新成人よ、異世界を開拓したまえ!
世の中に災害や問題は尽きない。
数々の問題を抱えつつも、見た目には平和な日々が続いていたある日、
日本のある場所で大きな出来事が起こった。
異世界への門の発見である。
それは突然、虚空に現れた。
見かけは簡素なただの小さな門。小さな子供ほどの大きさ。
その門を開けてみると、その先には広大な世界が広がっていた。
日本政府が調査を行った結果、次のようなことが分かった。
門の先は世界のどこでもない、異世界と思われる。
異世界には島があり、およそ沖縄本島と同じくらいの広さである。
島の周りは海で覆われ地平線の先に何も見えない。上空から見ても何も無い。
埋蔵資源などは特に確認されなかったこと。
異世界の時間の流れは、現実世界のおよそ10倍の速さであるということ。
日本政府はこの異世界の島の扱いについて、極秘裏に議論した。
領土として扱うにしても、時間の流れも違うし、資源も得られない。
どのように利用すれば良いのか、誰にも思いつかない。
だから大人たちはそれを、次の世代に託すことにした。
ある年の年始め。
成人式が行われ、会場に多くの新成人が集まっていた。
新成人たちは慣れない正装をし、
久しぶりに顔を合わせた旧友たちと談笑していた。
そんな中、壇上の市長の言葉が、新成人たちを静まらせた。
「みなさん、成人おめでとうございます。
成人になったばかりの新成人のみなさんに、
やってもらいたいことがあります。
それは、異世界の開拓、であります。」
壇上にあった幕が開けられると、そこには件の異世界への門があった。
「この門は、異世界へと繋がっています。
異世界は小さな島で、これといって何も取れるものはありません。
異世界の時間の流れは、現実の時間の流れのおよそ10倍。
これから新成人の貴方がたに、この異世界で何かを成して頂きたい。」
異世界、と言われて静まり返った新成人たちは、
今度は爆発するように騒ぎ始めた。
「異世界!?」
「それって、小説とかでよくあるやつ?」
「まさかそんなもの、実在するわけがないよ。」
騒ぎ始めた新成人たちを見回し、市長は真剣な眼差しを向けた。
「異世界と言われて、みなさんが信じられないのも無理はありません。
でもこれは決して冗談などではありません。
日本政府によってそれは既に確認されています。
今まで秘密にされていただけです。
それをあなたたちだけに明かしたのは、あなたたちに期待しているからです。
この異世界の島について、我々大人には、
有効な利用法が思いつきませんでした。
しかし、新成人になったばかりのあなたたちなら、できるかもしれない。
子供ではない、大人になったばかりのあなたたちなら、
この異世界の島でしかできないことを見つけられるかもしれない。
だから、あなたたちに託します。
異世界で行われることに掛かるお金や資源などは全て、
我々大人である日本政府が負担します。
だからあなたたちには、異世界で自由に過ごしてもらいたい。
新成人の可能性に我々は期待しています。」
こうして、異世界の島は、新成人たちに委ねられることになった。
突如として現れた異世界へ繋がる門。
その先には、時間の流れが10倍の異世界の小さな島。
そしてその異世界の利用法は今、新成人たちに託された。
「異世界を自由にしていいって言われても、どうするよ?」
「まずは調べてみようぜ。」
何をするにしても状況把握が重要と、新成人たちは、
早速、数人が選ばれ、異世界への門を潜っていった。
異世界への門の先は、穏やかに晴れ渡る平原。
少し歩くと海岸線に行き着き、砂浜には穏やかな波が打ち寄せていた。
島を一周して調べてみたいところだが、それはどうやら無理なようだ。
異世界への門は小さく狭く、自転車すら通すことができない。
せいぜい、大人が一人屈んで通れる程度。
これでは自転車や乗用車を持ち込むことはできない。
部品単位に分解した自転車を持ち込み、異世界で組み立てるのが精一杯。
異世界に入った新成人たちは、小一時間も探索しただけで、
すぐに現実への門を潜って帰ってきた。
「聞いてた通り、異世界は穏やかな島のようだったよ。」
「全ては回りきれないので、日本政府からの情報を信じるしか無いけどね。」
「何も無い島か。何に使おう?」
「ねえねえ、異世界で使ったお金やなんかは、全部向こう持ちなんでしょ?
だったら、買い物できる店を作ろうよ!
そうすれば無料で買い物できるじゃない。」
「おっ、それいいね!」
そうして、新成人たちによる異世界の開拓はスタートした。
新成人たちはまず、異世界に洋服屋や電器屋などの商店を作った。
この異世界で使った金などは全て税金で賄われるので、
新成人たちは好きな物を無料で手に入れることができてホクホク顔だった。
次に新成人たちは、異世界に飲食店など食事できる場所を作った。
買い物をすればお腹も空くからだ。
これももちろん税金で賄われるので、新成人たちは、
高級寿司や外国料理などを無料で好きなだけ味わうことができた。
次に新成人たちは、異世界にゲームセンターやテーマパークを作った。
買い物も食事も済ませて、次は遊ぶ場所が欲しかったから。
門の大きさの制限はあるものの、テーマパークはちゃんと形になっていた。
もちろん、これもまた作る費用から使う代金まで、
全て日本政府から税金で賄われるので、
新成人たちは無料で好きなだけ遊ぶことができた。
こうして新成人たちは、異世界を無料で使える遊び場所として愉しんだ。
しかしここで問題が明らかになった。
この異世界での時間の流れは、現実の世界のおよそ10倍。
異世界で10日間遊んでも、現実世界では1日しか経っていない。
逆を言えば、異世界にいると、現実世界の人の10倍で年を取ってしまう。
それでは自分だけ先に老いて朽ちていくことになってしまう。
それに、遊びへの税金での補填はいずれ打ち切られる可能性もある。
だから新成人たちは、異世界の別の利用法について考えることにした。
異世界での買い物や飲食は全て無料。
しかし、そこでは現実の世界よりも時間の流れが10倍速い。
長居をすれば現実の世界の人たちの10倍早く年を取ってしまう。
だから新成人たちは、異世界の物を現実の世界に持ち帰ることを考えた。
そうすれば、時間の流れの違いの影響を受けないからだ。
しかし異世界の島には、事前情報通り、価値があるものは見当たらない。
そこで新成人たちは、異世界で物を作ることを考えた。
まずは工場を作ることを考えた。
異世界での時間は10倍ということは、10倍の速さで物を作れるということ。
きっと大企業が喜んで工場を作りたがるだろうと考えた。
しかしここでまたしても問題が発生した。
異世界と現実世界を繋ぐ門は非常に小さい。
大きさとしては子供が通れる程度の広さしか無い。
それでは工場を作るための資材や重機も、
工場で作った物を通すことすらできない。
例え通すことができる大きさだとしても、一度に通す量が少なすぎるとして、
大企業からは工場を作ることはできないと断られてしまった。
しかし新成人たちは諦めない。
次の異世界の利用法を考えた。
異世界は現実世界の10倍の速さで時間が経過する。
ただし、現実世界と繋がる門は非常に小さい。
新成人たちはそこに目を付けた。
「時間の流れが10倍ってのがキモだよな。」
「人が触らず、置いておくだけでいいものがあると良い。
そうすれば誰も余計な年を取らずに済む。」
その条件に合う物、それは発酵食品や酒などだった。
発酵食品や酒などは、時間を経過させればさせるほど価値が上がる。
しかも狭い門を少しずつしか通過させられないとしても、
残りは時間がかかっても発酵や熟成が進むだけなので損はない。
こうして新成人たちは、
異世界で発酵食品や酒を作っては売ることで利益を上げ、
その金を現実世界で有効に使うことにした。
とはいえ、発酵食品や酒などの売上を、作るのに関わった人数で割ると、
利益はそれほどでもない。これでは物足りない。
そう思っていたところに、思いもしない出来事が起こることになる。
それはいつもと同じある日のこと。
ある新成人の女が異世界にある発酵食品や酒などの様子を見に来ていた。
するとそこで突然、強烈な腹痛を感じて動けなくなってしまった。
急病?いや、そうではなかった。
その女は実は妊娠していたのだった。
異世界では現実の世界より10倍速く時間が経過する。
そのせいで、異世界に頻繁に出入りしていたその女は、
出産予定日が大幅にずれてしまったのだった。
すぐに医師が呼ばれ、出産は慌ただしくも無事に行われた。
しかし問題の本題はそこからだった。
その赤子は異世界で出産された。
最初の約束で、異世界で作ったり使ったりするものは、
全て税金で賄われるとされていた。
「最初の約束で確かにそうだったはず。
この子は異世界で生まれたのだから、出産費用から養育費に至るまで、
生涯かかる費用は全て税金で賄われるべきだ。
たとえこの子が現実の世界に行ったとしても。」
新成人たちはそのように主張した。
そして紆余曲折ありながらも、その主張は受け入れられた。
仮に妊娠から出産まで全て異世界で行われた場合、
一月足らずで子供が生まれてくることになる。
これぞ究極の少子化対策だと、役人たちが飛びついた結果だった。
それから、異世界の利用目的は変わり、
大幅に作り変えられていくことになった。
今、異世界では、遊園地や商店の類は一切無くなった。
代わりに、若い男女が生活する宿泊施設、
それから産婦人科といった妊娠出産に関する設備で埋め尽くされていた。
それらでは毎日、何人もの赤子が生み出されている。
異世界で生まれた子供は、門を通じてすぐに現実の世界へと連れ出された。
そこでは税金で賄われる何一つ不自由のない生活が約束されていた。
こうして、異世界は、新成人が妊娠出産をするための場となった。
役人たちはそれを究極の少子化対策だとして誇り、
新成人たちは子供の養育費や生活費を税金で賄わせることにほくそ笑んだ。
それ以外の、現実の世界に生きる人たちは、
異世界で生まれた子供たちを養うため、毎日辛い生活を送ることになった。
「どうして異世界など見つかってしまったのだろう。」
そう妬み恨んだ人たちは少なくなかった。
終わり。
成人式と異世界の話ですが、
ただの異世界という内容にはしないつもりで書きました。
子供は子供、大人は大人なりに期待されるものがあります。
味方になるかそうでないかを決める駆け引き。
成人式はお祝いの席ですが、既にそれは始まっている、と思います。
味方が足りないなら、いっそ異世界から連れてきてしまえば。
そんなやり方もあるかもしれません。
お読み頂きありがとうございました。