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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
22/27

21 生徒会長は正義の女神の顔をしている

 お茶会翌日。

 授業も全て終了し、クラブ活動に勤しむ生徒達の声が遠くから聞こえる中、ジルベルトは生徒会長専用の執務室へと訪れていた。

 昨夜のうちに面会の申請は通してある。

 業務からいっとき離れ執務室のソファで優雅に紅茶を嗜む淑女に、ジルベルトは一切気が抜けない様子で姿勢を正していた。


「つまり、シェリル特待生及びアーリン特待生への加害事件に対する処罰を求めている、という事ね?」


 生徒会長──クローディア・ドレイデン──。

 涼やかな瞳でジルベルトを射抜く姿は、正義の女神を彷彿とさせ、まだ学生ではあるものの、その美しさは確立されていた。

 長く伸ばされた黒髪は艶を帯び、紅茶に映る青い瞳は水面一つない海を思わせる。

 現在9年生。

 セイレリアの属国ドレイデンの姫であり、セイレリア王国現国王リッカルドの実妹リネットの娘。セイレリア国内では公爵令嬢という立場を持つれっきとした王族の1人だ。

 セイレリアの王子、ランドルフやラフェエルとは従兄弟の関係にあたる。


「珍しく1人で会いに来たと思えば、よりによって特待生がらみの話を持ってくるなんて驚いたわ。あなたはそういった事に関心がないと思っていたけど」

「正直なところを言えばそうですが今回は度が過ぎていると感じましたし、何より私達ベリルが主催の際に起こった有事。特待生である事など関係なく、適切な対処をするべきだと判断しました」

「相変わらず真面目な答えをどうもありがとう。特待生の扱いが面倒だという事をわかっていて話すところを見るに、順調に食えない堅物に育っているようで安心したわ」

「褒められているんでしょうか」

「ただの悪口よ」


 笑顔のはずなのに棘がある。

 こんな対応が返ってくる原因は、おそらく特待生の扱いの難しさゆえだろう。

 彼らは平民でありながら貴族子と同じ学舎に通う事を許された優秀者である。だからこそ反感を買うことも多く、講師や生徒会が気にかけていてもいじめが無くなる気配はない。

 もう少し深く切り込んで言えば、特待生を気にかけなければいけないはずの講師や生徒会の中にも、いじめを許容している者がいる。貴族学校に通っている以上その程度の対応は覚悟しておくべき、なんて考えの人間もいるのだ。そんな中で問題解決ができるわけがない。

 端的にまとめると、いじめ問題が表面化するとはちゃめちゃに面倒なのである。


「処罰対象の生徒はすでに把握できているの?」

「はい。最終確認がまだできておりませんので報告は明日以降になりますが、検討はついております」

「家柄は?」

「主に子爵家の令嬢達です」


 一つ、柔らかな唇から嘆息が溢れた。


「わかったわ。それなら対処しましょう」


 安堵したような感情を滲ませる声。まだ年若いからこその油断だ。

 その態度は言外に、伯爵家以上の貴族子が含まれていないから対応する、と言っているようなものだった。

 これが平常の状態であったならまた別の対応だったのだろうけれど、今年は春の一件で多くの生徒が退学を命じられる事態に至っていた。ゆえに、これ以上の不祥事は出来る限り避けたいのだ。

 もしこれがジルベルトからの進言でなければ、クローディアもまた隠蔽する側の1人になっていたかもしれない。


「私の方から生徒会会議で議題として提出するから、報告書が出来次第すぐに出してちょうだいね」

「わかりました。処罰の内容はどうするおつもりですか?」

「……1人の子供が死の寸前にまで追いやられた。しかも特待生。休養のためとはいえ、数日の欠席で成績が落ちて退学になるなんて事もあり得る話だもの。私としては、加害者側の退学処分が妥当だと思うけれど…」

「生徒会としてはこれ以上の退学者を出すわけにはいかないのでは?色々と口を出す方々もいらっしゃるでしょう」

「わかった上で言わせたいの?ただ単に思い通りに動いて欲しいの?」

「どちらかといえば、後者です」

「なら言いなさい。私、悪口は言うけれどあなたに対して怒った事なんてないでしょう?」


 汚職を犯す事が賞賛されるべきというわけではないが、上に立つ以上はある程度の許容は出来て然るべきだ。

 笑みを深めジルベルトを見定めるクローディアの視線は、決して正義の女神に反する事はなく、しかし従うばかりでもないという事を謳っていた。


「令息ならいざ知らず、退学処分にしたところで令嬢は謹慎したのち他所の領地へ嫁入りする事になるでしょう。であれば、処分するのではなく、更生の機会を与えるべきかと」

「………あなた、もしかしてだいぶ怒ってる?」

「この程度で怒りなどしませんよ。会長もそれはよくお分かりなのではないでしょうか」

「けど、それって……」


 クローディアの顔から余裕が消える。更生の機会。言葉にすれば綺麗に聞こえるけれど、退学以外の更生の機会と考えれば、クローディアに思いつく処罰など一つしかなかった。

 それは、人を見下す類の貴族にとっては、一層屈辱的な行いではないか。


「公平な学園で行うには些か重いかもしれませんが、先ほどおっしゃったように人の命が失われかけたのです」


 誰が誰を見下していようがジルベルトには関係ない。興味もない。だからこそ特待生への対応など関心がないし、春の一件もヴァージルから聞かなければ我関せずだっただろう。


 けれど此度の一件は、お茶会の場で起こったのだ。


 ジルベルトが所属するベリルが治める場で、堂々と。たとえジルベルトが仲裁役を担っていたと知らなかったとしても、ベリルにジルベルトが所属する事は知っていたはずだ。

 だというのに、ベリルが主催する場で問題を起こした。ただの小競り合いなら致し方なしと許せるものを、くだらないいじめのために利用したのだ。

 それはすなわち、ベリルに所属する貴族子が、たった数人の子爵令嬢達に見下されたと同義だった。


「過ちを犯したとはいえ、一学生から学びの機会を奪うのも憚られます。これこそ“妥当”ではないでしょうか」


 そんなつもりはなかった。考えてもいなかった。全て知った事か。

 考えが及ばぬのならそれまでの頭だったというだけだ。哀れな頭に同情こそすれ許せる事ではない。

 貴族子の学校で問題を起こすという事は、それだけ多くの“貴族”の目に触れるという事。それがどういう意味か今一度考えさせる。温情にも程がある処罰だろう。


「……これ以上生徒数が少なくなるよりは確かにマシね。良いわ、特例として認めましょう」


 吐露されたジルベルトの苛立ちを察し、クローディアが潔く引き下がる。


「期間はこちらで決めるわよ」

「はい。会長なら皆が納得できる采配をされると信じておりますので」

「王族を脅迫しないの!全くあなたは昔から!」

「信じているだけですよ」


 途端、にこやかな空気がその場に流れる。

 元々クローディアとジルベルトの仲は悪いものではなく、それこそ先ほど言っていたように、クローディアがジルベルトに対して怒った事もなかった。


「では私はこれにて失礼いたします。お忙しい中、時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」

「あなたこのままランドルフのところに行くの?」

「はい。その予定です」

「なら私も一緒に行くわ。あなたより先にジルベルトが私に会いに来たんだって自慢するの」

「確かにお茶会後に伺ったのは会長が先ですが、準備中も殿下の側にできる限りいるようにしていましたから、自慢にならないのでは?」

「あなたわかってないわね。お茶会の準備をしている間、ランドルフがどれほどジメジメと鬱陶しかった事か!人前で取り繕えていたのが奇跡と言って過言じゃないほど面倒だったのよ」

「はぁ…そうですか…」


 ジルベルトの脳内に、あの殿下がそんなに?と疑問符が浮かぶ。

 それを即座に察せるのだから、クローディアの観察眼は恐ろしい。


「あなたそんな呑気にしていたら私が攫うわよ。そしてランドルフを泣かせてあげるわ」

「殿下はそんな事では泣きませんよ」

「いいえ、とびきりの良い悔し顔を見せてくれるはずよ!行きましょう!」

「会長のエスコートができるなんて光栄です」

「その呼び方やめてちょうだい」

「在学中は会長に他なりませんので」


 子生意気な口を叩きつつ、ジルベルトはクローディアと共にランドルフの元へ向かった。


───












 一方その頃ジルベルトと共にお茶会の準備に携わったマーロンは、中級生寮の談話室でクラスメイトのニコラスに張り付かれていた。


「ねぇねぇ良いじゃないかマーロン。僕達の仲だろう?」

「そのうち公になるから今はダメだってば。何度も言わせるなよ」

「え〜!!!」


 吟遊詩人を祖父に持ち家族も芸術家気質の者が多いハモンドは、自由な振る舞いをする事が多かった。

 特に興味がある事に対しては探究家の一面も見せるのでめんど…もとい、あしらいづらいのである。


「今知りたいんだよ。だってあのフロスト令息が怒ってるみたいじゃないか。僕だって協力したんだからさ、少しくらいさ!」

「ジルベルト様は別に怒ってないよ。しいて言うなら僕たち全員のために怒ってくれているようなもので…」

「へぇ?ふうん?そんなに優しいんだ、僕ももっと話してみたいなぁ???」


 自他共にいざという時とても頼りになる男だが、普段がうざ…もとい、あしらいづらい男である。

 お茶会後にニコラスが顔を出した時、咄嗟に誤魔化したのがいけなかった。

 あの場にはジルベルトもオリアナも揃っていたのだから、2人の指示を仰いでさっさと対応をしていれば、こんなに張り付かれる事もなかっただろうに。


「そんなに知りたいなら僕じゃなくてアゼリア令嬢に聞きなよ、委員長なんだし…」

「レディに纏わり付いたら不審者じゃないか」

「男に対しても同じだよ?理解してる?」

「はははっ」


 笑い事で済ませる精神が憎らしい。

 マーロンはこれ以上対応してなるものかといよいよソファから立ち上がった。


「マーロン、ねぇマーロン」

「もういい僕は部屋に戻るから!」

「本物の不審者がいる」

「……え?」


 マーロンが振り返れば、いつの間にか窓際に身を寄せていたニコラスが、驚いた様子で窓の外を見つめていた。

お読みくださりありがとうございました。

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