17 お茶会の始まり
お茶会当日。
ジルベルト達が所属する6年クラス・ベリルの面々は、大広間に集まっていた。
「皆さん良い朝ですね。全員欠席もなくこの日を迎えられたこと、とても嬉しく思います。私オリアナ・アゼリアを長として、夏の初めからジルベルト・フロスト令息、マーロン・バンクス令息、パリス・ディオン令嬢の3名とこの日のために準備を進めてまいりました。皆さんディアハニーのオーナー自らデザインしてくださった腕章はおつけになったかしら。会場であるここ大広間の装飾はどうでしょう、かの有名なヴァラへ依頼し用意したものです。我々一同、賓客となる中級生の皆様をお迎えできると自負しております」
委員長であるオリアナがクラスメイト達の前へ立ち、演説する。
必要なものなのかと聞かれれば、それは個人によって返答が変わるだろう。けれど、貴族の令息令嬢であれば人前に立ち堂々と人々を煽動する経験はしておいた方が良い。
すでにクラスメイト達にはお茶会のプログラムは伝えてある。いわばこれは締めであり、それを行うのはオリアナしかいないわけだ。
「ですが」
オリアナは人好きのする、けれど容易に人を寄せ付けぬ、令嬢然とした笑みを深める。
「本番で失敗しては元も子もありません。最後は皆さんの力が必要です。お好きなように振る舞っていただいて構いません、お好きなお菓子もお茶も嗜まれてください。けれど一つだけ。賓客の皆様をおもてなしするという事だけは忘れずに。退屈や不快感を抱かせるなんてもってのほかです。主催は我々ベリルなのですから」
上から目線だと思うだろうか、あるいはお茶会程度にそんな気合いを入れる必要もないと思うだろうか。
けれどこれはオリアナが言う事なのだ。
常日頃からクラスをまとめ、いつも中心にいる高嶺の花にしたたかに鼓舞されて踊らぬ貴族子はいないのである。
夏らしく発色の良い花々が空間を彩っている。
爽やかでありながら上品さを忘れない青のテーブルクロスの上には貴族が好む菓子に食器に紅茶まで。
あいにくと大窓がないため夏の日差しを取り入れる事はできないけれど、その分壁や柱には工務店ヴァラが丹精込めて作り飾り立てた装飾品が優しげにその場を飾っている。
これから押し寄せてくるであろう賓客達をもてなすため、会場の方々にベリルの面々が散らばっていく。
ジルベルトはマーロンと数名のクラスメイトを連れ、大広間の入り口へ向かった。
「中級生は全体で270人だったか」
「正確には273人ですが、春の一件で減って実際の人数はもっと少ないですね」
「何人欠席すると思う?」
「今回は貴族派のアゼリア令嬢と王族派のジルベルト様が筆頭でいらっしゃいますからほぼ全員来るんじゃないでしょうか。来ないとすれば中立派の、特に貴族のしがらみを嫌っている稀有な人達だけでしょう」
「その言い方だと特待生達も来ないように聞こえるな」
「……ジルベルト様って冗談がわかりにくいですよね。彼らが来ないわけないのに」
厳しい試験に合格し、貴族と同等の教育を受けるに値すると判断された平民子のための特待生制度。
レインディオ学園だけではなく、ナイガラン学園、ユリフェイエ学院も取り入れている制度である。
特待生の多くは少しでも成績を落とすと支援を打ち切られてしまうためどの学生よりも勉学に励み、それと並行して貴族子達との交流に躍起になっている。貴族との伝手は将来の就職や生活に直結する問題だからだ。
故に、こういった交流の場に顔を出さない場合は、何かしら病気や怪我をしてしまったか、不都合な事があったかしかないのである。
大広間の扉が開かれる。
表情は崩れないものの、入り口の各所に配置されたベリルの生徒達の内心は、入り口前に広がる大勢の生徒が一斉に見つめてくる様に圧倒されているに違いない。
ジルベルトの隣に立っていたマーロンが一歩前に出て、拡張機を口元に置く。
『皆様お待たせいたしました。これより開場となります。用意させていただきましたお席へご案内いたしますので、まずは入り口付近におりますベリル生に招待状をお見せください』
マーロンの指示によって入り口前にいた生徒達が一同に大広間の敷居を跨ぎ押し寄せてくる。
ジルベルトは自分がここにいては邪魔になるかと、案内の指示役を任されているマーロンへ耳打ちをした。
「2階に移動する」
「わかりました。アゼリア令嬢の挨拶の時は」
「問題がなければ戻る」
「では問題が起こった場合は私がジルベルト様の役をこなしますね」
「………任せたぞ」
「…えっ?なんですかその気になる間の取り方、問題起こるの確定なんですか!?」
「任せたぞ」
「えぇ…重役すぎる……わ、わかりましたぁ…」
ギリギリになってしまって申し訳ないと思わなくもないが、幼くしてマーロンは第六感が優れた男である。前もって問題が起こる可能性を示唆して妙な勘ぐりをされる事は避けたかった。
今のタイミングであれば、何かしら“今”異常を察知し行動した、だからやむを得ず抜ける事になってしまった、と言い訳ができる。
ジルベルトはマーロンの承諾を受け、早々に大広間の2階へ上がった。
軽く休憩ができるくらいのスペースしかない2階だけれど、1階の人間を観察するにはもってこいの場所だ。
夢の記憶での中級生時のお茶会では、ジルベルトは準備係を任されてはいなかった。
そのため何が起こったのか具体的な事までは知らない。けれど知っている以上、無視するわけにもいかない。
5年生ルビークラスのテーブル4番近くで不安げに彷徨う少女を見つけ、ジルベルトは鬱陶しげに眉を顰める。
「失礼。特待生のシェリル嬢とお見受けするが、間違いないだろうか」
「!?」
階段を降り声をかけると、少女は怯えた仕草で振り返った。
「フロっ…え、な、なんで」
「ご存知の通り今回はベリルが主催だからな。賓客が何か困っている様子なのであれば案内するのも仕事のうちなんだ。私の見当違いであれば申し訳ないが、何か困り事でも?」
ジルベルトの瞳に射抜かれ、シェリルがグッと息を呑む。
彼ならば、助けてくれるだろうか。
フロスト家は侯爵の位をもつ大貴族。
爵位が上であればあるほど平民を見下す貴族も多いけれど、時折爵位が高くとも優しい貴族もいる。
彼は、一体どちらなのか。
「ッ…あの、お、弟が…」
たとえ見下されようと騙されようと、今は藁にもすがるしか道はない。
シェリルがなけなしの銀貨を差し出すような声で呟くと、ジルベルトは待っていたとばかりに口を開いた。
「何か事情がありそうだな。少し場所を移そう」
頷いたシェリルと共にジルベルトは大広間を後にする。
おそらくあのまま留まっていればオリアナの開始の挨拶が始まってしまうし、何より5年生ルビークラスのテーブル1番に座る女子生徒らがシェリルを盗み見ていた。
絡まれる前にさっさと退散するのが一番である。
場所を移し、大広間裏。整えられた小道に人気はなく、少し安堵した様子のシェリルが事情を説明し始めた。
「今日の朝、この手紙が寮室の前に置いてあったんです」
端がぐしゃぐしゃに萎れたシンプルな便箋。
そこに書かれていたのは、“アーリンを探せ。制限時間は13時まで”という短い文章。
「アーリンは私の弟なんです。た、ただの悪戯かと思って、けど不安でここにくる前にアーリンがいる下級生の寮に行ったら、同じ寮室の子が朝早くに出かけたって…」
「弟もシェリル嬢と同じく特待生なのか。申請のない外出という意味で受け取っていいな?」
「はい。同じ寮室の子も探してくれていて、もう確認したけど申請はなかったって…少し反抗的なところはありますけど、規則を破るような子じゃないんです…なのに…」
反抗的云々の前に、特待生である以上不良的な行動は一切禁止されているはずだ。よほどの馬鹿でなければ、支援を打ち切られるような行動はしないはず。
この時点で、ジルベルトは内心頭を抱えたくなっていた。
夢の記憶にて、今回の件は中級生のお茶会時に特待生と貴族子の学生が起こした事件として処理されている。
その内容は伏せられていたが、夢の記憶でも委員長として主催者の中心として動いていたオリアナから聞いた話では、特待生が貴族子と暴行事件を起こしたと。
特待生は支援取り消し、貴族子は強制退学となったそうだ。
特待生への対応はともかく、ただの喧嘩にしては貴族子への扱いも厳しいものだと思い、夢の記憶でも何か裏があるとは思っていたが…。
特待生は嫌がらせを受けやすい。
平民と席を共にする事を嫌がる貴族子は少なからず存在し、平民と同価値と見なされた事に憤慨する者もいる。
そういった連中による特待生へのいじめは、どれだけ生徒会や教師達が気を回してもそうそう無くなりはしないのだ。
「わかった。本当にただの悪戯だったとしても、お茶会当日にこんなものを送ってきた挙句、弟自身も行方不明とくれば何かと不安だっただろう。捜索には私も手を貸そう」
「良いんですか!?」
「お茶会時の問題解決は私の仕事だからな」
けれど面倒なことに、ジルベルトが手を貸したところで弟アーリンを見つけられるとは限らない。ただシェリルを焦らせるためだけのものならば良いが、制限時間をわざわざ書いているのが気になるところだ。
夢の記憶があるとはいえジルベルトも何がどこで起きているかまでは把握していない。地道に探す他道はないけれど、それだと制限時間を軽く超えてしまうかもしれない。
で、あるならば。
「シェリル嬢、申し訳ないんだが、私の学友に伝言を頼めるか?」
使えるかどうかはわからないが、使えそうな手は全て使うに限る。
お読みくださりありがとうございました。