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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第三十四話 ペルーア王国の混沌 ~偽りの王誕生編~

 数年後――。少年ブルートはすっかり青年となり、周囲が驚くほど肉体が急成長し、最も体の大きな<ルーク>に引けを取らない体格にまでなっていた。同じくすっかり青年となった狼のジェイクはもともと肉体的に強い獣人であったこともあり、同様に成長していくのには周囲も納得がいくが、ブルートの成長ぶりには、ただただ驚かされるばかりであった。

 そんな中、今日は闘技場で『コベラム』が開催される日であった。


「今日はなんだか、隊長をぶちのめそうな気がするぜ」


 控室の一室で、ブルートと共にしていたジェイクが拳を手のひらに当てながら意気込む。

 まだ青年でありながら、強靭な肉体と卓越した戦闘技術を持つジェイクは、『コベラム』で決勝の常連になるほどの戦士となっていた。しかしながら、命の恩人であり<ルーク>の隊長であるジョアンを倒し、栄冠を掴み取るところまではなかなか手が届かないでいた。


「今日は、僕が頂点に立つよ。もうそろそろ――頃合いだと思うんだ」


 椅子に腰掛け、両手を見つめながらブルートが低い声でつぶやく。


「それはそれは。じゃ、事実上の決勝戦は俺とお前の戦いだな」


 半ばからかうようにしてジェイクが言う。体も戦闘技術も急な成長を遂げたブルートもまた、『コベラム』での上位進出者の常連となっていた。二人とも<ルーク>に入隊してからの『コベラム』では毎回準決勝で当たり、ジェイクが少年ブルートをねじ伏せていた。


「今日も準決勝で当たるのかな? それとも決勝でかな? でも大丈夫、ジェイクは僕の側近にしてあげるから、安心して」

「はい?」


 その時ジェイクは、ブルートが何を言っているのか理解できなかった。

 当然、彼の身に起きていたこと、それから起きることなど、知るよしもなかった――。


        ◆

 

 ブルートの出番が来た。『コベラム』関係者の後についていき、通路を抜ける。

 闘技場は今や、ペルーア王国が戦の国であることを象徴しているかのように圧倒的な存在感を放つ建築物となっていた。そんな闘技場のフィールドでブルートは相手を待つ。

 やがて、反対側の通路からブルートの対戦相手が現れる。対戦相手は、<ルーク>ではなかった。だがその人物は、ブルートにとって因縁のある相手であった。


「よう」


 それは――現在の<ルーク>の隊長ジョアンに〝救済〟で敗れ、<ルーク>の隊長の座を奪われた者の息子であった。ブルートにとっては母親の死と同等とも言える悪夢である、〝公園の惨劇〟の主犯格の少年だった人物だ。〝公園の惨劇〟以来、ブルートはジェイクに守られていたこともあり、この(ぜん)<ルーク>の隊長の息子とかかわることはなかった。

 前<ルーク>の隊長の息子はあれから鍛錬を怠らずに続けていたのか、今のブルートと体格はほぼ同じだ。


「やあ」


 トラウマを思い起こさせるような前<ルーク>の隊長の息子を前にしても、なぜかブルートはいたって冷静であった。


「お前のせいで……父さんは……」


 前<ルーク>の隊長の息子にとっても、ブルートは因縁の相手であった。


「お前が八百長などしていなければ父さんは……殺されなくて済んだんだ! 俺は、お前とジェイクとジョアンに復讐するために、今日予選を勝ち上がってきた! ここで結果を出し、俺は<ルーク>となる! そして、父さんと同じように<ルーク>の隊長となる! 覚悟しろ!」


 殺気に満ちた目で、前<ルーク>の隊長の息子が構える。


「それでは、戦いを始める!」


 すっかり青年となった二人による因縁の対決が、『コベラム』審判員の声で始まった。


「うおおおおお!」


 開始早々、前<ルーク>の隊長の息子がこれまで溜まりに溜まっていたうっぷんをぶちまけるかの如く、ブルートに襲い掛かった。


「お前は、<ルーク>になどふさわしくない! 卑劣極まりない手で<ルーク>に入隊したお前とジェイク、お前ら二人を助け、<ルーク>の誇り高き隊長である父さんを殺めたジョアンを、俺は絶対に許さない!」


 大振りの拳や蹴り。前<ルーク>の隊長の息子は感情が抑えられないのか、よくこんな戦い方で予選を勝ち上がってこれたな、とブルートは思う。

 思わぬ形で入隊した<ルーク>で鍛えられ、〝力〟を得たブルートにとって、感情のみで戦う前<ルーク>の隊長の息子は相手にならなかった。

 ブルートは、前<ルーク>の隊長の息子が放った大振りの拳をかわし、隙を突いて腹部に拳を入れる。


「ぶっ……!」


 前<ルーク>の隊長の息子が膝をつき、悶絶する。ブルートの力は、<ルーク>で最も体格のいい者が持つ力に匹敵するような、あるいはそれを超えるような、想像をはるかに超えるものであった。体の内部を破壊されたかのような衝撃に、前<ルーク>の隊長の息子は全く動けない。

 その様子を見て、『コベラム』審判員は勝敗の決定を下す準備をしていた。あと十秒ほどだけ、待とうと思っていた。

 ところが――。


「……危険な種は、残すべきでないな……」


 そうつぶやいたブルートが、思わぬ行動に出る。

 膝をついて悶絶している前<ルーク>の隊長の息子に近づくと、顔面を蹴り上げて吹っ飛ばした。


「え?」


 唖然とする『コベラム』審判員をよそに、ブルートは前<ルーク>の隊長の息子に追い打ちをかける。馬乗りになり、激しく拳で顔面を殴打する。その圧倒的な力によって、顔面が崩壊していく前<ルーク>の隊長の息子――。

 突然の惨劇に、闘技場が愕然とした空気に包まれる。ブルートが前<ルーク>の隊長の息子を殺害するまでは、あっという間のことであった。

 

「きゃあああああ!」


 観客の一人が悲鳴を上げる。

 騒然とする闘技場の様子に、<ルーク>たちが一斉にフィールドに現れた。


「ブルート……?」


 ジェイクが、視線の先で頭が潰れた死体のそばでたたずむブルートに言葉を失う。ブルートは、ジェイクに目を合わせ、不気味な笑みを浮かべている。

 

「殺人だ!」


 即座に二人の<ルーク>がブルートを捕らえようと接近した。

 すると、ブルートが左右からやってきた二人の<ルーク>を刹那のうちに殺害する。一人の<ルーク>はブルートの拳で顔が首ごと一回転するほどひねって曲がり、もう一人の<ルーク>はブルートの拳で腹部が貫かれ、息絶えた。

 その光景に、観客たちや『コベラム』関係者のみならず、<ルーク>たちさえも愕然とする。


「僕は、自分自身を〝救済〟したい。あなた相手に――」


 ブルートがつぶやく。その視線の先は、<ルーク>の隊長ジョアンに向けられていた。

 

 ――何なんだ……? 一体、何が起きている……?


 突然の殺人。突然の変貌。ジェイクが、ブルートに困惑する。駆け寄り、事情を訊こうとしたその時、ジョアンがジェイクより先に動いた。


「皆の者、下がれ」


 ジョアンが<ルーク>たちを制止し、ブルートに歩み寄っていく。

 闘技場の皆がジョアンとブルートを、固唾をのんで見守る。


「自分が今、何をしたのか、わかっているのか?」


 数年が経ち、<ルーク>の隊長として貫禄がついた顔をジョアンがしかめた。 


「わかってるよ――頃合いなんだ。僕が<ルーク>の隊長となり、ペルーア王国の王となって頂点に立つ時が来たんだよ」


 ブルートは、余裕の表情を浮かべている。ブルートが何を考えているのかはわからないが、ジョアンは観客席の特等席にいる人物の方を向いた。


「これより、この<ルーク>ブルートの〝救済〟をかけた戦いを行う。王よ、それでよいか?」


 その人物――以前に暫定的に王となった者は、今では正式にペルーア王国の王となっていた。


「……よかろう。<ルーク>の一員ブルートの〝救済〟をかけた戦いを行うとしよう」


 特等席で、フィールド上で起きたことに、周りの観客と同様に愕然としていたペルーア王国の王がジョアンの申し入れを許可する。

 やがて、ブルートが殺害した前<ルーク>の隊長の息子と、二人の<ルーク>の遺体が下げられ、ブルートとジョアンに剣が手渡された。


「ブルート! 正気なのかよ!? 一体、何考えてんだ!?」


 困惑するジェイクの叫び声には、怒りが込められていた。

 ジョアンによって命を救われ、特別に<ルーク>に入隊させてもらい、ようやく安泰を得かけようとしていた矢先の背徳行為による裏切り――。

 

「始めよ!」


 ペルーア王国の王の声が響く。


「何を考えているのかは知らないが、失望したよ、ブルート。せっかく救ったのに。これから、ペルーア王国の黄金期が始まるというのに。これから、ロドリックを失っても、ペルーア王国は強く、栄えることができるのだと、世界に見せつけていく時が来たというのに!」


 ジョアンがためらうように、だが決意を固めたように、剣を構えた。


「……大丈夫だよ。それをこれから、僕がやっていくから」

「え……?」


 そう言って、ブルートは口をぽかんと開けているジョアンに急接近する。今まで見たことのないような速さで接近し、攻撃を仕掛けてきたブルートにジョアンがあわてて応戦する。今まで見たことのないような素早い剣さばき、今まで感じたことのない重みのある攻撃で、一瞬にしてジョアンの剣がはじき飛んだ。


 ――え……?


 ジョアンが思わず固まる。


「〝力〟を手に入れたんだ」


 そうにこやかに言ったブルートが、ジョアンの右腕を剣で斬り落とした――。

 

「この世の全てを手に入れるにふさわしい〝力〟がね」


 ブルートは続けて呆気にとられるジョアンの両脚を、剣を横に払って斬り落とす。ジョアンの体が、地面に落ちた。


「あああ……!」


 叫び声を上げながら、ジョアンは残された左腕で這いつくばった。

 立て続けに起きた衝撃的な出来事に、闘技場の群衆が言葉を失う。

 ブルートがジョアンの背中を踏みつけ、押さえつける。


「我が名はブルート! 炎の獅子王ファルートの力を得し者なり!」


 高々と剣を掲げるブルートの声が轟いた。あっという間に闘技場が騒然となる。


「見たであろう? その力を! 我はペルーア王国の新たなる守護神! ペルーア王国に、栄華をもたらす者である!」


 そう高々と叫ぶと、ブルートはジョアンの首を斬り払った――。

 再び闘技場の群衆が言葉を失う。


「我は戦いに勝利した! 〝救済〟は成功した! そして、<ルーク>の隊長を打ち負かしてみせた! 王よ、我を解放し、<ルーク>の隊長の任を与えよ!」


 ブルートがペルーア王国の王に向かって叫ぶ。

 ペルーア王国の王はしばしの間、沈黙し続けた。

 すると、ブルートが見せつけるようにして、ジョアンの残された左腕を斬り払った。そして鋭い目つきで、ペルーア王国の王をにらむ。


「み、認めよう。<ルーク>の一員ブルートを、解放し、新たなる<ルーク>の隊長に、任命する!」


 ペルーア王国の王が喉元にナイフを突きつけられたかのような声を出して、ブルートの解放と、<ルーク>の隊長の任を宣言する。

 

「ブルート……」


 ジェイクは突然変異したかのような友人に、ただただ呆然とするしかなかった。他の<ルーク>たち含めた闘技場の群衆もまた、暴君と化した新たなる<ルーク>の隊長ブルートに、金縛りにされたかのようにその場で固まり、慄くのであった。


        ◇◇◇

 

「お疲れ様、兄さん。よかったらマッサージでもしようか?」


 それから、さらに時が経った。豪華絢爛で圧倒的な存在感を放つ砂岩城『サントゥリオ』内、堂々とした姿で横に寝そべる立派なたてがみのライオンを模した黄金の玉座に居座るブルートに、ラスクがにこやかな表情で声をかける。

 色白の美しい肌、艶やかなブロンドの髪、完璧なまでの比率で整った顔にエキゾチックな風貌、見事な曲線美の体、そこにまとわりついたきらきらと輝く露出度の高い金の衣装――圧倒的な美貌を誇るラスクは、妹でありながらブルートでも惚れ惚れするような存在となっていた。


「いいや、大丈夫だよ。ラスク」


 ブルートは、新たなる<ルーク>の隊長の任についてから、不信感を抱く<ルーク>たちを〝力〟でねじ伏せ、服従させ、さらに<ルーク>たちを鍛え上げていた。そして、さらに力ある王としてペルーア王国に君臨するために、<ルーク>たちを率いて『サントゥリオ』を攻め込んだのである。

 行き場を失い、形だけ警備兵となった元ロドリックの騎士団の生き残り全員とペルーア王国の王を殺害し、見事にブルートの野望は叶えられたのであった。


「できることがあったらなんでも言ってね、王様」

「ああ」

「兄さんのおかげで、こんな素敵なお城に住むことができて私嬉しいわ。おとぎ話のお姫様みたいなんですもの」

「お前はお姫様みたいに綺麗なんだから、ふさわしい場所に住まわせるべきだっただけの話さ」


 満面の笑みで、貫禄ある体つきとなったブルートの体をさするラスクは、ブルートが絶対的な力を得た強者となり、ペルーア王国の王となったことに誰よりも喜びを感じていた。今ではブルートに仕える侍女の長として、複数の侍女を従えており、自身の立場をブルートにとっての天使のような存在<アンジェラ>だと言っている。


「母さんもきっと見てるわ。今の兄さんの姿を。きっと誇りに思っているはず」

「そう……かな……」


 王となった今でも、ブルートは母親に言われた数々の厳しい言葉や〝遺言〟、母親の無残な死を忘れたことはない。


「でも、まだまだ足りない気がするんだ」

「そんなことないわよ」

「ロドリックは、炎の獅子王ファルートと化することができたと聞く。我は、なぜかそうなれる感じがしないんだ」

「そういえば、確かに……」


 ブルートはラスクとジェイクにだけ〝力〟を得た方法を明かしている。ペルーア王国神殿でのあの夜、ブルートはロドリックの棺を元の状態に戻し、全ての死体を焼死体にして、火事に見せかけるような隠ぺい工作をしていた。


「調べてみるわ。ロドリックが、炎の獅子王ファルートと化した方法を」

「ああ、頼むよ」

「あんたたち、調べものの仕事よ」


 そう言ってラスクはブルートの頬にキスをすると、ペルーア王国の王を支える<アンジェラ>として他の侍女たちに指示を出し、執務を始めるのであった。


        ◆


 数日後、ブルートの玉座の前に、一人の女の遺体が横たわっていた。


「この女が――炎の守護神アーフィスの血を継ぐ者……なのか?」


 ブルートが玉座から立ち上がり、女の遺体をまじまじと眺める。

 ラスク率いる<アンジェラ>が、とある文献から長年隠され続けていた炎の守護神アーフィスの存在を突き止めた。そしてブルートの命令によって<ルーク>が、ペルーア王国の民たちを徹底的に尋問し、炎の獅子王ファルートの力を引き出す鍵である炎の守護神アーフィスの血を継ぐ者を捕らえ、『サントゥリオ』まで連れてきたのである。遺体として――。


「はい、間違いありません」


 現<ルーク>の隊長が確信を込めた声で言う。炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の遺体の周りには、ブルートの命令に参加した<ルーク>たちと、ラスク率いる<アンジェラ>たちがいた。


「そうか、ご苦労であった」


 ブルートが、にぃと口角を上げた。


 ――この者の血を継ぐ者が生まれれば、我はついに……!


 現<ルーク>の隊長が腰から下げているナイフをブルートが指さす。


「そいつを貸せ。それとなんでもよいから(さかずき)となるものを持ってこい」


 ラスクが<アンジェラ>の一人に首を振ってから、(さかずき)がブルートの手に渡るまで、それほどかからなかった。

 ブルートが、炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の手首をナイフで切る。

 あの日、ロドリックの血の儀式と同じであった。死んでいるにもかかわらず、炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の手首から血が流れる。それを、ブルートが(さかずき)の中で受け止めた。

 (さかずき)の中の血を眺めた後で、ブルートが周りの者たちに声をかける。


「ここにいる者に問う。我に炎の獅子王ファルートの力を与えし、炎の守護神アーフィスの血を継ぐ意志のある者はいるか?」


 ブルートの声に、周りの者たちは尻込みした。ブルートは炎の守護神アーフィスの血を継ぐ者を捕らえるにあたって、命令を遂行する<ルーク>たちやラスク以外の<アンジェラ>たちにも、自身が炎の獅子王ファルートの力を手に入れた過程を教えていた。

 魅力的な力を持つに違いないものでありながら、得体の知れない炎の守護神アーフィスの血――それを飲むのは、毒見に等しいものである。

 すると――。 


「私が……炎の守護神アーフィスの血を継ぐわ、兄さん」


 名乗り出たのは、妹のラスクであった。


「ラスク……?」


 ブルートの頭の中に、ロドリックの血を飲み、焼け死んだ者たちが思い浮かぶ。


「兄さんが炎の獅子王ファルートの力を手に入れられたというのであれば、私も炎の守護神アーフィスの力を手に入れられるはず。私は炎の守護神アーフィスの血を継ぐ者として――兄さんを支え続ける」


 ラスクの目には、何人たりとも近づけぬ聖域の如く固い決意が浮かんでいた。


「しかしラスクよ……」

「その(さかずき)を、私に――」


 血を飲むリスクを誰よりも知るブルートが、手を差し伸べてきたラスクから(さかずき)を遠ざけようとする。その時、現<ルーク>の隊長がラスクを制した。


「お待ちを。まずは私が、その血に危険はないか、確かめます」


 現<ルーク>の隊長の本心は力を手に入れることであった。誰よりも先に、炎の守護神アーフィスの力を手に入れようとしたのである。


「よかろう」


 ほっと胸をなでおろしたかのように、ブルートが(さかずき)を現<ルーク>の隊長に手渡す。


「兄さん、どうして!?」


 ラスクが声を荒らげる。


「まずは、安全を確かめてからだ」

「でも……!」


 ブルートやラスクに止められる前に、現<ルーク>の隊長が(さかずき)の中の血を飲み干した。


「う……う……う……」


 現<ルーク>の隊長が自身の体を押さえ込む。


「あ、あああ! あああああ! あああああ!」


 ブルートが恐れていたことが起きた。玉座の間に絶叫が響き渡り、現<ルーク>の隊長の体が発火し始めた。紅蓮の炎が現<ルーク>の隊長を包み込み、現<ルーク>の隊長はもだえ苦しみながら断末魔の叫びを上げ続ける。

 周りの者たちが、パニック状態になる。

 

 ――やはり……!


 ロドリックの血と同様、炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の血も危険なものであったのだ。

 あの日と同様に、黒焦げの人型のオブジェが生み出される。しばらくの間、周りの者たちが言葉を失った。


「や、やはり……この私でなければいけないのよ! 兄さん!」


 目の前で起きた惨劇の中、訴えかけるようにしてラスクが声を上げる。


「い、いや……ダメだ!」


 ブルートが再び炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の血を(さかずき)に注ぐ。


「お、お前! 我のために、炎の守護神アーフィスの血を継ぐのだ!」


 一人の<アンジェラ>を、ブルートが指さした。

 ラスクがあわてるようにして、ブルートに指名された<アンジェラ>の前に腕を差し出す。


「ダメよ、兄さん! 私でなきゃ!」

「わ、わかりました。わたくしが、ブルート様に仕える、炎の守護神アーフィスの血を継ぐ者となります」

「あんた!」

「ラスク様を、危険な目に遭わせるわけにはいきません」


 ブルートに指名された<アンジェラ>がラスクの腕を押しのけ、前に出る。


「兄さん!」

「ならぬ!」


 押しのけられるようなブルートの声にひるみ、ラスクは思わず足を止めた。

 炎の守護神アーフィスの血を継ぐ者がラスクであれば、ブルートにとってもこの上ないことである。だがそれ以上に最優先するものは、ラスクの身の安全であった。


「感謝する」

「仰せのままに」


 ブルートに指名された<アンジェラ>が(さかずき)を受け取り、少しのためらいの間を置き、(さかずき)の血を飲み干す。

 ブルート含め周りの者たちが固唾をのんで見守る中、ブルートに指名された<アンジェラ>はしばしの間何も起こらなかったことで成功を確信し、うなずく。


「ブルート様……わたくし……」

 

 と微笑みを浮かべたブルートに指名された<アンジェラ>の体が、発火し始める――。


「え……?」


 紅蓮の炎が、ブルートに指名された<アンジェラ>を容赦なく包み込んでいく。


「あ、あああ! あああああ! あああああ!」


 澄んだ美しい声のブルートに指名された<アンジェラ>が出しているとは思えないような断末魔が、玉座の間に響き渡る。


「そんな……!」


 ブルートの前で再び、黒焦げの人型のオブジェが生み出された。


「兄さん」


 再び起きた惨劇にブルートが動揺する一方で、ラスクは冷静に兄に呼びかける。


「私を信じて。私は――兄さんの妹よ。兄さんに炎の獅子王ファルートが力を授けてくれたように、きっと炎の守護神アーフィスは、私に力を授けてくれる。信じるのよ。一緒に、ペルーア王国を導きましょう」  


 ラスクが辺りに焼け焦げた死臭漂う中、微笑みを浮かべ、ブルートに手を差し伸べる。


「ラスク……」


 ブルートがうつむき、しばしの間目をつむった。


「これからも、ずっと一緒よ。生涯をかけて、兄さんを支え続けるわ。私も、兄さんのように強くなってみせる。ペルーア王国に必ず、栄華を――永遠の安泰をもたらしてみせるわ」

「……わかった。お前を信じる」


 ブルートが炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の手首をナイフで切り、(さかずき)に注ぐ。(さかずき)を片手にラスクに歩み寄り、その大きな体でしっかりと抱きしめた。


「兄さんって、気が小さいのね」


 ブルートを抱き返しながらラスクは失笑した。


「さぁ、離して。(さかずき)をちょうだい」


 体を離したブルートの手から(さかずき)を受け取った後、(さかずき)の血を眺め、目をつむりながら、ラスクが炎の守護神アーフィスの血を継ぐ女の血を一気に飲み干す――。

 

「ラスク……」


 ブルートがラスクの両肩を掴む。


「ラスク……!」


 それからしばらく、玉座の間に沈黙が流れた。


「……感じる。感じるわ。」

 

 ラスクが左右の手のひらをじっと見つめながらつぶやく。


 今まで感じたことのない、力がみなぎってくるような感覚――。

 今まで感じたことのない、全身の細胞が活性化するような感覚――。

 今まで感じたことのない、あらゆる者をねじ伏せられるような感覚――。


 そして、今まで感じたことのない、自信――。


 間違いない。炎の守護神アーフィスの力が、自身の身に乗り移ったのだ。


「こ……これは……!?」


 それを証明するかのように、ブルートは自身の体が熱くなり、何かとてつもない力がみなぎっていくの感じた。

 ラスクがブルートの胸に手を置く。


「どう? 感じるでしょう? 私が与えている〝力〟を」

「ああ、感じる……感じるよ、ラスク!」


 ペルーア王国の二大守護神、炎の獅子王ファルートと炎の守護神アーフィスの力を受け継いだ兄妹が、互いにしっかりと抱きしめ合う。


「いずれ、炎の獅子王ファルートは我の体を通して姿を現す。共に導くぞ、ペルーア王国を!」

「ええ。天国の母さんに見せてあげましょう! 私たちの勇姿を!」


        ◆


 ブルートが〝力〟を誇示し続け、ペルーア王国の王としての地位を確立させつつあったある日、完成された圧倒的な人数を収容できる闘技場に、ペルーア王国の全ての民が集められていた。

 そこには<ルーク>たちも集結し、席から通路まで、余すことなくびっしりとペルーア王国の全ての民を立たせ、闘技場のフィールドに注目させている。

 フィールド上には、ブルートとラスクの他に、二人の親友であるジェイクとグスタスがいた。


「ペルーア王国の諸君! この場に集ってくれたことに感謝する! 今日は皆にぜひ、その目にしっかりと焼き付けてもらいたいものがある!」


 ブルートが、右手に握る巨大で黄金の獅子の横顔や緻密な装飾が施されたハンマーを高々と掲げ、闘技場に声を響かせる。


「何なんだよ」

「一体、何を見せようと言うんだ」

「ペルーア王国の全員を集めてまで見せるものなの?」


 いまだにブルートを王だと認めきれていない者たちの声が、ちらほらと聞こえていた。


「さぁラスクよ。皆の者に見せつけるぞ、我の――真なる姿を」

「ええ。みんなに見せましょう。ペルーア王国を導く、ブルート王の真なる姿を。天国の母さんにも、見せてあげましょう」

「ああ」


 するとラスクが目をつむり、ブルートの方に意識を集中させる――。


「出でよ! ブルート王の真なる姿! 炎の獅子王ファルートの力よ!」


 ラスクが叫ぶと、ブルートの体が紅蓮の炎によって包まれていく。その様子に大観衆が狐につままれていると、闘技場にすさまじい衝撃波が襲い掛かった。


「な、なんだこれ!?」

「うおおお!?」

「きゃあああ!」


 思わずペルーア王国の民たちが両手で顔の前を防いだ。

 やがて衝撃波が収まると、ブルートが立っていたところにいたのは――。 


「え……?」

「あれは……?」

「何……? あれ……?」


 まるで血管のように体中に炎を張り巡らせ、筋骨隆々とした虎柄模様の分厚い肉体に、燃え盛る立派なツノを生やした、バルカンの見た目の顔をした獣人であった。


〝我が名はブルート! ペルーア王国の王にして、炎の獅子王ファルートの力を継ぐ者なり!〟


 フィールドに立つ四人以外の者全てが戦慄する。


「炎の獅子王ファルートの力……?」

「ウソだろ……」

「蘇ったの……? 炎の獅子王ファルートが……?」


 そこにいるのは、炎の獅子王ファルートではない。だが、見るからに絶大なる力を持った何かであることは、誰の目にも明らかであった。そしてそれは、ペルーア王国の民たちが求めるものそのものであった。

 ペルーア王国の民たちの沈黙はやがて、歓喜の叫びへと変わる。


「炎の獅子王ファルート!」 

「炎の獅子王ファルートの力を持つ者!」 

「ブルート王!」 


 その瞬間、ペルーア王国の民の全てが、堂々たる姿でフィールド上に立つブルート王に従うことを決意するのであった。


 ブルート王への歓声はしばらくの間、途切れることがなかった。


「兄さん……!」


 ラスクが満面の笑みをブルートに向ける。


「お前さんには負けたよ」


 ジェイクが両手を広げ、降参のポーズをとった。


「立派になったな、ブルート! 感謝するよ、俺にしてくれたことの全てに!」


 あの〝公園の惨劇〟以来、内向きで籠りがちだったグスタスは、ブルートが『サントゥリオ』に住まわせ、闘技場に鍛冶場を設立してそこで職を与えた結果、元の陽気さを取り戻した。


〝紹介しよう! 我と共にペルーア王国をあるべき姿へと導く従者たちを!〟


 ブルートが、ラスクとジェイクとグスタスの三人を手でさしていく。


〝我を癒し、力を与え、『サントゥリオ』を守りし天の使い<アンジェラ>の長、我が妹のラスク! ペルーア王国の治安を守り、皆を守る盾となって力強く戦う、もう一つの最強の戦闘集団<ガーディアン>の長、ジェイク! そして、我がペルーア王国の誇り高き<ルーク>や<ガーディアン>たちが扱う神器、世界で最も優れた武器や盾を作り出す、世界最高の鍛冶職人グスタスだ!〟


 ペルーア王国の民たちが三人にも歓声を送る。


〝だが、これだけの従者でも、まだ足りないのだ! 皆の者! 我についてこい! 我にもっと力を与えよ! ペルーア王国に栄華を! 永遠の安泰をもたらそう! 共に、ペルーア王国を世界の頂点に立たせようではないか!〟


 ペルーア王国の民たちは、何より〝共に〟という言葉に熱狂した。そうしてブルートは、ペルーア王国の民たちの心を掴み取ったのだ。


「きっと母さんは――兄さんだけでなく、<アンジェラ>の長として生きる私を誇りに思ってくれるはずだわ」

「お前についていくよ、ブルート」

「俺も、お前を支え続けるぜ!」


 ラスクとジェイクとグスタスが、ブルート王への服従を誓う。

 そんな過酷な道のりを共に歩んできた三人に、炎の獅子王ファルートの力を群衆に見せつけるブルートが声を上げる。


〝我らのペルーア王国を――共に導くぞ! そして、世界の頂点に立たせるのだ!〟

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