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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
25/27

24 殺すべき正義感


「増えてる……」


 早朝から薬屋ノラレスへ訪れたジルベルト達は、唖然と呟いたジェイダによって迎えられた。


「早朝に申し訳ない。話を聞きにきた」

「まだ開店前です」

「私達を優先してくれ」

「これだから貴族は…」


 ズカズカと店主の許可もなく店内に侵入してきた貴族子息2人に、あからさまにジェイダの機嫌が悪くなる。今にも後ろから黒い靄が出てきそうなほど不穏だ。

 けれどそんな事はどこ吹く風か。ジルベルトもオリヴァーも、適当な椅子を見繕って勝手に居座ってしまった。


「彼女が魔女?」

「ああ。優しい人だ」

「よろしく魔女の君。僕はオリヴァー。好きに呼んでいいよ」

「……………出てい」

「無理だね」


 にっこり笑いかけてきたオリヴァーを見てジェイダは悟った。この子供も隣のジルベルトと同類だ。

 いっそ全て諦めた方が楽だろう。

 ジェイダはカウンターの椅子に座り、目の前に陣取る2人の少年にため息をついた。


「ではオリヴァー様と。私はジェイダと申します。……一応聞きますが、此度はどのようなご用件でいらしたんですか」

「要件というほどのものはないんだ」


 つまり営業妨害をしに来たのだろうかこの貴族どもは、とはジェイダの心の声。顔に出てはいないはずだ。

 こんな朝方から人の店に乗り込む常識はずれは他にいない。


「私がいなければ店に入れずじまいだったでしょうに…ずいぶんお暇なんですねぇ」

「いなければ鍵を壊せば良いじゃないか、ねぇジルベルト」

「ああ。店主に招かれなければならない決まりもない」

「強盗みたいなこと言わんでください。仮にも貴族の子供でしょう」


 しかもジェイダは知らないが、2人揃って上位貴族である。世も末だ。


「まぁ冗談はここら辺にしておこう」

「真顔で冗談を言わないでくださいジルベルト様」

「これでもだいぶ楽しそうだよ」


 本当に何をしに来たのだろうかこの2人は。

 ジェイダが困惑と苛立ちでピクピクと眉をひくつかせると、何を察したかジルベルトが「では簡潔に」と言葉を続けた。


「ここで買った眠り薬をこのオリヴァーにも飲ませ、ちょうど昨日の夕方ごろに記憶を見た事が判明したんだ」

「…はい?」

「ジェイダにも顔合わせをと思ってな。これから頻繁に顔を合わせる事になるだろう。仲良くしてやってくれ」

「………え?え?」

「すごい!ジルベルトが僕の保護者みたいだ!」

「黙れオリヴァー」


 黙って欲しいのはあなたもだジルベルト。ジェイダの顔にはまさにそんな事が書いてあった。


「ゆ、友人に、あの薬を飲ませたと言うんですか?効力も分かった上で!?」

「ああ」

「そんな馬鹿な!あれは嫌がらせなんですよ!?大嫌いなあなた達人間を苦しめるために作った薬で……あっ!」


 そこでふと、ジャイダは気づいた。

 嫌がらせのために作った薬である事には変わりない。けれど、あの薬の効力は夢で自分の人生を歩ませるというもの。

 予知ではなく、実際に経験させ感情を植え付けた上で、経験によって得た成長を奪うものだった。

 ジルベルトは悲惨な未来が待っていたから嫌がらせになり得たが、他の幸せな未来を持つ人間が使えば、未来を知るという最大の利益をほぼノーリスクで得る事になる。


「このご友人は、幸せな未来を辿ると何か確証があって…?」

「いや全く」

「我ながら若い頃はそれなりに悲惨だったと思うよ」


 今日はまだ始まったばかりだというのに、ジェイダの困惑具合は最高潮に達した。


「オリヴァーの未来が悲惨であろうがなかろうが関係ない。俺の愛した家族を殺した者を知る可能性が高い人間の中で、最も信頼できる人間を巻き込んだだけだ」

「寂しかったって素直に言ったら?」

「………」

「口で伝えない男はモテ……その顔があれば言葉なんて必要ないか…」

「お前も似たり寄ったりだ」

「僕はちゃんと伝えるからマシだよ」


 異常なまでの言葉不足が災いして最愛の妹と不仲だったジルベルトには刺さる言葉である。

 何より弟を監禁した事を教えた上で妻と良好な関係を築いていたオリヴァーに言われると、なお刺さる。


「ジェイダもジルベルトは言葉不足だと思うだろう?あと行動下手」

「あ、はぁ…そうですね…」

「ほらやっぱり!ジルベルト、今からだったらシャノンちゃんとも仲直りできるよ!口下手直そう!」

「もうしてる」

「嘘はダメだよジルベルト」

「夢を見る前のお前に相談して今はそれなりに上手くいっている」

「え、ほんと?」

「ああ」


 そこで、流れるように紡がれていた会話が途切れた。

 しんと静まり返った店内に店主でありながらジェイダだけが居心地の悪さを感じ、会話を途切れさせたオリヴァーの顔を見る。

 怒りとも呆れとも取れるような顔。あるいは嫉妬か。そう愚考する程度には、複雑そうな顔をしていた。


「……それは少し、気分が悪いな」


 静かな店内に落とされた声は冷え切っていた。

 14歳の少年のものとは思えぬ鋭さを孕み、されど幼さ故の危うさが垣間見える。

 元々の性質か、薬を飲み長い人生を経験した記憶あっての凄みか。


「その時期の話を覚えていないとなると、薬を飲む以前の記憶も薬を服用したせいで混濁している可能性があるな」

「………へっ?」


 間抜けな声を出したのはジェイダだった。


「魔女の薬と言ってもそう万能ではないという事か」

「……まぁ人生全部の記憶を見た…薬の効能的には、人生を歩んだって言い方が正しいか。僕に至っては今の年齢を差し引いても72年分だ。現在の記憶が曖昧になるのは仕方ない事とも言える」

「い、今の険悪な空気は一体…」


 思わずジェイダの口をついて出た疑問に、2人は一瞬きょとんと可愛らしい驚きを経て、ジルベルトはため息をつき、オリヴァーは軽く笑った。


「オリヴァーの執着にいちいち反応している時間はない。そもそも興味がない」

「ジルベルトも僕のこと大好きなんだけど、そこらへんには構ってくれないんだよね!」

「俺に必要以上の執着を向けるなと言いたいところだが、執着心のないオリヴァーはオリヴァーじゃないからどうにもできないんだ」

「特別枠のど真ん中がジルベルトだから仕方ないね」


 それなりに生きてきた魔女ジェイダの前に、久方ぶりに理解できない生物が現れた。


「そういえばオリヴァー、弟とは今どうなんだ?」

「最近の記憶が曖昧だから憶測だけど、たぶん今日の日付的にまだ普通の兄弟、の、はず」

「そうか。今ではもう夢の記憶と大差ないが、早く済ませるに越した事はないぞ」

「……弟には、もう手を出すつもりはないよ」


 次に会話を止めたのはジルベルト。いつもの無表情とは違い、その顔は困惑に満ちていた。


「………夢で何があった、オリヴァー」

「あー…話せば長くなるんだけど…」


「ちょ、ちょっと待った!」


 ピンっと片手をあげて声を上げたジェイダに、ジルベルトとオリヴァーの視線が向く。


「私へのご用件は、挨拶だけなんですよね…?」

「ああ」

「ではもうお帰りください。失礼ながら、これ以上は営業妨害と判断します」


 なかなか直球で文句を言ったなと思いつつ、オリヴァーがジルベルトの表情を確認した。存外穏やかだ。


「…そうだな。今日は顔合わせが目的だった。これ以上長居する理由もない」

「何か薬の一つでも買おうかと思ってたんだけど」

「今度にしろ。もう出る」


 席を立ったジルベルトの言葉を聞きオリヴァーも席を立つ。

 やっと嵐が去るのだとホッと息をついたジェイダだったが、最後の最後で爆弾を落とされた。


「またね、魔女の君」

「次は何か土産を持ってくる」


 まるで、また遊びに来るとでも言うような言葉を残して去っていく2人を唖然と見送る。

 そういえばジルベルトは最初、頻繁に顔を合わせる事になる、と言っていた。

 それはつまり、いやまさか。


「か、勘弁してください…!」


 ヘナヘナと机に突っ伏したジェイダの声は、疲れと呆れが混ざり込みなんとも情けないものだった。

 だから、と言ってしまうと、ジェイダが少し可哀想な気がするけれど。


 ──店を見守るように飾られた人形の瞳が動いた事に、持ち主のジェイダですら、気づけなかった。


───
















「感想は?」


 馬車に揺られながらジルベルトが軽く問う。対してオリヴァーは、少し残念そうな口調で答えた。


「ジルベルトの言う通りだった。あの人は優しすぎる」


 自分達に回帰を経験させた張本人。

 しかも口振りからして他にも魔法と呼べる手段を持ち得ている。それは魅力的な駒以外の何ものでもない。

 だからこそ、ノラレスへ向かう道の馬車の中、オリヴァーはジルベルトに疑問を抱いていた。なぜ利用しないのかと。

 回帰する前であったとしても、ジルベルトなら利用価値を見出し使っていたはずだろう、と。


 けれどジェイダ本人と話してわかってしまった。彼女は、人間を憎み切れていない。


 いくら口では死ねば良いと語ろうとも、人間に同情している事がよくわかる人だった。ジェイダは知っているのだ。人間は愚かな生き物なのだと。

 何かを恐れれば暴走し、けれど愛してしまうほど優しい人間も同時に存在している。その事実を理解しているから彼女は優しさを捨てきれない。人間を憎めない。


「それでも、ちゃんと利用はするつもりなんだろう?ジルベルト」

「……ああ」


 ジルベルトもオリヴァーも、人の不幸を見て喜ぶ趣味は持ち合わせていない。貴族という立場柄、人間に優先順位をつけなければいけない場面はあるものの、善人が不必要な不幸を被る必要はないと思っている。

 だからこそジルベルトの表情は浮かばない。オリヴァーもまた表情に影を落としていた。

 生まれた瞬間から育てられ続けた貴族としての思考が、彼女を放置するべきではないと叫び続けている。


「彼女はどんな場面でも使い道がある駒だ。あの善性も利用しやすい」

「夢での僕もジルベルトも、もう少し割り切りが良かったはずなんだけどなぁ…」

「感情のコントロールが14歳のままだからだろう。おそらくあと数年もすれば割り切れるようになる」


 長く生き様々な事を経験したからこその成長。記憶だけを残してその全てがなくなったジルベルト達にとって、ジェイダの存在は思考を鈍らせるに足るものだった。

 殺すべきだと判断し殺してきた幼稚な正義感が若いまま燻っているのだから、2人は改めて夢の記憶の厄介さを痛感する。


「オリヴァー、彼女を人殺しに加担させるかはお前の記憶次第になるが…」


 表情を変える事なく淡々とこちらを見つめるジルベルトに、オリヴァーが柔らかく笑う。


「お前が一番知りたい事を、僕が偽るわけないだろう」


 昨晩泊まったクレットの前で馬車が止まる。

 今度はきちんと予約をしておいたから、嫌な顔をされる事はないだろう。

お読みくださりありがとうございました。

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