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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第二十九話 新たなる力

「ダニー……?」


 突如現れた、意外な刺客にクララが戸惑いの顔を浮かべる。ダニーの姿は、<アンジェラ>となってから『サントゥリオ』内でちょくちょく見かけることがあったが、なんだかいつも生気のない感じであった。


「やはり来たようだな。二人ともさすがだ」


 今目の前にいるダニーもまた、やつれた印象であった。


「なんだ? 俺たちの最終試験でもするために来たのか? 言っとくが、もう一人の試験官のターナーはお逝きになったぜ。同じ運命をたどりたくなけりゃ、そこをどくんだな」


 そんなダニーにスラウブは厳然とした口調で言う。


「安心しろ。ブルートにはそうするように言われたが、あたしはもう戦うつもりはない」


 ダニーは目を閉じながら苦笑いを浮かべ、首を横に振った。


「どういうことだ?」

「あたしは――間違っていたのさ」


 『サントゥリオ』の入口の扉に寄りかかりながら、チェルビュイからここペルーア王国にやってきたというダニーが語り始める。


「平穏なチェルビュイを、退屈に感じていた。刺激を求め、ここペルーア王国にやってきた。ペルーア王国の人々が見たことのなかった魔法の力で試験官を打ち倒し、<ルーク>の一員として認められ、<ルーク>の愛人ができた。その愛人は、誰よりも私に関心を示してくれたんだ。<ルーク>の中でも一番の屈強な体の持ち主で、力強くてたくましさに満ちあふれていた」

「愛人……?」

「ああ。愛人と過ごした日々、戦い、他地域への侵攻、どれも私にはたまらなく刺激的だった。ペルーア王国は――理想郷だと思っていた。でも、失ってしまったのさ。その愛人をね」

「なんだって……?」

「ペルーア王国から西のプリチアに侵攻する任務にあたっていた時だった。突然、強大な力を持つ魔物が現れたんだ。<ルーク>たちの力でも、あたしの魔法の力でも歯が立たないような、そんな魔物がね。あれはおそらく、プリチアの守護神か何かなんだろう。愛人はそいつに無惨に殺されたんだ、胴体を真っ二つにされてね」

「……」


 スラウブはダニーが言う魔物の正体がわかっている。その魔物が凶悪で、炎の獅子王ファルートの力がなければ敵わないことも。


「あたしはその魔物が張った結界から、魔法の力で命からがら逃げ出したが、その時の<ルーク>は全滅した。あたしはショックで<ルーク>から退いた。それでもブルートは次の<ルーク>を作り上げ、より強い人物を求め、移住者には居住試験を行ったりするようになった。あたしも、試験官として資格があるかどうかを見続けた」


 ダニーが大きくため息をついた。


「今にして思えば……愛人は屈強な体で荒くれ者のように振る舞っていたが、近所の子供たちとよく遊ぶような男だった。本当は――戦うようなことはしたくなかったのかもしれない」

「きっとそうさ。ペルーア王国は本当は、温厚な人々が暮らす平穏な所で、争うことのない笑顔が絶えない人たちの王国だったとイアンの母親から聞いた」


 スラウブの言葉に、ダニーは微笑んだ。


「やはりそうだったか。今のペルーア王国の姿にだまされ、愛人を無残な形で失って、あの居住試験でクララに打ちのめされてひどい痛みを味わって、チェルビュイの平穏こそが――本当の理想郷だったのだと気付かされたよ」

「そうよ。刺激なんて、いくらでも生み出す方法はあるわ。私たち人間は、考えることができるんだもの」 


 クララの言葉に、ダニーはうなずいた。


「あたしには、他の誰にもない魔法能力があるんだ」

「他の誰にもない魔法能力……?」

「ああ、召喚さ」

「召喚……?」

「【想い】を寄せる者の霊体を――生み出すことができるんだ。本人そのものの姿ではないが、魂はそこにある」

「【想い】を寄せる者の霊体……?」

「ああ」

 

 するとダニーが、クララのもとに歩み寄る。


「お前なら、うまく使えるだろう。譲るよ。この力を」


 言ってダニーはクララの手を取った。

 ダニーの体から、紺碧の光があふれる。やがてその光はダニーの腕に集まり、クララの手を握る手に集まった。

 やがて紺碧の光は、クララの体へ吸い込まれていくように消えていく。


〝クララー、元気にやってるかー?〟

〝クララ、元気?〟


 突然クララの頭の中で、何者かの声が響いた。


 ――え……?


 その声は、忘れもしないものであった。クララにとって魔法の師匠とも言えるフィオナと、幼き親友のジュディーの声だ。

 クララの頬を涙が伝い落ちる。


「お前たちがペルーア王国にやってきた時に戦ったゴーレムがいただろう? あれはあたしの愛人だ」

「え? なんですって……?」


 ダニーが言っているのは、スラウブとクララがペルーア王国に入る前に戦った砂岩の魔物のことだ。あの時のことをスラウブとクララが思い出す。


「じゃあ……あなたの愛人は……」

「安心しろ。あくまであれは霊体の一種。何度でも召喚はできる。それに、実際はもう愛人はいないんだ。突然身につけた、魔法の力だった。愛人を失ってから、あたしはあの時のことを後悔し続け、【想い】続けた。毎晩、毎晩、毎晩な。ある日、頭の中で何者かの声が響いてきたんだ。その声の主は、あたしの愛人だった」


 先ほどクララに起きた出来事と同じだ。


「愛人はあたしにもう自分のことは忘れて、新しい幸せを見つけるように語りかけてくれた。でもあたしはそれを拒否した。すると、たまたま近くに留まっていた鳥から、愛人の魂を感じるようになった。その時あたしは、【想い】を寄せる者を別の形で召喚する力を身につけていたんだ」


 クララがふと、後ろを振り返る。そこには、紺碧のオーラに包まれたハトとスズメほどの大きさの鳥が二羽横に並び、クララを見つめていた。


「フィオナ……? ジュディー……?」

 

 震える声で、クララがそっと二羽の鳥に近づく。クララが膝をつき、二羽の鳥に触れようとした瞬間、紺碧の煙とともに二羽の鳥が消えてしまった。


「あ……」


 ダニーがけらけらと笑う。


「きっとお前なら、召喚をうまく使いこなせるはずだ。愛人は、暴君ぶりが増すブルートが支配するペルーア王国に、他地域から来た人をやってこさせないようにしたいと言ってきた。それであたしは、愛人をペルーア王国にやってきたものを追い払うゴーレムとして召喚し、ブルートも居住試験前の登竜門として承認するようになった」


 それが、あのゴーレムの正体であった。


「お前たちがゴーレムをいとも簡単に退けてみせた時、何か運命的なものを感じた。実際、それは幻想などではなかった。これから起きるであろうこともな」


 そう言ってダニーが今度はスラウブに『サントゥリオ』の入口の方を手で差した。


「行け。お前が――真なる王であることを示すんだ」


 ダニーの言葉にスラウブはじっと『サントゥリオ』の入口の扉を見つめた後、うなずき、ゆっくりと歩みを進める。


「ああ。昔のペルーア王国を――取り戻す!」


 スラウブが『サントゥリオ』の入口の左扉に手を置き、後方のクララに目をやった。

 すぐに「一緒に行くぞ」ということなのだと理解したクララが向かう。


「協力に感謝するわ」


 すれ違いざまにダニーに礼を言い、クララも『サントゥリオ』の入口の右扉に手を置いた。


「行くぞ」


 決意が込められたスラウブの言葉にクララがうなずくと、二人は共に重厚感ある『サントゥリオ』の入口の扉を開く。警備兵たちの待ち伏せを警戒したが、まるでブルートが二人を自身のもとに導いているかのように、誰もいなかった。

 改めて圧倒される、『サントゥリオ』の豪華絢爛で力強い内観。スラウブはペルーア王国入国時にジェイクたち<ガーディアン>によって連れられて以来の入城であった。

 二人はあの時のように玉座へと向かう。自分たちの意志で。

 あの時は開かれていたが今は閉ざされているブルートの玉座へと続く扉を、今度はスラウブが一人で開ける。


「来たか。さすが、炎の獅子王ファルートの力を持つ者だけのことはある」


 反響し、体の芯まで響いてくるような低音の声。ブルートだ。

 金で作られた巨大な炎の獅子王ファルートの像、その下に堂々とした姿で横に寝そべる立派なたてがみの獅子を模した黄金の玉座。そこには、褐色肌のスキンヘッドででっぷりとした体つきのブルートがどっしりと居座っていた。

 ブルートの右横には、巨大で黄金の獅子の横顔や緻密な装飾が施されたハンマーが置かれている。左横には、見事な容姿の妖艶なる美女、妹のラスクが立っている。


「お主らの父親である炎の獅子王ファルートの力を持つロドリックが息絶え、ペルーア王国の民たちは気付いた。綺麗ごとだけでやっていけるほど、この世の中は甘くないと」


 スラウブとクララは何も言わず、ブルートが居座る玉座へと歩みを進める。


「永遠の安泰を得たければ、力を得なければならない。守るだけではなく、攻めて誇示し、支配するための力だ。支配して、支配して、支配して――我がペルーア王国を攻めたり、逆らったりする輩がいなくなるまで、力を見せつけ続けなければならないのだ。我はその頂点に立った。いずれ我がペルーア王国の民たちは我のそばで、真の安泰を得る。『強き者こそが正しき秩序を生み出す』のだ」


 やがて闘技場のフィールドのように縦横に広いブルートが居座る玉座の間、そこでスラウブとクララ、ブルートとラスクが向かい合った。 


「俺たちは、似たような考えを抱いた軍勢をここにやってくる前に滅ぼした」


 スラウブが正面のブルートにそう言うと、ブルートとラスクは顔をしかめた。 


「温厚な人々が暮らす平穏な所で、争うことのない笑顔が絶えない人たちの国――あなたが玉座に座る前のペルーア王国のような、そんなチェルビュイを侵略しようとしたトルオス王国の軍勢を打ち倒したわ。【想い】の力でね」


 クララもスラウブを援護するように言う。


「人は互いに傷付けず、血を流さず、良き方向へ向かうために、考えることができる。話し合うことができる。変わることができる。団結することができる。だからこれから、ペルーア王国を取り戻す。親父が王として統べていた、誇り高きペルーア王国をな。そして変えてみせる。支配のみが道だと考えるトルオス王国もな。これから行うことは、その第一歩だ」


 スラウブが、グスタスの手によって生まれ変わった愛用の大剣をブルートに見せつけ、構える。ブルートはスラウブの大剣をじっと見つめながら口を開いた。


「お主らの父親は、ペルーア王国に混沌をもたらした。我は――それを収め、選ばれたのだ。真なる炎の獅子王ファルートの力を持つ者に。お主らはペルーア王国に再び混沌をもたらす。だから、お主らを消し去らねばならないのだ。呪われた、ロドリックの血を――永遠にな」


 ブルートが黄金のハンマーを手に、玉座から立ち上がる。


「いいえ、あなたは炎の獅子王ファルートの力を穢し、ペルーア王国をその穢れた力で支配しただけ。他の国や地域のように。父さんが望んでいたペルーア王国を、世界を、私たちが実現してみせる」


 クララが、左隣のスラウブに手を広げた。スラウブの体が、紅蓮の炎に包まれていく――。

 ブルートとラスクは、その様子をただ見つめている。

 やがて、すさまじい衝撃波が四人の空間を吹き荒れた。

 衝撃波が収まり、スラウブが立っていた所に現れたのは、まるで血管のように体中に炎を張り巡らせ、筋骨隆々とした分厚い肉体に、燃え盛る立派なたてがみを生やした獅子の獣人――炎の獅子王ファルートであった。

 炎の獅子王ファルートと化したスラウブが握る大剣に、紺碧の炎がまとわれる。

 

「ふん」


 ブルートが鼻を鳴らした。


「ペルーア王国を……いえ、世界を変えたい者が他にもいるわ」


 するとクララの背後から、紺碧のオーラに包まれたハトとスズメほどの大きさの鳥が二羽現れた。ダニーから受け継いだ、召喚の力だ。二羽の鳥がブルートを見据えるようにしてその場で羽ばたく。

 

「言ったはずよ、クララ。私たちはただ、力ある者がもたらす永遠の安泰を待ち、支え続ければいいと。そうすれば、痛みも苦しみも味わわずにすむのに。愚かだわ、兄さんは――あなたを気に入ってたのに」


 言ってラスクが急に、服を脱ぐような構えを見せる。その様子を見たクララが戸惑いの表情を浮かべていると、ラスクの足元から突然、紅蓮の炎が沸き上がった。


 ――何……?


 クララが愕然としていると、みるみるうちに紅蓮の炎はラスクの下半身を包み込み、ラスクの両手まで達する。


「哀れね、呪われし血を継ぐ者たちよ」


 ラスクが上半身の服を脱ぐ仕草をすると同時に、紅蓮の炎が一気にラスクの身を完全に包み込んだ。すさまじい衝撃波が再び四人の空間に吹き荒れる。


「ぐっ!」


 衝撃波が収まり、クララが目の前の両手をどけた。

 ラスクが立っていた所にいたのは――。


「あれは……?」 


 紅蓮の炎に身を包んだ、クジャクのような鳥――。

 イアンの母親からラスクが炎の守護神アーフィスの力を得たという話は聞いていたが、その姿はイアンが変化(へんげ)した炎の守護神アーフィスとは異なっていた。


〝どう? 美しいでしょう? ペルーア王国には炎の獅子王ファルートの他にもう一体、守護神がいるの。あなたたちは知らないでしょう? その名は炎の守護神アーフィス。炎の獅子王ファルートに仕え、支え、強大な力を与えし者。私は選ばれたの、炎の守護神アーフィスにね〟


 オオワシのような姿の炎の守護神アーフィスとは異なる、クジャクのような鳥の姿に変化(へんげ)したラスクが妖艶な声で高らかに笑う。

 すると、ラスクが燃え盛る左右の脚をブルートの両肩に乗せた。


〝身をもって知りなさい。真なるペルーア王国の王であり、真なる炎の獅子王ファルートの力に選ばれし者、我が兄ブルート様の力を!〟


 ブルートの体が、両肩から紅蓮の炎に包まれていく――。

 

〝炎の獅子王ファルートよ、ペルーア王国を滅ぼす呪われし血を継ぐ者たちに立ち向かう我が兄に、力を授けたまえ!〟


 三度目のすさまじい衝撃波が、四人の空間を吹き荒れる。

 それは炎の獅子王ファルートと化したスラウブさえも両手で顔の前を防ぎ、クララも思わず魔法の壁で自身と召喚した二羽の鳥を守るほどであった。

 衝撃波が収まり、スラウブが目の前の両手をどける。

 ブルートが立っていた玉座の前にいたのは――――。


〝お前は……?〟


 そこにいたのは、まるで血管のように体中に炎を張り巡らせ、筋骨隆々とした虎柄模様の分厚い肉体に、燃え盛る立派なツノを生やした、バッファローのような見た目の顔をした獣人であった。

 

〝バルカン……?〟


 間違いない。ブルートが変化(へんげ)したのは、炎の獅子王ファルートではなく、紅蓮の炎に身を包んだ、バルカンの顔をした獣人であった。  


〝左様、ペルーア王国の固有種であるバルカン――忠実で強靭な肉体を持つこの最強生物の姿こそ、炎の獅子王ファルートに眠っていた真なる力! 我は炎の獅子王ファルートの力を授かり、真なる力を解放せし者なのだ! 覚悟せよ、呪われしロドリックの血を継ぐ者たちよ!〟 

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