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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
27/27

26 愛した過去ゆえ

 全てを話すにはあまりに時間が足りない。

 動き続ける時計を一瞥し、オリヴァーは優しく笑った。


「ルイスは“最後の番人”としての役目をしっかり果たした。立派な大人になったよ」


 ジルベルトにとって誰が大切であるか、そこに順位をつけるのはオリヴァーであっても難しい。

 尊敬する父か、愛する妹か、敬愛する王か。

 きっとそれら全てジルベルトは愛し安否を知りたがっていただろうけれど、記憶を歩んだジルベルトにとって最も気掛かりな人物の一人だったのは、間違いなく甥のルイスだ。


「……あの子に、いらない重荷を背負わせてしまったんだな」


 妻を早くに亡くしたジルベルトにとって、妹夫婦は最愛の家族であり感謝すべき恩人でもあった。

 そんな二人の子供であると共に己の後継者だったルイスの事を、ジルベルトは心から愛していたのだ。

 ジルベルトが最後に見たルイスは、話に出た双子の騎士に抱えられ眠っていた。まだ一歳になったばかりだった。やっと安定して歩けるようになったばかりだったのだ。


「その重荷をまた背負わせるかどうかは僕らにかかってるわけだ。どうする?このままいけば同じ事が繰り返される可能性が高いと思うけど」

「根拠は?」

「殿下がフロスト家に手を出した理由だよ。ジルベルトが一番わかってるんじゃないか?」


 オリヴァーの言葉にジルベルトが黙り込む。

 第二王子ラフェエルがフロスト家を害するにまで至った理由。話を聞く限り、考えられる可能性は一つしか浮かばない。


 ラフェエルは、ジルベルトに何かしら異常な感情を抱いていた。


「殿下はシャノンを愛していたはずだ」


 言外に自分ではないと訴えるジルベルトの視線からは、困惑が読み取れる。

 対してその疑問に答えるオリヴァーは、仕方なさそうな顔をしている。


「単なる隠れ蓑だったんじゃないか?シャノンちゃんはお前が一番気にかけていた存在だ。これほど都合が良い子もいないよ」

「……執着されるような事をした覚えはない」

「僕は殿下に関して詳しいわけではないしなんなら憎しみしかないけど、異常な執着を持っているという点では同じだ。だからこそ言うけど、執着の理由なんてくだらない事が大半だよ。僕はオズワルドが僕の弟だからという理由だけであいつを監禁したんだ。お前も知ってるだろう?」

「…お前が弟に手を出した理由は、そんなものではないだろう」

「側から見ればその程度の話なんだよ。それに一方的な感情とこじ付けでしかなかったのは事実だ。……ジルベルト、見ないふりはやめよう。お前らしくもない」


 血の気が引き今にも倒れそうな顔をする親友をオリヴァーは心配そうに気遣う。

 けれどこの事実に向き合わない限り、なんの結論にも辿り着けない。


「第二王子殿下は、お前を手に入れるためにフロスト家の人間を…シャノンちゃん達を殺したんだ」


 常のジルベルトであれば冷静に受け入れられるのだろうが、今回はわけが違う。

 シャノンはもちろんの事、その夫であるレックスも、生き残りはしたが波乱の主中に置かれたルイスも、ジルベルトにとっては宝も同然。

 そんな彼らが殺された理由が自分であるなど、すぐに受け入れられる方がどうかしているのだ。


「……シャノン達が死んだ確証は」

「ジルベルト、現実を見ろ。それがどれほど馬鹿な質問かわからないお前じゃないだろう」

「…まだ、シャノンを愛していたから狂ったと言われた方がマシだ」

「人を狂うほど愛したという点では同じだよ」


 妹が理由だろうが自分が理由だろうが、ジルベルトが下す決断は同じはず。

 けれどそこに至るまでの感情がまるで違う。

 歩んだ人生の中で、ジルベルトは第二王子をとても大切に思っていた。その感情が、それまでの言動が、全て間違いだったのだ。

 それらがなければ、家族は死なずに済んだかもしれない。


「………俺のせいか」

「被害者だよ。僕とオズワルドの関係思い出してみて?誰がオズワルドを悪いって言うと思う?勝手に一線を踏み外した方が悪いんだ。踏み外さなかった方が後悔する理由なんてないんだよ」


 自虐的に笑った親友を前に、ジルベルトは考え込む。


「……殿下の事は、少し考える」

「罪悪感を感じているならお門違いだ」

「今の段階で異常性が見えるなら迷うつもりはない。ただ、そうでないのなら、これから対策を考えた方が俺達の立場としても効率的だろう」

「ジルベルト」


 オリヴァーの厳しい声を聞いてジルベルトが破顔する。

 ジルベルトもオリヴァーも、善人が好きだ。被害者に同情し加害者を嫌悪する。感情の指針は、普通の人間と大差がない。


「答えが同じだろうと考えたいんだ、オリヴァー」


 全て諦めた笑みに、オリヴァーはこれが最後なのだと確信した。

 ジルベルトにとって最後の、考える時間だ。


「……急かして悪かった」

「お前にとっては憎い相手でしかないんだから当然だ。気にするな」


 オリヴァーであればどんな答えを導き出しても受け入れてくれるだろう。

 その信頼がジルベルトの思考を少し鈍間にさせ、同時に支えている。


「てっきりすぐ動くものだと思っていたけど……そうか、ちょっと時間ができちゃったね」

「少なくとも1ヶ月以内には」

「良いよ別に。物凄く気に入らないけど、ジルベルトにとっては弟みたいなものだろう?」

「嫌悪感は計り知れないが、そうだな」

「じゃあその嫌悪感に期待して気長に待つよ」


 以前王宮で話をした時、ジルベルトはラフェエルに対して嫌悪しか感じなかった。それは今でも変わらない。

 どんな理由があろうと家族を殺されたのだ。その憎しみが消えるはずがない──それでも、そんな状況でも、ジルベルトはラフェエルを大切に思っていた頃の記憶を引きずっていた。

 全てを振り払うには、もう少しだけ時間がかかるのかもしれない。


「殿下の事を後回しにするなら、先にカルロッタを迎えに行くのもありだなぁ」

「!…そうだオリヴァー、お前どうして…」


 自分の過去にばかり囚われていたジルベルトがオリヴァーを見やる。その視線を察し、オリヴァーが答えた。


「オズワルドのこと?」

「……今回、弟に手を出す気はないと言っていたが、どういうつもりだ?」


 オリヴァーにとってかけがえのない存在である弟だというのに、オリヴァーが語った話の中でその存在は異様に希薄だった。

 それがオズワルドに手を出す気はないという発言に繋がるというのはなんとなく察せられるが、ジルベルトは納得がいかなかった。弟の死を偽装するまでの執着心。あれは確かに、本物だったはずだ。


「んー、なんて言うべきなのかな。率直に言えば、今の…14歳の僕はまだオズワルドを求めているし、記憶を持っている以上前回よりも上手くことを運べる自信もある。98歳まで生きても弟に対する執着が消えたわけでもなかった」


 向けていた視線を返され、ジルベルトがぎくりと体を軋ませる。


「けど僕さ、お前が死んだ時、お前の事しか考えられなかったんだ」


 親友が死んだ。その事実を思えば、言葉に矛盾はない。それが、オリヴァーの言葉でなければ。


「弟の元に行きもしなかった。ただジルベルト・フロストっていう人間がいなくなった現実を受け止められなかった。もしオズワルドが死んでも立場が逆になっただけかもしれない。それでも僕の中でオズワルドに対する執着より、お前を失った悲しみの方がまさったんだ」


 オリヴァーの異様な執着心を知っている。それが自分にもそれなりに向けられているという事も承知の上だ。そうでなければ親友などとは呼ばれないし、呼びもしない。


「ジルベルトに対して恋愛感情があるわけじゃないし監禁なんてもっての外だ。そりゃあさせてくれるなら喜んでするけど……ジルベルトとオズワルドに向けていた感情の違いがわからなくなった。手を出したのだって、幼かった僕ができた最大の束縛でしかなかったから、別にオズワルドにはっきりとした恋愛感情があるわけじゃない」


 当時のオリヴァーがオズワルドに手を出した理由も、オズワルドが同世代の少女と良い仲になりかけており、誰かに取られてしまうと焦ったからだ。

 そのきっかけさえなければ、と考えても、遅かれ早かれ同じ結果にはなっていただろうけれど。


「今の言葉を聞いたら卒倒するんじゃないか?」

「オズワルドが?どちらかと言えば殴ってくると思うよ、実際再会した時もカルロッタが止めるまで殴られたし」


 カルロッタ。夢の記憶でオリヴァーの妻だった女性の名だ。


「僕がオズワルドのことを放置している間、彼女がオズワルドの世話をしてくれていたみたいでさ。幽閉塔に捕まった時も、オズワルドを彼女の生家の使用人として引き取って匿ってくれていた」

「……想像し難いな」

「まあね。僕も驚いたよ。仲違いしないよう気をつけて接していたけど、正直そこまで尽くしてくれる意味がわからなかった。挙句、僕が死ぬまで添い遂げたんだよ?」

「……は?添い遂げたって、98歳までか?」

「そう、彼女が死ぬ87歳まで。僕の方が長生きだった。一度だって自分より弟を優先した事がなくて、許されたとはいえ罪人として捕まった過去もあって、結局弟に執着し続けた男と最後まで居続けたんだ。変人通り越して変態だね」

「…お前他の女性と再婚したのか?」

「ジルベルトが想像してるカルロッタと同一人物なんだなこれが。びっくりでしょ」


 確かにオリヴァーとカルロッタは仲の良い夫婦だった。オリヴァーはカルロッタを妻として尊重していたし、カルロッタもオリヴァーの秘密を黙認する気概のある女性だったのだ。そこに愛はなくとも、子供を必要としているわけでもなかったため、二人なりに上手く関係を築いていた。

 ただ問題は、そうであったとしても、あのカルロッタがそこまでオリヴァーに尽くす姿が想像できないという点だ。

 あのカルロッタがそんな健気な事をするのか?あのカルロッタが。


「彼女の話をしてるんだよな…?」

「正真正銘僕の奥さんの話だよ」

「……幻覚…?」

「さすがに愚問」


 辺境伯家の人間とはいえオリヴァーは次男坊。国王から保障されたとはいえ一度は罪人になった男。

 そんな人間と添い遂げるだと、あのカルロッタが。なんの間違いだ。


「今の僕はまだオズワルドに対する感情の整理がついていないから難しいかもしれないけど、記憶を見た…回帰した以上、頭で考えられる限りでは、まぁ、ただ幸せになってほしいと思ってる。カルロッタは今頃男にモテモテの時期だろうしどうしようかなぁ…考えてみれば今迎えに行っても袖にされそう…先に高い鼻を折らないといけないの面倒だな…」

「迎えに行く気なのか」

「ジルベルトも一緒に行く?迎えはともかく見に行くくらいならとりあえず行っても良いかなって…っていうか、そういうジルベルトはどうするんだ?」


話を振られ、途端にその先の言葉が予想できた。


「セシルちゃんと、少しでも長く一緒にいたいんじゃないの?」

お読みくださりありがとうございました。

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