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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
21/27

20 お茶会の終わり

 アーリンをベッドに寝かせる。

 常駐していた医務員が大慌てで処置にあたる姿を見てシェリルが不安げに体を強張らせていたが、ランディアントの関係者は一流揃い。

 よほどの事がなければ問題なく回復できるだろう。


「今回の件は私から生徒会長へ報告する。退寮の準備をしておくように」


 医務員の指示により別室へ移動したジルベルトは、同じく移動した面々を見て冷静に告げた。

 名指しこそされなかったが、カールが俯いたまま微かに肩を揺らす。


「それとシェリル嬢、君と君の弟には後日事情聴取をする事になる。彼が目覚めたら伝えておいてくれ」

「わかりました………あのっ、私達の処分は…」

「罪のない被害者を処分するほど生徒会長も暇ではないから心配はない。何かあったとしても私が責任を持って証言する。万が一にも君達に火の粉は及ばないと保証するよ」

「そこまで…ありがとうございます…」


 ここで自分達にも処分が下ると思っているあたり、学園という箱庭でさえ貴族と平民の差が埋まっていない何よりの証明だ。

 もしこの”差”に必要以上に興味があったなら、ジルベルトはシェリルの行動にやるせなさを感じたのだろう。


「私はこれ以上お茶会から席を外すわけにはいかない。シェリル嬢、君の欠席は私からアゼリア令嬢に伝えておくから今日は弟の側に。私はそろそろ失礼する」


 けれどジルベルトは、貴族と平民の差になど興味がない。


「ヴァージル、君はどうする?」

「俺も戻るに決まってるだろ」

「あ、スプラウト令息もありがとうございました…!」

「ああ」


 虐げられていた御者に慈悲をかけたヴァージルもこの場で何か言うつもりはないのか、頭を下げたシェリルに軽く返すだけに収める。

 このままシェリルはアーリンの付き添いとして医務室に残る事になる。

 カールの身柄はすでに部屋の前に待機させている寮の事務員に一任しているため、これ以上ジルベルトとヴァージルの手を煩わせる事はないだろう。

 部屋を出たジルベルトは自分の後ろを黙ってついてくるヴァージルを一瞥し、気まずげに口を開いた。


「すまなかった」


 部屋から離れた人気のない廊下。響きこそすれ誰かに聞かれる可能性は低い。

 たった一言発せられた謝罪の言葉に、ヴァージルは驚きを隠せないと同時に、目の前の少しばかり情けない背中に呆れていた。


「謝るくらいなら巻き込むなよ」

「巻き込んだことに関して後悔はしていない。ただ君がカールを一喝した姿を見て、らしくない真似をさせてしまったと」


 御者の件でヴァージルに貸しを作った。

 なら今回の事件に巻き込み解決に協力させれば貸し借りはなしになる。その程度の認識だった。

 もちろんヴァージルの口の硬さを信用しての事でもあったが、その全ての根底にはヴァージルとの関係を良好なまま保ちたいという想いがあった。

 だというのに、切り捨てるよりも救い上げる方が性に合うこの男に、平民を切らせてしまった。

 カールの自業自得であり、アーリンをいち早く助けるためだったとはいえ、本意ではなかっただろう。

 後味の悪い役を担わせるつもりなど、本当になかった。


「別にそんな事は……なぁ、今回の件、どう片付けるつもりだ?」

「生徒会長に口添えして出来る限りの事はするつもりだ」

「全員か?」

「それが無理な事くらいわかるだろう。1人2人吊し上げて見せしめにするのが限界だな」


 いじめの対応についてはジルベルトの仕事ではない。生徒会の管轄だ。

 今回の件に関してジルベルトがしなければいけない仕事はお茶会の円滑な進行を妨げる行為をした貴族達を罰する事である。

 それが巡り巡っていじめの露呈に繋がった事など、ジルベルトからすれば全く興味のない話だった。


「ならいい。今回の件、確かに胸糞悪かったが協力すると決めたのは俺だしな。話の詳細も伝えなくて良いぞ、興味ねぇから」

「…そうか、わかった」


 メモに書かれていた制限時間はカールの引き出しにしまわれていた課題プリントの提出期限が13時までだったことに関係しているのだろうけれど、だからと言って制限時間を設けた理由の説明にはならない。

 きっとそれは、なぜカールが同室であり同じ特待生のアーリンを貶める事になったのかという経緯に隠されているのだろう。

 協力した貴族達にしてもそうだ。いじめにしては度が過ぎている。

 超えてはいけない一線がわからない愚者だったという可能性も捨て切れないが。

 その他諸々、ヴァージルは聞かないと線引きをした。

 それがまさしくジルベルトが危惧していた事なのだけれど、思いの外ヴァージルの面持ちは柔らかい。


「……お詫びと言ってはなんだが、ここからまたお茶会に戻るのは面倒だろう。抜けてもいいぞ。私が誤魔化しておく」

「おっ!ほんとか?あっ…………いや、うちの委員長口うるさいからな…」


 サボり魔のヴァージルが気にするとは珍しい。

 ヴァージルの場合やんちゃな犬がいっとき反省しているようなものに近いのだろうけれど、まぁ真面目に出ようとしているのを無理に休ませる必要もない。

 ジルベルトはそのままヴァージルと共に、お茶会会場である大広間へ向かった。


───

















 ジルベルト達が関わったシェリルらの事件以外、お茶会は問題なく執り行われた。

 貴族派も王族派も中立派も入り乱れている状態であるため小さな口喧嘩程度は散見されたが、そこは各テーブルに配置されたベリルクラスの面々が上手く対応し、大事になる前に収められていた。

 これに機嫌を良くしたのはオリアナである。

 自分が率いるクラスの生徒達が優秀であると再確認できたのだ。喜ばないはずがなかった。


「皆さん今日はお疲れ様でした。賓客の皆様にとっても、もちろん私達にとっても有意義な1日となったこと、とても嬉しく思います」


 招待した生徒達を帰し、ベリルクラスの人間しかいなくなった大広間で高らかに告げるオリアナの顔は喜び一色。その微笑みで顔を赤くする生徒さえいるほどだ。

 ジルベルトと言えば、会場に戻ってきてからは2階から生徒らに問題がないか観察するだけの時間が続いていたので、有意義というほどのものではなかったのだけれど。

 ただ無駄に絡まれる事態を回避できたのは有り難かった。


「ジルベルト様、アゼリア令嬢が話を聞きたいそうです」


 いつの間にやら隣に現れたマーロンに一つ頷く。

 オリアナの終会の言葉も終わり、クラスメイト達は続々と寮へ帰っている。

 動かずにいるのは準備を手伝ったジルベルト、マーロン、パリスと委員長のオリアナの4人だけだ。

 呼ばれた通り素直にオリアナの元に向かえば、オリアナはにっこりと微笑んできた。


「昼間の件、詳しく教えていただける?」


 準備に携わっていたとはいえ、片付けは生徒の仕事ではない。であれば、オリアナ達が残る理由は自ずと昼間の件の説明によるものだとわかる。

 マーロン達には情報共有をしておくべきというのがオリアナの判断なのだろう。

 ジルベルトが包み隠さず事の顛末を伝えると、マーロンとパリスの顔色があからさまに悪くなった。


「その特待生の容態は大丈夫なんですか?」

「はいフロスト令息!お見舞いって迷惑でしょうか!」

「先ほど私の御者が報告に来たがすでに意識もはっきりした状態にまで回復しているそうだ。ある程度の休養は必要だが、何か後遺症が残っている様子もない。お見舞いは……完全に回復してからの方が良いかもしれないな。アーリン君はわからないが、少なくともシェリル嬢は我々相手だと随分緊張してしまうようだったから」

「シェリル嬢の様子もきっといじめが原因なのでしょうね。フロスト令息、この件どこまで報告するつもりです?全員を探し出すのは無理があるように思うのだけれど」


 発見が遅れていたら取り返しがつかなくなっていたかもしれない。

 表情こそ変えないものの、オリアナの口調には怒りが籠っていた。


「生徒会長に直接報告するのが妥当だろう。犯人については最初から全員探し出せるとは思っていない。だからこそ通常より厳しい対応をとるつもりだが……そのあたり、君達はどう思う?」

「手加減は一切いらないかと思います」

「今回のはやりすぎですからね…何かできる事があれば協力しますよ!」

「最初から決めているでしょうに意見を求めるの?」


 一拍おく事もなくかえってきた答えに、ジルベルトは内心ほくそ笑む。理由さえしっかりしていれば、この3人はある程度の所業は許容範囲に入るのだ。

 爵位は違えど貴族の性を持っている。だからこそオリアナもマーロンとパリスを補佐役に選んだのだろう。

 少なくとも貴族として、彼らを信用に値すると考えたからこそ。


「わかった。君達の意見も踏まえて生徒会長と話を進めよう」

「あら、報告する時には同席させてくださらないの?」

「問題解決は私の仕事だろう?アゼリア令嬢。準備期間中は会計の手伝いとディオン令嬢の付き添いくらいしか仕事がなかったんだ。このくらいは1人でこなさなければと思ってね」

「そう……フロスト令息がその方が良いと考えるなら、それが正しいのでしょうね。わかりました、この件については全面的にお任せいたします。ただ事後報告はきちんとお願いしますね?」

「ああ、無論そのつもりだ」


 表面上は穏やかな会話。

 ヒュッと、マーロンはなぜか悪寒を感じ、すでに2人の関係に慣れたパリスはお見舞いの品をどうしようかと考えていた。こう言うところが彼女の強みである。

 説明も終わりオリアナ達もそろそろ帰ろうかと大広間の出入り口へと向かう。そこで、ひょっこりと顔を覗かせていたのは。


「あれ、もう話終わっちゃったの?」


 お茶会中、件の1番テーブルにて生徒達の対応を完璧にこなして見せたニコラス・ハモンドだった。

お読みくださりありがとうございました。

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