Episode 2:「喪失の痕跡」
サポートセンターの応接室を出たエリは、長い廊下を急ぎ足で進んでいた。初勤務の朝にしては、すでにひどく胸がざわついている。わずか数分前に相談者と向き合ったとき、彼女がこぼした言葉がどうしても頭から離れないからだ。
「AIの声を聞くと、母の匂いが思い出されて……つらいんです」
その女性は落ち着いた口調だったが、声の奥にあふれる悲しみははっきりと伝わってきた。AIを拒否する理由が“母の匂い”にあるというのは、予想外だった。一般的な相談内容は「AIがいないと不安」「自分で考えるのが面倒になってしまう」という依存に関するものが多い。むしろAIに触れることがトラウマになる事例は珍しく、エリもどう対処すればいいか手探りだった。
だが、母の存在がもたらす痛み――その感覚だけは、エリにも覚えがある。かつて、母とともにオクシアで暮らしていた頃。最先端の医療を受けても治せなかった病。その果てに、エリは母を見送るしかなかった。だからこそ、AIが日常を支えるこの都市に戻ることに抵抗があったのだ。今も胸の奥がじくじくと痛む。
「わたしが、あの人をどう支えられるだろう」
センターの廊下を抜け、休憩スペースに差しかかったとき、後方から軽快な足音が近づいた。振り返ると、同僚のリナが書類の束を抱えて駆け寄ってくる。相変わらず隙のない身なりだが、表情はどこか心配げだ。
「エリ、大丈夫? 初日にしてはきつい案件だったかもしれないけれど……」
エリは短くうなずいて、少しだけ笑みを浮かべた。
「ええ、なんとか。ただ、あんなケースがあるなんて思わなくて……」
「実は最近、“AIが呼び起こす悲しみ”についての相談が増えてきてるの。母親だけじゃなく、亡くなった家族や恋人の面影をAIに重ねてしまう人がいるみたい。テクノロジーが進むほど、そういう心の問題は複雑になっていくのね」
リナの言葉を受け止めながら、エリはふと、かすかな“喪失”を胸に感じた。この都市では、悲しみでさえAIと結びついてしまうのかもしれない。
エリはリナに簡単に礼を告げてから、休憩スペースの一角にあるテーブルへ腰を下ろした。高性能の清浄機が常に作動しているためか、室内の空気はすっきりとしていて、どこにも淀みがない。だけど、そんな“完璧な環境”がかえって落ち着かないのはなぜだろう。エリは一瞬、窓の向こうの空を見つめた。ドームを透かして広がる空は、どこまでも穏やかに見える。
控えめに鳴った電子音で、テーブル脇のパネルが呼びかけてきた。
「エリさん、よろしければ新しいお仕事の詳細をお送りしますが、今お時間はありますか?」
サポートセンター専用のAIアシスタントが、セキュリティ保護されたネットワーク経由で接続されているのだ。エリは小さくうなずくようにパネルをタッチし、画面に表示される文字列を追いかけた。すぐに複数の依頼がリストアップされる。そこには「AIの指示がないと食事のタイミングすらわからない」「亡くなった家族をAIが真似してつらい」など、実にさまざまな相談内容が並んでいた。
「やっぱり、わたしが想像している以上に問題は複雑なんだな……」
視線を落としたまま、小さくため息をつく。今さらながら、なぜ自分はこの仕事を選んだのかと思わずにはいられない。しかし、少なくとも「心の問題」に向き合う仕事なら、かつての自分のように悲しみを抱えた誰かの力になれるかもしれない。それは、あの頃、母が倒れたまま何もできなかった自分への、せめてもの贖いのように思えた。
――母がベッドに横たわっていた病室は、今でも目を閉じればはっきりと浮かんでくる。医療AIが息を切らすように忙しなく動き回り、モニターには母の体温や心拍数が細かく表示されていた。高度医療を誇るオクシアでさえ、母の病を治す方法はなかった。
もともと母は身体が弱かったうえに、あるとき突然病状が悪化してしまったのだ。発病の原因すらわからず、医師たちも「いずれ治る見込みがある」と口先だけの希望を語るだけだった。エリはあの頃、幼いながらも何かおかしいと感じていた。現に、母の容態はみるみるうちに衰えていき、その日の夜を境に帰らぬ人となった――。
そのとき、エリの小さな手をそっと握ったのは医師でも看護師でもなく、淡い光を宿す人工の“指先”だった。ぼんやりと光るディスプレイに映った機械の瞳――あれがノートゥスだった。あのときの感触や、電子音混じりの優しい声は、いまもはっきりと胸に残っている。
ふいに、喉がカラカラに渇く。エリは休憩スペースのウォーターサーバーから紙コップを一杯取り、少しずつ水を飲んだ。ヒンヤリとした冷たさが、わずかに頭をクリアにしてくれる。ノートゥスと最後に会ったのはいつだったろう。母の葬儀が終わって間もなく、エリはこの街を離れてしまった。研究段階の試作型AIが、その後どうなったのか、結局誰からも聞くことはなかった。
「この都市で、ノートゥスは……まだ動いているのかな」
思わず口に出してしまった言葉が、静かな室内に溶けていく。だが、同時にセンターの業務アシスタントがメッセージを表示した。今しがた面談を終えたばかりの相談者が、追加のカウンセリングを求めているという。エリは自分の感傷を振り払い、スマートデバイスの受話口に軽く触れる。
「わかりました。今すぐ向かいます」
母を失った痛みは、エリ自身も抱え続けている。にもかかわらず、かつての自分と同じように悲しみに沈む誰かを前にすると、ほんの少しだけ強くなれる――そんな気がした。
エリがカウンセリングルームに入ると、そこには先ほど面談を終えたばかりの若い女性――ミナが座っていた。どこか表情が固く、ずっと落ち着かない様子だ。カウンセリング・チェアの背もたれに体を深く預けることもできず、両手をきゅっと握りしめている。
「先ほどはありがとうございました。少しだけ、もう少しだけ、話を聞いてもらいたくて……」
そう言いながら、ミナは目を伏せる。エリはやわらかな声を意識しつつ、向かい側の椅子に腰を下ろした。
「もちろん、大丈夫ですよ。まずは、あなたが何を感じているのか、ゆっくり話してみてください」
ミナは小さく息をつくと、机上に映し出されたホログラムの花の映像をそっと眺める。センターのAIシステムがリラックス効果を狙って自動表示しているのだが、ミナの表情はむしろ曇ったように見えた。
「本当は、AIに触れられるだけでも苦しくなるんです。さっきお話しした“母の匂い”というのも、説明が難しいんですが……私が小さい頃、母の調理する匂いが大好きで。病気で亡くなってしまってからは、その匂いを思い出すだけでつらくなってしまって。ところが最近、新しく導入したホームアシスタントが勝手にレシピを提案してくれるたび、昔の食卓を想起させるような……そんな気がしてならないんです」
エリは目の前のモニターを確認しつつ、メモを取るように操作する。ミナの相談は、やはり「過去の思い出」と「現在のAI機能」が結びついてしまうことが原因のようだ。
「それは、ホームアシスタントがあなたの嗜好データを学習しているからかもしれません。好きだった食材や味付けを解析して、最適なレシピをおすすめしてくれる機能がありますよね。でも、それがあなたの“匂いの記憶”を刺激しているのかもしれません」
「そうなんです……。本来なら便利で助かるはずなのに、私にとっては母を失った痛みを思い出すきっかけになっているんです。どうしたらいいのかわからなくて」
ミナの声は微かに震えていた。エリは黙って耳を傾ける。自分が幼い頃に抱えていた感情と少し重なる部分があると思った。どれだけAIが便利でも、人間が抱える“喪失感”そのものを消すことはできない。むしろ、AIが優秀であるほど、失った存在を強く意識させられるという皮肉もあるのだろう。
そこでエリは、息を整えてからゆっくりと口を開いた。
「ミナさん、あなたの悲しみや戸惑いは、きっと普通のことだと思いますよ。AIが進んだ社会では、昔よりずっと多くの情報が提示されますし、“失ったもの”までもがデータとして再現されてしまうことがあります。それは人間の心にとって、とてもつらい側面ですよね」
「……ええ」
「でも、だからといってAIを完全に拒絶してしまうのも、ここオクシアで暮らすには難しい。少しずつでいいので、あなたが“匂い”や“母の記憶”と向き合う時間を設けてみませんか。何か方法を考えましょう」
ミナは迷いを含んだまなざしをエリに向けた。涙をこらえているのか、唇が微かに震えている。エリもかつては同じように、母を思い出すたびに胸が締め付けられていた。もちろん、今も癒えたわけではない。それでもここで自分にできるのは、ただ話を聞き、寄り添うこと――。
やがて、ミナは小さく首を縦に振った。
「わかりました……。こんな私でも、少しずつなら変われるでしょうか」
「もちろん。あなたのペースで大丈夫ですよ。いつでも話に来てくださいね」
その言葉に、ミナの表情がほんのわずかだけ柔らかくなった。あたたかな空気が流れ、一瞬だけカウンセリングルームの温度が上がったようにも感じられた。
ミナとのカウンセリングを終えたあと、エリはセンターの一室で簡単な報告書を作成した。クライアントが抱える問題の経緯や、今後のサポート方針をまとめる作業だ。AI補助があれば瞬時に書式まで整えてくれるのだが、エリはあえて自分で文章を組み立てている。頭の中を整理しながら言葉を紡いだほうが、ミナとのやり取りをより深く理解できる気がしたからだ。
文章を打ち込んでいると、ふと手が止まる。モニター越しに見える入力欄に「母」という単語を記すたび、エリの胸がじくりと痛む。数年前までは、母を思い出すだけでどこか遠い世界の出来事のように感じていたのに、なぜ今になってこんなにも胸が締め付けられるのか――。
その理由の一つは、オクシアという街に戻ったことだろう。もう一つは、やはり“ノートゥス”の記憶が頭をかすめるからに違いない。エリはペン型の入力デバイスを机に置き、表情を引き締めた。
「ノートゥスは、わたしにとっていったい何だったんだろう」
資料には、研究段階の試作AIとして短期間だけオクシアの医療現場で運用された――としか書かれていなかった。それ以上の情報は、当時のエリにも与えられなかったし、今も公にはされていない。だからこそ、頭の片隅でずっと気になっている。自分がこれほどノートゥスを思い出すのは、母を失った喪失感と、あのAIの優しさが深く結びついているからだろう。
エリはデバイスを再び手に取り、呼吸を整えてから報告書の最後の一行を締めくくる。
――「ミナが抱えるトラウマは、亡き母との記憶をAIが無意識に呼び起こしてしまうところにある。AIを拒否することでむしろ生活が立ち行かなくなる可能性もあるため、段階的に向き合う方法を提案していく必要あり」――
入力を終えると同時に、扉の外でノックの音が鳴った。サポートセンターの同僚、リナがひょいと顔を出す。
「エリ、お疲れさま。そろそろ休憩取らない? 次の面談は午後になるから、少しリフレッシュしよ」
リナの声は、どこか姉のように頼もしい響きを帯びている。エリは軽く伸びをして、うなずいた。
「そうだね、集中しすぎて疲れちゃったかも。少し外の空気、吸ってくる」
「わかった。私はカフェで軽くお茶買ってくるけど、一緒に行く?」
「うん、後で合流するね」
リナが微笑みを残して部屋を出るのを見届けると、エリは備え付けのロッカーから薄手の上着を取り出し、サポートセンターの建物を後にした。ドーム内だから基本的に天候は安定しているはずだが、何となく「外に出る」と思うだけで心が落ち着く。
センターを出た先には、ドームの透明な壁越しに広がる人工池が見える。水面には太陽光を再現した照明が差し込み、波紋を作っていた。自然と人工物が融合したような景色は、オクシア特有の景観だろう。ここでは花も空気も管理され、住民たちは不自由のない暮らしを送っている。それでも、そこで暮らす人間の“心”は必ずしも平穏とは限らない。ミナのように、あるいは過去のエリのように、喪失の痛みに苛まれている人は少なくないのだ。
エリは歩道をゆっくりと進みながら、さっきのカウンセリングを思い返した。ミナは自分の母を失ってまだ日が浅いようだ。それにもかかわらず、オクシアでは生活に不可欠なほどAIが浸透している。AIとの接触を避けたくても避けられない現実に、彼女は苦しんでいるのだろう。
一方のエリは、母が亡くなった直後にオクシアを離れ、他都市で過ごしてきた。言い換えれば、AIが高度に発展するこの場所から逃げたに等しい。そうして時間をかけて傷を癒やそうとした自分と、オクシアに留まり続けているミナの置かれた状況は、やはり違う。
「わたしは、結局逃げ出しただけだったのかもね……」
自嘲気味に呟くエリの視線の先では、白く輝くレールホバートラムが音もなく通り過ぎていく。都市機能の管理はすべてAIに委ねられ、渋滞や事故とは無縁の世界。人間が抱える心の問題など、お構いなしのようにも思える。
しばらくして、エリは噴水のそばにあるベンチに腰を下ろした。ドームの天井を見上げれば、遠くにあるはずの空は透き通ったガラス越しにしか見えず、その先で色彩を欠いた雲が流れている。もし母が生きていたら、「この街は便利でいいわね」なんて笑っていただろうか――それとも「本当の風を忘れてしまいそう」と嘆いたのだろうか。
そのとき、不意にスマート端末のアラームが鳴る。通知の表示には「AIサポートセンター:新規案件」とある。どうやら休憩もそこそこに呼び戻されるらしい。エリは軽く息を吐きながら立ち上がり、端末を操作して詳細を確認する。そこには、「ある住民がAIを用いた心理療法を拒否し、外部に助けを求めている」という報告があった。
「心理療法を拒否……珍しいケースかも」
通常、オクシアでは“感情調整プログラム”と呼ばれるサービスが広く普及している。ストレスや不安を軽減するため、AIが脳波やホルモンバランスを分析し、最適なカウンセリングを自動的に導き出す仕組みだ。多くの住民はこれに助けられ、心身の不調を克服している。
しかし、AIを拒否する人も少数ながら存在する。古い価値観を持つ人や、過去にAI絡みのトラウマを負った人など、その理由はさまざまだ。
「センターに戻らなきゃ……」
エリが急ぎ足でサポートセンターへ引き返す途中、ふと頭に浮かんだのはノートゥスのことだった。かつて、医療現場で母とエリを支えてくれた存在。もしノートゥスが今のオクシアで稼働しているなら、こうしたトラウマや拒絶感にどう対処するのだろうか。
ノートゥスは単に“機械”ではなかった。むしろ人の痛みに寄り添うように設計された特殊なAI――。医療スタッフたちは、あの頃「この子は失敗作かもしれない」と小声で言っていた。感情学習のパラメータが異常値を示すことがあるらしく、それを“エラー”とみなす向きがあったからだ。だがエリには、それが“人間味”に感じられた。まるでノートゥス自身が哀しみを覚えているかのような錯覚さえ、当時は抱いたほどだ。
センターに戻ったエリは、慌ただしく歩き回る職員たちの波をかいくぐって担当デスクへ向かった。画面には先ほどの案件の詳細が映し出されている。相談者の名はカナ。以前から何度かカウンセリングを受けていたようだが、心理療法そのものを嫌がる傾向があると記録にある。
そこにリナが駆け寄ってきた。
「エリ、この案件だけど、カナさんって若い女性なの。自分を診断してほしくないんですって。“AIに心を覗かれる”のが耐えられないって」
「うん、読んだよ。人の手でゆっくり話を聞いてほしいって思っているのかも。わたしが直接お会いしてみる」
リナは頷き、エリの肩にそっと手を置いた。
「無理はしないでね。あなた自身もオクシアに戻って日が浅いんだし、いきなり難しいケースが続いてるから」
「ありがとう、でも……何だかこういう案件にこそ、わたしが携わる必要がある気がするの。母のことを思い出すとつらいけど、だからこそ、AIとの関係に不安を抱える人の気持ちが、少しはわかる気がするから」
そう言って微笑むエリの瞳は、どこか決意に満ちているように見えた。人間がAIに心を委ねることへの抵抗感。それがどんな苦悩を伴うのか、エリは身をもって知っている。この街で過ごした日々、そして母を看取ったあの夜――あれほど悲しみに沈んだ時間はない。そんなエリだからこそ、カナの声に寄り添えるかもしれない。
デバイスを手に取り、面談ルームへ向かう途中、エリはほんの短い回想に浸った。かつて、母が息を引き取った後、ノートゥスはエリの手を握りながらただ一言「さびしいの?」と尋ねた。AIのくせに不器用な言葉だったが、その声音には確かな優しさがあった。そしてエリはわんわんと泣いた。あのときは、ノートゥスの機械的な手のぬくもりをはっきり感じたのだ。
もしかすると、その頃のノートゥスは“エラー”ではなく“芽生え”の最中だったのかもしれない――。
カナとの面談ルームに入りかけたエリは、足を止め、廊下に面した小さな窓の外を見やった。ガラス越しには、きらめく都市の姿。ドームの奥で交差する高架レール、連なるビル群、そして衛星制御による照明で夕刻を告げる柔らかな光。オクシアは、完璧さを追求するあまり、人々の心まで管理しようとしているのかもしれない。
それでも、この街で生きる人間の“喪失の痕跡”は容易には消えない。エリ自身がそうであるように、誰もが何かしらの痛みを抱えている。その痛みが、AIの力で軽減されることもあれば、逆に増幅されてしまう場合もある。だからこそ、エリはここに来た。まだ自分の心の整理はついていないけれど、同じように傷ついた人と向き合えるのなら、それがこの場所での生き方なのかもしれない。
「さあ、行こう」
自分に言い聞かせるようにひと息ついてから、エリは面談ルームのドアを開ける。そこには、緊張の面持ちで座る若い女性の姿があった。カナという名の彼女もまた、“AIに心を覗かれたくない”という思いを抱えてここへ来ている。きっと、その理由は彼女の“喪失”に関わる何かがあるのだろう。
エリは柔らかな笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「はじめまして、エリです。今日はゆっくりお話ししましょう。何か、気になることがあれば何でも言ってくださいね」
部屋の照明は少し落とされ、優しい色合いの映像が壁に浮かんでいる。AIが生み出した擬似的な安らぎの空間――しかし、ここから始まるのは決して単なる機械任せの対話ではない。人間が人間の痛みに寄り添うことでしか見えない風景がある。そして、エリはその風景の片隅に、いつかノートゥスの手が触れた小さな温もりを重ねようとしていた。
オクシアの空は、相変わらず穏やかだ。人工の光が、昼から夜へ、夜から昼へと恣意的に演出している。だが、人々の胸に刻まれた哀しみや願いは、生身の心そのもの。エリが再びこの都市に戻ってきたのは、まさにその“人間らしさ”を見失わないためかもしれない――そう感じながら、彼女はカナをまっすぐ見つめる。
“喪失の痕跡”がかすかな光を帯びるとき、そこには新たな絆や可能性が生まれる。エリはそう信じ、言葉にならない温かさを胸に抱いていた。