第八話 復讐のために
チェルビュイを退去しなければならないその日まで、クララは魔法を懸命に練習し続けた。
初めて『フォースク』で習得した、風の魔法や炎の魔法。スラウブの顔に水を浴びせた氷の魔法。
今ではそれだけでなく、フィオナが出会った時に見せた結晶の針に壁、鎖に雷の魔法まで使えるようになった。
フィオナいわく、これほど早く様々な魔法を習得して、しかも一つ一つの質を高く繰り出せる者は過去にいなかったとのこと。どうやらクララは、他の者より【想い】の力が圧倒的に強いのだと言う。
チェルビュイ退去前日の夜、夕飯はいつもより豪勢なものであった。フィオナ主催の「一時的なお別れパーティ」らしい。『フォースク』が休みで、スラウブも手伝いから偶然始めた短期間の大工の仕事を昼間に終えていた。夕方からわいわいと三人で料理し、その量はアンティーク調のテーブルが埋め尽くされるほどであった。
「ありゃりゃー、作りすぎちゃったよー」
フィオナが思わず声を漏らす。
「大丈夫ですよ。スラウブがいっぱい食べてくれますから。ね?」
クララがスラウブの腹をさすった。
「お前も食べられるだけ食べておけよ。明日から、どんな旅になるのかわからないんだし」
「そうね……」
二人の次の目的地は、チェルビュイの南西にあるペルーア王国だ。フィオナが言うには暑くて大変な気候らしい。そこにたどり着くまでの体力も気力も必要になるであろうし、どんな魔物や賊に出くわすかわからない。百戦錬磨のスラウブに、魔法が操れるようになったクララでも、基本は英気を養うことである。
「まぁ残ったら残ったでー、あんたたちのことを思い出しながらあたしが全部食べるからー。さぁさぁー、今夜はパーティだよー!」
フィオナの掛け声とともに三人は席に着くと、チェルビュイ自慢の地元産ワインで乾杯をし、自分たちで作った料理を口にし始めた。
「クララのやつー、魔法覚えるのも上達するのも早かったんだよー。マジで千年に一度の天才だわー」
「いえ、そんな大げさな……」
「魔法ってのはねー、操る人の【想い】が強いほど強大になっていくのー」
フィオナはこんな時だから、となりふり構わず料理に食らいついている。
「【想い】……ね」
チェルビュイ産チキンを頬張りながらスラウブがつぶやいた。
「クララはずっとー、『今度は私がスラウブを守るんだ』って言ってたのよー」
「あははは……」
フィオナのからかう子供みたいな口調に、クララが頬を赤くする。
「でも本当に――今度は私が守るからね」
「へいへい、期待してますよ魔法使い様」
フィオナ主催の「一時的なお別れパーティ」はそうして、クララの誓いの言葉とスラウブの棒読み口調の言葉で締めくくられた。
その後スラウブとクララは、チェルビュイでの最後の一夜を惜しみながら、共に過ごすのであった。
【幕間 支配石の力】
「いよいよ明日だわ。私が長い間培ってきた、黒魔法の力を見せつけてやる時が来るの! あなたも楽しみでしょう!?」
黒いドレス姿でブロンドの髪の女、ナタリアが舞う。
「お父様がくれた、あなたが身につけていたこのきれいなネックレスの石のおかげなんだよねー? ありがとねー」
ナタリアの前には、椅子に座った骨と皮だけになったような痛々しい姿の、ティアラを頭につけた老婆がいる。
「名付けて《支配石》。そう、この世界の全てが、<スキーモ>の人たちの印みたいに私に服従していくの。そしてゆくゆくは、お父様の玉座を私が引き継ぐのよ!」
ナタリアが無邪気な子供みたいに言う。
「あなたもしっかりと見ていてね。このナタリアの名が世界に響き、歴史に刻まれる瞬間を!」
げっそりとやつれ、口を開く気力もないといった老婆の生気の薄れた目をじっと見つめたのち、ナタリアはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、その場を後にした。
◇◇◇
チェルビュイ退去当日の昼間――。
「ホントにさびしくなるわー」
「いつか必ずまた会いに来るさ。な?」
「ええ、もちろん」
スラウブとクララとフィオナの三人は、チェルビュイの街中を歩いていた。二人がチェルビュイを出ていく前にもう一度美しい街中を歩きたいと言うので、フィオナが付き合っている形だ。スラウブは左肩にフィオナから譲り受けた食料や水に【指輪】などを入れた荷袋と、小型のクロスボウを担いでいる。
はちみつ色で尖塔がある建物と赤レンガの屋根の建物で統一された美しい緑豊かな街――改めてじっくり見て回ると、本当におとぎ話のような美しさとかわいらしさを兼ね備えているなとクララは思った。
「やぁ、スラウブ」
建てている途中の建物から、一人の若い大工が出てきてスラウブに声をかけてきた。
「本当に……出ていくの?」
「……ああ」
スラウブが名残惜しそうな顔で言う。
「そっか……残念だよ。君はいい人なのに。たまたま運が悪かっただけなのに。ここで生まれていれば、ずっといい友達になれたのにね」
若い大工もスラウブと同じ顔をした。
「必ずまた戻ってくるさ」
「うん、その時にはこの丸太みたいな腕や分厚い胸板になる方法教えてね」
若い大工がスラウブの胸をとんとんと叩く。
「その時にはこの腹になる方法も教えてやるよ」
「あははは。そうだね、楽しみにしてる」
「じゃあな」
「じゃあね」
スラウブと若い大工は軽く抱き合ってから、別れを告げた。その様子をクララとフィオナも残念そうな顔で見つめていた。
その後三人はクララの〝母校〟である『フォースク』に寄った後、ペルーア王国の王にして騎士団長ロドリックであり、炎の獅子王ファルートでもある像が設置されている噴水の広場に来ていた。
「どうかこの二人をー、無事にペルーア王国までお導きくださーい。そしてー、再びこの地に戻れるようにしてくださーい」
フィオナが獅子の獣人の像に向かって祈りをささげる。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
スラウブがそう言うと、急にフィオナが目に涙を浮かべた。
「約束だよー……絶対にー……また遊びに来てねー」
フィオナの顔が幼い子供みたいに崩れ始める。
「ああ、約束する」
「ええ、約束します先生」
二人の言葉を聞き、フィオナが子供のようにびえーんと声を上げながら泣き始めた。
スラウブが驚きと困惑が混じった顔をする一方で、クララはなぜか獅子の獣人の像をじっと見つめていた。
「ロドリック……」
クララがつぶやいた、その時であった――。
遠くの方で、爆発音に似た音が聞こえてきた。
「何?」
フィオナの涙が引っ込む。
辺りの人々も、三人と同様その場で固まる。
そして次の爆発音に似た音が聞こえてくるまで、それほど時間はかからなかった。
「行こう!」
スラウブのかけ声とともに三人は音がした方へと向かう。
チェルビュイのバラが一面に咲き誇る美しい広場。三人がたどり着いたその場所では、信じがたい光景が広がっていた。
白い外套を身にまとった魔法使いたちが、黒い甲冑を身にまとった兵士たちと戦っていた。白い外套の魔法使いたちが手から結晶の針や炎、雷といった魔法を繰り出して攻撃し、それを黒い甲冑の兵士たちが盾や剣で受け止めたり、甲冑で耐えながら反撃している。よく見ると、黒い甲冑の兵士たちの装備には、黒いオーラがまとわれている。
「何者なんだ? あいつら」
「チェルビュイ魔法兵士の魔法を受け止めているー?」
スラウブとフィオナがつぶやく。
「どうしてチェルビュイに入ってこれたんだー? 魔法陣は最上位魔法使いしか破れないはずー……」
徐々に謎の黒い甲冑の兵士たちに押されていく、白い外套のチェルビュイ魔法兵士たち。
「いたぞ! 奴だ!」
謎の黒い甲冑の兵士たちの一人が、スラウブたちに気付いた。
「プラウル様の【指輪】を盗み、<セレッサ>を殺害した凶悪犯だ!」
その言葉で、謎の黒い甲冑の兵士たちの正体をスラウブが把握する。
「こいつら、トルオス王国軍兵士たちだ!」
「雷よー、平穏なる美しきチェルビュイとー、その純粋なる民たちをー、魔の使者から守りたまえー」
スラウブが叫んだ途端、フィオナが即座に魔法を唱え始めた。
晴天の空があっという間に雷雲となり、広場を覆い尽くす。トルオス王国軍兵士たちが思わず空を見上げる。
雷雲から、すさまじい音とともに何本もの雷が落ちる。トルオス王国軍兵士たちが咄嗟に盾で頭を守ったが、雷はそれを貫通した。次々と倒れていくトルオス王国軍兵士たち。
「すごい……」
クララが声を漏らす。
魔法は詠唱すると、効果が格段に上がる。普通の者が詠唱する魔法を発動させるのには時間がかかるのだが、フィオナはあっという間にそれをやることができる。やはりフィオナは、格が違う魔法使いのようだ。
「……俺たちを追ってきたのか?」
倒れたトルオス王国軍兵士たちを見てスラウブが言う。
「……うっ!」
すると突然、頭に針を刺されたかのような感覚が、クララを襲った。思わず頭を押さえて、クララがふらつく。
〝……げ……て……〟
――え……?
〝に……げ……て……〟
――誰……?
クララの頭の中で、誰かの声が響いた。
「クララ!? 大丈夫か!?」
スラウブがクララの肩に手をやった、その時であった。
〝いいかお前たち、どんな手を使ってでも奴らを見つけ、捕まえるんだ。チェルビュイの奴らはどんどん殺ってしまって構わん〟
いきなり隕石でも落ちてきたかのように、上空から男の声が響く。
「なんだ? この声」
「これは……天の声?」
「天の声? なんだそれ」
「魔法の一つで、相手の頭上から話しかけることができるのよ。生徒たちと遊びで使ったことがある」
頭を押さえながらクララがスラウブに言う。
――まさか……今の声の奴が、刺青を入れた奴なの……?
「これほど広範囲にー、天の声が使える者はー、ごく限られた者しかいないはずー……」
クララとフィオナは上空を見上げた。
「おい、あそこ」
スラウブが指さした今いる広場から離れた先には、チェルビュイの人々に次々と襲い掛かるトルオス王国軍兵士たちの姿が――辺りをぐるっと見回してみても、同様の光景が広がっている。
「助けないと!」
クララが叫ぶ。
「分散しよう! あんたら、俺と一緒に戦ってくれないか? クララはフィオナと一緒に奴らを倒すんだ!」
スラウブが残ったチェルビュイ魔法兵士たちに声をかけ、クララに指示し、左肩の荷袋と小型のクロスボウを地面に置いた。
「わかった!」
スラウブとクララは、互いにチェルビュイを守りたい一心であった。
「スラウブー、その剣を抜けー」
今度はフィオナがスラウブに指示を出す。
「え? なんで?」
「いいから抜けー!」
珍しく声を上げたフィオナに、スラウブがあわてて背中の鞘から大剣を抜く。
「奴らの甲冑をその剣で斬れるようにー」
スラウブが抜いた大剣に向かってフィオナが右手を広げる。
すると大剣の刀身に、猛火の如く強烈な赤色のオーラがまとわれた。
「これは……?」
大剣の刀身から、火傷しそうな勢いの強い熱気を感じた。
「いわゆる補助魔法だー。それで炎の大剣となったはずー。そいつならー、奴らの甲冑も斬れるぞー」
スラウブが思わずにやりとする。
「これも!」
今度はクララだ。スラウブの体に向けて右手を広げる。
スラウブは急に涼しい風がまとわりつくのを感じ、体が非常に軽くなるのを感じた。
「なんだ……?」
「風の魔法の一つよ。それで、風のように身軽に動けるわ」
フィオナの炎とクララの風の補助魔法で、スラウブは炎の大剣を操り、風の素早さを持つ巨漢剣士となった。
「こっちは任せろー。そっちは頼んだぞー。行くぞー、クララー!」
そう言って、フィオナはクララを連れてトルオス王国軍兵士たちを倒しにいった。
「任せてください、フィオナ様」
「スラウブ殿、我々も行きましょう」
「ああ!」
チェルビュイ魔法兵士たちの声でスラウブが先陣を切り、視線の先にいるトルオス王国軍兵士たちに向かって一目散に突っ込む。
トルオス王国軍兵士たちは、無差別にチェルビュイの人々に襲い掛かっていた。
「おい、奴だ! 奴がい……」
トルオス王国軍兵士の一人がスラウブに気付いた時には、甲冑ごと炎の大剣で斬られていた。
スラウブが瞬間移動のような動きで、吹き荒れる風の如くトルオス王国軍兵士たちを斬り伏せていく。
「なんだこいつ、やばい……!」
もともと体のほとんどは鍛えに鍛え抜かれた筋肉で構成されているスラウブは、見かけによらず素早く動くことはできる。だが、このような動きをするとはトルオス王国軍兵士たちに想像できるはずもなかった。
トルオス王国軍兵士たちは、盾で防ごうとするも盾ごと焼き斬られ、剣で応戦しようとするも簡単にかわされ、刃は炎の大剣で焼き斬られ、補助魔法を受けたスラウブの前に次々と倒されていった。おまけに、スラウブの後ろにいるチェルビュイ魔法兵士たちの魔法攻撃の援護もあって、なすすべもないといった様子であった。
あっという間にスラウブとチェルビュイ魔法兵士たちが、その場にいたトルオス王国軍兵士たちを一掃する。
「スラウブ殿、お見事です」
「いや……フィオナとクララの魔法の力がすごすぎるんよ……」
自分でも驚くほど、魔法はスラウブに強大な力をもたらしていた。
「どのくらい攻め込んできてるのか知らねぇが、どんどん片付けていこう! チェルビュイを守るぞ!」
「はい!」
スラウブがチェルビュイ魔法兵士たちを鼓舞する。
その後もほうきでチェルビュイの街中を掃除していくように、スラウブとチェルビュイ魔法兵士たちはトルオス王国軍兵士たちをなぎ倒していった。
中央の大時計が付いた高い尖塔と、左右に二つずつの中央より低い尖塔で成り立っているチェルビュイの議事堂前、そこにもトルオス王国軍兵士たちが攻めてきていた。
「いたぞ! 奴だ!」
トルオス王国軍兵士の一人がスラウブに気付く。
スラウブが炎の大剣を構えた。
「やらせん!」
今度はチェルビュイ魔法兵士たちがスラウブより先に攻撃する。
結晶の針、炎の玉、雷、氷の矢、様々な魔法がトルオス王国軍兵士たちに繰り出されていく。
なんとか魔法を受け止めていくトルオス王国軍兵士たち。その隙を狙って、スラウブはトルオス王国軍兵士たちを攻めていった。スラウブとチェルビュイ魔法兵士たちの息の合った連係攻撃。トルオス王国軍兵士たちは、反撃の余地もなく倒されていった。
と――チェルビュイの議事堂前にいたトルオス王国軍兵士たちを一掃し、その場を離れようとしたスラウブとチェルビュイ魔法兵士たちの前に突然、黒いオーラをまとった翼を背中の左右に生やした一人の男が、上空から現れた。
「ようやく会えたな、我が仇よ……!」




