第三十話 命運をかけて
炎の獅子王ファルートと化したスラウブ、新たに召喚の力を得た魔法使いのクララ。クララによって召喚された、紺碧のオーラに包まれたハトとスズメほどの大きさの鳥が二羽、その正体はフィオナとジュディーの霊体だ。
そんな四人と対峙するのは、なぜか炎の獅子王ファルートの力を得た、紅蓮の炎に身を包むバルカンの顔をした獣人と化したブルート。同様になぜか炎の守護神アーフィスの力を得た、紅蓮の炎に身を包むクジャクのような鳥と化したラスクだ。
闘技場のフィールドのように広い、『サントゥリオ』の玉座の間で、ペルーア王国の命運をかけた戦いの火ぶたが切って落とされた。
〝ゆくぞ!〟
ブルートがその巨体からは想像もつかないような速さでスラウブに一気に近づき、黄金のハンマーを振り下ろす。スラウブは反射的に大剣でブルートの黄金のハンマーを受け止めた。
自分より一回り大きな体を持つブルートのパワーは本当にバルカンのようで、炎の獅子王ファルートと化したスラウブでさえも押しつぶされそうなほどであった。
〝ぐっ!〟
力自慢であるはずのスラウブが、初めて味わうような重みのある圧力に、思わずうめき声が漏れる。
すぐ近くにやってきたそのすさまじい威圧感を放つ怪物に、クララと召喚されたフィオナとジュディーの霊体が固まる。
ブルートの一撃を受け止めるスラウブの大剣が震え出した。
「兄さん!」
それを見たクララが背中を叩かれたかのように魔法でスラウブを援護しようとしたその時。
〝あんたの相手は私よ!〟
クララの目の前に、燃え盛る両脚で蹴りを繰り出そうとするラスクが高速で迫ってきた。
――しまっ……!
ブルートへの攻撃を意識するあまりに反応が遅れたクララであったが、自分の魔法より先に突然現れた魔法の壁が、クララを守る。だがラスクの攻撃の衝撃に、クララはフィオナとジュディーの霊体と共に後方へ派手に吹っ飛ばされた。
〝クララ!〟
一瞬気を取られたスラウブが大剣ごと後方に押される。そこにブルートがすかさず左から右に黄金のハンマーを振るった。咄嗟にまた大剣で受け止めるも、クララと同様にスラウブも派手に吹っ飛ばされる。
〝そっちは任せたぞ、妹よ〟
〝任せて、兄さん〟
ブルートはスラウブとクララを分断させたのだ。玉座から右側でブルートがスラウブの、左側でラスクがクララたちの相手をする形になる。
「っつ……」
痛みに耐えながら、クララが起き上がった。
〝クララー、平気かー?〟
羽ばたく紺碧のオーラに包まれたハトほどの大きさの鳥から、頭の中ではなく直接声が聞こえてきた。フィオナの霊体だ。
〝間一髪ー、間に合ったみたいだなー〟
どうやらクララを救った魔法の壁を生み出したのは、フィオナの霊体らしい。
〝クララ、私も戦うよ。ずっと見守ってたんだよ、クララのこと。クララが安心して暮らせるように、私頑張る〟
羽ばたく紺碧のオーラに包まれたスズメほどの大きさの鳥から、直接声が聞こえてきた。ジュディーの霊体だ。
二羽の鳥が、クララの前でラスクに対峙するように羽ばたく。
「二人とも……」
霊体とはいえ、二人とこうしてまた共にいられることに対して感傷に浸りたいクララであったが、そうは言ってられなかった。
〝こざかしい鳥どもめ〟
言ってラスクが、フィオナの霊体に襲い掛かる。羽衣のように美しい翼で、斬りかかった。
「フィオナ!」
今度はクララが魔法の壁でフィオナの霊体を守る。フィオナの霊体も魔法の壁で自らを守った。だがラスクの力はすさまじく、クララとフィオナの霊体による二重かけの魔法の壁にもかかわらず破られた。フィオナの霊体は吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて倒れる。
〝先生!〟
ジュディーの霊体が氷の針をラスクに飛ばす。が、氷の針はラスクの体に到達する前に一瞬で溶けてしまう。
〝クソガキめ!〟
ラスクが今度はジュディーの霊体に襲い掛かろうとする。
それを阻止するべく、クララは突風に川の激流のような水を合成した魔法を放った。水は紅蓮の炎によって蒸発するも、ラスクは風によって押される。
〝この!〟
ラスクがクララの魔法に翼を盾にして抵抗しながら、怨恨を込めた声を上げた。
〝クララ、そのまま!〟
するとジュディーの霊体が雷の魔法を、クララの魔法の中に加えるようにして放った。
クララの魔法の蒸発する水に雷が加わった、雷の霧がラスクを襲う。
〝いつつつ!〟
無数の針で刺されているようなしびれの痛みがラスクを襲った。
「フィオナ! お願い、起きて!」
ラスクはその場で動けないでいる。フィオナの霊体が強力な魔法で援護してくれれば、勝機が生まれてくるかもしれない。しかしフィオナの霊体はまだ倒れたままであった。
〝貴様ら―!〟
すると、叫び声とともにラスクが高速で回転する。炎の渦がラスクから沸き起こり、クララの魔法が炎の風として逆流した。
「くっ!」
あわててクララが逆流してきた魔法を魔法の壁で防いだ。
炎の渦からラスクがジュディーの霊体目がけて突っ込み、翼で斬りかかる。ジュディーの霊体が魔法の壁で防御するも、クララとフィオナの霊体による二重かけの魔法の壁でも防ぎきれなかったラスクの攻撃は、ジュディーの霊体をいとも簡単に吹っ飛ばした。
ジュディーの霊体がフィオナの霊体と同様、壁に叩きつけられて倒れる。
「ジュディー!」
駆け寄ろうとしたクララの前に、ラスクが立ち塞がった。
〝さぁクララ、これで二人きりになったわね。一緒に楽しみましょう〟
一方、『サントゥリオ』の玉座の間では、鍛冶場で鉄を打つような、甲高い音が絶え間なく響き渡っていた。スラウブの大剣と、ブルートの黄金のハンマーがぶつかる音だ。
スラウブは果敢にブルートを攻めるも、ブルートはスラウブの大剣を的確にはじく。
ブルートの圧倒的パワーで大剣をはじかれたスラウブは体勢が崩れ、そこに隙が生じたところをブルートに攻められる。
なんとかブルートの攻撃を流し、かわし、間合いを離して体勢を整える。
武器での応酬がダメならと体術を混ぜるも、ブルートの鋼鉄の肉体にダメージは通らず、逆にブルートの体術で吹き飛ばされる。
〝わかるか? ロドリックと我の違いが〟
スラウブが立ち上がった。
〝わからないね〟
そう吐き捨てるように言い放つスラウブにブルートが黄金のハンマーを振り下ろす。受け止めようとした大剣ごと吹っ飛ばされたスラウブが、壁に叩きつけられ、壁が崩れた。
「うっ!」
クララは、ラスクが吐く炎のブレスを魔法の壁で必死に防いでいた。
ラスクはクララを黒焦げにする勢いで、容赦なく炎のブレスを吐いてくる。
――このままじゃ、動けない……!
スラウブはブルートとの戦いで不利な戦況で、フィオナとジュディーは倒れたままだ。
クララは、自分がなんとかするしかないと思った。
ラスクの炎のブレスを魔法の壁で防ぎながら、クララは自分の体に風をまとう。そして自身にまとった最大限の風で一気に横に跳びながら、ラスクの炎のブレスを跳んだ方向とは反対側に流す。
そこから咄嗟に先ほどのジュディーの追撃から着想を得た、雷をまとわせた水の球をラスクに放った。
〝つっ!〟
翼でそれを防いだラスクに再び針で刺されているようなしびれの痛みが襲う。
クララは容赦なく雷をまとわせた水の球を放ち続ける。
〝このっ!〟
ラスクは雷がまとわれた水の球を防ぎながらクララに突っ込み、翼で斬りかかる。クララは自身にまとった風でラスクの攻撃を避けた。
ラスクは縦横無尽に飛び回りながらクララに翼で攻撃し、クララはラスクの攻撃をかわしながら雷をまとわせた水の球で攻撃する。
クララとラスクがなびく風のような、流れる水のような戦いを繰り広げる一方で、スラウブとブルートは岩石のぶつかり合い、牛同士の頭のぶつけ合いにも似た戦いを繰り広げていた。
スラウブが大剣を両手持ちに切り替え、ブルートの黄金のハンマーに応酬し続ける。若干まだブルートのパワーに押され気味でありながらも、先ほどよりは対等な状況になった。
〝さすが、グスタスが手を加えた武器なだけのことはあるな!〟
自身の圧倒的なパワーによる攻撃にも損傷することのないスラウブの武器に、ブルートが感嘆の声を上げる。
〝グスタスは嘆いていたよ、変わってしまったあんたをな。優しい子だったのに、って〟
鍛冶場で鉄を打つような、甲高い音がより大きく強く響き渡り続けた。
〝そんな昔……! 幼き我は、愚かであった。弱々しく、優しさが他者に己の心を傷付ける隙を与えることも知らなかった〟
手先に響く衝撃が増していくのをスラウブが感じる。
〝どういう意味だ?〟
〝うおおおおお! 我に、もっと力を与えくれ!〟
突然、感情的になったかのように、ブルートが大声を上げた。
〝うおっ!?〟
大剣を両手持ちに切り替えたスラウブがまた押され始める。ブルートの黄金のハンマーとぶつかる大剣が、ぶれていく。
〝弱きあの日の我を――許してくれ! 我が母よ!〟
ブルートが叫びながら力を込めた黄金のハンマーが、スラウブの大剣を打った。
ガラスが割れたような音が響き渡り、スラウブが吹っ飛ぶ。
倒れたスラウブが上体を起こし、大剣を見た。
〝そんな、バカな……〟
スラウブの大剣は、刃がぼろぼろに崩れ、残った部分はほとんど柄のみであった。
〝うおおおおお!〟
ブルートの黄金のハンマーによる攻撃をスラウブがあわててかわす。なぜか急に暴れ牛ならぬ暴れバルカンとなったブルートの攻撃を、大剣を失ったに等しいスラウブが必死に避け続ける一方で、クララも炎の守護神アーフィスの力を得たラスクの前に息が切れ始めていた。
「はぁ……はぁ……」
ペルーア王国の居住試験でのダニーとの戦いとは違い、今のラスクは人間にはないような、力や機敏さがある。
雷をまとわせた水を床から噴水のように湧き上げてラスクを攻撃するなど、魔法を工夫するもことごとくラスクにかわされていく。
逆に素早さが増したラスクに、クララが徐々に追い詰められていった。
攻撃しようとしたタイミングで、ラスクの翼がクララを襲う。
ーーしまっ……!
間一髪、魔法の壁でかろうじて直撃を避けるも、クララが吹っ飛ぶ。
「うっ!」
派手にクララが転がり、仰向けに倒れた。
そこに上から、ラスクが燃え盛る両脚でクララを踏みつけようとする。クララがあわてて仰向けに倒れながら魔法の壁でラスクの両脚を止める。
「くっ! ううううう!」
崖を背に踏んばるような声をクララが上げた。
〝あははは、愚かねクララ〟
ラスクが笑い声を上げながら、魔法の壁を押し込んでいく。
〝この世界に必要な炎は、中心で永遠に灯り続ける炎。あんたたちの炎はいとも簡単に吹き消され、その火の粉は世界中に飛び散り、世界中を焼き尽くし、世界中を灰にする。もろい炎は秩序を乱し、混沌を生み出す。炎が中心で永遠に灯り続けるために必要なのは――燃え続ける強い力、連なる同志の炎を生み出す力、他者を破壊してでも燃え続けるための油を生み出す力、炎を消そうとする者を燃やし尽くす力なのよ! 貴様らを――ここで灰にしてやるわ!〟
魔法の壁が、クララを物理的に圧迫し始める。ラスクに押しつぶされるのは、時間の問題であった。
クララが顔を横に向けながら、必死に耐える。その時ふと、ブルートの攻撃を必死に避け続けるスラウブが目に入った。
トルオス王国で労働者兼兵士としての奴隷<スキーモ>となって、初めてスラウブと出会った時からこれまでのことが、川の流れのようにクララの頭の中をよぎる。
共につらく、厳しく、苦しい日々を過ごしてきた。
そんな中でも共に笑い合い、助け合い、支え合い、どんな困難であろうと乗り越えてきた。
暖かい癒しの炎のような存在であった、スラウブ――。
スラウブを通してできた、新しい友であるフィオナとジュディー――。
「愚かなのは――あなたよ、ラスク」
突然、魔法の壁が今度はラスクを押し始める。
〝えっ……?〟
クララが顔を正面に向け、魔法の壁越しにラスクを真っすぐに見つめ、つぶやいた。
「破壊すること、燃やし尽くすことだけが、炎じゃない。炎は――時として人々を、様々な生き物を、世界を、暖めて癒すこともできる。炎で灰となったとしても、灰から――新しい命が強く、芽生えてくるのよ!」
魔法の壁が、紺碧の炎の壁となり、ラスクを一気に押し返す。
〝くっ……!〟
天井にぶつかる寸前で、ラスクは横に飛んで紺碧の炎の壁を流す。紺碧の炎の壁が、天井を貫いた。
〝何が……!?〟
クララが、ゆっくりと立ち上がった。
「あなたの言う通り、この世界に必要な炎は、中心で永遠に灯り続ける炎。でもそれは、破壊の炎でもなければ、燃やし尽くす炎でもない。皆を暖め、皆を癒す炎なのよ」
そして、フィオナとジュディーの霊体の方に両手を広げる。
紺碧のほんわかとした炎が、フィオナの霊体とジュディーの霊体を包み込んだ。
フィオナとジュディーの霊体を包み込む炎が、次第に大きくなっていく。
〝また会えたなー、クララー〟
炎が消え、紺碧のオーラに包まれたハトほどの大きさの鳥が倒れ込んでいた所から、紺碧のオーラに包まれた人間のフィオナの霊体が現れる――。
〝また会えたね、クララ〟
炎が消え、紺碧のオーラに包まれたスズメほどの大きさの鳥が倒れ込んでいた所から、紺碧のオーラに包まれた人間のジュディーの霊体が現れる――。
クララが二人に笑みを見せた。
〝何なんだ、貴様らは……!?〟
ラスクの声に、焦りがにじみ出る。
ブルートが突然現れた二人の人物に、スラウブへの攻撃の手を止めて立ち止まる。スラウブも久しぶりに現れたフィオナに、思わず立ち止まった。
〝自己紹介してなかったねー。あたしはー、チェルビュイ出身者でー、クララに魔法を教えた先生のフィオナでーす!〟
〝クララに魔法を教えた……先生ですって……?〟
フィオナの霊体が「これで本来の力を出せる」とばかりの余裕の表情で、ラスクに手を振る。
〝私は、同じくチェルビュイ出身者で、フィオナ先生の生徒で、クララの親友でクラスメートのジュディーよ〟
〝クララの親友でクラスメート……?〟
ジュディーの霊体が、ラスクを見上げながらゆっくりとクララに歩み寄った。
「また会えてうれしいわ、フィオナ、ジュディー。皆を暖め、皆を癒す炎が中心で永遠に灯り続けるために――手を貸してちょうだい」
フィオナの霊体も、クララに歩み寄る。
〝任せろー。クララとスラウブとー、世界のためにー〟
〝任せて。クララと、クララのお兄さんが幸せでいてほしいから〟
三人が観念しろと言わんばかりに、天井近くで羽ばたくラスクを見上げた。
〝……誰だが知らないけど、どうでもいいわ。私たちの邪魔をするのであれば、子供であろうと容赦しない! 三人まとめて、灰にしてやる! 炎の守護神アーフィスよ! 我に永遠の炎の力を与えたまえ!〟
ラスクを包む、紅蓮の炎の勢いが増す。ラスクが大きく息を吸い込むと、体を包む紅蓮の炎が口の方へと流れていった。
炎のブレスが来る。しかも、先ほどのものより強力で、特大級のものが。
そう確信したクララであったが、守りの姿勢をとるつもりは一切なかった。それどころか、ラスクの方に向かって大きく両手を広げた。
「フィオナ、ジュディー、やるわよ!」
自分の左右にいるフィオナとジュディーの霊体に声をかけ、両手に紺碧の炎を灯す。
〝りょうかーい!〟
〝わかった!〟
フィオナとジュディーの霊体が、クララと同様に両手を大きく広げて紺碧の炎を灯した。
そして――。
〝灰にしろ! 混沌をもたらす者たちを!〟
この世の全てを焼き尽くさんばかりの紅蓮の炎と、
「消し去れ! 破壊の炎を!」
〝消し去れー! 破壊の炎をー!〟
〝消し去れ! 破壊の炎を!〟
この世の全てを優しく包み込むような紺碧の炎が、『サントゥリオ』の玉座の間で激しくぶつかり合う。
ラスクによる最大限の力が込められた炎のブレスは、クララにフィオナとジュディーの霊体三人でも押されるほどであった。
「くっ!」
〝ぬおおおー!?〟
〝うううっ!〟
紅蓮の炎が、紺碧の炎よりも空間を支配する面積を増していく。
〝炎の守護神アーフィスよ! 我の炎に、この者たちを破壊し、燃やし尽くす力を与えたまえ!〟
炎のブレスを吐き続けながら、ラスクが叫ぶ。
〝クララ!〟
〝妹よ!〟
スラウブとブルートが、それぞれのもとへ駆け寄ろうとするも、四人の炎のぶつかり合いによる衝撃はすさまじく、その場でこらえるので精一杯であった。
〝兄さん、待ってて。こいつらを焼き尽くして、すぐに手助けするから! うおおおおお!〟
ラスクの炎のブレスが勢いを増し、壁や柱、巨大な炎の獅子王ファルートの像や玉座まで、『サントゥリオ』を玉座の間から溶かしていく。
〝兄さんのために! 兄さんのために! 兄さんのために!〟
〝妹よー!〟
もはや狂気に染め上げられていったラスクに、ブルートも思わず叫んだ。
紅蓮の炎は、紺碧の炎を飲み込む寸前まで達していた。
〝まずいぞー! こいつの力ー、相当ヤバイー!〟
〝きゃあああー!〟
フィオナとジュディーの霊体が叫ぶ中、クララは目をつむっていた。
大きく息を吸い、吐き、クララがゆっくりと口を開ける。
「【想い】よ――我らとこの美しき地に救いの手を差し伸べ、怒りと混沌と破壊の炎を鎮めたまえ」
すると、灰となった地を緑が覆っていくかのように、紺碧の炎が紅蓮の炎を飲み込んでいく。
〝え……?〟
突然勢いを増した紺碧の炎に、ラスクが絶句した。
〝あらー?〟
〝これは……?〟
突然軽くなった紅蓮の炎に、フィオナとジュディーの霊体が拍子抜けする。
「【想い】は――救うことができる」
この世の全てを優しく包み込むような紺碧の炎が、この世の全てを焼き尽くさんばかりの紅蓮の炎を、ラスクを、飲み込み、包み込んでいく。
〝【想い】って……?〟
炎の守護神アーフィスの力を得て、クジャクのような鳥の姿に変化していたラスクを包み込んだ紺碧の炎が消え、人間の姿のラスクが落ちてきた。床に倒れたまま、意識を失っている。
〝ラスク!〟
ブルートがラスクのもとに駆け寄った。
「そして【想い】は――世界を変えることができる」
するとクララが、スラウブの方に手を広げる。
炎の獅子王ファルートと化したスラウブを包む紅蓮の炎が、紺碧の炎へと変わっていく――。
〝こ、これは……?〟
スラウブは自身から、これまで経験したことのない強大な力があふれ出るのを感じた。
そして――スラウブの背中から、紺碧の炎が燃え盛る天使のような翼が上下左右に四枚生える。それだけではなく、ブルートによって刃を砕かれた大剣から、紺碧の炎の刃が現れた。
〝あれはー……?〟
〝クララ……?〟
クララによって生み出された炎の獅子王ファルートの新たなる姿に、フィオナとジュディーの霊体が言葉を失う。
「フィオナ! ジュディー! 【想い】の力を貸して!」
クララの声に、フィオナとジュディーの霊体が我に返る。
〝わ……わかったー!〟
〝え……ええ!〟
クララと同様に、フィオナとジュディーの霊体がスラウブに向けて手を広げた。
「兄さん! やって!」
その言葉の意味を理解したスラウブが、大剣を構える。
〝あの姿は……?〟
愕然とするブルートにスラウブが、紺碧の炎が燃え盛る翼で羽ばたきながら高速で接近し、紺碧の炎の刃が現れた大剣を振り下ろす。
〝ぐおっ……!?〟
咄嗟に黄金のハンマーで受け止めたブルートが、先ほどまでとは全く違うスラウブの力に驚愕する。
翼で浮きながら、スラウブが片手の大剣で素早く振り、ブルートを攻める。
再びスラウブの大剣とブルートの黄金のハンマーが激しくぶつかり合う。
スラウブより巨漢であるブルートの巨大な黄金のハンマーが、スラウブの大剣の力に押され、ぶれ、それていく。
ブルートが自身の妹であるラスクのそばで、スラウブの攻撃に必死に耐え続ける。
〝そんなバカな……!〟
スラウブが振り上げた大剣で、ブルートが黄金のハンマーごと後方に吹っ飛ばされた。
〝うおおおっ……!〟
ブルートがなんとか倒れずに踏ん張る。
するとスラウブは、翼で飛び回りながら、四方八方からブルートを大剣で攻め始めた。
力と素早さの両方が増したスラウブの攻撃に、ブルートはその場で目で動きを追い、黄金のハンマーで受け止めるので精一杯であった。
羽衣のように、なびく風のように舞いながら、力強い大剣の攻撃を繰り出してくるスラウブに、ブルートは足元がふらつき始める。
〝うおおおおお!〟
隙が生じたブルートに、スラウブが叫びながら両手の大剣を振り下ろした。
ブルートが、スラウブの一撃を黄金のハンマーで受け止める。
だが黄金のハンマーは、ガラスが割れたような音とともに砕け散った――。
〝そんな……こいつは……一体……〟
すかさずスラウブが、勢いをつけるように後方に羽ばたき、愕然とするブルート目がけ、両手の大剣で突き刺すような構えを見せる。
〝これで終わりだあああああ!〟
再び叫びながら、スラウブがブルートに突っ込む。
そして――紺碧の炎の刃が、ブルートを貫いた。
その現実を目の当たりにしながら、ブルートがつぶやく。
〝な……なぜだ……? 炎の獅子王ファルートよ……炎の守護神アーフィスよ……選んだのは……我らではなかったのか……?〟
やがて紺碧の炎が、紅蓮の炎に身を包む、バルカンの顔で獣人の姿に変化していたブルートを包み込んだ。
その様子を、クララにフィオナとジュディーの霊体がじっと見守る。
紺碧の炎が消えると、人間の姿のブルートが仰向けに倒れ込んだ。
クララによって新たなる炎の獅子王ファルートの姿となったスラウブが、人間の姿に戻った。
スラウブは、目の前で倒れ込むブルートをじっと見つめ続けた。
「兄さん……兄さあああん!」
声の主は、目を覚ましたラスクであった。
「ウソ……ウソよ……ウソだわ……兄さあああん……!」
悲痛な声を上げながら、痛みをこらえてはいずりながら、ラスクがブルートのもとへ行く。
見たことのないラスクの無様とも言える姿に、クララが唖然とした顔でその様子を見つめる。
「兄さん、起きて! 起きてよおおお! 兄さあああん!」
ブルートのもとにたどり着くなり、ラスクは泣きわめきながら、ブルートの体を揺らし続けた。
「なんてことしてくれるのよ! 何も知らないくせに!」
ラスクが涙のたまった目で、スラウブをにらみつける。
「……戻すんだ、ペルーア王国を。本当の姿にな」
そんなラスクを見下ろしながら、突き放すようにしてスラウブはつぶやいた。
「…………いいわ、そこまで言うのなら教えてあげる。あんたたちの父親がもたらした、ペルーア王国の混沌を。そして――私たちが味わった苦しみをね」
震える声でラスクがそう言い、ロドリックの死後に起きたペルーア王国の混沌について、ブルートや自身の身に起きたことについて、ゆっくりと話し始めた。




