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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
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01 愛しい家族との再会

 晴れ晴れとした青空の下、少年は目を覚ました。

 どうやら木陰で本を読んでいたら、そのまま寝落ちしてしまっていたらしい。

 いくら暖かいと言っても通常では考えられないほど濡れた背中は、彼の冷や汗によるものに違いない。


 ──夢と言うには悍ましい記憶を見た。


 人生を辿った記憶はあまりにも生々しく、死の寸前に抱いた恨みを夢の中の出来事と片付ける事は到底できるはずもなく。

 夢から覚めた時のようなうつろげな感覚は確かにあると言うのに、少年の頭はいやに冴えていた。

 体を起こせば見慣れた景色が広がっている。実家である侯爵邸。目の届く場所で控える世話役のメイド達。少年が起きた事によりメイド達の視線が少年へと向く。

 すると途端に顔色を青くして駆け寄ってくるものだから、少年はかすかに首を傾げた。


「申し訳ありません、お身体が冷えてしまわれましたか?」

「すぐに着替えの準備と温かいお飲み物をご用意いたします」


 なるほど、彼女達が慌てているのは少年が冷や汗をかいていたかららしい。

 確かに今の少年は顔色も良いと言えるものではなく、はたから見れば病人とも思えるものだろう。


「湯浴みの準備も頼む」

「かしこまりました」


 無駄のない動きで指示に従うメイド達に連れられるまま、少年は屋敷へと戻って行った。

 あんなにも良い天気の下だったと言うのに体を冷やした少年に、メイド達は彼が風邪を引いてしまったと考えたのかもしれない。

 チラチラと心配そうな眼差しが少年の背に刺さる。

 彼女達が少年を心配しているのは本物の良心が3割、あとの7割は侯爵子息に風邪を引かせた罰を懸念しての事だろう。少年に罰する気がなくとも、少年の父は世話役の仕事を怠ったとしてきっちりと罰則を与える人だった。

 湯浴みで体を温め、部屋で紅茶を飲み下した少年は、気に入りの香が部屋に充満した事に気づき、満足げにメイド達へ視線を向けた。


「念の為夕食前までに風邪薬を用意しておいてくれ。もし何か言われるようであれば、私が剣の稽古にせいを出しすぎて発熱気味だからと伝えろ。それと少し寝る。2時間はここに人を近づけるな」

「かしこまりました」


 メイド達が揃って部屋を退出していく。さて、これで1人の時間ができた。

 少年は己のベッドに寝そべり、天井を見上げる。


 信じられない記憶だったが見てしまったからには仕方ない。

 けれど全てを信じるにしては現実味が無さすぎる。

 信じられないのにあの記憶を事実として受け止めようとしている己の頭が気持ち悪い。


 そもそも妹が結婚し自分も政治的な立場を固めるところまでは良いにしても、最後はなんだったんだ。

 状況から察するに第二王子が妹夫婦と屋敷の者達を殺したように思えた。記憶の中の自分はそう理解して彼を恨んで死んだ。

 けれど実際に殺害した場面を見たわけではなく、限りなく黒に近いとはいえ殿下も自分が殺したとは明言していなかったはずだ。

 正直、幼少期から知っているせいで希望的観測に縋りたくなってしまう。


 ただ、いくら考えたところで少年はきちんと理解もしているのだ。

 これが未来視であれ、ただの夢であれ、真相を確かめる術がないという事を。


 いっそ、夢で片付けられたら楽な問題だった。

 試しに夢の中で起きた事件を書き記してみようか。

 夢で見た記憶を辿るのだから多少朧げではあるが、新聞の見出しになる程度の事件であれば内容まで覚えているものも幾つかある。

 少年は起き上がりベッドから降りると、棚にしまっていたノートを取り出し、テーブルに置いてあったペンを手に取った。

 まずは王国中を震撼させた犯罪事件、王族や大物貴族達の子供が生まれた時期、経済的に困窮した時期やその原因、戦争が起こりかけた時期など、思いつく限りの事を書いていく。

 時系列順に並べ替えるのは後で良いとして、覚えているうちに書き出しておかなくてはいけない。

 そして何より、少年の妹シャノンと、その夫となり少年の義弟ともなるレックス。

 2人の最愛の息子であり少年にとって可愛い甥っ子であったルイスの事は、たとえそれが夢だったとしても、絶対に忘れたくない。

 相手に記憶がなくとも、まだ生まれてさえいなくても。


「………字が…汚ない…」


 大人の時はもう少し綺麗だったような気がしなくもないが、まぁ良いだろう。

 時計を見ればもう夕食の時間だ。

 そろそろメイドに伝えた2時間のタイムリミットも迫っている。

 現在の西暦と自分の年齢を確認し、少年は最後の休息としてまたベッドに横になった。


───













 侯爵家フロスト。

 広大な領地を治め、セイレリア王国中枢にて長年王家を支え続けた忠臣の一族であり、王家を守る"最後の番人"である。

 現当主サイモン・フロストもまた王家への忠義を絶対とし、次代の当主であった少年ジルベルト・フロストも、記憶の中では王族を支え国を繁栄に導くべく奮闘していた。

 ──その結果、国王の直系である第二王子からあんな仕打ちを受けたと考えれば、一気に忠義というものの百済なさに気づきかけてしまうけれど。


「ジルベルト、最近フェイブ家の令息と懇意にしているらしいな」


 ぐっと意識を引き戻され、少年ジルベルトは父サイモンへと視線を向ける。

 普段は妹であるシャノンと共にとる夕食だけれど、時折仕事を早く済ませたサイモンが帰ってきて家族3人で共にする事があった。

 今日はたまたまその日だったようで、食堂に入る前に薬を飲み終えていて良かったと安堵する。


「はい。乗馬の先生の紹介で」

「次男のオリヴァー令息の方なのだろう?私も以前会った事があるがなかなか見どころのある少年だった。仲良くしておくに越した事はないだろう」

「私も彼とは話が合うので長く付き合いたいと思っています」


 普段サイモンは息子の交友関係に口出しする事はない。

 ジルベルトの人を見る目が確かであると信頼しているのだ。

 けれど珍しく確認してきたのは、おそらく懇意になったオリヴァーの弟、フェイブ家の三男坊がなかなかの問題児と名高いからだろう。まだ12歳だというのに粗野な噂が絶えないのだ。

 夢の記憶を見たジルベルトからすればオリヴァーも問題がある男であるのだけれど、そういえばこの頃はサイモンはもちろん、ジルベルトも彼のそういった面に気づけずにいた。

 オリヴァーから打ち明けられるまであと1年くらいだろうか。

 いつ見納めになるかわからないから、今度会った時に存分に拝むとしよう。


「シャノン、お前は最近どうなんだ?」


 ジルベルトの友人がオリヴァーだとわかり一安心したらしいサイモンが、黙々と食事を口に運んでいた娘へと話題を変える。

 パッと顔を上げたシャノンは、誰もが口を揃えて称える美しい少女だった。


「わ、私もお友達ができました。フローレンス家の…」

「……確かそこは子爵家じゃなかったか?」

「あっ…」


 開口一番墓穴を掘ってしまった妹に内心ジルベルトが焦りを見せる。

 ジルベルトと違いシャノンは社交界に出たばかりで付き合うべき相手の見定めが甘いのだ。フロスト家の人間である以上、一瞬の隙も命取りになる。

 サイモンがこうして口を出すのは、ジルベルトと違い、シャノンをまだ未熟な庇護対象と見ているからだろう。

 事実、シャノンはまだ8歳。貴族であるなら、親の言う相手と友人になっていた方が都合が良い年齢だ。

 けれど、フローレンス家と言えば確か……。


「父上、フローレンス夫人と面識はありますか?」

「?…ないが、夫人がどうかしたのか」

「一度話をした事があるのですが、とても礼節を重んじる方でした。それに最近ではブティックを開いて大成しているとか。経済の事についても詳しいようでしたし、店の軌道の乗せ方を見ても商才があるのは一目瞭然。侯爵令嬢であるシャノンが付き合うに値する方だと思います」


 貴族層にも市民層にもうける商売をしている人だ。もう少しすれば流行の中心にもなる。

 彼女と懇意にしておいて損はない。


「……シャノン、フローレンス家の令嬢はどんな方なんだ?」

「とてもお優しい方です。一歳年上なのですが、私を下げる事もなく立ててくださいますし、何より快活としていて手芸や詩はもちろん武芸も嗜まれているそうです」

「ふむ…まぁ、多才な人間と付き合うのは良い刺激にもなるか」


 今度はしっかりフォローも入れて紹介に成功した。サイモンはきちんと話せばわかってくれるのだ。少し威圧的で、慣れるまでに多少時間はかかるが。

 何より令嬢が武芸を嗜む事を良しとしている時点で、古ぼけた貴族のたぬき達よりは随分と柔らかい思考の持ち主と言えるだろう。


「私は執務が残っているから失礼する。お前達には土産のデザートがあるから食べなさい」

「ありがとうございます」


 それに、こうしてデザートを買ってきてくれるサイモンの事を、ジルベルトは嫌いになれないのである。

 多忙な中で残りの仕事もあるというのに家族との夕食の時間を作った男が去っていく後ろ姿には、なんだか温かい気持ちを覚える。

 今度差し入れだと言って紅茶を持って行ったら、どんな顔をするだろうか。

 バタンと音を立てて閉められた食堂の扉から、ジルベルトは視線を妹へ移す。

 シャノンもきっとサイモンの不器用な愛情に気づいているけれど、それ以上にまだサイモンの威圧感が恐ろしいのだろう。

 その安堵の表情が全てを物語っていた。


「シャノン」

「!は、はい!」


そしてきっと、シャノンが恐れているのはサイモンだけではない。


「フローレンス家の令嬢と懇意にしているのなら、夫人との面識もあるのか?」

「あ、それはまだで…でも、あの、今度遊びに行く予定なので、ご挨拶する事になると思います」

「そうか。先ほど言った通り見ているだけでも勉強になる方だ。失礼のないように」

「はい…気をつけます…」


 しゅんっと項垂れてしまったシャノンに、ジルベルトが内心冷や汗をかく。

 今のどこに落ち込む要素があったんだ。

 あれか、やっぱり威圧的なのか。

 だがいきなり崩れた態度で接するのもおかしいだろう。

 あんな夢を見てしまった以上、何も知らない妹相手とはいえ優しくしてやりたい。

 何よりあの夢の中で、シャノンは自分がジルベルトに嫌われていると勘違いしていたと明かした。

 であれば、その誤解くらいは早急に解いたって問題はないはずだ。


「…………」

「…………」


 けれど人と接する際は大抵サイモンを見本としてきたジルベルトには、どうするのが正解なのか皆目見当もつかなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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