第七話 共に戦うために
「魔法を教えてほしいー? どうしたの急にー?」
フィオナがあんぐりと口を開けた。
「私……強くなりたいんです。いつもいつも、スラウブに守られてばかりで……」
「えーっとー……そんなー……急にー……言われてもー……」
クララの真剣な眼差しに、フィオナが動揺する。
「もともと私は、体があまり強くなくて、スラウブみたいに力強く戦うことはできません。だけど、魔法だったら……最低限の、自分を守れるものとスラウブを守ってあげられるものでいいんです。努力はします。徹夜したっていい。だから! どうか! お願いします!」
クララが勢いよく頭を下げるのを見て、フィオナはすっかり目が覚めてしまった。
「あー……そうー……じゃあー……明日ー、あたしと一緒に学校に行くー? そこでー、少しくらいだったらー、教えてあげるからさー」
たじたじとなるフィオナの思わぬ誘いに、クララが目を輝かした。
スラウブもクララも学校には行ったことがなく、代わりとなっていたものは、今は亡き家族に教わっていた文字や数字の教え。<スキーモ>の時に許されていた、古びた図書室に無造作に放り投げ出されていた古書を拾って読むことぐらいであった。
「学校――ですか。ええ、ぜひ! 行かせてください!」
上で寝ているスラウブが目を覚ましてしまいそうな勢いの声が響き渡る。
「わ、わかったー、いいよー。明日朝早いからー、もう寝なさーい」
「はい!」
フィオナと学校に行き、魔法を教えてもらう約束を交わしたクララは、勢いよく階段を駆け上がっていき、ベッドに横になった。そして大の字で寝るスラウブに、ぼそっとつぶやく。
「今度は――私も一緒に戦うからね」
◆
翌朝、クララはフィオナがチェルビュイの学校だと言う場所に来ていた。
「ようこそー、チェルビュイが誇る学校『フォースク』へー」
「これが……学校……?」
クララは度肝を抜かれた。
広大で色とりどりの美しい花によって彩られた緑豊かな敷地、何本もの細かな装飾が見事な尖塔が連なるステンドグラスの建築物、もはや学校というより大聖堂や城のようである。
行き交う学生たちは年齢層がばらばらであった。皆品格がある雰囲気で、フィオナや街中の人々と同じ美しい紺碧の石のネックレスを身につけ、上品な紺色の外套の制服を身にまとっている。
「すごい……!」
初めて通う学校がこんな豪華な所であることにクララの気持ちが高ぶる。それと同時に「俺はプラウルの演説で、人の話を長々聞くのが苦手になっちゃったから、留守番してるよ」と言って来なかったスラウブを、無理やりでも連れてくるべきだったとも思った。
「『フォースク』に通っている生徒は三歳から二十二歳までー、幅広い年齢層がいるのー。幼少期から若年期の心のゆとりこそがー、豊かな人間性を育んでいくとの考えからー、チェルビュイでは教育に関するあらゆることに対して特に力を入れているのー」
「そうなんですね……」
「とりあえずー、まずは制服に着替えようかー。ついておいでー」
そう言われてクララは学生たちにじろじろと見られながら、フィオナの後についていった。
『フォースク』には、教師の一人ひとりに個室が設けられている。
クララを自身の個室に待機させていたフィオナが『フォースク』の制服を持ってきた。
「ほーら、これー、クララの制服ー!」
フィオナの右手には外套が、左手には長い丈のスカートが、よく見ると制服には二つとも銀のバラの刺繍が施されている。初めて着る制服に目を輝かせるクララであったが、ある箇所にだけ目を曇らせた。
「あの……これ、左の袖だけ切ることってできますか?」
「なんでー?」
「左上腕にあるこの刺青、隠したりすると呪いが作用して、刺青が刻まれている者は即死んでしまうんです」
「なんとー!」
フィオナの絶叫で、はっとクララは思いついた。
――フィオナなら、この刺青の呪いを消したりできるのでは……?
「そうだ! この刺青にかかっている呪い、消すことってできますか?」
「えっ? っと、どれどれー」
クララが左上腕を差し出すと、フィオナが刺青をじっくり観察するようにして眺める。クララはフィオナならなんとかしてくれるのでは、と期待感を膨らませていた。
「……! これはー……」
フィオナが顔をしかめ、険しい表情を浮かべる。
「これはー、呪いじゃなくて魔法によるものだね……」
「え……?」
「ごめーん、これはちょっと私でも無理だわー……」
「そう……なんですか……?」
「こんなに強い魔力を帯びた魔法ー……初めて見るかもー……」
初めて出会った時に質の高い魔法を次々と繰り出していたフィオナからは、想像もつかないような表情と返答であった。何より、刺青が呪いではなく魔法によるものだということにクララは驚く。
「ごめんねー、なんとかしてあげたかったんだけどー。その魔法ー、どんな奴が刻み込んだものなのー?」
「……わからないんです。刺青は、気絶させられた時に入れられたようなので……」
スラウブもそうであったが、罪を犯して捕らえられた後、後頭部を殴打されて気絶させられたのち、牢屋の中で目が覚めた時には<スキーモ>の印である刺青が左上腕に刻まれていた。<スキーモ>は皆刺青が刻まれる時のことを覚えていないのだ。
「……まさかー……いやいやー、なんでもなーい。ちょっと待ってなー、左の袖ー、なんとかしてくるからー」
意味深な様子でフィオナがそう言い残し、個室を出ていった。
――フィオナ、どうしたんだろう? ちょっと待って……ということは、トルオス王国に強大な力を持つ魔法使いがいる……ということ?
クララは頭の中で様々な考えがよぎって、居ても立っても居られない気持ちになる。
――魔法、真剣に学ばないと……!
「最低限の――自分を守れるものとスラウブを守ってあげられるものでいい」とクララはフィオナに頼み込んでいたが、それ以上のことをしなければならないとクララは思った。
しばらくして、フィオナが戻ってきた。
「制服ー、袖の部分ちょっとアレンジしてきたよー」
フィオナが外套を広げる。左腕の袖はなくなっており、その代わりとでも言うのであろうか、左肩周辺にはより密度の高い銀のバラの刺繍が施され、違和感なく仕立て直されていた。
フィオナが壁の方を向き、クララが制服に着替える。
「似合うじゃなーい」
『フォースク』の制服に袖を通したクララは、カジュアルな印象から一転、美しい容姿も相まって淑女のイメージに様変わりした。
「あとこれー、魔法を使うために必要なものだからー、身につけておいて」
フィオナが差し出したのは、美しい紺碧の石のネックレスであった。
「これ……」
クララがネックレスを手に取る。よく見ると、フィオナや街中の人々、それに『フォースク』の学生たちが身につけているものと同じであった。やはり、このネックレスが何か魔法に関係しているのであろう。いや、ネックレスというより、この美しい紺碧の石が――。
「その石はねー、人々の【想い】を力にすることができるのー。それこそがー、魔法の原点なのー」
「【想い】……」
「あとそれー、一度身につけるとー、二度と外せなくなるからねー」
「え?」
「魔法使いになるってことはー、一生を魔法に捧げることでもあるのー」
「一生を……」
「その覚悟はあるー?」
クララが美しい紺碧の石をじっと見つめる。自分の人生を、魔法に捧げる――。
だがクララの目には、一切迷いがなかった。愛する者を守るため、恩を返すため――。
「もちろんです!」
クララはためらうことなく、美しい紺碧の石のネックレスを一気に身につける。
その瞬間――なんだか美しい紺碧の石が、自分の体内に入り込んでいくような、不思議な感覚をクララは覚えた。
「よしー、その意気だー! それじゃー、そろそろ授業が始まるからー、一緒に行くよー」
「……はい!」
クララは顔を引き締め、フィオナの後についていった。
◆
「おはよー!」
フィオナがまず威勢のいい声とともに教室に入る。続いて入ってきたのは、不安そうでありながら覚悟を決めた顔をしたクララだ。
クララがまずは一礼をし、顔を上げて教室の様子を見てみる。
教室はなかなかの広さで、そこにいた生徒たちは皆十歳もいっていないような子たちであった。人数は二十名いるかいないかといったほどであろうか。一人ひとりの机や椅子は横幅が広く、生徒同士の間隔も十分に空けられている。
「今日はー、みんなと一緒に魔法を学びたいって言うー、先生のお友達を連れてきたのー。これから一週間の間だけー、みんなともお友達になってくれるからー、よろしくねー」
「あ……あの……クララという者です。どうぞよろしくお願いいたします」
クララが恥ずかしそうに再び生徒たちに一礼をする。
すると生徒たちが一斉に立ち上がり、クララに向けて拍手を送った。その光景にクララは驚く。
「はーい、よろしくー。席はどうしようかー? 誰かの隣にでも座らせてもらおっかー」
「いえ……あの、みなさんの邪魔にならないように、後ろで立ちながら聞かせていただきますので、大丈夫ですよ」
「遠慮しないのー。それじゃー……ジュディーちゃんの所にしよっかー。ジュディーちゃーん、ちょっとクララのためにスペース空けてもらえるー?」
フィオナが指さしたのは、教壇から見て一番右奥にいる、クララと同じようなブロンドの髪のきれいな顔をした少女であった。
ジュディーと呼ばれる少女が横にずれ、フィオナの指示通りに席にスペースを空ける。
「ほらー、席に着いてー」
フィオナに促され、クララは遠慮がちにジュディーの席に向かった。
「あの……失礼します」
そう言ってジュディーの隣に座らせてもらったクララに、ジュディーは天使のような笑顔を見せる。
幼い頃の自分にはなかった、ジュディーの器の大きさに、クララはある意味で衝撃を受けた。
「それじゃー今日はー、先週のおさらいからー。魔法の原点について始めていくねー。遠い昔ー、炭鉱開発が盛んであったチェルビュイ内のある洞窟でー、ある炭鉱夫が紺碧の美しい岩石を見つけましたー。その美しさに惹かれた炭鉱夫はー、紺碧の美しい岩石の一部を手頃な大きさに削り取って家に持ち帰り―、愛する妻にプレゼントしましたー」
チェルビュイが炭鉱開発が盛んだった――? 初っ端からのあまりにも意外な講義内容にクララが驚く。
「ある日ー、その炭鉱夫はー、爆発事故に遭いー、瀕死の重傷を負ってしまいましたー。慌てて炭鉱夫の見舞いに訪れた妻の目に飛び込んできたのはー、それが誰なのかわからないほどのあまりにもひどい火傷を負ってしまった炭鉱夫の姿でしたー。意識を失ったままの炭鉱夫に妻はー、一晩中祈り続けましたー。『どうか、私が唯一愛したこの方の命をお救いください』と強い想いでー。するとー、奇跡的に炭鉱夫が意識を取り戻したのでーす」
クララには、その奇跡が起きた理由がわかっていた。
「さーてクララー、そのような奇跡が起きた理由ー、わかるかなー?」
新入生への洗礼の如く、フィオナがクララに問題を振る。すると一斉に生徒たちがクララを応援するかのような視線を向けた。クララが、それに応えるかのようにうなずいてみせてから、立ち上がる。
「はい。おそらく炭鉱夫の奥さんが、偶然プレゼントされていた紺碧の美しい石を手にしていたのでしょう。先生が私に下さったこのネックレスにある石、これは炭鉱夫の方が見つけられた石と同じものですね。先生はおっしゃっていました、この石は、人々の【想い】を力にすることができる、と。奥さんの炭鉱夫の方を救ってほしいという【想い】が、そのような奇跡を起こした。そして、魔法というものがこの地で始まった、それが私の答えです」
クララが答弁を終え、着席すると、フィオナの拍手が鳴り響いた。
「さーすがクララー。完璧に近い答えだよー」
生徒たちも皆一斉に拍手する。そして隣のジュディーが、グータッチを求めてきた。クララが笑顔を浮かべながらそれに応える。
――暖かい……!
ジュディーの拳は、とても年下の少女とは思えないほどの暖かみを帯びていた。これは、ジュディーのクララに対するお褒めの魔法なのであろうか。
――学校って楽しい……!
過酷で残酷であった幼少時代。クララにとって、その苦い記憶をかき消してくれるかのような時間であった。
〝幼少期から若年期の心のゆとりこそがー、豊かな人間性を育んでいくとの考えからー、チェルビュイでは教育に関するあらゆることに対して特に力を入れているのー〟
フィオナの言葉を思い出し、トルオス王国もそうであったらよかったのに、とクララは思った。
「そーう、炭鉱夫の妻が偶然手にしていた、紺碧の美しい石――のちに《想応石》と呼ばれることになるー、その石の力によって回復魔法が発動したー。それこそがー炭鉱夫を救った奇跡でありましたー。さらに妻はー、火傷だらけの夫に『もとの素敵な夫の姿に戻してください』と強く願うとー、炭鉱夫の火傷はみるみるうちに治っていきー、炭鉱夫はもとの姿に戻っていきましたー。涙を滝のように流して喜ぶ妻に、炭鉱夫は『そんなに泣かなくていいから、いつもの素敵な笑顔を見せてくれ』と願うとー、急に風が吹き―、妻の涙が吹き飛んでいきましたー。風の魔法ですねー。その時ー、二人は《想応石》が持つ力に気付いたのでーす」
なんて素敵な話なのだろうとクララがフィオナの講義に聞き入る。
「《想応石》の力は―、人々の傷を癒し―、頑丈な石を風で削りー、肉を焼くための火をおこしー、人々の喉を潤すための水を氷から生み出しー、美しい緑をこの地にもたらしてくれましたー。これこそがー、チェルビュイを豊かにしてくれたー、魔法の原点なのでーす」
思わず、クララは拍手してしまった。釣られるかのように、周りの生徒たちも一斉に拍手する。
「別に―、拍手なんてしなくていいのにー。もーう、みんないい子たちすぎるんだからー」
フィオナが照れくさそうに言った時、ふと、クララは思った。
――この刺青にかかっている魔法……チェルビュイの人がかけたものなの……?
クララが刺青の辺りを触る。
「さーてそれではー、お待ちかねのー、魔法の実践練習といきましょうー。みんな前に出ておいでー」
両手でフィオナが手招きすると、生徒たちが立ち上がり、広い教壇の前に出た。クララも浮かない顔のままジュディーと一緒についていく。
「じゃあまず初めにー、誰かー、朝から緊張して喉が渇いているクララにー、お水をあげてちょうだーい」
「え……? いや、別に、喉なんて渇いてませんよ」
フィオナの言葉に戸惑いの様子を見せるクララに、ジュディーが声をかけてきた。
「喉渇いてるの?」
「え? いや、だから、平気だって」
「両手で器を作ってみて」
そう言われてクララは仕方なく両方の手のひらを合わせて、器を作る。
ジュディーが、クララが作った両手の器の上で何かをするように右手を広げた。
すると突然、氷の塊が両手の器の上に浮かび上がった。
「これ……」
クララは昨日街中で見た、氷の塊を宙に浮かべ、庭の花に溶けた水を与えている女を思い出した。ジュディーは、あの女と同じことをクララにして見せたのだ。
両手の器にしたたり落ちていく水。
「どうぞ召し上がれ」
ジュディーが笑顔で言う。クララは、おそるおそる両手の器の水を飲んでみた。
「おいしい……」
それは、湧き水のように透き通った味であった。
「あっと。ごめんなさい、手から水がこぼれちゃったみたい」
床にこぼれ落ちた水を見て、クララが申し訳なさそうに言う。
「平気平気ー、ジュディーちゃーん、それ取り除いてあげて」
フィオナにそう言われて、ジュディーが床にこぼれ落ちた水に手を向けた。
水から、湯気が出始めたかと思うと、みるみるうちに床にこぼれ落ちた水がなくなっていく。
「すごい……!」
クララが感嘆の声を上げる。ジュディーはどうやら、水を蒸発させて取り除いたようだ。
「魔法ってすごいでしょー?」
「ええ!」
自慢気に言うフィオナにクララが大きくうなずく。
「それじゃー、次は風の魔法でも見せてあげよっかー。君たち二人ー、先週やった風の魔法遊びやってみせてあげてー」
フィオナが男子生徒二人を指名し、少し離れた距離で互いに向き合わせる。
するとフィオナが、球体の左右に羽が生えたような小さな物体を魔法で作り出した。それを左の生徒の方にそっと投げやると、左の生徒が小さな物体を反対側の右の生徒に押して渡すように手を動かす。
小さな物体が、ふわっと浮き上がり、右の生徒の所まで羽ばたいた。それを今度は右の生徒が左の生徒に押して渡すように手を動かすと、同じように小さな物体が左の生徒の所まで羽ばたく。
その様子を、クララは食い入るように見つめた。
「面白いでしょー? クララもやってみなー」
「え?」
それは、クララに〝魔法を使ってみろ〟という指示であった。
「君ー、ちょっとクララと代わってあげてー」
左の生徒がその場から退き、クララの方に目をやる。
クララが思わずおどおどする。
「ほーら、なんでもやってみないことには始まらないよー。恐れるな恐れるなー!」
フィオナが声を上げ、他の生徒たちが一斉にクララに視線を送った。小さな物体を手の上で浮かせている右の生徒が、「そこに立ちな」といった感じで首を振り、ジュディーが「行きな」とばかりにクララの右腕の裾を揺らす。
クララはごくりと唾を飲み込んだ後、覚悟を決めたかのように一歩一歩、左の生徒が立っていた位置まで歩いていった。
「いいー? とにかく大事なのはー、【想い】だからねクララ―」
「【想い】……」
クララはネックレスの《想応石》に手をやる。
「いくよー」
右の生徒が、小さな物体をクララに向けて飛ばした。
クララがあわてて左の生徒がやっていたようにそれを押して渡すように手を動かす。
だが、小さな物体はクララの足元に落ちた。
「もういっかーい」
言ってフィオナが小さな物体を右の生徒のもとに戻す。
再び右の生徒が、小さな物体をクララに向けて飛ばした。
クララがもう一度同じように手を動かすも、小さな物体はクララの足元に落ちる。
「クララ―、【想い】だよー。例えば―、それを大切な人に届けると【想って】みなー」
「大切な人に届ける……」
「ほらもう一度ー」
フィオナが小さな物体を右の生徒のもとに戻し、右の生徒が小さな物体をクララに向けて飛ばす。
クララは一瞬、頭の中で右の生徒をスラウブに置き換えた。
「スラウブ……」
目の前に飛んできた小さな物体をクララは押して渡すように手を動かす。
小さな物体が、右の生徒の方へ飛んでいった――。
「キター!」
フィオナが絶叫する。生徒たちも皆大きな歓声を上げた。
――できた……!
右の生徒が押し返してきた小さな物体を、クララも押し返す。
小さな物体は、二十回ほどクララと右の生徒の間を飛んだ。
「はいそこまでー」
フィオナが小さな物体を魔法で消す。
「やればできるじゃーん。クララー、魔法の才能あるのかもー」
そうフィオナに言われて、クララは照れくさそうな顔をした。
「お次はー、炎の魔法で自分を温めよーう! みんないくよー!」
突然、フィオナの声とともにクララは寒気を感じた。
「寒い……!」
クララが両手に息を吹きかけて温める。
「今あたしがー、この教室の温度を下げましたー」
すると生徒たちが、手のひらの上に小さな炎を浮かべた。
――え……? みんなすごい……!
寒そうにするクララとは違って、生徒たちは皆平気な様子である。
ジュディーがクララに近寄ってきた。そして炎をクララのそばで少し大きくする。
「誰か大切な人が吹雪の中、家に帰ってきた。クララならどうする?」
ジュディーがクララに問いかける。
――誰か大切な人が……吹雪の中、家に帰ってきた……私なら……。
クララは容体が悪かった頃、ある寒い日にスラウブが白い息で自分のもとに駆けつけてくれたことを思い出した。
「さぁ、温めてあげて」
ジュディーにそう言われて、クララは自分の前に手を広げた。
「スラウブ……」
手のひらから、小さな炎が浮かび上がった――。
――あの時、自分は守られてばかりだった……でも、もう違う……!
手のひらの炎がみるみるうちに大きくなっていく。気付いた時には、その炎は生徒たちよりも大きなものとなっていた。
「ちょちょちょー! やりすぎやりすぎー!」
フィオナのあわてたような声で、クララは我に返った。
「あっ……ごめんなさい!」
クララがあわてて炎を消すと、教室の温度が元に戻った。
「はーい、そこまでー。すごいねクララ―! マジ魔法の才能あるー! ジュディーちゃーん、アドバイスナイスー!」
クララがジュディーの方を見ると、ジュディーがクララにウィンクした。クララもジュディーにウィンクを返す。
その後、魔法の実践練習は続き、クララはフィオナやジュディー、他の生徒たちのアドバイスを受けながら、様々な魔法を習得していくのであった。
◆
フィオナとクララが『フォースク』から帰ってきたのは、夜遅くであった。テーブルには、クララの期待通りにスラウブが用意した食事が置かれていた。
「おおー、スラウブのやつー、なかなかやるではないかー」
「でしょう? スラウブって意外と料理上手いんですよ」
サラダにチキン料理、得意の生姜スープまで置かれていた。
「魔法ー、初めてにしては上出来だったよー」
「ホントですか?」
「お世辞抜きのマジだよー」
「ありがとうございます」
「あそこまで質の高い魔法を初めてで出せるのー、結構レアだよー」
「そんな……」
クララが照れくさそうに言う。だが確かに、初めてにしては上手くできた気がしていた。
「うーん。スラウブの料理もクララの魔法並みに質が高いなー」
「ふふふ。先生、褒め上手ですね」
「だーかーらー、マジだってー」
「明日の朝、スラウブに直接言ってあげてください」
好物のスラウブ特製生姜スープをすすったところで、
「あの、先生……」
「うーん?」
クララは気になっていたことをフィオナに訊ねることにした。
「魔法って、チェルビュイの人にしか使えないんですよね?」
「まぁー……基本的にはねー。《想応石》が必要だし」
フィオナも生姜スープをすすり、続ける。
「でもチェルビュイの人の中にはー、他の国に行ってみたいっていう人もいるからー。実際ー、あたしの知り合いも結構ー、チェルビュイを出ていったしー」
クララにとってはこれほど環境のいいチェルビュイを出るなんて考えられなかった。だが、逆に刺激を求めて出たいという人も中にはいるのかもしれないとも思った。
「その刺青を入れた奴が誰か気になってるんでしょー?」
「はい……」
フィオナでも対処できないというこの刺青、一体どんな人物が入れたというのであろうか。
「まぁー、チェルビュイを出たあたしみたいな魔法のエリートがー、トルオス王国で闇落ちしたとかー、《想応石》が盗まれてー、盗んだ奴がバカプラウルの側近でー、たまたま魔法の素質があったー、とかー?」
それを聞いて、なるほどとクララは思った。
「いずれにせよー、もうトルオス王国にはかかわらないことだねー。その刺青には気を付けてー、平穏に暮らしていける所を探しなさーい」
「……そうですね。そうします」
一応生まれ故郷であるトルオス王国――だがフィオナの言う通り、もう忘れてかかわらないのが一番であろう。クララは、なんとも言えない複雑な感情で心がかき乱れていった。
二人はその後、スラウブが用意してくれた料理を食べ終え、互いに今日は眠ることで同意するのであった。
「おかえり、ずいぶん遅かったじゃねぇか」
二階の寝室に上がってきたクララに気付き、月の光に照らされたスラウブがベッドで仰向けになったまま声をかける。
クララは、スラウブの脇で横になった。
「私ね、魔法が使えるようになったの」
「ウソ!?」
スラウブが驚きの声を上げる。
「本当よ」
チェルビュイの学校『フォースク』でのことを、クララはスラウブに延々と話し続けた。スラウブはあくびをしながら、なんとかそれを最後まで聞き続けた。
「今度は、私がスラウブを守ってあげるから」
クララがスラウブの腹をなでる。
「それじゃー、デニークを作る魔法を頼む」
魔法の話を信じていないのか、もう食べることはないであろうトルオス王国の銘菓デニークをネタにスラウブがからかうと、ムキになったクララが腹をなでていた手をスラウブの目の前辺りに広げた。
氷の塊が、スラウブの目の前に現れる。
「なんだこれ……!?」
クララは氷の塊を一気に溶かし、スラウブの顔に大量の水を浴びせた。
「うおっ!」
スラウブがベッドから飛び起きる。
「あははは!」
してやったりとばかりにクララが大声で笑う。
「お前……本当に……」
スラウブは一気に目を覚ました。
「あーあ、ベッドがびしょ濡れじゃねぇか」
「大丈夫、こうすればいいの」
クララがベッドの染みに手を広げると、染みがみるみるうちに蒸発していき、ベッドは元通りになっていた。
「すげぇ……」
「どう? これで信じた?」
これにはさすがにスラウブも魔法の話を信じるしかなかった。
「参りました」
言ってスラウブが再びベッドに仰向けになり、その脇でクララが横になる。「こいつめ」とばかりにスラウブがクララの額を小突いた。
「スラウブは? 今日何してたの?」
「俺は……家事したり、荷物の整理したり、街中を散歩したり、フィオナが用意してくれた金で買い物したり、あと大工たちの手伝いをしてた」
「大工って? レンガを積み上げていた人たち?」
「そうだ。魔法じゃなくて、この腕で手伝ってた」
スラウブが高々と力こぶしを作って見せる。
「そう、その人たちとは仲良くなれたの?」
「ああ、『あんたの体、うらやましいよ』って言ってくれた」
「お腹以外?」
「やかましいわ。一週間以内にここを出るんだって言ったら、『チェルビュイに住んでくれればいいのに』って言ってくれた」
「そう……」
フィオナはもちろん、生徒たちとも仲良くなれたし、スラウブもそうやってチェルビュイの人たちと仲良くなれたのに、本当に残念だなとクララは思う。
「ここに……住みたかったね……」
「そうだな……」
楽しかった今日のことを思い出しながら、スラウブとクララは浮かない顔で共に眠りにつくのであった。
【幕間 仇の居場所】
「チェルビュイに向かった? それは本当か?」
「ああ……そうだよ」
男が、ひざまずいて手を後ろで組んでいる褐色肌の女の喉元に剣を突き付けながら問うと、女はおびえた声で答えた。
女は、様々な国に出向いている商人らしい。トルオス王国軍兵士が『メリア』を歩いていた商人の女に、殺人犯の男と連れの女について知っているか訊ねたところ、数日前にトルオス王国ではない所で出会ったと商人の女は言ってしまった。それで、男のもとに連れてこられ、二人の行き先などについて尋問を受けている。
「二人は――チェルビュイにはいない。あそこは魔法陣で入口が塞がれていて簡単には入れないからな」
男が商人の女の喉元から剣を外す。
「ナバロ様、そのことについてお話があります」
「なんだ?」
トルオス王国軍兵士の一人が、ナバロと呼んだ男に声をかけた。
「本日チェルビュイを当たっていた諜報員の報告で、魔法陣の所にいた門番の話によると、チェルビュイの者らしからぬ格好をした二人組が数日前に入ってきたそうです。一人はずっしりとした体つきの男、もう一人はブロンドの髪の女だそうです。二人とも、腕に刺青をしていたとか」
「ほう……」
ずっしりとした体つきの男――トルオス王国民から聞いた目撃談とも商人の女の話とも一致する。
「ねぇ……もういいでしょ? 放してよ」
商人の女がナバロを見上げて言う。
「……そうだな」
ナバロは言って、商人の女の首をはねた――。
周りのトルオス王国軍兵士たちが固まる。
「そこで待っていろ。思う存分に、子供たちを殺した罪を償わせてやる――」
眉間にしわを寄せながらつぶやき、ナバロはその場を後にした。
◆
「まぁ、そう事を急ぐでない。ナバロ」
トルオス城謁見の間――玉座の前には、片膝をつき、頭を下げているナバロの姿があった。
「しかしプラウル様、あなた様の【指輪】を盗み、私の愛しい子供たち三人を殺した凶悪犯があの忌まわしきチェルビュイにいるのです。一刻も早く侵略し、その凶悪犯を捕らえる必要があるのではないかと思われるのですが?」
ナバロの前には、玉座に座るトルオス王国の独裁者プラウルの姿が――。
「わかっているさ。私の父上が成し遂げられなかったチェルビュイの支配。これを機に、偉大なる亡き父上の遺志を継ぐ時が来たのだ、とな。『チェルビュイの魔法の力を手に入れる』――だが、あの国が持つ魔法の力を甘く見てはならぬ。偉業を成し遂げるために、執念な準備をするのだ」
「執念な準備と言いますと?」
「ありったけの兵士を集め、魔法に耐性を持つ防具を全員分用意するのだ。そして我が愛しき娘よ――ついに、このトルオス王国の中でお前のみが得ることができた黒魔法の力、見せつける時が来たようだぞ」
豪華絢爛で高い背もたれを持つ玉座の横から、黒いドレスを身にまとったブロンドの髪の女が現れた。
「はい、お父様。このナタリア、必ずや、お父様のご期待に応えてみせますわ――」




