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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第三十一話 ペルーア王国の混沌 ~幼き少年と少女の試練編~

 ペルーア王国はその日、悲しみに包まれていた。

 王であり騎士団長のロドリックが、トルオス王国の侵略を受けていたチェルビュイを守るための戦いで、命を落とした。それから数日経った今日、チェルビュイを守ったロドリックの葬儀が行われることとなったのである。

 ペルーア王国の守護神である炎の獅子王ファルートが祀られた神殿でロドリックは、豪華絢爛な棺に入れられ、自らが率いた騎士団と共にペルーア王国中を回っていた。


「ロドリック様……」

「嘘だと言ってくれ、ロドリック殿……」

「あなたがいないペルーア王国なんて……」


 ロドリックは強さの象徴でありながら誰に対しても気さくで愛され、弱き者に救いの手を差し伸べるペルーア王国の誇りであった。

 老若男女問わずペルーア王国の全てと言ってもいいほどの民が、悲しみの表情を浮かべ、涙を流し、ロドリックに別れを告げに訪れていた。ペルーア王国はまるで、希望を失ったかのようであった。

 そんな中で――。


「やはり、綺麗ごとだけでやっていけるほど、この世の中は甘くないんだな……」


 一人の筋骨隆々とした男がつぶやいた。


「何言ってんだ……? お前」


 隣にいた友人が、突然男の口から出てきた言葉に戸惑う。


「俺は思うんだ……本当に必要なのは、支配なのかもしれない、とな。トルオス王国が、チェルビュイを侵略しようとしたようにするべきなんじゃないかって」


 友人は男が悲しみのあまり、おかしなことを言っているんだと思った。


「落ち着けよ、悲しいのは俺だって同じだ。そんなこと言ってたら、ロドリック様が報われないだろ? な? 気を取り戻すんだ」

「じゃあ、なんでロドリック様は命を落としたんだ?」


 なぐさめようと肩をなでる友人の手を男が振り払う。


「守るためって綺麗ごと言って、俺たちを置き去りにして、どうでもいいチェルビュイの奴らなんかのために死んだんじゃ、いくら力を持ってたって意味ないだろう」

「お前……」

「『攻撃こそ最大の防御なり』。守るだけじゃダメだ。力ってのは、攻めて誇示し、支配するために使わないと! 支配して、支配して、支配して――俺たちを攻めたり、逆らったりする奴がいなくなるまでな!」


 辺りが騒然とし始める。そして、


「ロドリック様! その力を、ファルートの力を――我に授けてください! 必ずしや、ペルーア王国に栄華をもたらしてみせます!」


 男が突然ロドリックの棺に向かって叫ぶと、辺りがより一層騒がしくなり、騎士団員まで男の方に目を向け始めた。


「お前! いい加減にしないか!」


 友人が男に平手打ちすると、男は拳で友人を吹っ飛ばした。


「ロドリック様を失った今、ペルーア王国がトルオス王国に支配されるのは時間の問題だぞ!」


 男が周りの人々に向けて叫ぶ。騎士団員たちが男を取り押さえようとする。


「みんな、強くなるんだ! ロドリック様のように! 力を手に入れるんだ、鍛錬して、鍛錬して! 守るためにじゃない! 攻めるためにだ! そして支配するんだ! 永遠の安泰のために! ペルーア王国に栄華を!」


 一般の民とは思えぬほどに男は強く、取り押さえようとする騎士団員たちを寄せ付けなかった。まるで、ロドリックのように――。


「強く……そうだ、強くだ! ロドリック様がいなくなったのなら、ロドリック様のようになればいい! ロドリック様のような悲劇が起きないように、支配してやればいい! ペルーア王国に栄華を!」


 騎士団員たちに立ち向かう男を見て、別の男が声を上げる。


「女も強くなるわ! 永遠の安泰のために! ペルーア王国に栄華を!」


 その男を中心に、周りの民たちが声を上げる。

 支配する強さ、永遠の安泰、そして栄華を求める声は、ペルーア王国中に広がり続けた。

 こうしてペルーア王国が混沌に包まれる中、のちに王となるブルートが、この世に生を受けるのであった――。


        ◇◇◇


「食べなさい。ちゃんと食べないと、強くなれないわよ」


 夕飯の時――前菜や肉料理だけでもう満腹なのに、母親に山盛りの米料理を押し付けられる。


「もう無理だよ……」


 少年ブルートの小さな胃袋は、限界を迎えていた。


「ペルーア王国のために、強くならなきゃいけないの。体を大きくしなきゃならないの! 食べなさい! 男でしょ!」


 色白の美しい肌で細身でありながら、スキンヘッドでたくましい体つきをした母親がそう叫ぶと、少年ブルートは泣く泣く山盛りの米料理にかぶりついた。


「あんたもよ、ラスク! 女もここでは強くいなきゃならないの!」


 褐色肌の少年ブルートとは対照的な色白の美しい肌の少女、妹のラスクも白旗を掲げる。


「無理だよママ……」


 少女ラスクはかぶりつくことすらできなかった。


「はぁ……どうしてあんたたちはいつもそうなの? お父さんのようになってはダメなのに……」


 少年ブルートと少女ラスクの父親は、定期的に行われる高い賞金を懸けた戦い『コベラム』で、相手による攻撃の当たり所が悪く、命を落としてしまった。もともと、少年ブルートと少女ラスクの父親は戦いには向かないような、比較的華奢な体つきであった。

 亡き愛人のことを思い出したのか、母親が落ち込む様子を見せる。


「……わかったから。食べるよ、ママ」


 その様子を見て、少女ラスクも泣く泣く山盛りの米料理にかぶりつく。

 険しい山を登り切るように、兄妹は母親に提供された食事全てを食べ切った。


「それでいいのよ。二人とも、ペルーア王国を守るために、強くならなきゃいけないんだから。ね?」

「うん……」

「うん……」


 喉からせり出してきそうな吐き気をこらえ、食したものが自身を強くするのだと信じて、兄妹はその日の眠りについた。


        ◆


「ほら二人とも! 早く起きなさい! 筋トレするわよ!」


 翌日の早朝、母親が寝床でくるまる兄妹を叩き起こす。

 兄妹は疲れ果てた体をなんとか起こして、開かない目を必死にこすった。


「早く!」


 母親は寝ぼけ気味の兄妹を家の外まで共に引っ張り出す。


「うう……」

「寒い……」


 ペルーア王国は暑い昼間が来るまで、朝はやや冷たい風が吹く。やせた体に腰布一枚の少年ブルートと、やせた体に露出度の高い服装の少女ラスクには結構こたえるものだ。


「まずは腕立て伏せから!」


 母親が手をぱんぱんと叩くと、兄妹は冷たい岩の地面に手をついて、身を震わせながら腕立て伏せを始めた。

 寒さと腕の限界による震えが兄妹に来たところで、


「次は腹筋よ!」


 母親が次の指示を出す。兄妹は岩の地面の冷たさに耐えながら仰向けになり、必死に上体を起こし続けた。


「はい最後! 背筋!」


 兄妹が鼻をすすり始めたところで、母親が筋トレの最後の項目をやらせる。

 うつ伏せになると、冷たい風と冷たい岩の地面は、兄妹にとってまるで魔物のようであった。


「もっと! しっかり起こしなさい!」


 早く終わらせたいと、動きが小刻みになったところで容赦なく声を上げる母親は、風と岩の魔物を従える魔王そのものだ。

 魔王にひれ伏すがままに兄妹は上体を限界可動域まで起こし続け、もはや思考や感覚、体の機能全てが停止する寸前まで追い詰められていた。


「よし! それじゃ、いつものルートをちゃんと走ってきなさい! 終わったら食事よ!」


 誰かの魔法であろうか、一時的に魔王を行動不能にしてくれたようだ。


「わかった……」

「行こう……兄さん……」


 震える体をなんとか起こし、兄妹は陽に照らされて黄金の輝きを放つ砂岩でできた建物群の路地を、力なく駆け出した。

 母親が言っていた「いつものルート」とは、複数の坂を上り、複数の階段を上がり、丘の上にそびえ立つ豪華絢爛で圧倒的な建築物である砂岩城『サントゥリオ』の近くまで行って、引き返すルートだ。

 それは貧弱な体の幼い兄妹にとって、過酷なルートである。本当だったら時間がかかってでもいいから、休み休みにゆっくり走りたい。だが、あまり帰りが遅いと、母親に道中でサボっていたのではないかと疑われてしまうのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 貧弱な体の幼い兄妹が、坂や階段を駆け上る。体は温まってきたが、筋トレの疲れが蝕む。


「ちょっと休憩……」

「え……? ダメだよ兄さん、ママに怒られちゃうよ。『サントゥリオ』はもうすぐだよ」

「ちょっとぐらい平気だよ」


 道中現れた広大な緑地――柵によって囲まれたその中にいたのは、筋骨たくましく鼻息荒い、虎柄模様でバッファローのような見た目をした獣の集団であった。


「バルカン……怖い……」


 少女ラスクは、どうしてもこの獣――バルカンの荒々しい見た目に慣れないでいた。


「そんなことないさ。屈強でかっこいいし、それでいて人を襲うことはないし、言うこともちゃんと聞くし、何より肉がウマい! 最高じゃん」

「うーん……」


 バルカンの力強い見た目を憧れるように眺めた後、少年ブルートは隣の公園に足を運ぶ。


「ちょっと兄さん!」


 あまり遅くなると、母親にちゃんと走っていなかったのではないかと疑われる。そうなれば、朝食後の一休みも、昼間に遊んだりする時間も奪われ、再び走らせられかねない。

 

「早く走って家に戻らないと」


 心配する妹の声が耳に入っていないのか、少年ブルートは歩みを進めていく。

 公園では腕立て伏せしたり、鉄棒に脚をかけて腹筋したり、うんていを使って懸垂したり、兄妹と同じように朝から体を鍛えている子供たちがいる。その中に、『コベラム』に参加する闘技場の戦士でもあり、ペルーア王国を守る兵士でもある<ルーク>の隊長の息子が――子供たちの中でも、一際体格がよく、見るからに力強い。

 そんな子供たちをよそに、少年ブルートは砂場で遊んでいる一人の少年のもとに行く。


「グスタス!」


 グスタスと呼ばれたやや体格のいい黒い肌の少年が、砂場にやってきた少年ブルートと少女クララの方を見る。


「おはよう! ブルート、クララ!」


 少年グスタスは兄妹の友達だ。少年グスタスの足元には、何やら砂でできた様々な武器のようなものが置かれていた。


「うわー、何それすごい」

「そ、そう?」


 少女ラスクの目に、剣や短剣、槍に三叉、鎌に曲剣といった砂の武器が映る。しかもそれらには、細かな彫刻まで施されていた。少年グスタスの足元に水がたまったコップも置かれているところを見ると、水で固めて作ったのであろう。


「将来は武器屋だな」

「……そうだね。一応僕も親に言われて筋トレとかしてるけど、喧嘩とかは好きじゃないし」

 

 少年ブルートにそう言われると、少年グスタスは照れくさそうに答えた。

 とその時――。


「お前ら、何鍛錬をサボってんだ!」


 突然、一人の少年が三人に声をかけてきた。<ルーク>の隊長の息子だ。

 三人は、二本脚で立ち上がったバルカンみたいに筋骨隆々の少年に慄く。


「いつも三人でちゃらちゃら遊びやがって。いつ外から敵が攻めてくるかわからないんだぞ。俺たちだって、父さんたち<ルーク>のように常に鍛錬してなきゃならないんだ!」


 周りの子供たちが、<ルーク>の隊長の息子みたいに三人を軽蔑した目で見る。

 

「外の人たちと、仲良く交流すればいいと思うんだけど……」

「そうだよ。そうすれば、戦いなんて起きないし、筋トレとか走るとかしなくていいし、みんなで楽しくいられるよ」


 少年グスタスがつぶやき、少年ブルートがそれに賛同すると、


「バカ言ってんじゃねぇ! こんなもの、作ってる場合じゃないんだ!」


 <ルーク>の隊長の息子が、少年グスタスが作った砂の武器を踏ん付けて壊した。続けて少年グスタスの顔面に蹴りを入れる。


「ぶっ!」


 やや体格のいい少年グスタスが、派手に吹っ飛ばされた。


「何してんだよ!」


 少年ブルートが<ルーク>の隊長の息子に掴みかかった。すると、<ルーク>の隊長の息子が少年ブルートの手を振りほどき、顔面に拳を入れる。


「ぶっ!」


 少年ブルートが吹っ飛び、鼻を押さえる。少年ブルートの鼻からは、血が流れ出ていた。


「兄さん! やめて! 何するのよ!」


 少女ラスクが、<ルーク>の隊長の息子と少年ブルートの間に入る。すると、<ルーク>の隊長の息子が少女ラスクの顔を手で押し、倒れている少年ブルートの方に突き飛ばした。少女ラスクが少年ブルートに重なるようにして倒れる。


「おい、お前ら! ここにペルーア王国を侵攻しようとする敵のスパイがいるぞ!」


 <ルーク>の隊長の息子が声を上げると、体を鍛えていた周りの子供たちが集まってきた。

 

「こいつらは――外の敵と仲良く交流すれば、戦わずに済むし、俺たちに鍛錬しなくていいと言って油断させ、敵に侵攻させようとしている」


 集まってきた子供たちに、<ルーク>の隊長の息子が言い聞かせるように話す。

 眉間にしわを寄せる集まってきた子供たちに、三人はおびえた表情になる。


「外の敵どもに教えてやるんだ。我がペルーア王国を、陥れることなどできないと。我がペルーア王国は、いかなる理由でも決して屈しないと。そして我がペルーア王国こそが――世界の覇者となるとな」


 <ルーク>の隊長の息子が、集まってきた子供たちの背後に回った。


「やれ! お前たちの力を、敵どもに見せつけろ!」


 そう<ルーク>の隊長の息子が命令すると、集まってきた子供たちの一人が少年グスタスに襲い掛かった。倒れている少年グスタスに蹴りを入れる。少年グスタスがうずくまると、次々と集まってきた子供たちが襲い掛かった。その無情な光景に、少年ブルートが立ち上がる。


「やめろ!」


 少年ブルートが、少年グスタスに襲い掛かっている一人に体当たりした。少年ブルートに体当たりされた子供は、ぐらついただけであった。


「スパイどもめ!」


 少年グスタスを救おうとした少年ブルートに、他の子供たちが襲い掛かる。少年ブルートが必死に抵抗するも、容赦ない拳や蹴りに、あっという間に倒れ込んだ。


「うっ……! っつ……!」


 絶え間なく来る痛みに、少年ブルートが耐える。自分のすぐ横では、少年グスタスが痛めつけられている。


 ――クソっ……! 僕もバルカンみたいな体だったら……!


 何もできない自分に、ふとそんなことが思い浮かぶ。


「いや! やめて!」


 少女ラスクが、少年ブルートのもとに駆け寄ろうとする。

 だが、少女ラスクの方を振り向いた、背が高くて体格のいいトカゲの顔をした少女に、蹴りを腹に入れられる。


「うっ……!」


 体を折るようにして、少女ラスクはその場にうずくまった。


「害虫め!」


 背が高くて体格のいいトカゲの顔をした少女にそう言われて、少女ラスクは蹴られ、踏みつけられる。


「やめろ……! やめろおおおおお……!」


 やせた体に腰布一枚の少年ブルートの叫びが、公園内にむなしくこだまする。


「ははは、思い知るがいい! 鍛錬を怠り、ペルーア王国に仇なす愚か者どもめ!」


 三人への集まってきた子供たちによる容赦ない私刑が続く。<ルーク>の隊長の息子が高らかに笑い声を上げたところで、三人は意識がもうろうとし始めた。

 少年ブルートが痛みに耐えながら目をつむり、助けを求めて祈る。


 すると――。


「お前ら! 何やってんだ!?」


 誰かの叫び声が聞こえてきた。


「やべっ! 逃げろ!」


 <ルーク>の隊長の息子がそう叫ぶと、急に集まってきた子供たちと共に公園から逃げ出すように走り去っていった。

 救世主の足音が、自分たちに近づいてくるのを少年ブルートは感じる。


「おい、大丈夫か? お前たち」


 救世主の誰かに、少年ブルートは体を起こされる。

 狼の顔をした筋骨隆々の少年――それが救世主の正体であった。


「妹は……?」


 狼の少年に抱きかかえられながら、少年ブルートがつぶやく。


「げふっ……兄さん、大丈夫……?」


 はいつくばりながら、少女ラスクが少年ブルートのもとにやってきた。


「僕は平気だよ……ラスクは……?」

「私も大丈夫……」


 傷とあざだらけで互いの無事を確認した兄妹は、ほっと胸をなでおろす。

 その一方で、 


「グスタスは……?」


 少年ブルートが少年グスタスの方を見る。少年グスタスは、微動だにしなかった。


「グスタス……!」


 少年ブルートの叫びで、狼の少年は少年グスタスに駆け寄った。


「グスタス! グスタス!」


 少年ブルートの目に映る少年グスタスの傷とあざだらけの顔や体は、自分や妹よりも悲惨な状態であった。

 

「ひどい……早く治療しないと」


 狼の少年が少年グスタスを抱きかかえて持ち上げる。少年グスタスは呼吸はしているものの、ほとんど意識がない。

 

「彼をうちで治療してもらう。お前たちも一緒に来るんだ。立てるか?」


 狼の少年が共に自宅で治療するよう、兄妹に声をかける。

 だが――。

 

「僕たちは……大丈夫……」

「ママが……心配して待ってるから……」


 兄妹は、何よりも母親という魔王を恐れていた。


「いいから来いって」


 狼の少年が兄妹を催促する。それでも、


「平気だって。グスタスのことを頼むよ」

「ちょっと休んだら、自分んちに戻って治療するから大丈夫よ。グスタスをお願い」


 少年ブルートと少女ラスクは、狼の少年による自分たちへの助けを拒んだ。


「……本当に大丈夫なのか?」

「ああ」


 兄妹は痛みに耐えながら、頑張って起き上がった。

 その様子を見た狼の少年は、公園の出口へ行こうとする。

 

「今度あいつらを見かけたら、すぐに逃げるんだ。いいな?」


 そう言い残して公園から去ろうとした狼の少年に、少年ブルートが声をかけた。


「ねぇ、助けてくれてありがとう。僕はブルート。君は?」


 狼の少年が立ち止まる。


「ジェイクだ。たまたま走っていたところだった」


 一度だけ、狼の少年は傷とあざだらけの兄妹を振り返った。


「それじゃ、お大事にな。無理はするなよ」


 そう言って公園から少年グスタスを抱えて去っていく狼の少年のたくましい後ろ姿を、少年ブルートと少女ラスクは目に焼き付けていた。


        ◆


 行き交う人々に傷とあざだらけの姿を見られながら、少年ブルートと少女ラスクは急いで走り、家に戻る。家の前では、母親が待ち構えていた。


「遅かったじゃないの! って……その傷は……?」


 傷とあざだらけの兄妹に母親が愕然とする。


「……ちょっと階段で二人でぶつかっちゃって、二人で転げ落ちちゃって」

「……私がつまずいちゃったの。ごめんなさい」


 兄妹がうつむきながら、か細い声で話す。それが道中二人で考えた、遅くなった理由とこの傷とあざをごまかす嘘であった。

 

「……嘘つくんじゃないの!」


 だが母親は、いとも簡単に兄妹の嘘を見抜く。


「階段で転んだからって、そんな傷とあざになるわけないじゃない! 本当のことを言いなさい! 何があったのよ!?」


 さすがに階段で転んだ、ではこの傷とあざをごまかすことはできなかった。

 少年ブルートが、妹を案じながらゆっくりと口を開く。


「悪い連中に……からまれちゃって……僕たちは別に、ただいつものルートを走っていただけなんだ」


 眉間にしわを寄せる母親に、少年ブルートは必死に自分たちの潔白を訴えかけた。


「……それで、ちゃんとその悪い連中は打ち倒したの?」


 母親の言葉に兄妹が顔を見合わせる。


「ちゃんとその悪い連中は打ち倒したの? って聞いてるのよ!」

「う……うん」


 声を荒らげた母親に、あわてて少年ブルートが答えた。

 近くを通る人々や、近くに住む人々が、冷めた目で三人を見ている。


「また嘘ついて!」


 またしても、母親に嘘を見抜かれる。


「どうせひどくやられたんでしょう!? そいつらに。それで誰かに助けられたりしたんでしょう!?」


 まるで兄妹は、脳裏に焼き付いてしまった悲惨な光景をのぞかれてしまっているかのようであった。


「どうして私の息子なのに、そんなに弱くて情けないのよ! 大きな体で、そんな奴らなんか簡単にやっつけるような、たくましい男でいてほしいのに! たくさんの女に囲まれているような、魅力的な男でいてほしいのに! ペルーア王国を守って、英雄になって、王になって、体中まぶしいほどに輝く宝石や金のアクセサリーを身に着けて、余裕たっぷりな顔してるような男になってほしいのに! 私に富を与え、楽にしてくれるような、強い男になってほしいのに! ……あの男のせいね。あんな軟弱な男、愛さなければよかった」


 傷とあざだらけの少年ブルートを、母親が見下したような目で見る。


「あんたもよ! どうして私の娘なのに、そんな醜い顔して情けないのよ! 美しい顔にたくましい体で、みんなを虜にするような女でいてほしいのに! 強くて、兄さんを支えられるような女になってほしいのに! ペルーア王国の女神のような女になってほしいのに! それじゃ――他国の、汚い体を売っているようなみすぼらしい女と同じじゃないの!」


 傷とあざだらけの少女ラスクを、母親が見下したような目で見る。


「さっさと家に入りなさい! みっともなくて、外になんか出せないわよ! ペルーア王国の恥よ、あんたたちなんか! ちゃんと食べたら、また鍛え直すわよ! いいわね!」


 そう言って母親は周りの目に恥ずかしそうにしながら、兄妹の首根っこを掴んで家の中へと引きずり込んでいくのであった。




【続く……】

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