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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第一章

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第四話 新たな地へ

「なんてことを……」


 クララが顔を両手で覆う。容体がよくなってから、《エリクサー》のことを度々スラウブに訊ねていた。だが、スラウブは「何も聞くな」の一点張りであった。


「お前を……救うためだったんだ」


 スラウブがたき火の炎に再び目をやる。


「でもこれじゃ……<スキーモ>の時と同じじゃない!」


 クララが声を荒らげた。

 いつ死んでもおかしくない労働者兼兵士としての奴隷<スキーモ>であった日々。今置かれている状況は、その時となんら変わりない。下手すれば、その時より状況は悪いかもしれない。


「じゃあ……どうすればよかったんだ? お前が死んでしまったら……俺はもう生きる意味がなくなる」


 家族がもういないスラウブにとってクララの存在は、唯一最後の家族であった。


「私のことはいいの! そんなことより、あなたが幸せになってほしかった! 他のいい人に出会って、幸せになってほしかった!」


 家族がもういないクララにとって唯一最後の家族であるスラウブには、幸せな未来を歩んでほしかった。


「そんなもの、必要ない!」


 今度はスラウブが声を荒らげた。


「スラウブ……」


 二人の間に、沈黙が流れる。


「すまない……今日はもう寝よう。明日、日が昇ったらすぐにここを離れよう」

「……わかった。そうしましょう」


 それ以上、互いに何も言わなかった。たき火の炎を消し、二人は静かな音を立てて流れる小川に身をゆだねるように、そっと眠りにつくのであった。


        ◆


 翌日、早朝からスラウブとクララは森の中を歩いていた。スラウブが茂みをかき分け、その後をクララがついていく。

 できるだけ、トルオス王国から遠くへ――この先、どんな旅になるのかわからない。二人は道中、食材となりそうな木の実やキノコを採り、即席で作った木製クロスボウの矢で野ウサギを複数狩った。


「なんだか、二人でキャンプに来たみたいね」


 昨日の雰囲気を変えようと、クララが冗談交じりに言う。


「そうだな。案外、悪くないだろ?」


 後ろを振り返るスラウブの頬が、少しだけ緩んでいた。それを見てクララは、やはり自分はスラウブと一緒にいたいのだなと思った。


「そろそろ休むか?」

「いいえ、大丈夫よ。森の中って気持ちいいわね」


 新鮮な空気、鳥のさえずり、虫の声、小川の流れる音が、スラウブとクララの心を徐々に落ち着かせていく。

 それからしばらくして、人の手によって整備されたものと思われる道に出た。


「スラウブ、道だわ」

「ああ」


 すると向こうの方から歩いてくる一人の人影が見えた。スラウブがその人影に目をこらす。

 多数の荷物を背負った人影――その人物は、女の商人のようであった。


「この先がどうなっているのか、聞いてみるか?」

「……そうね」


 スラウブの提案を、クララは渋々受け入れる。


「こんにちは、旅の人たち。よければ何か買ってくれない?」


 森の中から出てきたスラウブとクララを怪しむ様子もなく、艶やかで健康的な褐色肌の商人の女が威勢のいい声で二人に話しかけてきた。


「あの、この道の先ってどこにたどり着くかってわかります?」


 クララが尋ねると、商人の女が地図を取り出した。


「ああ、この道の先はチェルビュイだ。上り坂になっているから、気を付けた方がいいよ」


 商人の女が地図の現在地と、この道の先を指さした。話によると、チェルビュイは魔法技術が盛んな国らしい。ここからほぼ一本道のようだ。

 魔法といえば二人は、<スキーモ>であった時に許されていた唯一の息抜き、古びた図書室に無造作に放り投げ出されていた古書を拾って読んでいた時に、少し得た知識ぐらいのことしか知らない。何もない空間で火を起こしたり、水を作ったり、雷を落としたり――ちょっとした憧れは抱いていた。


「あんたら……ひょっとして<スキーモ>かい? 逃げ出してきた、とか?」


 二人の左上腕にある蛇が巻き付いているような刺青を見た商人の女が聞くと、スラウブとクララは黙り込んだ。


「色んな国に出向いて稼ぎに行ってるから、それぞれの国の事情はある程度知ってんだ。ま、アタシには関係ない話だけど。その様子だと、金もないんだろ?」


 次々と図星を突かれ、さらにスラウブとクララは黙り込む。

 商人の女によれば、チェルビュイはトルオス王国の独裁者プラウルの政権を忌み嫌っているそうだ。国民の気質はおだやかで、独裁者プラウルの人を歯車にしか思っていない考えが気に入らないらしい。

 今のスラウブとクララが置かれている状況を考えると、願ってもない行き先である。

 チェルビュイの入口は魔法陣で塞がれているが、門番に事情を説明すれば入れてもらえるかもしれない、とのことだ。


「せいぜい頑張りな。それじゃ」


 言って手を振り、商人の女はその場を後にした。


「あの、ありがとうございます」


 クララは一応、商人の女に礼だけは言っておいた。


「……チェルビュイに向かおうか」

「ええ……そうしましょう」


 未知の世界、チェルビュイに行ったところで、文無しでトルオス王国から逃げてきたスラウブとクララを入れてくれるかわからないし、入れてくれたとしてもどんな扱いをされるのかわからない。だが、今の二人にはそうするしかなかった。


 行き交う人々や後ろの方を気にしながら、道中ゴブリンやリザードマンといった魔物たちをスラウブが倒しながら、クララが疲れたら休みながら、自然豊かなチェルビュイへの道を二人はひたすら進んでいく。


「大丈夫か?」

「ええ、問題ないわ。スラウブこそ、平気なの?」

「ああ。さっき食べた、ウサギ肉がうまかったおかげでな」

「そうね」


 特にトルオス王国軍兵士が追ってきている様子もなく、腹も満たされたことから、少し余裕が出てきたようだ。


「見て、スラウブ」


 するとクララが曲がり角の先に見える木から顔を出した、巨大な石碑を指さした。


「あの石碑、商人の女の人が見せてくれた地図に載ってたものかもしれないわ。もしそうなら、チェルビュイまでもう少しよ」


 クララは地図で目印になりそうなものを記憶していた。

 まるで塔のように高く伸びた石碑には、うっすらと美しく鮮やかで透明感のある青色――紺碧(こんぺき)のオーラがまとわれている。その紺碧のオーラが何か魔法によるものであれば、魔法技術が盛んだというチェルビュイが近いというのも説得力が増す。


「行こう!」


 スラウブが声を上げ、手招きしながら足を早める。


「ちょっと、もう!」


 調子づいたスラウブに半ば呆れながら、クララはその背中を追っていった。




【幕間 復讐の誓い】




「ユーゴ……リサ……トール……」


 無精ひげを生やした男は三人の遺体の前で泣き崩れた。

 首を切断された長男と長女、鼻の骨を折られたうえに剣を突き刺された傷跡が残る次男――。

 男にとって、自慢の子供たちであった。長男は、自身が長を務めるトルオス王国の王プラウル専属のエリート騎士<セレッサ>の一員となった。長女と次男は、そんな長男の部下として、いずれ長男と同じく<セレッサ>の一員となるはずであった。三人の出産を終えた後で妻に先立たれた男には、子供たちの成長が何よりの生きがいであった。


「それで……犯人は捕まえたのか」


 殺気を帯びた声で、男が自分の最も近くにいたトルオス王国軍兵士をにらみつけながら言う。


「それが……殺人犯の男と連れの女を追った兵士たちの死体が、森の中で見つかったようで……二人がどこへ向かったのか不明とのことです」


 報告を聞き終えたとほぼ同時に、男は兵士の首をはねた。


「ひっ……!」


 首をはねられた兵士の近くにいた周りの兵士たちがおびえる。


「その男と女を探して連れてこい! 一刻も早くだ!」 

「はっ、はい!」


 兵士たちはその場から逃げるようにして、一目散に殺人犯の男と連れの女の捜索へ向かった。


「ユーゴ、リサ、トール……お前たちの未来を奪った下種どもに――必ずこの手で裁きを下してやるからな」


 男は無残に殺されてしまった子供たち三人の遺体の前で、復讐を誓った。




        ◇◇◇


 やがて、スラウブとクララは石碑の近くまでやってきた。


「これよ、間違いないわ」


 間近で石碑の形を見たクララは、これが地図に載っていた、チェルビュイの手前にあるものだと確信する。


「よし、行こうか」

「ええ」


 お互いの決心を確認し合い、スラウブとクララはチェルビュイへと歩み出した。

 上り坂もなくなり、道はこれまでよりきれいに整備されている感じだが、木漏れ日も差し込んでこないほどの高い木々が並ぶ左右の深い森が、なんだか不気味な雰囲気をかもしだしている。


「魔女の家に続く道みたいだな」


 前を進むスラウブがからかうように言う。


「まぁ、間違ってはいないんじゃない? 魔法技術が盛んな国らしいから」

「その魔女が、悪い魔女だったらどうする?」

「スラウブがやっつけてくれるんでしょ?」

「今いる俺が、実は魔女が化けた奴だったらどうする?」

「もう! 変なこと言わないでちょうだい」


 スラウブの冗談を軽く流していたクララであったが、進んでいくほどに不気味な雰囲気が増していき、不安な気持ちが増していった。

 と――。急にスラウブが足を止める。


「スラウブ? 何やってんのよ、シャレになってないわ」

「あそこ」


 スラウブが向く方向の先にクララも視線を向ける。

 少し離れた所で、一匹の黒い狼が森の中から道に出てきたかと思うと、ゆっくりこちらに近づいてきた。


「あら、狼じゃない」


 鹿や野良犬が近づいてきたような感覚で、クララが声を漏らす。


「意外と大きいわねあの子」

「ああ……」


 徐々に姿が大きくなっていく狼に、スラウブとクララは違和感を感じた。


「クララ、下がってろ」


 スラウブが荷袋を道の端に放り投げ、大剣の柄に右手をやり、左手を後ろのクララに広げる。


「え? どうして……」


 クララの声と同時に、近づいてきた狼が二本足で立ちあがった――。


「ウェアウルフだ!」


 狼の正体は、スラウブより一回り大きな獣人の魔物、ウェアウルフであった。

 ウェアウルフが長くて丈夫そうな鋭い爪を持つ腕で、スラウブに襲い掛かる。スラウブは大剣でウェアウルフの爪攻撃をはじいた。


「うお……!」


 巨漢のスラウブがよろめく。ウェアウルフの力は、相当なものであった。

 ウェアウルフの速くて重い爪の攻撃を、スラウブは片手の大剣でよろめきながらはじき続けた。


「スラウブ!」

「クララ! 離れてるんだ!」


 スラウブの指示でクララは後ろに下がり、木に身を隠す。

 防戦一方のスラウブは、大剣を両手持ちに切り替えた。手首のやわらかな動きで、ウェアウルフの爪攻撃をはじく。

 大剣を両手持ちにしたことでよろめかなくなったスラウブが、ウェアウルフの左腕による爪攻撃の軌道を読み、力を込めて大剣を振り上げる。

 スラウブが鍛冶屋で極限まで磨き続けた大剣とウェアウルフの鋭い爪がぶつかり、金づちで鉄を叩いたような甲高く乾いた音が響き渡った。

 一瞬、ウェアウルフがひるむ。その隙をスラウブは逃さなかった。


「うおおお!」


 宙ぶらりん状態になったウェアウルフの左腕を狙って大剣を振り下ろす。スラウブの怪力も相まって、包丁を入れた野菜のように、ウェアウルフの左腕が落ちた。

 筋肉質で体も硬くて丈夫なウェアウルフは、無理して一撃で仕留めようとするのはリスクが高いことをスラウブは知っている。ウェアウルフの左腕を落としたスラウブは、一旦間合いを取った。

 ウェアウルフが痛みのせいか、残った右腕を振り回したりして暴れる。


 ――あわてるな、落ち着け。


 スラウブは自分にいい聞かせ、呼吸を整えようとした。

 だが、急にウェアウルフが狂ったような動きでスラウブに突っ込んできて、右腕を振り下ろしてきた。


「うおっ……!」


 爪と大剣が再びぶつかり、スラウブが両手持ちの大剣を振り上げたままの姿勢で上体が後ろに倒れる。

 このウェアウルフは、スラウブの想像以上に力が強かった。

 ウェアウルフが怒り任せに右腕の爪を押し込もうとする。スラウブは必死の形相で爪を大剣で押しのけようとした。

 すると突然、ウェアウルフが右腕の爪を押し込んだまま、身を乗り出すようにしてスラウブの左肩に嚙みつこうとしてきた。咄嗟に左手でウェアウルフを押さえつけるが間に合わず、ウェアウルフの牙がスラウブの左肩に食い込む。


「うっ……!」


 スラウブの左肩から、血がにじみ出た。ウェアウルフの体を押し、なんとかして牙を抜いたスラウブは右手の大剣で爪を、左手で体を必死に押さえつける。


 ――このままじゃ、やばい……!


 一転、スラウブが焦り始める。


「スラウブ!」


 クララの叫び声が聞こえてきた、その時であった。

 突如ウェアウルフが、悲鳴を上げながらスラウブから離れる。


「え……?」


 スラウブが呆気にとられていると、ウェアウルフが背中を向けた。その背中には、紺碧に発光した結晶の針が刺さっている。


「おーい、そこの人たちー、大丈夫かー?」


 ウェアウルフが向く先には、美しい紺碧の石のネックレスを身につけ、頭の被り物を脱いだ修道女のような格好をした女がいた――。

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