第三十二話 ペルーア王国の混沌 ~悪夢編~
それから、数年が経った。
少しだけ筋骨たくましくなった少年ブルートがいる場所は、ロドリックの死後に造られ、今なお拡充し続けている、夜の闘技場であった。
目的は定期的に行われる高い賞金を懸けた戦い『コベラム』だ。『コベラム』は賞金が得られるだけでなく、<ルーク>へ入隊するための道でもある。<ルーク>への入隊を希望する参加者同士の予選で勝ち抜き、『コベラム』本戦で好成績を残し、認められれば、<ルーク>の仲間入りを果たすことができるのだ。
少年ブルートは〝公園の惨劇〟の後、母親によって息抜きする時間も少なく徹底的に鍛え上げられていた。
そして、あの〝公園の惨劇〟の時に助けてもらった狼の少年ジェイク――のちに友人となった同い年の彼は、驚異的な身体能力と戦闘能力を兼ね備えた幼き戦士であることを知った。どうやら〝公園の惨劇〟の時に<ルーク>の隊長の息子たちが逃げ出したのは、ジェイクにはたとえ集団であろうと太刀打ちできないからだそうである。少年ブルートはそんなジェイクによっても鍛えられ、〝公園の惨劇〟の時のようなひ弱な存在ではなくなっていた。
そして今、初出場でありながら、己の肉体のみで、年上の<ルーク>への入隊を希望する参加者たち相手に傷とあざだらけになりながらも、あと一人倒せば明日の『コベラム』本戦に参加できるというところまで来ていたのである。
――ついに来たよ……母さん。
弱くて情けないと言われ、ペルーア王国の恥だと罵倒された少年ブルートは、ペルーア王国の英雄<ルーク>の世界に足を踏み入れようとしていた。あと一人倒せば、少なくとも参加費は手に入れられるし、もし<ルーク>を一人でも多く打ち倒すことができれば、その分賞金も手に入れられる。
「出番だぞ」
控室の一室で待っていた少年ブルートに、『コベラム』関係者からの声がかかった。
「はい」
少年ブルートが『コベラム』関係者の後についていく。これまでの戦いでできた傷とあざの痛みが、体に染みる。だが、そんなことは言ってられない。母親を見返し、安心させるチャンスなのだ。
やがて通路を抜け、五段ほどの列でぐるっと囲われた観客席の群衆が見守る中、闘技場のフィールドで少年ブルートが相手を待つ。
――相手は誰なんだろう……?
少年ブルートが緊張のあまりせわしなく体を動かしていると、反対側の通路から、少年ブルートの対戦相手が現れた。
――え……?
フィールドにやってきたのは――筋骨隆々の狼の少年ジェイクであった。
少年ブルートと同じように、狼の少年ジェイクも驚きの顔を見せる。少年ブルートがこんなに早い段階で『コベラム』に出場しているとは思わなかったからだ。
少年ブルートにとって、狼の少年ジェイクは戦いの師範とも言える存在で、到底敵う相手ではなかった。
「それでは、『コベラム』本戦への出場をかけた、<ルーク>への入隊希望者同士の戦いを始める!」
『コベラム』審判員の声で、幼い戦士二人による本戦をかけた決戦という舞台が、観客たちの熱気に包まれる。
「狼のガキ! 期待してるぜ!」
「狼のガキ! このまま行け!」
「狼の坊や! あんた最高!」
観客たちは、初出場で幼くしてここまで年上の者たち相手に圧倒的な強さで勝ち上がってきた狼の少年ジェイクに、このまま『コベラム』本戦での快進撃も期待しているようだ。
少年ブルートと狼の少年ジェイクが、戦いの構えを見せる。狼の少年ジェイクが小さくうなずいた。
「始め!」
『コベラム』審判員の声とともに、二人が動き始める。互いに様子をうかがいながら、適度な間合いを保つ。
「行け! ガキども!」
観客の一人の声で、狼の少年ジェイクが先に攻撃を仕掛けた。大振りの拳を、傷とあざだらけの少年ブルートが避ける。今の状態で、狼の少年ジェイクの攻撃を一撃でもまともに浴びれば、少年ブルートは文無しで帰宅することとなってしまう。
狼の少年ジェイクも、今の満身創痍である少年ブルートに渾身の一撃を加えれば勝てると確信しているのか、一撃ダウンを狙って大振りの攻撃を繰り出し続ける。少年ブルートが自身の将来と名誉をかけ、必死に紙一重の差で大振りの攻撃をかわし続ける。
自身の将来と名誉がかかっているのは、狼の少年ジェイクも同じだ。ためらう様子はなく、友人である少年ブルートをダウンさせようと、拳に蹴り、力を込めた大振りの攻撃を繰り出し続ける。
「狼のガキ、いいぞ! そのままぶっ飛ばしてやれ!」
幼い者たち同士の戦いでも、観客たちは容赦ない。求めているのは、娯楽としての戦い、何より――ペルーア王国を守る最高の戦士である。
狼の少年ジェイクが繰り出し続ける一撃必殺の攻撃、それを必死にかわし続ける傷とあざだらけの少年ブルート、その構図がしばらくの間続いた。
「痩せたニンジンのガキ! いつまでも逃げてんじゃねぇよ!」
と、観客の一人が野次を飛ばした、その時であった。
少年ブルートが、狼の少年ジェイクが繰り出した大振りの拳を身をかがめてかわすと、小さな動きで拳を狼の少年ジェイクの腹部に入れる。
「うっ……!」
狼の少年ジェイクがよろけた。
少年ブルートが、口角を上げる。まるで、お前の動きは見切った、と言わんばかりに。
その顔を見た狼の少年ジェイクが顔をしかめ、より攻撃が大振りになる。
拳や蹴りからあふれ出る死神のオーラは増しつつも、読みやすくなった動きの隙をついて、少年ブルートは狼の少年ジェイクにダメージを蓄積していく。
少年ブルートの満身創痍の状態に油断していたのか、形勢が逆転し始め、狼の少年ジェイクに焦りが見え始める。自分よりも小柄な少年ブルートの素早い動きに、だんだん追いつかなくなっていく。
「おいおい、マジかよ」
期待していた展開とは真逆となり、観客たちが頭を抱えたその時、少年ブルートの力を込めた蹴りが、狼の少年ジェイクの腹部に入る。
「うっ……!」
狼の少年ジェイクが、その場でうずくまった。やがて腹部を抱えて、仰向けに倒れ込む。
「もう終わりか!? かかってこいよ!」
少年ブルートが、仰向けに倒れ込む狼の少年ジェイクの周りを歩きながら、声を上げる。
傷とあざだらけの体で、闘志をむき出しにする少年ブルートに、観客たちの心が動き始めたその時、
「そこまで!」
一向に起き上がらない狼の少年ジェイクを見て、『コベラム』審判員が勝敗を決した。
「『コベラム』本戦に出場するのは、ブルートである!」
観客たちが大番狂わせの逆転勝利に、歓声を上げる。観客たちの歓声に応えた少年ブルートが、狼の少年ジェイクのもとに駆け寄った。
「大丈夫か?」
腹部を抱えた狼の少年ジェイクに肩を貸す。
「やるじゃねぇか……」
絞り出すように声を出し、少年ブルートに支えられながら、狼の少年ジェイクが立ち上がる。
「明日、頑張れよ。くれぐれも、初戦敗退なんてするんじゃねぇぞ。ここまで来たんだから」
「ああ」
ふさふさの毛でありながら、弾力ある体の狼の少年ジェイクに抱かれると、少年ブルートもそんな体をしっかりと抱き返す。
フィールド上で目の当たりにする、少年ブルートと狼の少年ジェイクのライバル関係、騎士道精神に、観客たちはペルーア王国の明るい未来が見えたのか、しばらくの間ただひたすらに酔いしれるのであった。
◆
「本戦に出るだけじゃ意味ないわよ。結果を出さないと」
翌日の朝食の場、数年経っても相変わらず母親は手厳しかった。
己を鍛え続け、幼くして『コベラム』本戦まで勝ち上がってみせた少年ブルートを褒める様子は一切なく、ひたすら結果だけを求めてくる。
「でも兄さんすごいわ。あの<ルーク>の人たちと同じ世界に立てるんだから」
妹の少女ラスクが、緊張した面持ちの少年ブルートをなんとかおだてようとする。
「余計なことは言わなくていいから。しっかりと準備しなさい。いいわね? ラスク、あんたもいずれは『コベラム』で結果を出さなきゃいけないのよ。今日もちゃんと鍛錬なさい。わかった?」
「はい……」
声を落とした妹に、「気にするな」といった感じで少年ブルートがうなずいて見せた。
昨日できてしまった少年ブルートの傷やあざは癒えていない。<ルーク>という強大な相手に、今日はさらにひどく痛めつけられ、傷やあざが増えるのではないか、下手をすれば死ぬのではないか――少年ブルートは顔には出さないが、内心ひどく恐れていた。
「今日の『コベラム』、見に行かせてもらうわ」
「え?」
母親の口から、思わぬ言葉が出た。
「え? いいよ。プレッシャーになるから……」
「私のことは意識しなくていいから。戦いに集中して、結果を出しなさい」
恐れるものが、また一つ増える。
母親は息子の晴れ姿が見たいのであろう。だが、少年ブルートはそれに応える自信はない。むしろ少年ブルートの目的は、『コベラム』本戦の出場報酬であった。
「これまでの成果、見せてもらうわよ。私を誇りに思わせてちょうだい。あんたは、ペルーア王国の英雄――<ルーク>としての一歩を踏み出すの、いいわね?」
「え……」
「わかった!? 必ずよ!?」
「う、うん……わかった」
まだ少年ブルートは体も大きくないのに、いきなり『コベラム』本戦に出て<ルーク>になれるほど甘くないことは、母親だってわかっているはず。明らかに、自分の期待の押しつけである。
尋問のような母親の問いかけに半ば強引に応え、朝食を終えた少年ブルートは、昼から開催される『コベラム』本戦に向け、準備を進めるのであった。
◆
――はぁ……ドキドキするな……。
自身の名誉のため、明るい将来のため、少年ブルートは戦いの地、闘技場に赴いていた。
闘技場では、明るい昼間で、<ルーク>たちが戦いを繰り広げる『コベラム』本戦が開かれるとあって、昨日の予選より熱気に包まれていた。
少年ブルートが、控室の一室で出番を待つ。おそらく、予選勝者だから出番は最初であろう。
周りにいる出場者の<ルーク>たちはやはり、体つきやあふれ出るオーラなど、予選の時の対戦相手とは明らかに違っていた。
肩身の狭い思いで、かつ「こんなガキが出場するのか?」という冷たい視線を感じながら、少年ブルートが出番を待ち続ける。
すると、昨日の『コベラム』関係者が、二人の縄を手にした<ルーク>と共に目の前に現れた。
「出番ですか?」
いよいよか、と少年ブルートが腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「連行しろ」
「え……?」
突然、『コベラム』関係者の声で少年ブルートは二人の<ルーク>に縄で縛られ始める。
「ちょ、ちょっと待って。一体何を……!?」
二人の<ルーク>のすさまじい力に、なすすべなく少年ブルートはあっという間に体を縛られ、身動きが取れなくなってしまった。そこからすぐに引きずられるようにして、『コベラム』関係者を先頭に少年ブルートは二人の<ルーク>と共に連れていかれる。
「ねぇ、ちょっと、これは一体どういうことなの!?」
わけがわからず叫び声を上げる少年ブルートが連れていかれた先は、闘技場のフィールドであった。
そこには、少年ブルートと同じように縄で縛られ、左右の<ルーク>の前でひざまずいている、狼の少年ジェイクの姿が――。
「ジェイク……!?」
狼の少年ジェイクの斜め前には、絵に描いたような筋肉で一際体の大きい、獅子の兜をかぶった男がいる。<ルーク>の隊長だ。
「こいつの横にひざまずかせろ!」
<ルーク>の隊長の声で、少年ブルートが狼の少年ジェイクの横でひざまずかされる。
その時、少年ブルートが感づいた。
――まさか……バレてしまったのか……?
すると少年ブルートが連れてこられた方から、もう一人の人物が、フィールドに連行されてきた。
その人物は――。
「母さん……?」
間違いない。少年ブルートの母親であった。
縄で体を縛られ、二人の<ルーク>に引きずられるようにして、少年ブルートと狼の少年ジェイクの前でうつ伏せにされ、背中を<ルーク>の一人に踏まれて押さえつけられる。
「母さん!」
少年ブルートが叫んだその時、フィールド中央最上段の席から、一人の男の声が響く。
声の主は、現在暫定的に王となった者であった。
「今日は、ペルーア王国の英雄<ルーク>たちによる、ペルーア王国の支配する強さと永遠の安泰を求めるため、そしてペルーア王国の士気を高めるための戦い――『コベラム』の本戦にふさわしい、素晴らしい青空である!」
数多くの立ち見もいる大観衆の、大歓声が沸き起こる。
「そんな中、実に残念なことが起きてしまった。『コベラム』の本戦に出場しようと、そこでひざまずいている二人の小僧どもが――予選で八百長をしていたことが発覚したのである」
暫定的な王の言葉に、大観衆からのブーイングが沸き起こった。
少年ブルートと狼の少年ジェイクが身を震わせていると、『コベラム』に出場する戦士たちが入場する通路とは別方向にある巨大な門から、両手で握るような巨大な斧を手にした大柄の<ルーク>が現れた。
これから間違いなく、よからぬことが起きると確信した少年ブルートの額から、冷や汗が噴き出す。
「すまない……バレてしまったようだ……」
狼の少年ジェイクが隣でつぶやく。
「どうして……?」
「昨日の戦いを、不審に思われてしまったみたいだ……」
「そんな……」
少年ブルートの冷や汗の量が増す。
大柄の<ルーク>が向かった先は、少年ブルートの母親の所であった。
「ペルーア王国は、強き民たちによって成り立たなければならない。一流の戦士たちを育て上げ、切磋琢磨し合い、そしてゆくゆくは――この世界の全てを手中に収めなければならないのだ」
暫定的な王の言葉が、闘技場に響き渡る。
「ゆえに、このような卑劣でペルーア王国を弱き道へと導こうとする者と、その血筋は――絶やさねばならない!」
大観衆の「そうだ!」という声が、無情にも轟く。
狼の少年ジェイクには両親がおらず、近所の老夫婦に世話になっていた。
「これより、卑劣な行為をした者たち、及び、その血筋を持つ者どもを処刑する!」
大歓声とともに、少年ブルートの母親がその場にいた<ルーク>二人に手足を完全に押さえつけられ、身動きが取れなくなる。大柄の<ルーク>が、巨大な斧を構えた。
少年ブルートには、この後起こることがわかった。自分の母親の首が、巨大な斧で――。
「待って! 悪いのは、僕だけだ! 処刑するのは、僕だけにして! お願い!」
暫定的な王に向かって叫ぶブルートを、二人の<ルーク>が押さえつける。
「本当なの……? ブルート……?」
母親が這いつくばりながら、顔だけ上げ、息子に冷たい視線を向ける。
少年ブルートはうつむきながら、涙を落としながら、つぶやいた。
「うん……ごめんなさい……母さんを喜ばせたくて……ジェイクに……協力してもらったの……」
八百長は事実であった――。
少年ブルートは、狼の少年ジェイクに母親からの厳しい圧力を話し、もし『コベラム』で対戦する機会があった時は、先へ進むことに協力してほしいと頼み込んでいたのだ。狼の少年ジェイクは自分の腕に自信があり、親切な老夫婦に世話になっていたこともあって余裕があったためか、少年ブルートの頼みを快く引き受けてくれた。しかも、その時のために八百長に見えないような戦闘の練習をしておこうとすら言ってくれていたのである。
「なんてバカなことを……」
今度は少年ブルートの母親の目に涙が浮かぶ。
少年ブルートに、激しい自責の念が押し寄せる。
「やっぱりお前は――ペルーア王国の恥だわ」
そこへ、槍で突き刺すかのような母親の言葉がさらに襲い掛かった。
「あんたなんか……産まなきゃよかった」
それが――少年ブルートが最後に聞いた、母親の言葉であった。
「やれ!」
<ルーク>の隊長の声で、大柄の<ルーク>が巨大な斧を少年ブルートの母親の首に振り下ろす――。
折れた枝みたいに、少年ブルートの母親の首が落ちた。
少年ブルートと狼の少年ジェイクはその悪夢の光景に、目を見開いたまま固まる。地面に広がっていく血の海を、ただ見つめることしかできなかった。
―― あんたなんか……産まなきゃよかった。
少年ブルートの頭の中で、母親の〝遺言〟が繰り返される。
命令を遂行した大柄の<ルーク>が、二人の方へ向かった。次なる処刑を行うために――。
少年ブルートが、二人の<ルーク>によって母親と同じように地面に倒され、身動きが取れないように押さえつけられる。
死神の足音――大柄の<ルーク>が近づいてきた。
「う……ううう……」
取り返しのつかないことをしてしまったことに対する後悔、友人と家族を巻き込んでしまったことに対する自責、そして死の恐怖で少年ブルートは、嗚咽を上げる。
「すまないブルート……俺が乗らなければ……お前を信じて、時間が掛かってでも鍛え上げていれば……」
横から、狼の少年ジェイクの声が聞こえてきた。
「違う……僕が……弱かっただけ……ただ……それだけ……」
少年ブルートは途切れ途切れに、言葉を絞り出した。
「やれ!」
<ルーク>の隊長の無情なる声が響く。
少年ブルートは目をつむった。視界が真っ暗になりながらも、大柄の<ルーク>が巨大な斧を構えるのが感じられる。
――こんな世界に……生まれてこなきゃよかった……。
もうどうにでもなれ、そう思いながらも、ふと妹の少女ラスクのことが頭に浮かび、最後の自責の念に襲われた、その時であった。
「やめるんだ!」
フィールドに、一人の男の声が響き渡った。
一瞬、死神の気配が消える。
少年ブルートは這いつくばったまま、声がした正面の方に顔を上げた。少年ブルートが二人の<ルーク>に連れてこられた方から、一人の<ルーク>が現れた。
「その少年たちを――〝救済〟したい!」
その<ルーク>の声に、観客席が騒然とする。暫定的な王と<ルーク>の隊長が、突然の乱入者に顔をしかめた。
「ジョアン……?」
<ルーク>の隊長がつぶやいた。少年ブルートはその名について、小耳に挟んでいた。確かジョアンは、<ルーク>の隊長の側近だ。<ルーク>の中でも、整った顔立ちが特徴的である。
「その少年たちは、まだ幼い。過ちを犯したとはいえ、処刑はむごすぎる。それに、その少年たちの別の戦いぶりを見ていた。鍛え上げれば、きっとペルーア王国の未来を担える存在になれるはずだ」
ジョアンが少年ブルートの母親の横に立った。
「ダメだ。こいつらは、ペルーア王国を堕落させる種だ。ここで、取り除かなければならないのだ」
<ルーク>の隊長がジョアンに対して突き放すようにして言う。
「では隊長、あなたと命をかけた戦いを行いたい。もし私が敗れれば、そのまま処刑を実行してくれて構わない。もし私が勝利すれば、その少年たちは私が引き取り、鍛え上げてみせる。王よ、それでよいか!?」
ジョアンが暫定的な王に向かって声を上げる。観客席の雑音が、さらに増した。
「……よかろう。これより、少年たちの〝救済〟をめぐる戦いを行う」
しばしの間黙り込んだのち、暫定的な王がジョアンの申し出を受け入れた。
「王よ、本気なのですか!?」
「ああ。その少年たちが、果たして本当にペルーア王国の未来を担える存在かどうか、その運命を見てみたいのだ。そして改めて、お主が<ルーク>の隊長にふさわしい存在であることを証明してみせよ。互いに武器を手にし、命懸けで戦うのだ!」
「……わかりました。我こそが――<ルーク>の隊長の座にふさわしいことを、改めて証明してみせます。その者たちを下げよ!」
<ルーク>の隊長の命令で、少年ブルートと狼の少年ジェイクは<ルーク>たちによってフィールドの脇に連れ出される。
「なんで、王や隊長に歯向かうんだジョアン。しかも隊長相手に、こんなガキどものために、決闘などとバカげたことを。無駄な期待はしないことだなガキども。どうせお前らは、処刑される運命にあるんだ」
少年ブルートの体を掴む<ルーク>がつぶやく。
やがて、少年ブルートの母親の遺体が下げられ、少年ブルートと狼の少年ジェイクの視線の先で向かい合う、<ルーク>の隊長とその側近ジョアンに剣が手渡された。
「実に残念だよジョアン。腐敗の種を広めし木は、ここで切り落とさねばならない」
「私が芽吹かせてみせるさ。未来の種を。遠くであの子たちが切磋琢磨し合う姿を私は見ていた。彼らは、決して腐敗の種などではない」
<ルーク>の隊長とジョアンが剣を構える。
「始めよ!」
暫定的な王の声で、<ルーク>の隊長の側近ジョアンによる、少年ブルートと狼の少年ジェイクの〝救済〟をかけた戦いが始まった。
力強い、流れるような動きによる剣と剣のぶつかり合い。フィールドに響き渡る、甲高い金属音。
暫定的な王と大観衆、少年ブルートと狼の少年ジェイクが固唾をのんで見守る。
――すごい……。
少年ブルートの憧れる姿が、そこにはあった。
それと同時に、今の自分には到底早すぎた世界であったことを知る。肉体面においても精神面においても、何より戦いの面において、少年ブルートは<ルーク>の領域になど、踏み入るべきではなかったのだ。
<ルーク>の隊長とジョアンは、互いに一歩も引かず、隙を見せず、剣での戦いを繰り広げている。
――お願い……もう一度、チャンスが欲しい……! 絶対に、あなたみたいになってみせるから……!
少年ブルートは、ありったけの【想い】を込めて、自分のために<ルーク>の隊長と死闘を繰り広げているジョアンに心の中で声援を送った。
――強くなりたい……! 誰にも支配されないほどに……!
少年ブルートの【想い】は止まらない。
すると、ジョアンが<ルーク>の隊長を押し始めた。戦いの技術は同じくらいで、体つきは<ルーク>の隊長の方が上なのにもかかわらず。
――強くなりたい……! 全てを支配できるほどに……! だから……! どうか……!
少年ブルートの【想い】は、届いた――。
ジョアンの剣が、<ルーク>の隊長の剣を飛ばす。すかさず、ジョアンは<ルーク>の隊長の首をはねた。
闘技場が、静まり返る。
「戦いに勝利したぞ! 〝救済〟は成功したのだ! 王よ、その少年たちを解放せよ! そして私に――<ルーク>の隊長の任を与えよ!」
ジョアンが血に染まった剣を天高く掲げ、叫んだ。
しばらくの間、沈黙し続けたのち、暫定的な王が口を開く。
「……よかろう。ジョアン、お主を――新たな<ルーク>の隊長に任命する! そして、その少年たちを解放し、その身をお主に委ねることとする!」
「感謝する」
ジョアンは暫定的な王に一礼すると、少年ブルートと狼の少年ジェイクのもとに歩み寄った。
「その少年たちの縄をほどき、放すんだ」
少年ブルートと狼の少年ジェイクを拘束している<ルーク>たちに声をかける。
「命令だ!」
ジョアンが声を上げると、<ルーク>たちは即座に少年ブルートと狼の少年ジェイクの縄をほどいて離れた。
「少年たちよ。『コベラム』が終わるまで、控室で待っているんだ」
肩身の狭そうな顔を浮かべる二人の少年にジョアンは微笑みかけ、そう言い残して『コベラム』の準備のためにその場を去っていく。
少年ブルートと狼の少年ジェイクは、ジョアンの指示通り『コベラム』が終わるまで、控室でおとなしく待つことにした。
◆
ジョアンによって救われ、今後狼の少年ジェイクと共に、ペルーア王国の未来を担う者として鍛え上げられることを義務付けられた少年ブルートは、肩を落としながら帰路についていた。母親を失い、自責の念にさいなまれながら――。
「兄さん、お帰り」
少年ブルートが扉を開け、玄関に立つとすぐに妹の少女ラスクが現れた。
「どうだった? 『コベラム』の本戦は?」
少年ブルートは、うつむいたまま動かない。
「ママは?」
少女ラスクは兄の様子を見て、よくない結果だったのであろうと察して、母親のことを訊ねたのであったが、途端に顔を上げた兄の目が涙であふれていき、愕然とする。
「どうしたの……? 兄さん」
少年ブルートががっくりと膝をつき、嗚咽を上げる。
「ラスク……話したいことがあるんだ……」
そして――少年ブルートは全てを話した。
母親の死、それが自分のせいであること、自分は処刑される寸前で〝救済〟されたこと、これからは二人で生きていかなければならないこと――。
「兄さん……」
少女ラスクも、その事実に兄と共に嗚咽を上げ続けた。
「すまない……お前は、戦わなくていいから。僕が必ず、<ルーク>になってみせるから。ペルーア王国の――英雄になってみせるから!」
「わかった……私は兄さんを、支え続けるから。ずっと、支え続けるから……!」
これから待ち受けるであろう過酷な運命を前に、兄妹は互いに抱き合い、互いに誓い合うのであった。
【続く……】




