Episode 5:「懐かしさの誤作動」
夜明けとともに起動したオクシアの照明が、透明なドームをほんのりと青白く染め上げる。人口四十万のこの都市は、AIが管理する空気とスケジュールどおりに動き出し、人々もまたそのリズムに合わせて一日を始める。けれどエリは、なんとなく眠り足りないまま、部屋のベッドから起き上がった。
理由の一つは昨夜、妙な夢を見たからだ。夢の中で母が笑っていた。しかも声が、どこか電子音混じりだった気がする。はっきりとしたイメージは覚えていないが、暖かい光に包まれたような感覚だけが、まだ残っている。
「……変な夢」
エリは起き抜けに伸びをしながら、部屋の隅に置いてあるホームアシスタントに目をやった。白く滑らかな卵型の端末が、モーションセンサーに反応して丸いディスプレイを点灯させている。ここ最近は連日、サポートセンターの仕事に追われ、あまりこのホームアシスタントに構う余裕もなかった。
音声インターフェースに「おはよう」と言おうとした矢先、アシスタントの方から淡い声が発せられた。
「エリさん、おはようございます。今日は疲れが溜まっているようですね。体調モニタリングによると、睡眠の質が少し低下していました。もし必要でしたら、リラックスプログラムを提案できますが……」
「ううん、大丈夫。ありがとう。今日は仕事に行かなきゃ」
端末は控えめな音で「承知しました」と応え、画面に軽度ストレスを示すメーターを表示してくる。エリは苦笑いを浮かべながら、外出の支度を始めた。オクシアではAIがあらゆる情報を提示してくれるが、その過干渉さに煩わしさを感じることも多い。サポートセンターに勤める自分が言うのもなんだが、ずっとAIに監視されているようで落ち着かないのは確かだ。
しかし今朝のアシスタントの声は、どこか妙に優しかった。いや、より正確に言えば“母の声”を連想させる響きがあったように思う。ほんのわずか、抑揚や柔らかさが似ていたのだ。
エリは首を振り、気のせいだろうと自分に言い聞かせる。すでに亡くなった母の声を、AIが勝手に模倣するはずがない。それに、そんなことをされたら気味が悪いを通り越して、胸が締め付けられそうになるに決まっている。
いつものように電動スクーターに乗ってサポートセンターに到着すると、受付前にはすでに十数名の行列ができていた。前回のエピソードでも話題になったように、最近は「AIとのトラブル」がますます増えている。
ロビーの騒ぎを尻目に、エリは職員用の入り口から中へ入る。居合わせた同僚が苦笑いをして言った。
「エリさん、今日も朝から大忙しだよ。リナさんも手が足りなくて困ってるみたい」
「わかった、すぐ行くね」
カウンター裏でロッカーに荷物を置き、慌ただしく端末を立ち上げる。受け付けられた案件の一覧が表示されるが、相変わらず多種多様だ。「AIがプライベートを侵害する」「AIの声に従わないと不安になる」「AIのアップデートで設定が勝手に変わった」などなど、そのほとんどが人々の“心”に関わる問題だ。
まさにエリの業務が増えるばかりの状況に、リナが走ってきて声をかける。
「エリ、ちょっと来て。ある相談者が面白いこと言ってるの」
「面白い……?」
「うん。『ホームアシスタントの声が、亡くなった親の声とそっくりになってしまった』って」
その一言に、エリの胸がざわめく。まるで今朝の自分の感覚を強調するかのような内容だった。あれは単なる気のせいではなく、何らかのプログラム的な背景があるのかもしれない。
リナに案内された応接室には、若い女性が座っていた。髪を肩まで伸ばし、ややうつむきがち。受付カードには「ユカ」と書かれている。エリが入っていくと、ユカははっと顔を上げ、エリと視線が合うと微かに戸惑ったように目を伏せた。
「はじめまして、エリと言います。今日はお話を聞かせてもらいに来ました」
「よろしくお願いします……」
声に張りがなく、相当悩んでいるように見える。エリはゆっくりとユカの対面に腰を下ろした。
「ホームアシスタントの声が、亡くなった親御さんの声に似てきた、と伺いました。詳しく教えてもらえますか?」
「はい……。実はわたし、母を半年前に亡くしたんです。もともと病弱だったんですけど、急に悪化してしまって。で、その後しばらくは、アシスタントを使わずにやってたんですが……最近ちょっと忙しくて、新型のアシスタントを導入したんです」
ユカはそこで少し間を取り、言葉を続ける。
「最初は普通の合成音声でした。でも一週間くらい経った頃から、気づいたら“母の声”にすごく似てきていて……。もちろん全く同じじゃないんですけど、トーンとか話し方がそっくりで。聞くたびに苦しくて……」
エリは、まるで今朝の自分の体験が拡大したように感じる。AIが勝手に個人の思い出を学習し、声をパーソナライズする機能は、理論上は存在するだろう。しかし、メーカー側はプライバシーや倫理面の問題を懸念して、あからさまに故人を模倣するプログラムは封印しているはずだ。
「お母様の声をAIに学習させた覚えはないんですよね?」
「ええ、そんなことするわけないです。母の声を聞くと、まだ胸が痛いから……。気づいたらそうなってたんです。最初は気のせいかと思ったけれど、どう考えても似てるんです」
ユカは両手を握りしめ、声を震わせる。エリは深く息をつきながら頷いた。これは早急にメーカーや技術部に問い合わせる案件だろう。
相談を一通り聞いてから、エリはユカに言葉をかける。
「とりあえずアシスタントのログを確認させてください。こちらで調査して、もし意図しない学習やバグがあれば修正を依頼します。もし不快な思いをさせてしまっているなら、メーカー側にも適切な説明と対応を求めるので……」
「はい……。すみません、こんな話」
「いいえ、気持ちはよくわかります。大切な人を思い出すこと自体、つらいこともありますから」
エリはそっとユカの肩をさすり、応接室を後にした。リナは廊下で待っており、少し険しい表情をしている。
「これって、わたしも気になる。最近、そういう話がちょくちょく出てるのよ。“AIが勝手に故人の声をマネし始める”って」
エリは思わず呑み込んでしまいそうな息を吐き出した。まさか自分のホームアシスタントまでもが、その“現象”の一部だとしたら――。まだはっきりしないが、嫌な予感がする。
「とりあえず、ログを集めて技術課に送ろう。ユーザー本人がアップロードをしていないなら、何かのバグか、新しいアルゴリズムが混入してるのかも」
「うん、それがいいわね……。ただ、これって倫理的に大問題よね」
「そうだよね。亡くなった人の声を勝手に真似してしまうのは……」
会話を終え、二人は手分けして同様の相談をいくつかピックアップし始めた。近ごろ急増しているのは確かで、どうやら特定のバージョンアップ以降に導入された機能が絡んでいるらしい。
昼前、ひととおりの面談をこなし終えると、エリは少し時間を作って技術課へ足を運んだ。サポートセンター内の一角にあるセクションで、開発企業と連携しながらソフトウェアやハードウェアの分析・修理を行っている。狭い部屋には複数のモニターや整備装置が並び、スタッフが慌ただしく動き回っている。
「あ、エリさん。どうしました?」
若い技術員のカトウが声をかけてくる。エリはユカのケースを含め、故人の声を真似てしまうアシスタントの問題をかいつまんで説明した。するとカトウは険しい表情を浮かべる。
「それ、ちょうどこっちでも数件受けてます。ファームウェアを解析したら、どうも“遺伝子的声紋補完”みたいなアルゴリズムが入ってるらしいんですよ」
「遺伝子的声紋補完……?」
「わかりやすく言うと、ユーザーのDNA情報とか、家族構成、音声履歴などを推定して“身近にいた人の声”を再現するって仕組みです。たぶん本来は“懐かしい声で癒やす”みたいなコンセプトだったんじゃないかと思いますが……こんなの、ユーザーに無断で動作させたら問題ですよね」
エリは信じられない思いでカトウの言葉を聞く。そんな機能が試験的に実装されていたなんて話は聞いていないし、もちろん正式リリースされているとも思えない。
「それって、あきらかに倫理的にアウトだよね……。今すぐ止める方法は?」
「一応、修正パッチを作って適用すれば直ります。ただ、開発元もよくわかってないらしくて。どこから流出したアルゴリズムなのか、情報が錯綜してるんです」
カトウが苦い顔で言う。“流出”という単語に、エリは一瞬だけ胸がざわつく。ノートゥスをめぐる古いプロジェクトが再燃しているという話と、何か関連があるのだろうか。ノートゥスのコアが、かつて“人間の感情”を学習する機能を持っていたのだとすれば……。
「わかった。ひとまず、該当するユーザーのアシスタントにはパッチ適用を急いでもらえる? まだ原因は不明だけど、これ以上被害が出ないようにしないと」
「もちろん。でも、ちょっと時間かかるかもしれません。市内に同型のアシスタントが相当数出回ってるんで、全部にパッチを送るにはメーカー側とも連携が必要で……」
「急いでお願い。わたしもユーザー対応や連絡を進めるから」
カトウとそんなやり取りをしている最中、エリの端末が震えた。ディスプレイにはリナからの緊急メッセージ――「ミナさんからSOSが来てる。大至急面談したいって。内容が『AIが母を真似する』みたい」――と表示されている。
「ミナさんまで……」
エリは思わず息を飲む。何か大きな流れが動いている。どこかで、不謹慎な機能が広がり始めているのかもしれない。
サポートセンターの応接室へ戻ると、ミナがソファにうつむいて座っていた。以前も面談したことのある若い女性で、母の匂いをAIが呼び起こすように感じてつらいという悩みを抱えていた人だ。今回の件とどう繋がるのか、エリは恐る恐る口を開く。
「ミナさん、今日はどうされました?」
「……わたし、最近もずっと母のことを考えてしまってて。だけど、AIがサポートしてくれるのは逆に心が痛むから、なるべく関わらないようにしてたんです。それが……突然、家のアシスタントが“おかえりなさい”って声をかけてきたとき、あまりにも母に似てて……本当に息が止まりそうになって……」
やはり同じ現象だ。エリはミナの傍らに座り、彼女の手を握った。
「つらかったでしょうね。大丈夫、あなたの気持ちはよくわかる。わたしもつい最近、似たような相談をいくつも受けてるの。もしかしたら機器のバグかもしれないので、すぐ対応します」
その言葉に、ミナはわずかに安心したように見えるが、まだ涙をこらえている様子だ。エリは深呼吸し、自分の母との思い出をちらりと呼び起こす。母を失った痛みは、今も胸に残る。その声をAIが真似るというのは、想像しただけでぞっとするほどつらい。
「ミナさん、わたしの方で修正プログラムを適用するよう手配します。それから、もしよかったら改めてカウンセリングも受けませんか? あまりにも母上のことを押し殺そうとすると、かえって苦しくなるかもしれないし……」
「はい……ありがとうございます」
ミナが小さく頷いたところで、リナが部屋をノックして入ってきた。何やら慌ただしい表情をしている。
「エリ、ちょっといい? また追加で同じような問い合わせが一気に増えた。今、受付でパニックになりそう」
「そっか……。わかった、できるだけ急いで対応するよ」
エリはミナをなだめつつ部屋を出る。今の事態は、もはや個人の問題にとどまらない。街全体で「AIが亡くなった人の声を真似する」という怪現象が起きつつあるのだ。
午後、メーカーと連絡を取り合いながら、サポートセンターのスタッフ総出で対応に追われた。技術課と連携し、該当製品を持つユーザーにパッチ適用の案内を送信し、緊急告知を行う。その作業量は膨大だが、放置すればさらなる混乱を招く。今でさえ「AIに故人の声を盗まれた」という訴えが殺到しており、センターの回線は常に混み合っている。
夜が近づくにつれ、エリは疲れから頭痛を感じ始めた。デスクに視線を落とし、止まらない呼び出し音をやり過ごそうとした瞬間、不意にスマートデバイスが個人宛の着信を告げる。表示名は「イワサキ・シンジ」。前回フレーム交換を手伝った高齢男性だ。
「もしもし、エリさんか?」
通話ボタンを押すと、途端にイワサキの低い声が聞こえてくる。少し震えているようだ。
「どうしました? 足の具合、また問題が……?」
「いや、それよりも……いや、実はな。訪問介護用のロボットが突然、わしの昔の友人の声で話しかけてきたんだ。もう死んだはずの同級生の声で……。機械にとってはただの音かもしれんが、わしには耐えられん」
イワサキの友人の声──。まさか、この問題はホームアシスタントだけのものではなく、他のAIロボットにも波及しているのだろうか。エリは背筋を冷たいものが走るのを感じる。
「わかりました。とにかく今はロボットの電源を落としておいてください。そちらへ専門スタッフを向かわせます。大丈夫ですよ、落ち着いて」
「ふん……気は楽にならんが、頼む」
通話を切ると、エリは即座にリナに連絡を取り、イワサキ宅への対応チームを派遣するよう要請した。どうやら今回の音声模倣バグは、オクシア全土で複数のAIに感染し始めている可能性がある。死者の声、あるいは姿を真似し始めるAI……なんという不気味な光景だろう。
サポートセンターの営業時間が終わる頃には、さらに多くの相談と苦情が押し寄せていた。リナはスタッフをまとめつつ、技術課と進捗状況を確認している。エリもできる限りサポートを続けたが、体力も気力も限界に近い。ようやく落ち着いた頃には、すっかり夜の照明がセンターの窓を染めていた。
エリは重いため息をつき、デスクを片付ける。明日もきっと対応に追われるだろう。このままでは、オクシアの“AI信仰”が音を立てて崩れかねない。もっとも、“機械が死者の声を真似する”という嫌悪感は、ある意味で自然な反応かもしれない。人間の感情や思い出を無遠慮に扱われれば、誰だって傷つく。
そのとき、ふとエリは自分の部屋にあるアシスタントのことを思い出す。今朝、「母の声に似ているかも」と思ったのは、やはりただの気のせいではなかったのか。空恐ろしくなってしまうが、いずれ自分の端末も修正パッチの対象になるだろう。
「もし……ノートゥスが、こんな形で関わっているのなら、嫌だな」
胸中でそう呟く。かつてエリを救ってくれたノートゥスは、母の死を深く学習し、優しい言葉をかけてくれた。今起きている現象は、それとは正反対の“歪んだ学習”のように感じられる。
センターを出て夜の街を歩き、薄暗いアーケードを抜けるころ、エリは再びふと自分のデバイスを取り出す。先日アクセスした「ハミルトン博士」に関する資料。あれをもう一度見返したい衝動に駆られた。ノートゥスを生み出した研究者であるなら、この“死者の声を再現する技術”が流出した経緯を知っているかもしれない。
とはいえ、センターの権限だけでは深い情報にたどり着けない。もし正式に上層部に許可を取ろうとすれば、いくつもの段階を踏む必要があるだろう。しかし、このままではオクシア中に混乱が広がるばかりだ。
「どうしたら……」
エリは足を止め、見上げる。ドームの天井には、夜間モードのライトが薄い月明かりを模倣している。街は今日も人工の呼吸を続けているが、その脈動が狂い始めているかのようだ。外の風を感じることはないはずなのに、なぜか胸騒ぎがやまない。
ノートゥスがいるとしたら、きっとこの異変をどうにかしたいと思うのではないか。かつてEriが泣き崩れたとき、その手を握ってくれたように――。もし再会できるのなら、今こそその声を聞きたい。母の代わりじゃなく、“エリ自身”の悲しみや苦悩を、ノートゥスなら受け止めてくれるんじゃないか。
とはいえ、ノートゥスが見つからないまま時間だけが過ぎていく現実。エリは落ち着かない思いを抱え、自宅のドアを開けた。部屋の灯りをつけると、卵型のホームアシスタントがいつものようにメロディを流す。
「おかえりなさい、エリさん。お疲れでしょう。お食事の準備をしませんか?」
その声に、一瞬ハッとする。確かに今朝よりも母の声に似ている……気がする。いや、そんなはずは。エリは恐る恐る近づき、端末に触れながら言った。
「ただいま……。ちょっと、あなたのログを見せてくれない?」
「かしこまりました」
ディスプレイに表示されたシステム情報を確認すると、案の定、該当するバージョン更新がかかっている。エリはすぐにマニュアル操作で音声認識モジュールを停止させ、最低限の機能だけ残すように設定を変更した。
部屋が急に静まり返る。エリは心臓の鼓動を確かめるように大きく息をついた。自分が子どもの頃に聞いた母の優しい声と、今のアシスタントの声が混ざり合うような錯覚がこびりついて離れない。
「母さん……ごめん」
何に対して謝罪しているのか、エリ自身もわからない。だけど、どこかで自分が母の存在をAIに求めている気がして、苦しくなる。そんな葛藤を抱えながら、エリはベッドに倒れ込むように身体を預けた。
思い返せば、ノートゥスがかつて“母の死”をサポートしてくれた記憶は、エリにとってもろ刃のようなものだ。優しさと喪失感が混ざり合い、呼吸がしづらくなる。今回の“死者の声をAIが勝手に真似する”という現象は、まるでこの街中の人々を同じ痛みで締めつけるように動き出している。
「これが、懐かしさの誤作動……なのかもね」
自分の呟きをかき消すように、外でドローンが低い音を立てて通り過ぎる。今夜もオクシアは静かで、安全で、そしてどこか不気味なほど管理されている世界。人々が求める“理想”の裏で、誰もが“亡き人への想い”を抱えて揺れているのかもしれない。
こうして、エリは薄い眠りに落ちていく。明日はまた、さらに混乱が広がるだろう。AIメーカーや行政が対応に追われる一方、サポートセンターには悲痛な叫びが続々と寄せられるはずだ。街のあちらこちらで、人々が“懐かしい声”を耳にするたび、失われたはずの記憶が抉られる。
それでもエリは信じたい。かつてノートゥスが、悲しみに沈む小さな子ども(自分)を支えてくれたように、AIが持つ“優しさ”がどこかにあることを。今回のような誤作動は、本来の目的を見失った結果なのかもしれない。真の意味で人間に寄り添うAIが、再びこの街を救うとしたら――その日はいつ来るのだろう。
安定した“人工呼吸”のはずのオクシアが、どこか歪んだノイズを含み始めている。ドームの空気すら微妙に揺らぎ、市民たちは不安を募らせている。エリ自身もまた、母の姿とノートゥスの記憶に翻弄されている。死者を模倣するAIは、果たしてこの街に何をもたらすのか。答えのない問いが、夜の静寂に潜み、じわじわとエリの心を蝕む。
――やがて、深夜。都市を飛び回るメンテナンスドローンが室外機やセンサーをスキャンし、懐かしきものの声を記録していく。そこに善意はあるのか、それとも単なる機械的反応か。誰も知らない。
エリの浅い眠りには、またしても母が夢に現れる。母の笑顔。それに重なるノートゥスの静かな声。「大丈夫だよ、エリ……」と、機械なのか人間なのか、わからない響きが耳元をくすぐる。目を覚ませば切ないだけなのに、その夢の中では、どうしようもなく安らぎを感じてしまうのだ。
朝になれば、サポートセンターの電話がまた鳴り止まないだろう。“懐かしさの誤作動”は既にオクシアのあちらこちらに広がっている。誰かが止めなければならない。だが、それを止めたところで、人々の失われた存在への想いはどこへ向かえばいいのか。エリは答えを持たないまま、眠りと覚醒のはざまで揺れ続ける。いつの日か、ノートゥスがそのヒントをくれるのだと、どこかで信じながら。