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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
19/27

18 未来の戦上手はお人好し

 レインディオ学園で行われるお茶会の目的は他学年との交流であり、主催の当番が回ったクラスに求められるものは円滑な進行だ。

 オリアナから賓客である中級生達への開会の挨拶も無事に終了し、いっときの談笑時間中。


「フロスト令息から?」

「はい。どうも特待生の子に問題が起きたようで、その子と関係のある学生の席を注意して見ていて欲しいそうです」


 マーロンからの伝言を受け取ったオリアナが、かすかに眉を顰める。


「何かあった時のためにとフロスト令息を頼ったけれど、まさか本当に問題が起こるとは正直思っていなかったわ。しかもお茶会での衝突でもないのなら…」

「面倒な事がさらに面倒になる予感、ですか?」

「そうね。会場内で収められるものであればそこまで問題はなかったのに……それで?件の学生の席はどこかしら」


 ここでため息をついても仕方がない。

 オリアナが中級生達の席へと目を向けると、マーロンは澱みなくにこやかな笑みで答えた。


「5年生ルビークラスのテーブル1番。ジルベルト様が確認したのは席の女子生徒のみですが、他にも関わっている学生がいる可能性もあるそうです」

「1番?……あら、それなら心配いらないかもしれないわね」


 オリアナの言葉を予想していたのだろう。マーロンもこれ幸いとばかりに笑みを深める。

 多くの学生が交流するお茶会において少しでも円滑に事を進めるため、各々のテーブルには主催クラスであるベリルの生徒が1人ずつ付いてる。

 全体の進行をしている委員長が出るほどでもないトラブルは、全てそのテーブルに付いている生徒が処理するのだ。


「はい。1番テーブルにハモンド令息をつけた自分の英断を誇るばかりです」


 5年生ルビークラス1番テーブルに付いている生徒の名は、ニコラス・ハモンド。耳にかかる程度に伸びた金髪と笑顔が印象的な生徒だ。

 彼は国中にその名を知らしめる吟遊詩人マイルズ・ハモンドの孫である。

 しがない吟遊詩人でありながら国王に気に入られ、一代貴族の男爵ではなく、世襲を認められる子爵位を与えられた偉大な祖父。その血をしっかりと受け継いでいる彼は、なかなかどうして、人当たりが良いだけの男ではない。


「彼にはもう伝えてあるの?」

「詳細は教えていませんが、担当テーブルの生徒が席を長く離れようとした時はできるだけ引き留めてほしいと伝えてあります」

「そう…まぁ彼ならそれだけでだいたいの事は承知してくれるでしょう。バンクス令息、申し訳ないけれど私の分も生徒達に気を配ってくれるかしら。フロスト令息がする予定だった進行部分は私が代打で出るわ」

「わかりました。では、私はこれで」


 オリアナの側から一歩、マーロンが退く。


「ああそうだわ、バンクス令息」


 そこで、常に笑みを絶やさぬ高嶺の花が、道端の金貨に目を向けた。


「フロスト令息と随分仲が良くなったのね」


 これは、貴族派の人間の言葉と受け取るべきか。

 マーロンは一瞬息を止め、すぐに口元に笑みを作り直した。たとえ己の貴族としての格が相手より劣っていたとしても、同世代の人間相手に遅れをとるような真似は晒さない。


「ええ、それはもう。今まで恐れ多くて遠巻きに見ているだけでしたが、気さくな方だと気づきましたので」

「良かったわ。フロスト令息は誤解されることが多い方だから」

「そうですね。けれど接したことがある人間なら、それが誤りであったとすぐに理解できるでしょう」

「………そうね。本当に」


 穏やかな空気を醸しつつ、決して油断のないように。

 マーロンが一区切りついたと察し、踵を返す。ジルベルトの代わりに生徒の間で問題が起きていないか観察しなければいけない。


「したくもないのに、わかってしまうもの」


 後ろから聞こえてきた声はきっと自分宛ではない。であれば、足を止める謂れはない。マーロンは生徒達がよく観察できる2階へ向かった。

 もちろん、その頭に最後の一言を刻みながら。


───













 マーロンが2階へ移動している頃、5年生ルビークラスの1番テーブルでは、ソワソワと落ち着きのない5年生達とニコラスがなんとか会話を続けていた。

 先ほど来たマーロンの話から察するに、どうもこの席の生徒達が面倒な問題を引き起こしているらしい。

 この談笑の時間はテーブル席の生徒とその席の担当になったベリルクラスの生徒のための時間だ。次の談笑時間になれば生徒達が席を離れる事も許可され、ほぼ入り乱れの状態になる。マーロンもそれを理解しているだろう。

 なら、今この時だけでも彼らをテーブルから離れさせないのが、ニコラスの役目。

 人々の関心を惹く事において右に出る者はない祖父と育ったのだ。その程度は造作もない事。

 ニコラスは祖父譲りの口上手で生徒達の関心を惹きつつ、彼らの視線が追う人物をも察していた。


 6年生アイオライトクラスの2番テーブル近くに現れた、1人の女子生徒。


 見覚えがないためおそらく6年生ではない。この席の生徒らが気にするならばおそらく5年生。

 彼女が問題の渦中にいる生徒なのだろう。

 それにしても随分と視線が泳ぐものだ。疲れないのだろうか。

 彼女達を見ていると一年前の自分が随分と優秀だったように思えてしまう。少なくとも自分は、一歳しか違わない年上相手に己の機微を悟られるようなヘマはしなかっただろう。

 それとも隠す気がないのか。…けれどそれは自分の知るところではない。

 ニコラスは人当たりの良い笑みを作り、一言切り込んだ。


「おや、自分の席がわからなくなってしまったのかな」

「………えっ」


 テーブルにつく生徒の1人が狼狽えた。役者でないにしろ、もう少し上手くできるだろうに。

 心配げな素振りを見せれば、慌てて「そうですね」「同じクラスの子なんです」と話を合わせ出す。けれどそれもすぐに終わりを告げた。マーロンが彼女を見つけて声をかけたのだ。

 ガタッと1人が椅子から立ち上がる。


「ん?どうかした?」

「あ、いえ、えっと…」

「楽しいお茶会の席だっていうのに何をそんなに困った顔をしているんだい?君もそう思うだろ?」


 テーブル席に着く男子生徒へ話を振る。言動を見るにおそらく彼は無関係だろう。

 ニコラスに同調して「そうだよ。どうかしたの?」と席を立った女子生徒へ声をかけた。


「さぁさぁ座って。もう少ししたら他の生徒との交流も始まるんだ。今話せる事は話し尽くそう!」


 ニコラスに誘導されるまま、焦りを滲ませた顔で女子生徒が席につき直す。

 それに笑みを深くし、ニコラスは再度、楽しげに口を開いて話を続けた。


───












 変な動きをしている。そう感じ取ってはいた。

 一見穏やかに進められているお茶会の端々で、主催であるベリルの面々が動いている。それだけであれば仕事をこなしているようにしか見えないのかもしれない。

 けれど、その中にジルベルトの姿はなく、ジルベルトがこのお茶会の仲裁、バランサー役だと知っているヴァージルからすれば、何か問題が起こっているのは分かりきっていた。


「彼がヴァージル・スプラウト令息だよ」

「あ、ありがとうございます!」


 だがまさか、自分まで巻き込まれる羽目になろうとは。

 ヴァージルは用意された席に座っていたかと思えば、女子生徒を連れたベリルクラスのマーロン・バンクスに会場外へ連れ出されていた。


「あの、フロスト令息から伝言を預かっていて…」


 こんな切羽詰まった顔をした女子生徒がジルベルトの名を持って話しかけてきたのだ。何もないわけがない。

 なんとなく春先の事件以降、距離が縮まったような気がしていたが、まさか別クラスの自分を巻き込むとは。

 あの時はヴァージルからジルベルトを巻き込んだわけだし、おあいこなのかも知れないけれど、ジルベルトの変な潔さに思わずため息をつきかけてしまった。

 もちろん、後輩を前にそんな真似は晒さないが。


「アーリンという下級生を探して欲しいと」

「知らない名前だな」

「彼女は特待生のシェリル嬢。アーリンというのはおそらく彼女の弟ですね。それとシェリル嬢、名を名乗らないのは礼儀のない行為ですよ」

「あっ、すいません!あの、えっと…」


 細かいかもしれないが、こういった緊急時でも礼儀をかくと後々目の敵にしてくる狭量な人間がいるのは事実だ。教えられる時に教えておいた方が良い。

 マーロンに指摘され慌てて謝ったシェリルは、マーロンとヴァージルに促されるままにことの次第を話し始めた。

 まとめると、弟が攫われたかもしれないから助けてほしい、という事か。わざわざお茶会の日に日程を合わせてきた可能性を鑑みてジルベルトが動いていると。


「バンクス令息、質問なんだがこれは俺が動く意味あるか?」

「ジルベルト様が頼りにされたのであれば、意味があるのかと。私は残念ながら会場のことを任されておりますので、頼れるのはスプラウト令息だけなのです」


 マーロンの言葉に、ううん、と唸りそうになる。

 貴族階級による上下関係の有無を不問としている学内においても、フロスト家の威光は落ちるものではない。ジルベルトが一声かければ王族派の貴族を筆頭に多くの人間が集まるだろう。

 けれど、こうして秘密裏に呼んだという事は公にしないと決定づけていると同義だ。

 面倒ごとでしかないけれど、断る選択肢もない。ヴァージルは意を決して頷いた。

お読みくださりありがとうございました。

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