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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
20/27

19 日照りの病

 会場に残ったマーロンと別れ、ヴァージルはシェリルと共に下級生寮へ向かっていた。

 道中、ヴァージル付きの御者を呼びつけ、ジルベルトの御者と連絡を取るよう指示してあるので人手自体は足りるだろう。

 この学園内を最も熟知しているのは御者に他ならないし、何より彼らはそれぞれがフロスト家とスプラウト家の御者なのだ。協力を惜しむ者もそういない。


 下級生寮、208号室。

 シェリルの弟アーリンが日々暮らしている部屋の前についたヴァージルは、二つほどノックする。

 部屋には誰もいないはずだと思っているシェリルは首を傾げたが、次の瞬間、部屋の中から「入っていいぞ」と返事が返ってきた。


「……やっぱりここにいたのか」

「やはりここに来たな。ヴァージル」


 アーリンのものと思われるテーブルの前に立っていたのはジルベルトだった。


「フロスト令息…」

「しっかり伝言を伝えてくれたようだな。感謝する、シェリル嬢」

「い、いえ!そんな!」


 ヴァージルから視線を逸らしたジルベルトが短く礼を述べ、再度テーブルへ視線を移す。


「何か見つけたか?」

「何もない。おそらくアーリン本人が持って行ったか、口頭で伝えられたんだろう。面倒だな」

「俺の御者も使ってるところだ。そのうち見つかるだろ」

「そうだと良いが……ヴァージル、手紙に制限時間が書かれていた事は聞いたか?」

「?…いや、知らない」


 ヴァージルが首を傾げると、慌ててシェリルがポケットにしまっていた手紙を取り出す。

 そこには確かに、昼の13時までという簡潔な時間制限が設けられていた。


「……なんで13時までなんだよ」

「そうだ、そこが引っかかる」


 お茶会の終了時間は夕方16時。お茶会に参加させたくないだけであれば制限時間を設けず攫った旨だけを書けば良い。

 書いたとしても、制限時間を16時にしてギリギリまで探し回らせれば良い。

 あるいはカモフラージュか、何のために?わざわざ制限時間を設ける意味も、13時に設定する意味もわからない。


「え、なに…?」


 そんな中乱入した声に、ジルベルトとヴァージルの視線が素早く反応する。

 見れば下級生。遅れて彼に気づいたシェリルは「カールくん!」と反応した。


「シェリルさん!あの、この人たちって」

「フロスト令息とスプラウト令息だよ!アーリンを探すために協力してくれてて」

「!?え、あ…」


 カールと呼ばれた下級生の瞳は動揺に濡れて彷徨っている。

 シェリルがすぐに事情を話したと言う事は、彼がアーリンを一緒に探しているという同室の生徒だろう。

 シェリルから詳しく話を聞くうちにだんだんと悪くなっていくばかりの顔色に、ジルベルトとヴァージルは顔を見合わせざるを得なかった。


「………黒じゃないか?」

「………俺がやるか?」

「責任は私が取ろう」


 主語のない会話を交わし、ため息混じりに動いたヴァージルの腕がカールへ伸びる。

 シェリルとの間を縫って伸ばされたそれは、いとも簡単にカールの肩を掴み、そのまま部屋の奥へ引き摺り込んだかと思えば床に叩きつけた。


「いっ!」

「カールくん!?」


 痛みに悶えるカールに駆け寄ったシェリルとすれ違いながら、ジルベルトが部屋の鍵をかける。


「君が今から答えるべきは三つだ。アーリンがいなくなった件に関わっているかどうか。アーリンをどこに隠したのか。制限時間の意味はなんなのか。素直に答えるなら大事にはしない」

「!?フロスト令息!?一体何を…!」

「シェリル嬢、今回の件、彼が関与している可能性が高い」


 はっきりと言い切ったジルベルトに、シェリルが言葉を失った。

 カールとアーリンの関係性など何も知らないけれど、ジルベルトとヴァージルがここにいるという事実にあれほど動揺する理由が、他に思いつかないのだから仕方ない。

 間違っていたのなら、先ほどの言葉通りジルベルトが全て責任を負おう。


「ぼ、僕が何をしたっていうんですか…?なんで、僕が!」

「私が求めているのは答えと説明だ。質問は許していない」

「っ!いきなりなんなんですか!貴族だからってこんな事するなんて…!」

「清廉潔白ならそう主張すれば良いが、言葉には気をつけろ。調べれば君の家族親戚、身近な人間、全てわかる」

「な、なに…」

「この意味がわからないでよく特待生になれたな」


 年下相手だ。普段ならもう少し優しくもしてやるが、今回は制限時間がある。まだ余裕はあるにしても、その制限時間の意味がわからない以上急いで損はない。

 ジルベルトの間髪入れない返答にカールの震えが強くなっていく。俯けられて見えなくなってしまったが、顔色はまさに蒼白。

 下級生であろうとセイレリアの国民であればフロスト家を知っている。その子息に問い詰められ、いったいどれほどの人間が口を噤んでいられるだろう。


「…シェリルさん、シェリルさんなら!信じてくれますよね!?」


 いきなり助けを求められ、シェリルがびくつく。

 この状況を理解しきれず悩んでいるようで、彼女より先に口を出したのはヴァージルだった。


「シェリル嬢が信じたところでこの状況は変わらねぇよ。早く答えろ」

「っ……」

「あのなぁ………この際だから言うが、フロスト家のご長男様が関わってる時点で有耶無耶にできるはずないんだよ。他に関わってる貴族がいたって無駄だ。貴族ほど権威に弱い生き物はいない。こんな人間性を疑われるような事をする協力者が、特待生のお前と高位貴族のジルベルト・フロストのどちらを取るかなんて、説明しなくてもわかるだろ?」


 しゃがみ込みカールと目線を合わせたヴァージルが、淡々と告げる。

 その姿に一瞬ヴァージルに対し罪悪感が込み上げたジルベルトだったが、謝るのは後だとすぐに思考を切り替えた。

 いよいよ希望を無くしたのか、あるいは無駄な足掻きをやめたのか。カールが幾ばくか視線を彷徨わせ、ポケットから一つの鍵を取り出した。


 それは、カールが普段使っている机の引き出しの鍵。

 鍵を受け取ったヴァージルがすぐに開けて確認すると、その1番上に、アーリンの名が記された記入済みの課題プリントがしまわれていた。

 記載されている提出期限は、本日13時まで。


「………アーリンをどこにやった?」

「…中級生寮の、倉庫、に」


 ヴァージルの問いにカールは、いよいよ消え入りそうな声で答えた。

 ジルベルトとヴァージルは立ち竦むシェリルと俯いて動かないカールを無理やり連れ、中級生寮へ向かう。下級生寮を出るとジルベルトの御者が馬車を止めて待っており、これ幸いとばかりに乗り込んだ。

 曰く御者の話によれば、ヴァージル付きの御者と共にアーリンを探している中で、知り合いの御者が朝方中級生寮近くを歩く下級生を2人と、その2人を案内している様子の中級生を見かけた、と。

 寮内を捜索するのであれば報告してからの方が得策だと考えジルベルトの元に戻り、ヴァージルの御者は引き続き他の場所を探しているそうだ。

 カールの話に、何も嘘はないらしい。

 馬車の窓からジリジリと射す夏の日差しとともに、ジルベルトの苛立ちと呆れも膨らんでいく。


 今日は真夏日。

 馬車の中は沈黙に包まれていた。


 中級生寮に着くと、ジルベルトは御者に水を倉庫まで持ってくるよう指示し馬車を降りる。

 ヴァージル達もジルベルトに続くような形で馬車を降り、倉庫に向かった。


 中級生寮のみならず、寮の倉庫は1番奥にある。時折空気の入れ替えや掃除で寮母や事務員が訪れない限り、滅多に人が寄り付かない場所だ。

 考えてみれば人を閉じ込めるにはうってつけの場所だけれど、この夏という季節においては最も考えたくない場所の一つだった。

 超えてはいけない一線を超える状況を作る季節と場所だというのに。


 倉庫の扉を開けた瞬間、むわり、埃特有の匂いと熱気が体を襲う。

 扉のすぐ側に横たわった体を見て、真っ先にシェリルが声を上げた。


「アーリン!アーリン!お願い起きて!アーリン!」


 悲鳴に近い声で名前を呼ぶ。何度も、何度も。

 見かねたヴァージルがアーリンの体を抱き上げ、倉庫の外の木陰に連れ出すと、ジルベルトに指示を受けた御者が水を張ったバケツを持ってきた。

 ジルベルトの意図がわかっていたのだろう。馬用のバケツではなく、いささか不衛生ながらも人が飲める純度の水が入っていた。


 意識がない状態で飲ませるわけにもいかず、服を緩め、足元から順に頭まで濡らしていく。

 朝方はまだ涼しかったはずだ。

 しかも今はまだ昼前。熱が篭りやすい倉庫だったとはいえ窓も小さいながらあった。大丈夫、大丈夫だ。


「アーリンっ、お願い!起きてよっ…!」


 濡れた服のせいで全体的に重くなった体にシェリルが縋り付く。

 その声に反応するように、ぴくりと、指先が動いた。


「───……ね…ちゃ、ん」

「ッ!アーリン!」


 奇跡を見たような希望に満ちた声が上がる。

 うっすらと開けられた瞼を見て、シェリルの瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。

 夢の記憶で事件の記憶はあったにせよ、死人の記憶はなかった。だからこそ、真夏日であった事を考慮してもアーリンが死ぬとは思っていなかった。

 けれど、死ぬ事だけが”最悪“ではない。アーリンを抱きしめるシェリルを見て、ジルベルトが人知れず安堵する。


 次いで、何もできずただ立ったままの加害者を見る。

 腹付近の制服を手が白くなるほどぎゅぅっと握りしめた姿はこれから下される処罰を恐れているものなのか、罪悪感に苛まれているものなのか。

 後者であっても庇う事はできない。


「シェリル嬢、アーリン君を医務室に連れて行こう。ここの医務室なら今は医務員以外誰もいないはずだ」

「あ、そ、そうですね」


 ハッと気づいた様子でシェリルがいったんアーリンを離す。次いでヴァージルが服が濡れるのも厭わずにアーリンを抱き上げると、涙を堪えた声で「ありがとうございます」と呟いた。

 本舎も下級生寮もここから距離がある。であれば中級生寮の医務室を使うべきだ。幸い今は中級生のお茶会中。医務員以外、医務室に人はいない。

 気が抜けた様子でよろよろと歩くシェリルを支えつつ、ジルベルトはこの件をどう後始末するべきかと、考えを巡らせていた。

お読みくださりありがとうございました。

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