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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
14/27

13 クラスの委員長、もしくは

 事件からひと月が経ち、季節は夏へと巡っていた。

 名門貴族校の醜聞に一時は湧いていた民衆は日常へと戻り、当初は怯えてさえいた学生達の雰囲気も幾らか和らいでマシになってきている。

 元よりあった下位貴族軽視の風潮は予想通り強まりかけたが、ランドルフから相談を受けた生徒会長が全校集会にて、ランドルフと共に此度の件は貴族全体の問題だったと講演し、表面上は平穏を保っていた。

 事実として、下位貴族の令息令嬢よりは少ないものの高位貴族の中にも御者を無意味に虐げていた者達がいたため、学生の一定数はその講演に納得している。

 もちろん固く腐った頭をした一定数はそんな事で納得などしていないけれど、第一王子と学園内の最高位である生徒会長が揃って表明した事によりなりを潜めざるを得なくなったのだ。

 笑えるほどのハリボテだが、平穏を装えているだけマシだ。


「フロスト令息、昨日の歴史学の講義で先生がおっしゃっていた課題、もう済ませてありまして?」


 授業終わりに声をかけてきたのは、ジルベルトも属している6年生クラス、ベリルの委員長を務めるオリアナ・アゼリア。

 生真面目な性格でありながら、令嬢としての物腰の柔らかさを持ち合わせるクラスのまとめ役である。

 見てわかる柔らかな青紫の髪をハーフアップでまとめ、黄味の強い赤い瞳は常に優しげに綻んでいた。


「ああ」

「なら良かった。お願いしたい事があるのだけれど、お時間よろしいかしら」

「………彼らに教えるには、私は役不足だと思うが」


 ちらっとオリアナの後ろを垣間見れば、死屍累々と化した学友達の姿があった。

 以前まで勤めていた歴史学の教師が定年を迎えて退職したのだけれど、後任の教師が随分と難しい課題を出すタイプの教員で、頭を悩ませている学生は数知れない。

 ジルベルトの指摘に狼狽える事もなく、オリアナは浅く頷いた。


「もちろん教えて欲しいなんて言うつもりはないわ。ただ少し、ヒントをもらいたいの。もし解けたら彼らには私が教えます」

「それは良かった。ヒントか……図書館の8番棚にある古代分析書を読めば、アゼリア令嬢ならすぐに解けるはずだ」

「分析書?解読書ではなく?」

「ああ」


 課題は用意された古代文字の解読なのだけれど、実は8番棚にある分析書の内容をそっくりそのまま古代文字に書き換えたものが課題として提示されていたりする。

 なので分析書を先に読んでしまえば、ある程度は時間をかけずに解読できるのだ。

 おそらく歴史学教師の狙いは分析書を生徒に読ませる事。ジルベルトのように分析書の丸写しだと気づき読むも良し、時間をかけて解読し内容を覚えるでも良し。

 どちらにしても、文献の内容を覚えさせる事ができる。


「苦戦しているのは古代文字で書く文章にしてはおかしな言い回しがあるからだろう?その理由もすぐにわかる」

「あらそうなの?なら頑張って探してみるわ。ありがとう」


 素直に助言を聞き入れてにっこりと笑ったオリアナに、ジルベルトも快く頷いて答えた。


「それと、もうひとついいかしら」


 用件も済んだ事で死屍累々の学友達の元へ戻るかと思えば、何やらまだ用事があるらしい。

 この休み時間はオリアナとの会話でつぶれると察したジルベルトが視線で話を促すと、オリアナは少しばかり申し訳なさそうに話し始めた。


「前期の中級生のお茶会、今年は私達ベリルの担当でしょう?」


 レインディオは最大11年生まで在学している。

 そのうち1年から3年は下級生、4年から6年は中級生、7年から9年は上級生、10年と11年は研究生と呼ばれており、前期と後期にそれぞれで親睦を深めるためお茶会を催すのが恒例だった。

 ジルベルト達は中級生の最高学年の6年であり、ベリル・ルビー・アイオライトの3クラスある中で、今年の前期はジルベルト達が所属するベリルがお茶会の主催を務める年なのである。


「フロスト令息がよろしければの話なのだけど、お茶会準備の補佐役をお願いしたいの」

「補佐役?」

「ええ。今年は春の一件があったから、各貴族位の方から一人ずつ補佐役をお願いしようかと思って…」

「なるほど。人数的に見てもちょうど良いかもしれないな」

「でしょう?お願いできるかしら」


 クラス委員長であるオリアナを長として、後ろに侯爵家のジルベルトと下位貴族の子爵家と男爵家の生徒が同じ補佐役として並べば、下位貴族軽視の風潮があるようにはあまり見られないだろう。

 夢の記憶では同じベリルの人間として協力こそしたが、直接オリアナから補佐役を頼まれる事はなかった。

 そこを考えると答えあぐねてしまいそうになるけれど、これも自分が動いた結果の後始末の内に入ると判断したジルベルトが、一つ頷いて見せる。


「もちろん、委員長からの指名とあらば誠心誠意努めよう。子爵位と男爵位からは誰を選ぶつもりなんだ?」

「バンクス令息とディオン令嬢よ。どうかしら」

「お茶会の主催として申し分ない二人だな」

「ふふっ、そうでしょう。放課後あたりに顔合わせで呼ぶわね。その時にお茶会の方向性も決めるつもりだから、できれば何かしら案を考えていてくれると嬉しいわ」


 そろそろ短い休み時間が終わる頃だ。ジルベルトから了承を得て笑みを深めたオリアナが上機嫌で席へと戻っていく。

 断る理由がなかったため引き受けたジルベルトも、中級生全体を招待するお茶会の主催として、さてどんなものにしようかと頭の片隅で考えながら授業の準備を始めた。


───













 放課後、顔合わせのため呼び出されたジルベルトは、オリアナが予約を通したという特別談話室に向かっていた。

 基本的に放課後はランドルフの側に侍っており、今日はお側にいられないと伝えに行ったせいで遅れてしまった。

 ランドルフに顔だけ見せに行くとオリアナに伝えていたため問題はないが、最初の会議で大幅な遅刻は心象が悪い。

 はやる足をそのままに特別談話室の前まで急ぎ、ひとつ呼吸を整える。

 声が漏れないよう少しばかり分厚く作られた談話室の扉を開けると、そこにはすでにオリアナの他に、甘栗色の髪をした少年と、キャロットオレンジの髪をした少女が揃っていた。


「すまない、遅れた」

「殿下とお話はできまして?」

「ああ。話はどこまで進んでる?」

「挨拶が終わっただけですからそこまで焦らなくて大丈夫よ」


 微笑むオリアナから視線を外し、ジルベルトが他二人に目を向ける。


「ジルベルト・フロストだ。よろしく頼む」

「バンクス子爵家のマーロンと申します。どうぞマーロンとお呼びください」

「ディオン男爵家のパリスです!よろしくお願いいたします!」


 爵位が上のジルベルトから声をかけられ、マーロンとパリスがそれぞれ挨拶を述べる。

 二人との挨拶を済ませつつ適当な席に座ったジルベルトは、また視線をオリアナに移した。


「全員揃った事ですし、さっそく本題に入りましょう。前期に行われる中級生のお茶会の主催を今年は私達ベリルが務めるのだけれど、お茶会の方向性として良い案はないかしら」

「夏も半ばに行われますし無難な会場で言えば植物園でしょうね。テーマとしてわかりやすく植物や花を掲げる事もできますから、例年通り植物園を貸し切る方向で良いのでは?」

「去年は素敵でしたよねぇ!王宮御用達のお菓子に王子殿下一推しの楽団が招かれて…私あの後個人的に演奏会にまで行っちゃいました」


 マーロンとパリスが楽しげに口を開く。

 毎年行われるお茶会は交流と歓談が目的であるため、一様に生徒を楽しませる事を注視する。

 規模はなかなか大きく先輩後輩として他学年と関わる機会ではあるものの、参加する生徒にとってはお楽しみ会に近い感覚があるのだろう。


「フロスト令息はどうでしょう」


 和やかに進み始めた会議に微笑み、オリアナがジルベルトへ話題を渡す。

 用意された冷茶で喉を潤しつつ、ジルベルトが口を開いた。


「植物園は毎年、前期後期のどちらかに使われているほどお茶会の会場として定着している場所だ。異論はない。ただ前年の主催者が殿下だった事を考えると、否が応にも例年のお茶会より比較はされるだろうな」

「比較、ですか?」


 首を傾げたのはパリスだった。


「比較と言っても悪い意味ではない。殿下が選んだように我々も植物園を選ぶなら、前年の殿下のお茶会が素晴らしかったと讃えられる一因になるという話だ」

「……それ、って、良いんですか?」

「殿下の名声を高める上では良いだろう。我々が故意に貶されるわけではない」


 ジルベルトのキッパリとした言い方に、思わずパリスが口ごもる。マーロンは今まで一切話す機会がなかった高位貴族の同級生に、王族派閥の貴族らしい考え方だと冷めた目を向けつつ、納得もしていた。

 マーロンも実家のバンクス子爵家も中立派を貫いているので、特段王子の名声が上がって不満に思う事はないのだ。


「では、植物園は無しにしましょう。他に候補がある方はいらっしゃいまして?」


 不満に思うとすれば、貴族派の人間。


「………えっ」


 オリアナの答えにマーロンが声を落とし、パリスが目を見開く。その答えの真意をしっかりと理解している故の反応だった。

 第一王子ランドルフの名声を高める事をよしとするならば植物園を選ぶ、そういう流れだった。そこに違う場所を選ぶという選択肢を加えてしまえば、それはつまり、王子の名声を高めるのが嫌だという意味になってしまう。

 オリアナがそれを理解していないとは到底思えず、何よりマーロンとパリスは、そんな返事をこの男の前でする事に背筋が凍った。

 建国当初から王家へ忠誠を捧げ、最も王家からの寵愛を受けてきた最後の番人。フロスト家の嫡子ジルベルトの前で、なんて事を。


「委員長はアゼリア令嬢だ。令嬢がそう言うなら従おう」


 けれど、とうの本人は至って冷静に頷いた。これにはホッと胸を撫で下ろさずにはいられない。

 マーロンとパリスの慌て具合に、ジルベルトは内心思わせぶりな態度で一喜一憂させられる彼らを気の毒に思った。何かするつもりもないくせに、いや、あるいは自分の立場を明確に表明したかったのだろうか。

 運悪く王族派筆頭のフロスト家嫡子と同じクラスになる事がままあって大きく動けず息を潜めているけれど、オリアナは貴族派アゼリア伯爵家の長女である。

 しかもオリアナの実父であり現当主の男は夢の記憶にて、王族の暗殺を企て逮捕された事もあった。当然とばかりに当主の弟、オリアナからすれば叔父が身代わりに差し出されて処刑されたのだけど。

 そして、何より。


──こんな立場ではなかったら、貴方は──


 ジルベルトが忘れがたい女性の一人でも、あった。

お読みくださりありがとうございました。

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