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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
15/27

14 シスコン、思わぬところで効果を発揮

 結局、表面上は平穏を装ったまま続けられた会議は、大広間を貸し切り、テーマは夏そのものを取り扱う事を決定し無事に幕を閉じた。

 庭園を会場にする案も出たが、生憎と開催日が夏真っ盛りの頃であるため却下された。

 お茶会を外でも開催しやすい春秋は下級生と上級生に当てられているのである。

 オリアナは顔役として招待状等の制作に取り掛かり、パリスは会場全体のコーディネート、マーロンは資金等の計算をする会計係となった。

 ───なぜか、ジルベルトと一緒に。


「…何か言いたげだな、マーロン」

「あ、いえ、フロスト令息はプログラムをお決めになる大切な役割を担っておいでですから、会計まで手伝っていただくなんて申し訳ないなと…」


 もちろん、ジルベルトにも相応の仕事はある。お茶会全体のプログラムを決めるという大切な仕事が。

 まぁこれも、お茶会の主な目的が交流であるため、最初の委員長オリアナの挨拶や、レクリエーションがわりに招待するサーカスの大道芸人をどのタイミングで入れるかなどを決めるだけなのだけれど。

 そもそも、準備に取り掛かっている4人の中で、ジルベルトの最たる役目は年端もいかぬ中級生全体の抑止力、あるいは仲裁だ。

 王族派も貴族派も中立派も、フロスト侯爵家から敵対視されたくはない。だからこそ、彼が主催者側にいるだけで、人為的に起こされる問題時は劇的に減少する。それでもやらかす阿呆はいるかもしれないが、トラブルは減れば減るだけ良いのだ。

 けれどそんな重要な役割を担っていても、プログラムを決めるだけでは仕事量が少なく、抑止力役ではただ立っているだけでできてしまう。それゆえ、四人の均衡を保つために会計役に回された。


「プログラムと言っても、例年と同じにする予定だから私自身が決めるものは何もない」

「そうでしたか。では気掛かりなく会計係をご一緒できそうです」


 口を動かしつつ、指も止めず。

 サラサラとお互い記しているのは、パリスから渡されたお茶会に必要な用具等の総額の計算である。


「……申請額の上限を軽く超えたな」

「ええ、私もです」


 計算違いがないよう二人それぞれで計算していたのだけれど、全く同じ金額が導き出されてしまった。

 計算を間違えなかった事を喜べば良いのか、申請額の上限を超えた費用に悩めば良いのか。

 あるいは二人揃って計算を間違えたのだとやり直そうか。馬鹿げているので絶対しないが。


「ポケットマネーいくら出す事になるんだか…頭が痛くなってきました…」

「大半はアゼリア令嬢が負担するだろう。彼女がディオン令嬢を選んだのだから」

「ディオン令嬢はセンスはピカイチですが値段を見ないタイプですし、アゼリア令嬢は苦労するでしょうね」

「富豪の生徒はそういう傾向が強い。元々知っていて選んだんだろう、あまり君が気にする事じゃない」

「……お気遣いありがとうございます」


 王家と特別懇意にしている事から、ジルベルトは第一王子ランドルフの側に侍っている事が常である。

 挙句にこの鉄仮面を常時絶やさず装備しているせいで、近寄りがたさはマックスだ。

 マーロンも他者の例に漏れず、ジルベルトの事は少しばかり遠巻きに見ているだけだった。

 けれど話してみればどうという事はない。オリアナとのやりとりにいっとき肝は冷やしたが、往々にして蔓延しているエセ貴族とは違い、二人揃って他人をごく自然に慮る事のできる生粋の貴族。

 何かトラブルが起こるでもなく、ただ会話の裏でお互いの立場を明確に示すだけに終わっていた。雰囲気を悪くするような事もなかったのだから恐れ入る。

 今だって当たり前のように他者を気遣っている。高位貴族然としながら、その態度には嫌味がない。


「では何も削らず、とりあえずアゼリア令嬢にはこのままの状態で渡してみます。次は超過額と細かい内わけを…あ、フロスト令息はこの中で伝手のある店はありますか?ディオン令嬢が、自分よりもアゼリア令嬢やフロスト令息の方が名前が効くかもしれないからお願いしたいとおっしゃっていて…」

「いくつかは知っている店がある」

「やはりそうでしたか。それなら計算のついでで良いのでチェックの記入をお願いします。申請時にフロスト令息のお名前を使わせていただきますね」


 お茶会では必要な物品等を学園側に生徒名義で申請し、学園を介して店へ話を通す。

 その際、申請した生徒の名義が関わりのない貴族の名前や、以前問題を起こした貴族の名前であると、高級店相手などは店側から断りを入れられる事もあった。

 滅多な事では起こらない事態だが、実際起こってしまった年もあるため、店が快く迎えてくれる生徒の名前を使って損はないのである。


 必要な社交性は持ち合わせているマーロンとジルベルトだが、業務中に無駄口を叩く性格は互いにしていない。そのため二人きりの空間にはカチカチサラサラと、時計とペンを滑らせる音だけが響いていた。

 存外、悪くない。

 マーロンの生家バンクス子爵家はランディアントの金脈を支える一柱、フレクレディット銀行を営んでいる。故に幼少期より金銭の計算術は叩き込まれていた。

 だからこそ、と言ってはアレだが、正直マーロンはジルベルトとの共同作業を内心面倒に感じていた。

 生半可な相手と協力するより、一人で全てをまとめてしまった方が何倍も早いのだから。

 けれど実際はどうだろう。マーロンはちらりとジルベルトの手元を盗み見て、その計算のスピードに喉を鳴らした。

 これならば予定していたよりも早く仕事が終わる。

 ジルベルトと共に作業をした事で、オリアナに何か言われたとしても「フロスト令息も同意した」という大きな後ろ盾もできた。何より、高位貴族の多くが持つ不愉快な態度がない。

 ただ仕事をしているだけだけれど、マーロンのジルベルトに対する好感度は鰻登りだった。


「マーロン」

「はい、なんでしょう」


 名を呼ばれ、マーロンが顔を上げる。

 まだ計算は終わっていないが何用だろうか。

 ここでお茶でも挟もうと言われたら好感度は地に落ちるが。


「手を止めさせてすまない。この衣装店、君は知っているか?」

「ディアハニーですか?ええもちろん。ディオン令嬢はまだ検討中の段階だと言っていましたが…それが何か?」


 思いもよらない質問に、マーロンがきょとんとした顔で返す。

 ディアハニー、最近フローレンス子爵夫人が起業したブティックだ。売り上げは上々。

 フローレンス夫人のセンスが光る品が多く、上手くいけば長く続けられるのではないかとはマーロンも思っている。

 けれどジルベルトの目に止まるとはこれいかに。何か見繕いたいのだろうか。いや、それなら侯爵家御用達の店に行けば良い。


「何を頼むかはもう聞いているか?」

「学年クラス別の装飾品です」

「他に候補は」

「何店舗かに同時依頼をして気に入ったものを使いたいそうなので、あと3店舗ほど候補は上がっています」

「…マーロン、ディオン令嬢は私が頼めばディアハニーに決めてくれるだろうか」

「えっ……あ、はい…他でもないフロスト令息たっての希望であれば、快く受け入れられるかと思いますが…」


 自分と関わりのある店ではなく、なぜこんな新規のブティックを推すのだろうか。

 しかも、そんな嬉しそうな顔で。


「そうか。ならディオン令嬢には私から頼むから、ディアハニーへの依頼料で計算しよう」

「……もしやフローレンス夫人と面識がおありなんですか?」

「ああ、まぁそれもあるが、妹が最近フローレンス子爵家の令嬢と懇意にしているらしくてな」

「はぁ……えっ」

「なんだ?」

「あ、いえ!なんでも、ないです…」


 この会話の流れ、どう考えても妹と仲良くしている友達の母親がやっている店だから使いたいという意味合いにとれるが、まさかそんな。

 マーロンは間抜けに開きかけた口を慌てて閉める。

 関わりがなく今まで知らなかったが、まさかジルベルトは身内に甘い人間なのか。別段それが悪いわけではないが、人を凍えさせる鉄仮面の下がそんな人間らしい一面だなんて驚くに決まっているだろう。

 そこでふと、マーロンは気づく。そもそも周りの人間がジルベルトを敬遠するのは、高い爵位と人を寄せ付けない鉄仮面ゆえである。

 けれどマーロンが接して知ったように、話しかけさえすればごく普通に対応し、無意味に権力を振りかざす事もなく、穏やかに話してくれる。

 共に仕事をするのが苦ではなく、人を気遣う思いやりを持ち、貴族としての道理を弁え、下位貴族を無意味に見下さず、身内に甘い。

 ふむ、一呼吸置いて考えてみて………マーロン・バンクスは、そういう人間が結構好きである。


「すぅー…………フロスト令息」

「なんだ」

「ジルベルト様とお呼びしてもよろしいですか」

「別に構わない」

「ありがとうございます」


 思わぬ収穫に、マーロンはにっこりと笑みを深めた。

お読みくださりありがとうございました。

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