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ある貴族の記憶では  作者: 荻猫
第一章
12/23

11 貴族の品位ゆえ

 カチコチと古時計の音が部屋に残って消えていく。

 ぺらりと捲られたページはゼノのもので、表情豊かな彼の顰め面はジルベルトに確かな感触を与えていた。

 

上級生エリアにある7年生の教室まで迎えに行き、ジルベルトが3人を案内したのは昼のうちに申請を通しておいた特別談話室だった。

 ここであれば防音もしっかりしているし、予約制であるため誰かが介入してくる事もない。

 あらかじめヴァージルが御者達から聞いた話を整理し直した書類は、徹夜漬けで作った甲斐あって見れる出来に仕上がっているはずだ。

 流石に追加で2部作るのは時間が足らないと判断し、用意した資料を3人で分けて見てもらっているわけだが。


「ジルベルトが寮に戻ったのは昨日だったな。誰が気づいたんだ?」

「私と同学年のヴァージル・スプラウトです。話を聞いた御者の一人から相談を受け現在は席を外していますが、話を聞き次第戻るよう伝えてあります」

「そうか……確かにこれは放っておけば禍根を残す事態だ。スプラウト令息には私からも礼を言わなければ…」

「彼は素行こそあまり褒められませんが、名誉を重んじる節があります。殿下から直々にとなれば、彼にとって何よりの誉となりましょう」


 最初に口を開いたランドルフが、また資料へ視線を落とす。

 表情に違いはあれど、3人全員がこの所業を不快に感じているのは明白だった。


「これはもう躾ではなくただの虐待ですね。貴族の義務を勘違いしているにも程がある」

「そもそも御者に折檻なんてするものじゃないだろ。専属の従者ならいざ知らず…いや従者でも折檻なんて余程の失態でなければするようなものじゃないし…」


 貴族の義務として、従者の教育というものがある。

 基本的に家令や教育係がするものではあるが、雇用主である貴族が目に余ると判断した場合などは貴族手ずから躾を行うのだ。

 鞭打ちや給料の減額など、方法は貴族によって様々で、中には躾で与えた怪我をあえて放置させる貴族もいる。多少行き過ぎであるが、これらは厳しい躾として判断されていた。

 故に、下位貴族の令息令嬢の行き過ぎた御者への態度も、いじめと表現される事はあるものの、ある程度は黙認されていたのだ。

 けれどゼノが言うようにそれらは本来ただの御者相手であればしない行為であるし、黙認されているのは御者を従者として扱う事が常識である学園内のみでの話。

 だというのに、資料に記されている事柄や、付属している写真らに写し出されているものは明らかに度を超している。

 タイロンの言う通り、令息令嬢が貴族の義務を勘違いした果てに起こっているものなのかもしれない。


「元を辿れば高位貴族と下位貴族の溝が原因でしょう。ここまで多いとなると伝統として根付いてしまっている可能性があります」

「下位貴族を軽視する風潮がこの結果を産んだと言うわけか?」

「断定はできませんが、見下された人間は、自分より下の人間を見下して心を保つ事も多いかと」


 御者を虐げたところで高位貴族を見返せるものでもないけれど、下位貴族だからというだけで軽視され敬遠される環境にいれば、自分より下の者をどうにか探して見下してしまうものなのかもしれない。

 結局どれだけ貴族の格差をなくすよう努力しても、この学園の平穏は硝子一枚の上に建てられているのだ。

 ただ、だからと言ってこれを許容するべきかと問われれば、否である。


「このことを知っているのはここにいる全員とスプラウト令息だけか?」

「はい。事情を聞いて回ってはいますが、私を含め殿下達のお名前を出さないよう言ってありますので、例え第三者に知られても動いているのはスプラウト令息のみだと思われる状況にとどめてあります」

「生徒会に伝えていないのは所属している貴族達のことを考えてだな?」

「……はい」


 ランドルフは自分の立場をよく理解していた。


「生徒会が何?」

「一部のプライドも爵位も高い先輩方が、殿下が在学中に問題を起こしたくないから隠蔽するだろうって話」

「あー…なるほど…わかる…」


 プライドも爵位も高い先輩方に何かされた事があるのか、ゼノが渋い顔でしみじみと頷いて見せる。

 その時、コンコンッと特別談話室の扉がノックされた。

 やっと来たかとジルベルトが扉を開けると、案の定そこにはヴァージルが立っていた。


「君がスプラウト令息か、こうして話すのは初めてだな」

「お初にお目にかかります。スプラウト伯爵家の嫡子ヴァージルと申します」

「よろしく頼む、ヴァージル。私の事も好きに呼んでくれ」

「では殿下と」


 ランドルフを初めとして、タイロンとゼノへの挨拶を済ませたヴァージルがジルベルトの隣へと移動する。

 表情仕草ともに伯爵家の嫡子然としたもので、これを常日頃から心がければ良いのに、とジルベルトは心底思った。


「ヴァージル、まずは心から感謝する。君がいなければこの事態に気づけなかった」

「私にはもったいないお言葉です、殿下。私自身今まで気付けずにいたのですから、感謝されるような事など何も…」

「いや、君がいたからこそ私もこれから動けるんだ」

「!…それはつまり、このことを黙認せず、解決に動いていただけるということですか?」


 ヴァージルのいくらか明るい声にジルベルトは内心ほくそ笑む。夢の記憶で、おそらく生徒会はランドルフが在学している間は問題ごとを起こしたくないがために全てを揉み消したはず。

 けれど今回は、そのランドルフが事情を知ってしまったのだ。

 そしてジルベルトが忠義を捧げる未来の王は、これを看過するような人間ではなかった。


「ああ、子爵男爵の令息令嬢に集中しているとはいえ、これは貴族の子供全体の問題だ。まだ学ぶ身であるからこそ、手遅れになる前に手を打たなければならない。タイロン、ゼノ、異論はないな?」

「もちろんです殿下、これは貴族の品位に関わる話。できる限りの助力をさせていただきます」

「立場ある者はそれ相応の身の振り方がありますから、学園で学んでいるというのに覚えられないのであれば、直接頭を叩いてやるしかないでしょう。異論なんてあるはずがありません」


 笑っているはずなのに目が全く穏やかではないタイロンに、当たり前だと示すゼノ。今の言葉だけでランドルフが二人を気に入っている理由がわかる。

 二人の返答に満足げに笑ったランドルフは、次いでジルベルトへ視線をやった。


「ジルベルト、今回の件は私の名前を出してでも解決したい。だが全てを明るみに出せばレインディオの名に傷がつく。下位貴族への風当たりも一層強まるだろう。何か良い策はあるか?」


 ランドルフはもちろん、レインディオの学園長も無能ではない。ここでジルベルトが押し黙ったとしてもきっとこの件はスムーズに解決される事だろう。けれど、やはりこれは勿体無い。


「策というほどのものではありませんが、幾つか考えがございます。レインディオの名を傷つけたくないのであれば、いっその事ナイガランとユリフェイエを巻き込んでしまえばよろしいかと。数に違いはあっても三校全て貴族の令息令嬢を生徒として迎えていますし、御者の扱いについても概ね同じです。高位貴族の下位貴族への態度も、多少差はありましょうが似たようなものでしょう。であればこのような事態が同じように起きている可能性は十分ありえます。それに三校全てに調査を入れた方が、のちのち禍根を残さないでしょう」

「下位貴族への軽視がますます強くなるかもしれないぞ」

「……確かに被害者達は下位貴族の御者ばかりです。ですがそれは、スプラウト令息が下位貴族の御者にだけ話を聞いているからかと愚行致します。殿下のお名前を使い、国主導で動けば、おそらく…」

「貴族の品位は爵位だけでは計れないか……そうだな、お前の言う通りだ」


 おそらくどう数えても高位貴族より下位貴族の方が多くなるだろうけれど、重要なのは高位貴族の令息令嬢も中に含まれているという事だ。

 ランドルフの言う通り品位は爵位だけでは計れない。

 それでも、爵位と立場だけを見て全てを判断するのが世間というものである。下位貴族より高位貴族の子供の名前が載っていた方が、新聞は売れるのだ。

 もちろん王家と高位貴族の間に罅を入れるわけにはいかないため、多少の融通には目を瞑らなければいけないけれど。


「ナイガランとユリフェイエには我々と共に渦中へ落ちてもらうとしよう。ジルベルトは計画書を早急に制作しここにいる全員への配布を。国王陛下には私から話を通す。始業早々なかなか骨の折れる事件になるだろうが、皆よろしく頼んだ」


 ジルベルトを筆頭に全員が首を垂れる。

 ランドルフが未来の国王であると知っているのはジルベルトのみだが、この場の誰もがランドルフを主君として疑っていなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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