか)

「ぎ、ギルバード?」

「何を言っているのだ?」

「ギル様? どうして……私がいじめに遭っていることを話したじゃないですか!」


 淡い緑色の髪に、愛嬌のある美少女がボロボロと涙をこぼす。たったそれだけの動作で周囲が「そうだ、そうだ」と野次を飛ばす。それは同性、異性関係なくフィオナという少女に心酔し切っている──と、バカ王太子を含めた取り巻きとフィオナ男爵令嬢は思っているのだろう。


 拍手するような形で、力一杯手を叩いた。

 バン!!!

 それだけで魔法学院にかけられていた幻術を無理やり解除する。まあ、術をかけたのは私じゃないモブBだったのだけれど、ここからは王太子たちの断罪にさせてもらうためにも、彼らにとって都合の良い幻術を解いたのだ。


「え?」

「は?」

「ああ!?」


 今までのフィオナを擁護する空気が一変した。周囲に王侯貴族、教会の神官、そして生徒たちまでもが二階席で遠巻きに見ている裁判場のような形で、傍観している。

 一階に居るのは私、王太子とその側近、フィオナ男爵令嬢、ブランディーヌ公爵令嬢だ。完全に見世物だが、学院生徒(フィオナの信者)はいない。

 どちらが悪者か、分かりやすい空気に王太子たちが息を呑む。


「残念だけれど、()()()()()()()()()()()()()。それと、ここからは竜騎士団副長としての責務を全うさせていただくわ」

「は?」


 そう告げて認識阻害を解いたのだ。と言っても髪型、身長、軍服以外はたいして変わっていない。赤と黒の竜騎士専用の軍服に、ケープが靡く。ついでに細身の剣も取り出して、床に突き立てる。


「女竜騎士!? ……まさか、ギルバードの双子の妹ローリエ・オルフィーノ!?」

「あの天才竜騎士だと?!」

「他国に留学していたのでは?」


 周囲の声が響く中、一気に仕事をすべく罪状を口にする。


「魔法学院に住み着いていた小型の魔物は全て駆除済み。その使用者であるフィオナ・エイムズ男爵令嬢は、第一級禁忌魔導具の使用及び、王侯貴族子息への洗脳、公爵令嬢を貶めるための冤罪の捏造、誹謗中傷、傷害教唆、窃盗諸々の容疑がかかっているので捕縛させてもらう。抵抗しないことを薦めるわ」

「……わ、わたしは」


 フィオナはしおらしい声を出しているが、気にせずに近づくと、王太子たちが彼女を守らんと盾になる。本当にどこまでも愚かだ。

 軽く威圧をかけただけで、王太子たちの膝が震えていた。それでも敵意を向けたままだ。


「王族の私に手を出せるのなら──」


 手から炎を出した王太子に対して、私は素早く動いた。


「ふん!」

「「王太子ぃいいい!?」」

「アルナルド様!?」


 緩いことを言っていたので、かるーく殴っただけで簡単に吹き飛んで壁に激突。そのまま気絶してしまった。


「弱っ、魔法防御でもなんでもすればいいのに」

「いきなり攻撃するのが騎士か!?」


 そう吠えたのは、宰相の息子ルイージだ。睨んだら悲鳴をあげのだが、よく吠えたな。


「最初に抵抗するな、と言っただろう。それなのに道を開けるどころか立ち塞がり、王家の威光で脅そうとした。これも立派な攻撃じゃないか。炎魔法で攻撃もする前だったし、業務執行妨害だけれど?」

「──っ」

「ああ、今回の捕縛に関しては国王陛下及び教会、五大貴族から抵抗するなら武力行使も許可を貰っているの」


 ニッコリと笑ってみた。

 残るはショタ枠かつ王家の血筋を持つノアと、ガリ勉な宰相の息子ルイージだ。


「そこの容疑者を捕縛したいのだけれど、まだ挑む? どっちでも私は良いけれど」

「ノア様、ルイージ様!」

「フィオナ嬢。ここで暴れてもさらに罪状を増やすだけです。ここは大人しく──」

「ああああああーーー、もう! ぐちぐち煩い。こうなったら、ここに居る全員、私の魅了で」

「遅い」


 ベチッ、と魅了魔法そのものを手で払った。普通は触れることもできないのだけれど、そこは風圧で弾いた。思ったより魔法そのものは弱かったので、さくっと消える。


「え」

「まだやるなら気絶させるけれど?」

「コウサンデス」

「素直でよろしい」


 これで茶番は幕引き。

 私の役割は終わった──はずだった。


()()()()()()()


 ここに来て、悪役令嬢役だったブランディーヌ公爵令嬢が異を唱えた。その言葉に周囲がざわついた。一体何をするつもりなのだろう。

 ブランディーヌ公爵令嬢が国王陛下に向かって、美しいカーテシーをすることで場の空気を変えた。


「今回の実行犯は、そこにいるフィオナ・エイムズ令嬢に間違いありません。ですが裏で糸を引いていたのは側室のカンデラリア妃と、理事長のグランバルト様です」

(え?)

「お二人はご学友だったとかで、王家に嫁ぐ前に婚約者同士でした。そしてお二人の子どもである第二王子オズヴァルド様を王太子にすべく、王太子であるアルナルド様にハニートラップを仕掛けたようです」

(ええええええ!?)


 淡々と話すブランディーヌ様の言葉に私は滝のように汗を流す。

 書類もすでに提出済みらしい。それはもう完璧な断罪だった。


(ぜ、全然気付かなかったぁ……。え、今回の話、そんなに根が深いの!? ……ってか、何年越しの計画よ!?)

「本来、ハニートラップを仕掛けて、王太子の評価を下げるあるいは市井に下りる形であれば、私たちも気付かなかったでしょう。ですが他の生徒たちを巻き込んでの魅了に洗脳。第一級禁忌魔導具などの高価なものを、男爵家が用意できるとは到底思えません」

(たしかにーー!)

「また魔法学院の対応が迅速すぎたことにも、違和感を覚えました。まるでこうなることを見越したようなスケジュールや返答」

(この学院に通ってないから、知らなかったわ……)


 もっとも私の目的はフィオナ・エイムズの捕縛だから、両親に怒られはしないはず。もし後で何か言ってきたら、ブランディーヌ令嬢に華を持たせるためということで乗り切ろう。うん。


 そんなこんなでゴシップ記者が喜びそうな真相が最後に出てきて、凄まじかった。理事長と、側室のカンデラリア妃はその場に居合わせており、容疑をアッサリと認めた。王太子が国を担うにふさわしい人物なら、こうはしなかったらしい。

 自分たちの子どものできが良かったことで、玉座を夢見てしまったという。


 ゴタゴタしたので、ブランディーヌ令嬢──に変装した彼と話す機会は無かった。

 それにしても前日に見せてくれた繊細かつ巨大な魔法陣による広範囲攻撃魔法は、凄かったと思い出す。緻密な魔力コントロール、多重魔法陣による同時展開。


(一度手合わせをしてみたかったけれど、もう会うこともないわね)


 それが少しだけ心残りだったが、今回は馬鹿兄がブランディーヌ令嬢に迷惑をかけたのだ。そんな身内と仲良くしたいとは思わないだろう。



 ***



 その後、今回の件で事情聴取で王城を訪れた。王太子たちは兄と同じくオルフィーノ家流の静養を言い渡されて、洗脳状態が完全に切れるまで訓練地獄が続くらしい。ご愁傷様。いやザマァか。

 フィオナは利用されたとはいえ、重罪として鉱山で五十年の労働が決定した。こっちがザマァな結末だった。

 王位継承権は年の離れた王弟に決まり、派閥勢力が大きく変わるとか。第二王子は王族から籍を抜けて、各国を旅するとか。元々放浪癖はあったらしい。そんな噂を耳にしたが、明後日には隣国に戻る。留学──という名の別任務をするためだ。


 隣国で最近、ワイバーンが大量に発生しているということで竜騎士団に声が掛かったのだ。我が国の戦力を隣国に貸すのは恩を売るためでもあるとか、そのあたりの交渉は専門家に任せるに限る。


(次はいつ戻って来られるかしら)


 もっとも相棒の白銀の竜(ノクス)がいれば、どこだろうと関係ない。竜舎にいる相棒を迎えに、中庭を通った時だった。


「モブA」


 低い声で、聞き覚えはない。ただその呼び名には心当たりがあった。

 振り返ると黒いローブに身を包んだ、魔法庁最高幹部が身につける虹色魔鉱石のピアスに、最高位が持つロッドが目に入った。ラベンダー色の長い髪に、青紫色の瞳、背丈は私よりもずっと高くて、眉目秀麗な青年が佇んでいた。


(たしか最年少で魔法庁直下大魔法使いがいると聞いたような?)

「……もう会えないかと思った。君の実家に手紙を送ったのだけれど、返事が貰えなかったのでね」

「実家?(両親から何も聞いていないが?)」

「俺のような貧弱な見た目では、不釣り合いなんだろう」

「(実力はあるなら文句言う人たちじゃないけれど?)……手紙?」

「ああ」

「あー、たぶん。私宛の手紙は隣国の宿舎に自動転送されているから、未開封だと思う」


 緊急事態や急ぎの場合は追尾魔法で送るか、通信魔導具を使う。基本的に私たち一族は任務などで家を空けることが多い。急ぎかどうかを重視する。


「そうだったのか。……邪険にされているわけではないのだな」

「それで私に何の用です? あ、馬鹿兄のことなら、気が済むまで殴ってもらって大丈夫です」

「違う。……そもそもギルバード殿は洗脳状態にあったにもかかわらず、従妹のブランディーヌ嬢の危機を何度も助けていたそうだ。礼こそすれそのようなことはない」

(おお! 洗脳されても騎士道の矜持を守っていたのね! ちょっとだけ見直したわ。私が戻ったときは完全に壊れかけていたけれど……!)


 モブBは改めて、私を真っ直ぐに見つめ直した。


「お初にお目にかかる。俺は辺境伯当主ディートフリート・ヘルツォーゲンベルク。魔法庁勤務の大魔法使いだ」

「私は──侯爵家長女、竜騎士団副団長ローリエ・オルフィールです」


 軍服なので、騎士として軽く頭を下げた。


(それにしてもわざわざ王城で私を待ち構えていた風だけれど、本当になんの用だろう? まあ十中八九手合わせだろうけれど)

「ローリエ嬢、今度時間がある時に、手合わせを願えないだろうか」

「……」


 分かっていたことだけれど、少しだけ胸が痛んだ。ああ、やっぱりという気持ちが大きい。ずっと昔から私に対して興味を持つのは強さであって、異性としては見られたことはなかった。だけど同じ天才な彼なら「お茶をしないか」と言いそうな気がして、勝手に期待してしまったのだ。


(馬鹿だな)

「ローリエ」

「次の任務が終わったら構いませんよ。それでは」

「え……あ」


 和やかに答えつつ、その場を去った。確かに戦ってみたいとは、ちょっと思っていたのだ。でもそれ以上に普通に話してみたいとも、思ったのは初めてだった。

 私とは違う系統の、けれども天才と呼ばれた魔法使い。その目で何を見ているのか。

 思ったよりも自分でガッカリしていることがショックで、上手く気持ちが整理できなくてこの場を逃げ出したかった。自分からお茶なんて言い出す勇気はない。

 昔、何度かお茶に誘いたいと思った相手がいたが「お前とお茶? 冗談だろう?」と言われた記憶が過ったからだ。


(……淡い期待なんてもたないほうがいい)

「ローリエ嬢、ま、待ってくれ」

「ノクスを待たせているので、用があるのなら早くしてほしい」


 ちょっとした八つ当たりで語彙を荒げてしまった。すると彼は急に目付きが鋭くなった。


「ノクス? ……いや、特定の異性は居なかったはず……?」

(なぜノクスで過剰反応を??)

「……っ、その手合わせは、……口実なんだ」

「こうじつ? なぜ?」


 ディートフリートは、頬どころか耳まで赤いことに気づき、「あれ?」となる。


「ローリエ嬢とは、今後も個人的に会いたい……。その俺がずっと追い求めていた理想の女性なんだ。強くて、不正を嫌い、自分で地道に調査を行い真実を知って動く行動力。その姿や心のあり方、その全てに心を打たれた。……だから、婚約、いやまずは友人、お茶からでもいい。会ってほしい」

「……………………………………え」


 ぼん、と頬が熱くなったのは言うまでもない。あまりにも言われ慣れていない言葉の数々に、卒倒しなかっただけ褒めてほしいものだ。いや、全力で褒めて!


「……っ、欲を言えば結婚を前提にと俺は考えている。本気だ。でも……結論は急がない」


 ここぞとばかりにぐいぐい来る。しかも距離を詰めて、手を掴まれた。指先が微かに震えていて、彼の緊張が、なにより本気だと言うのが伝わってくる。

 緊張が私にまで伝播した。


「……それは」

「ああ」

「異性として……ということで?」

「ああ」

「私のことを好きと??」

「そうだ。その強さにも、芯のある行動にも、生き方も、全部まとめて愛している」

「…………私と同じくらい強くて、生涯浮気しないなら……結婚しても良い」


 もっと言い方があるだろう、と後で私は猛省するのだが、ディートフリート的には最高の返しだったらしい。「あの時に、また惚れ直した」と語ったのだから。

 

 後日談。

 私とディートフリートはお茶会を何度かした後、本気の手合わせをした。

 結果、引き分け。後にも先にも、本気の手合わせは一度だけだ。

 たった一度で、国の地形を大きく変えてしまったからである。途中でどこまで行けるかとか考えちゃダメらしい。だからお互いに色々と制限をかけて、手合わせを時々する。

 それは──結婚してからもだ。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 ディートフリート。鮮やかな手腕の持ち主なのに、恋愛はポンコツ。 いえ、真面目なんでしょうね。 それすなわち一途でしょう。 有能なローリエ。いい相手に巡り合えましたね。
面白かったぁ!! ありがとうございました。 続編はないんてすよね?? もっとヒーローを知りたかったぁ~。
面白かった。 ただ、あらすじから男装百合期待してたので男装女子×女装男子はコレジャナイ感の方が強い。 > もっとも私の目的はフィオナ・エイムズの捕縛だから、両親に怒られはしないはず。もし後で何か言…
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