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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第一章

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第五話 魔法の国

「よかったらー、あたしが代わろうかー?」


 よく見ると、光沢感ある美しい銀髪の熟年の女であった。


「え?」


 再びスラウブが呆気にとられているうちに、ウェアウルフは銀髪の女に向かって走っていった。


 ――まずい……!


 スラウブはあわててウェアウルフの後を追おうとする。


「ウェアウルフちゃんかー」


 言って銀髪の女が右手を広げた。すると地面の下から、美しく鮮やかで透明感のある青色――紺碧に発光した半透明な壁が現れ、ウェアウルフは大木に激突したかのようによろめいた。


 ――あれは……まさか、あの女……。


 スラウブの足が止まる。

 ウェアウルフの背中に刺さっている紺碧に発光した結晶の針と、地面の下から現れた紺碧に発光した半透明な壁でスラウブは確信した。銀髪の女は、魔法使いであると――。

 銀髪の女が、今度は右手の人差し指でウェアウルフの周りを囲むように円を描くと、紺碧の丸い発光体がウェアウルフの右腕と両脚付近に浮かび上がった。

 

「今度はなんだ?」


 するとスラウブの声とともに、丸い発光体から鎖が飛び出し、ウェアウルフの右腕と両脚を縛り付けた。

 ウェアウルフが激しくもがく。だが、体を動かせない。

 

「ごめんねー。ウェアウルフちゃーん」


 銀髪の女が、身動きの取れないウェアウルフの前に立つ。

 

(いかずち)よー、この者の怒りを鎮めたまえー」


 低くうなるような声を出しながら、銀髪の女が右手を高々と上げると、ウェアウルフの頭上に雷雲のようなものが浮かび上がった。


 ――この女、すごい……。


 次々と異なる魔法を繰り出していく銀髪の女は、かなりのやり手であると魔法を使えないスラウブにもわかるほどであった。

 銀髪の女が高々と上げた右手を下ろす。轟音とともに、ウェアウルフの頭に紺碧の雷が落ちた。

 ウェアウルフが舌を垂らし、がくっと体勢を崩す。

 銀髪の女が指をぱちんと鳴らすと、丸い発光体と鎖が消え、雷雲のようなものも消えていった。


「さまよえる魂よー、安らかに成仏したまえー」


 銀髪の女が目の前で絶命したウェアウルフにそっと手をかざさすと、ウェアウルフの体が紺碧に光っていく。


「うおっ……!」


 ウェアウルフから放たれる光のまぶしさに、思わずスラウブは目を細め、前に手をやる。

 やがて、光とウェアウルフの体が消えてなくなったかと思うと、美しい紺碧の羽をした一匹の蝶が現れた。

 蝶が、その場で羽ばたき続ける。


「もうお前は自由なんだぞー。行っていいんだぞー」


 銀髪の女がそう言うと、蝶はまるで天へ昇っていくかのようにきらきら輝く鱗粉をまき散らしながら、高く高く舞い上がっていった。


「スラウブ、大丈夫?」


 その神秘的とも言える光景を見届けてから、クララがスラウブに駆け寄る。


「ああ、平気だ」

「でも、肩から血が出てるわ」


 ウェアウルフの牙が刺さった左肩から、小さな滝のように血が流れ出ていた。

 銀髪の女が、二人に近づいてくる。


「よかったらー、それあたしが治そうかー?」


 銀髪の女は高潔な印象の整った顔立ちと、品性を感じさせる低音の声とは対照的な、伸ばし棒口調が印象的だ。


「できるんですか?」


 クララがすがるような声で銀髪の女に言う。


「それくらいだったらー、簡単だよー」


 銀髪の女が微笑んだ。


「いい……のか……?」

「任せてー」


 少し戸惑いの表情を見せるスラウブに銀髪の女が近づき、血が流れ出ている左肩に右手を広げる。

 すーっと銀髪の女が大きく息を吸うと、スラウブの左肩の傷口辺りが紺碧に光った。続けて銀髪の女がふーっと大きく息を吐く。するとスラウブの左肩の傷が塞がり、出血がなくなっていった。


「これでー、もう大丈夫なはずー」

 

 銀髪の女の言葉に、スラウブが左肩の噛まれた部分を触って確かめる。

 ひりひりとした痛みがなくなっており、手で何度こすりつけても血が付いていない。


「治ってる……すげぇ……」


 スラウブが感嘆の声を漏らした。


「あんたたちー、ひょっとしてー、<スキーモ>ー?」


 銀髪の女がスラウブとクララの刺青をまじまじと見ながら言う。クララにいたっては、顔までまじまじと見ている。


「えっと……あの……<スキーモ>のこと、知ってるのですか?」

「知ってるよー。トルオス王国のー、かわいそうなー、奴隷の人たちでしょー? あー、ひょっとしてあんたたちー、トルオス王国から逃げてきたんでしょー?」


 興味深そうに言う銀髪の女に、スラウブとクララがなんとも言えない顔になる。


「よかったらー、あたしの家に来るー?」

「は?」


 銀髪の女によるいきなりの思いがけない誘いに、スラウブが大きく口を開けた。


「ここから真っすぐ行くとー、チェルビュイっていう国に入るんだけどー、そこにあたしの家があるのー」


 銀髪の女が、二人が向かっていた方向を指さした。やはりこの道の先は、チェルビュイへと続いているらしい。


「いいん……ですか……?」


 クララが戸惑いの表情を浮かべる。


「いいよー、困ってる人がいるならー、助けないとねー」


 銀髪の女が優しげな笑みを浮かべる。どうやら銀髪の女は善良なチェルビュイの者で、凄腕の魔法使いのようだ。


「助かる。えっと……俺の名はスラウブで、こっちはクララ。あんたは?」


 安心した様子でスラウブが名乗ると、銀髪の女が右手で髪をかきあげた。


「あたしー? フィオナっていうのー、よろしくねー。それじゃー、行こうかー」


 銀髪の女、フィオナが手招きし、チェルビュイの方に進んでいく。救われたような気持ちになったスラウブとクララは互いに体を抱き寄せ合いながら、フィオナの後に続いていくのであった。


        ◆


「ようこそー、チェルビュイへー」


 森を抜けると、ざっと見た感じ百段ほど下っていく階段が現れた。その先には、はちみつ色で尖塔がある建物と赤レンガの屋根の建物で統一された、美しい緑豊かな街が広がっていた。


「おおー」

「きれい……」


 初めて見るチェルビュイの景色に、スラウブとクララが息をのむ。


「気に入ったー? 足元気を付けてねー」


 階段はそれなりに勾配があり、二人は十分注意しながらフィオナの後についていった。

 階段を下りきると、突然目の前に魔法陣のようなものが浮かび上がった。


「うおっ!? なんだこれ!?」


 スラウブが体を後ろにそらす。


「ああー、びっくりしたー? これは門みたいなものでー、チェルビュイには基本的に外部の者は入れないようになっているのよー。今開けるからー」


 そう言ってフィオナが手で押す動作をすると、魔法陣が両開きの扉のように真ん中から開いていった。

 そうか、これが商人の女が言ってたやつか、とスラウブが思い出す。

 フィオナが開いた魔法陣の奥に入っていく。スラウブとクララは恐る恐るフィオナの後に続き、とうとう未知の世界――チェルビュイへと足を踏み入れていくのであった。



「もう少しでー、家に着くよー」


 フィオナがチェルビュイの街中を進んでいく。行き交うチェルビュイの人々が、フィオナの後についていくスラウブとクララをまじまじと見る。

 それもそのはず、チェルビュイの人々の格好は皆、女はフィオナみたいに修道女のような格好で、男は被り物のない司祭のような格好であった。上半身裸で剣闘士の格好をしたスラウブと、ノースリーブで短パンにロングブーツ姿のクララは、どうしても目立つ。

 肩身の狭い思いでフィオナについていったスラウブとクララはやがて、一軒の建物にたどり着いた。

 

「ここー、あたしんちー」


 二階建てで、はちみつ色のレンガと赤レンガの屋根でできた家、入り口の前にはちょっとした庭もあり、スラウブとクララが住んでいた家に比べるとしゃれた建物であった。


「お疲れ様ー。ゆっくりしてってねー」


 フィオナが微笑みながら家の中に二人を招く。


「失礼する」

「お邪魔します」


 恐れ多いといった感じでスラウブとクララはフィオナの家に入っていった。

 美しい花で彩られた玄関を抜けて目に飛び込んできたのは、アンティーク調のテーブルや椅子、シャンデリアに壁掛け時計といった家具で構成された見事な部屋であった。中でも飛び抜けて印象的なのは、高い天井や幅広い壁にぴったりとくっつくほどの棚に、余すことなくびっしりと詰められた書物の量である。


「すごい本の量……」


 クララが思わず声を漏らす。


「まぁー、そうかもしれないねー」


 フィオナが照れくさそうに言って続ける。


「あたしー、チェルビュイの学校で魔法の先生をやっているんだー」


 その言葉に、スラウブとクララが目を丸くした。


「魔法の先生……?」

「そうだったの……?」


 道理であれだけ質の高い魔法を次々と繰り出せるわけだ、と二人が納得する。


「そうー、今日と明日は学校が休みで―、どこか散歩にでも行こうと思ってたらー、ウェアウルフちゃんに襲われてたあんたたちに出くわしたの―」


 どうやらウェアウルフからフィオナに救ってもらったのは、偶然のことだったらしい。


「そうだったんですか。せっかく散歩に行く途中だったのにごめんなさいね」


 申し訳なさそうにクララが言う。


「いいのいいのー。逆にー、あの場に出くわすことができてよかったよー」


 確かにあそこにいたウェアウルフはとてつもない強さで、フィオナが来てくれなかったらどうなっていたかわからなかった。


「お茶でも入れるからー、座って待っててちょうだーい」


 そう言ってキッチンに向かうフィオナに促され、スラウブとクララは落ち着いた表情で、アンティーク調の椅子に腰かけた。



「それでー、あんたたち何をしちゃったのー?」


 フィオナが自ら淹れたハーブティーをすすりながら、二人に訊ねる。

 スラウブとクララは身の縮む思いで互いに目を合わせた。やがて、スラウブが先に重い口をゆっくりと開ける。


「……盗みだ。幼い頃、生活費のためにな。俺とクララは貧困地区『バッソナ』で生まれ育った。あそこは独裁者プラウルが求めている、『国を栄えさせていくための能力』がないとされる人々が暮らしている所で、皆廃棄された歯車同然に扱われていた。あんな所じゃ、いずれ干からびて死んでいくだけだったんだ」


 スラウブの話を聞いて、フィオナが泣きそうな顔を作った。


「あらー、かわいそうにー。それでー? 小さい頃からずっと<スキーモ>なのー?」

「……ああ、そうだ。だから……逃げ出してきたんだ」


 <スキーモ>としての刑期は終えている。だが、フィオナは<スキーモ>の刺青が刑期を終えた後でも消したり隠したりしてはいけないということについては、理解していないらしい。

 【指輪】を盗み、<セレッサ>やその部下たちに、トルオス王国軍兵士たちを殺害したことについては伏せておいた。


「スラウブ……?」


 クララに、「ここは任せておけ」といった感じでスラウブがウィンクする。


「なぁ、ここで暮らしていけるようにしたいんだが、可能か? 仕事はなんでもするし、家が小さくたっていい」


 スラウブがそう話を持ち出すと、フィオナは腕を組み、下を向いて目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。


「そうねー……まずは明日ー、チェルビュイの評議会でー、居住審査を受けてもらう必要があるわねー。それが移住者に対するチェルビュイの決まりごとだからー」


 フィオナの話を聞いて、スラウブとクララがばつが悪そうに顔を見合わせる。


「安心してー、アタシが一緒に立ち会ってー、なんとか取り繕ってみるからさー。今日はとりあえずこの家に泊まっていきなー」


        ◆


 その日、フィオナの家に泊めてもらうこととなったスラウブとクララは、二階の寝室にある二つのベッドを借り、共に仰向けになっていた。


「こんなふかふかのベッドで寝たことないから、気持ちいいわ」

「そうだな」

「ねぇスラウブ、もし……明日の居住審査とかいうのでここに住むことを許されなかったらどうする?」

「……その時は、また別の場所を探せばいい」

「別の場所ってどこ?」

「……ここみたいに落ち着いていて、フィオナのような親切な人がいる場所……かな?」


 スラウブが手を頭に組み、うつろな目を天井に向けて言う。


「本当にごめんなさい……私がもっと強かったら、こんなことにならずに済んだのにね」

「だから、そんなこと思わなくていいって言ってるだろ」


 クララが体を横にし、スラウブに背中を向ける。


「ここの町、ホントに素敵よね。住めるように――なるといいわね」

「ああ、そうだな……」

「それじゃ、もう寝ようか。疲れたし」

「ああ」


 二人は希望を頂きつつもどこか不安を覚えながら、ぐっすりと眠りにつくのであった。

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