ep.A 雪斗と夕乃
「おい、夕乃?最近どうしたんだ?」
久世雪斗は幼馴染の仁科夕乃に問いかける。
「え?何が?なんにも無いよ?変な雪斗」
しかし夕乃は何処か影の有る顔で微笑み首を振る。
「じゃまた明日」
夕焼け降り注ぐ十字路にて、分かれる二人。
「あ、おい―――あいつ⋯泣いてた、よな?」
友達以上恋人未満の幼馴染の不穏な態度に、雪斗がしばし迷う。
「⋯くそっ⋯」
そして夕乃の後をつける事にする。
幼馴染とは云え家は隣近所ではない。
先程の十字路で毎朝待ち合わせ、毎夕別れるのだ。
幼馴染の後をつけながら雪斗が自己嫌悪に陥る。
(これじゃストーカーだよ。⋯家だ。家に帰るのを見届けるだけ⋯)
気弱で控え目な幼馴染の事を心配する雪斗。
(誰かに虐められてる⋯は無いか。学校でそんな素振りの奴は居ないし)
もしくは学校外で彼氏でも出来たのだろうか?
それで実は、雪斗と登下校を一緒に歩くのはもう止めにしたい⋯とか?
それを雪斗に言い出せずにここ最近不景気な顔をしていたのだとしたら―――
(そんな事なら喜んで祝福するさ)
正直、寂しい。
しかしもう自分達も中学生なのだ。
いつまでも子供のままではいられない。
「?⋯何処に行くんだ?」
夕乃は家に帰らなかった。
路地裏に入り、人通りの無い道を縫う様に進む。
ショッピングモールが出来た所為でシャッター街と化した商店街。
「くそっ⋯見失った⋯」
明らかに怪しい挙動の幼馴染を見失い、後悔する雪斗。
(こんな事ならもっと早く声をかけてれば⋯いや、だとしたらた拒絶されたか誤魔化されたかしたか⋯)
そんな時―――
「?⋯なんだ?」
何かが聴こえた気がした。
「夕乃?」
雪斗は吸い寄せられる様に廃屋の一つに入る。
鍵は開いていた。
玄関を進む。
物音と声がする。
自然と忍び足になり、廊下から扉の奥を覗く。
放置された家屋の奥、荒れ果てたリビングにて、その光景を見かけた。
見てしまった。
「ほらっ、もっと気合い入れて腰振れやぁ」
聞き慣れない湿った音。
「ひぐっ⋯は、い⋯」
涙声で呻く幼馴染の姿。
その幼馴染の背後に立ち、スカートをたくし上げて腰を打ち付けている薄汚い男。
「な⋯⋯⋯」
余りの光景を目撃し、固まる雪斗。
そんな雪斗の存在にまだ気付いていない様で、男がゲラゲラと嗤っている。
「はははっ!俺様を狩りに来たのが、こんな雑魚魔法天使だったなんて本当にラッキーだぜっ!」
男は夕乃のブラウスの下に手を差し入れて弄り始める。
「出すぞっ!おらぁっ!おうっ―――」
男は腰を激しく打ち付けるとぶるぶると震え出す。
「嫌ぁっ!?あああぁぁっ!」
夕乃が泣きながら絶叫する。
雪斗は混乱する頭と早まる動悸で動けなくなっていた。
(なんでだ?なんであんな男と?いつからだ?いつから?毎日一緒に居たのに?なんで―――)
夕乃とその男は明らかに恋人同士とか等ではないだろう。
幼馴染の気弱な女の子が何者かに無理矢理犯されている。
(汚い。汚らわしい―――)
そんな光景を見た雪斗の心の中には、裏切られたショックと、見知らぬ男に股を開いた夕乃への嫌悪感があった。
(おれは、なんて、ことを―――)
助けたい、許せないとか、怒りや正義感よりも先ず、不潔な行為への嫌悪感と忌避感が先に来た自分に自己嫌悪を持つ。
吐き気が酷い。
(ゆう、の―――)
雪斗がリビングに目を向ける。
男は夕乃を床に座らせ、汚れた自身の物を咥えさせようとしていた。
「てめぇの汚ぇ糞穴で汚れたんだ。責任持って綺麗にしろや」
「ううう、うむっ⋯」
夕乃は泣きながら舌を伸ばす。
その横顔を見た瞬間、雪斗の時間が動き出した。
「てめぇぇぇぇぇっ!夕乃に何してやがるっ!」
頭がカッとなり思わず飛び出す。
(なんで今なんだっ!なんでさっき飛び出せなかった!それよりももっと早くなんで気づかなかったっ!)
雪斗は男よりも自分への不甲斐無さに怒りを感じる。
「ゆ、雪斗っ!?だっ!だめぇっ!?」
突然の幼馴染の登場に慌てふためく夕乃。
確かに雪斗は特に喧嘩が強いとかではない。
大人の男、しかも何か武器を持ってる可能性のある相手。
夕乃が雪斗を心配するのも解る。
(今助けるっ!)
雪斗は拳を握り締める。
男を殴って夕乃を助け起こして逃げる。
行き当たりばったりだがそれしか出来ない。
しかし⋯
「なんだぁこのガキぃ?」
男が掌を雪斗に向ける。
すると―――
「ぐはっ!?」
雪斗が金縛りに遭った様に動けなくなる。
まるで⋯
(まるで、巨大な手に握り潰されてるみたいだっ!?)
男は片手を空を掴む様ににぎにぎと動かしている。
「おい、あいつ知り合いかぁ?」
ガタガタと震える夕乃に問いかける。
「し、しらない、ひとです⋯」
「⋯嘘吐くんじゃねーよ」
日課の性欲処理を邪魔されたのは腹が立つが、こう云ったハプニングを楽しむのも人生の醍醐味だろう。
「ひひ、彼氏の目の前で陵辱ショーだ」
「や、やめろぉ⋯」
(なんだこりゃぁ!?超能力⋯かっ!?)
雪斗がなんとか身動きを取ろうとするが、体はピクリとも動かない。
「ひははっ!おい夕乃っ!あのガキを助けて欲しけりゃ俺様の物になれっ!」
「うう⋯雪斗ぉ⋯」
夕乃はボロボロと涙を零して幼馴染を見つめる。
男は魔王の欠片に適合した悪魔憑きであった。
そして夕乃は魔法天使の力を与えられた存在だった。
ある日、悪魔憑きの才能の有る男が魔王の欠片と適合した。
だからその近くで魔法天使の才能の有る者に、力が与えられた。
人間を駒とする高位次元存在達からすると特に問題の無い配置、差配だった。
神や悪魔等と呼ばれる様な彼等超常の存在からすると、才能とはまた別の、個人の性格や人間性等は考慮する属性ではないからだ。
不幸だったのは、悪魔憑きの男が自身の欲望を解放する事に躊躇が無かった事。
そして夕乃が戦いとは程遠い大人しい性格をしていた事だ。
神々の差配でぶつけられた二人。
怯え竦む夕乃を男が一方的に下した。
そうやって格下である悪魔憑きの男が格上の魔法天使を性奴隷に出来ていた事から解る様に、勝負の世界は何が有るか解らない。
しかしそれでも越えられない壁は有った。
「どんなに犯ろうとしても、前は硬くて犯せねーからよぉ」
男は夕乃を汚して力を奪おうとした。
悪魔憑きの本能として、魔法天使の純潔を奪えば自分がパワーアップする事を理解していたからだ。
しかし、予想以上に夕乃の処女膜は硬く、思うように犯せなかった。
その妥協点として、後ろの穴と唇を毎日犯していた。
そうやって汚していれば、精神的ダメージが蓄積されいずれは確実に堕ちると思っていたからだ。
「ひひひ、飛んで火に入る鴨背負った葱だぜぇ」
男の中で雪斗を上手く利用する算段を組み立てる。
夕乃は怯えて戦わずして負けたものの、その身に宿す神聖さは彼女を守った。
物理的に心臓を食う事も出来ない。
不浄の穴から穢したのは、苦し紛れではあるが格上の魔法天使を攻略する最善の一手ではあった。
しかしいくら毎日尻穴を犯しても夕乃の心は折れなかった。
だが⋯
「彼氏くんなら殺せるぜぇ」
男が掌をにぎにぎと動かす。
「ぐあああああっ!?」
雪斗が悲鳴を上げる。
見えない何かに圧し潰されそうになる。
「やっ!やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!」
夕乃が男に縋り付く。
ほんの少し、ほんの少しでも彼女に戦う意思が有れば、男を瞬殺して雪斗を助け出す等簡単であった。
しかし力の使い方どころか、自身に魔法天使の力が宿った事すら自覚の無い今の夕乃には不可能な事である。
「よーし、股開けやぁ」
「ううぅ⋯」
夕乃がテーブルに腰掛けて股を開く。
「や、めろぉ⋯」
ギシギシと軋む骨の痛みに耐えながら雪斗が男を睨む。
「うひひひっ!彼氏くぅん?夕乃の後ろの穴も名器だぜぇ?知らねぇだろぉがなぁ?俺のお下がりでよきゃぁ後で使わせてやるよぉ」
男が夕乃のブラウスに手をかけ、ぶちぶちとボタンを引き千切る。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!」
男が夕乃を組み敷く。
今までは拒めていたが、もう夕乃も限界であった。
心をここまで折られ、雪斗まで人質に取られている。
もう抵抗出来ない。
その無意識下の降伏の意思が、彼女の神聖さを弱める。
「ひひひ、今ならイケる気がするぜぇっ!」
男は怒張した自身の物をピタリと押し当てる。
「⋯⋯⋯⋯⋯う、ゆき、とぉ⋯」
夕乃のか細い泣き声が聴こえる。
「ゆ、の⋯」
「みな、いで⋯」
その瞬間、雪斗の中でナニカが弾けた。
「何っ!?なんだガキてめぇっ!?」
突然、雪斗の自由を奪っていたはずの不可視の手が抵抗を受ける。
握り潰して殺してしまわない様に手加減していたのに、今は殺す気で握り込もうとしても上手くいかない。
「うおおおおおおおおおっ!」
雪斗が雄叫びを上げる。
何かが弾け飛ぶ音が部屋に響く。
「ぎゃあああああっ!」
男の手が吹き飛んでいた。
「てめぇぇぇっ!」
男は夕乃を突き飛ばし、残った片腕を雪斗に向ける。
(殺す)
殺意が猛り狂う。
友達以上の恋人未満。
いつまでも続くと思っていた、永遠の幼馴染。
それを穢した男を、雪斗は許すつもりはなかった。
「死ね」
雪斗が指を突き付ける。
瞬間、部屋内に太陽の様な爆発的な閃光が迸る。
「あ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
夕乃が顔を上げると、男が倒れ伏す。
その男の顔面には孔が開いていた。
雪斗の指先から放たれた光線により正に瞬殺されたのだ。
「はぁ、はぁ⋯はぁ」
「ゆ、雪斗っ!」
ふらふらと蹌踉めく雪斗を抱き留める夕乃。
「成功したようだね」
「え?」
リビングの割れた窓ガラスから、真っ白い一羽の小鳥が入り込んで来た。
雀か駒鳥か、その辺りの野鳥の突然変異種の様な姿である。
「やぁ、魔法天使ユキト。覚醒おめでとう」
「魔法、天使⋯?」
喋る白い小鳥。
超能力を使う男。
そしてそれを殺した自分の謎の能力。
理解不能な事ばかりだが、何故か理解出来る。
魔法天使、悪魔憑き。
その戦いの事を⋯⋯⋯
「その通り、出会えて良かった。魔法天使ユウノ」
「あ、え、と⋯」
白い小鳥がそう囀る。
「間に合って良かった」
結果的に処女性を失わず、能力も失わず、命も失わずに済んだ。
しかし、間に合った?
「間に合って、なんか、ねぇだろぉが⋯」
雪斗が怒りの視線を小鳥に向ける。
魔法天使の能力を夕乃に与えなければ夕乃が男に汚される事は無かったはずだ。
「魔法天使も悪魔憑きも、属性の違いはあれど本質は同じ。悪魔に拐かされる事もある」
小鳥は意に介さず自分の話したい事を話す。
「魔法天使ユウノ」
白い小鳥の呼びかけに頷く夕乃。
一人なら抱えきれなかったが、雪斗が一緒なら頑張れるかも知れない。
自分の身に起きた出来事で小鳥を⋯恐らくは天使と呼べる存在を責める気は無い。
もっと早く助けて欲しかったとかの事も雪斗には言わない。
魔法天使としての夕乃の才能、それは優しさだった。
自分を汚い性欲で穢していた男にさえ、彼女は憐れみを抱いていた。
異常なまでの博愛精神。
「魔法天使ユキト」
天使たる小鳥をも睨みつける正義感を持つ少年、久世雪斗。
その苛烈なまでの正義感は、男への怒りも小鳥への怒りも抱かせていた。
しかしそれよりも激しく燃えるのは、夕乃が傷ついていた事に気付かなかった己自身。
「私と一緒に戦ってくれ」
二人は頷く。
魔法天使として覚醒した以上、悪魔憑き達との戦いは免れない。
「さて、先ずはこの死体を片付けるかね」
小鳥は死んだ男の頭の上に登ると、孔に嘴を突き刺してクチャクチャと何かを咀嚼し始める。
小粒だが魔王の欠片である。
放置すればまたどこぞのチンピラに取り憑いて悪さをし始める。
「雪斗⋯ごめん、ごめんね⋯」
「夕乃⋯俺こそ、ごめん⋯」
雪斗と夕乃は泣きながらお互いを抱き締め合う。
お互いの本当の気持ちに気付いた二人。
しかし二人が結ばれる事は決して無い。
処女を失い童貞を捨てた時、二人は魔法天使の能力を失う。
能力を失い人返りしたとしても安全ではない。
魔法天使に選ばれる程の人間の肉体は、悪魔憑きからしたら栄養価の高い食材に過ぎない。
思いを遂げて結ばれた瞬間、敵側に襲われ為す術無く殺される未来しかない。
「好き、好きなの、雪斗⋯」
「俺もだよ。夕乃⋯これからは、俺が、絶対にお前を守るから―――」
白い小鳥の誘いの行き着く先は、天国か地獄か―――
約束された破滅への道行きを、今二人は歩き始める。
お読み頂き有り難う御座います。