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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第二十八話 真実

 突如現れた、紅蓮の炎によって身を包んだオオワシのような鳥――。

 そこにいたはずのイアンの姿はなかった。


「イアン……? お前なのか……?」


 スラウブはなぜか、炎の鳥からイアンの気配が感じられていた。


「なんだ……これ……?」


 そしてなぜか、炎の獅子王ファルートと化していた時のような力が内から湧き上がるような、そんな感覚を覚えた。


「アーフィス……? なぜ……?」 


 ターナーが、戦慄の表情を浮かべている。


「アーフィス……?」


 アーフィス――スラウブが見上げている、この炎の鳥の名前なのであろうか?

 スラウブとクララが愕然としてその場で固まる中、アーフィスと呼ばれた炎の鳥が、斬り裂くような咆哮を上げる。

 あわてるようにして、ターナーが魔法剣での攻撃の対象をアーフィスに切り替えた。

 アーフィスを襲うターナーの魔法剣から放たれた風の刃、だがアーフィスが炎の翼でそれを払うと、風の刃はいとも簡単にかき消された。

 ターナーが青ざめた表情で、一心不乱に魔法剣を振るう。アーフィスは羽衣で舞うような、なめらかでしなやかな動きで風の刃をかき消していく。その動きに、スラウブはイアンを重ねた。


「なんだと……」


 クララを追い詰めていたターナーの魔法剣による攻撃が、アーフィスには一切通用しなかった。

 するとアーフィスが、ターナー目がけて羽ばたく。アーフィスは、振られようとした魔法剣ごとターナーを蹴り飛ばした。それからすぐさま、ターナーの左右にいた身をすくめる側近たちに翼で舞うようにして攻撃する。側近たちの体に剣で斬られたかのような、紅蓮の傷跡ができた。


「イアン……!」


 無言で倒れゆく側近たちへの攻撃を見て、スラウブはアーフィスがイアンであると確信する。あの動きは、イアンの双剣の動きそのものだったからだ。


「この……! 化け物めが……!」


 ターナーが起き上がり、再び魔法剣を振るう。イアンは風の刃をかき消しながら、ターナーに近づくと、魔法剣を翼で叩き落とした。そして両脚で、ターナーの両肩を掴み、空高く持ち上げる。


「うっ……!」


 ターナーの両肩に、イアンの両脚の爪が食い込む。

 イアンが怒りに満ちた激しい咆哮を上げると、必死にもがくターナーの体が、紅蓮の炎によって包まれていった。


「ぎゃああああああ!」


 ターナーの体が、断末魔の叫びとともに溶けていく。肉が焼け落ち、全身骨と化すと、やがて骨さえも溶けていき、ターナーは原形を留めることなく消滅していくのであった。


「イアン……」


 スラウブが見上げる先にいるアーフィスを包み込む紅蓮の炎が、徐々に収まっていく。やがて、宙に浮かぶアーフィスの姿が消えると、イアンが空から落ちてきた。


「イアン!」


 スラウブが一目散に駆け出し、落下地点を素早く見極め、イアンの体を受け止めることに成功する。

 イアンは気を失っていた。


「イアン! 大丈夫か!?」


 一方クララが、首を斬られたイアンの母親のもとに駆け寄る。

 イアンの母親には、奇跡的にもまだ意識があった――。


「大丈夫ですか!?」


 クララは即座に、イアンの母親の斬られた首に手を当て、回復魔法をかけた。


「うっ……う……」


 イアンが目を覚ます。


「イアン、大丈夫か?」

「母さん……」


 開口一番、イアンは母親のことを口にする。


「げふっ……げふ……」


 クララが渾身の【想い】を込め、咳き込むイアンの母親を回復させ続けていくと、出血が止まり、イアンの母親の呼吸は徐々に元通りになっていった。


「大丈夫ですか!?」

「え……ええ……なんとか……」


 クララに支えられながら身を起こした母親のもとへ、イアンはスラウブの手から離れて駆け寄る。


「母さん!」

「あいたたた。ちょっと、まだよくなってきたばかりなのよ」


 強引に抱きついてきたイアンに母親は苦笑いした。


「ありがとう。本当に」


 イアンの感謝の声にクララは黙ってうなずく。


「一旦、お母さんを家に避難させるぞ!」


 スラウブの声にイアンは母親を抱き抱え、自宅に運び込む。車椅子を抱えたスラウブと、クララも辺りを警戒しながら、二人に続いた。

 イアンの母親を車椅子に座らせ、容体が安定してきたことを確認すると、イアンとスラウブとクララはひとまず胸をなでおろした。


「ごめん、母さんのことを置き去りにするべきじゃなかった」

「私のことはいいんだ。あんたたちが、ペルーア王国の未来を背負っていかないといけないんだから」


 自分の手を握るイアンの手を、母親が握り返す。


「ねぇ母さん、僕の身に――おかしなことが起きたんだ。一体、何が起きたの? 何か知ってる?」


 イアンが知っていることがあれば教えてほしいと母親の顔をのぞき込む。スラウブとクララも、イアンの身に何が起きたのか、知りたい様子だ。

 するとイアンの母親は目をつむり、大きく息を吸い、吐き出した。


「……とうとう、私たちの秘密について、話す時が来てしまったようだね」

「秘密……?」


 身構える息子の顔を見つめながら、イアンの母親がゆっくりと口を開き始める。


「私とあんたには――ペルーア王国の守護神アーフィスの血が流れているの」

「ペルーア王国の守護神アーフィス……?」


 スラウブとクララが顔を見合わせた。

 ペルーア王国の守護神は、炎の獅子王ファルートのはず。


「ペルーア王国の守護神って、ファルートじゃなかったの……?」


 ちょうどイアンが、スラウブとクララと同じ疑問を母親にぶつける。


「いえ、実際には少し違うの」

「少し違う……?」


 その時スラウブは思い出した。

 ペルーア王国に入ろうとした時にそびえ立っていた、巨大でオオワシのような鳥が羽を広げた姿が彫刻された荘厳な門――。あそこに彫刻されていたのが、アーフィスなのか?


「はるか昔、この世界は邪悪な魔物であるドラゴンのものだった。ドラゴンは、強大な力を持つだけでなく、人々や様々な生き物たちを魔物に変え、支配していた」


 そしてイアンの母親の口から出てきたのは、スラウブとクララがチェルビュイでフィオナから聞いた話と同じものであった。


「ファルートはもともと、穢らわしき黒い炎の獅子王ファルートとして、ドラゴンの右腕だった存在なの」


 そこからとてつもない方向へと話が変わる。


「穢らわしき黒い炎の獅子王ファルート……?」

「ドラゴンの右腕だった存在……?」


 スラウブとクララの表情が固まった。


「イアンから聞いたわ。あなたたち、ロドリックの子孫のようね。ロドリックが力を授かったファルートは、黒い炎の獅子王ファルートとして、ドラゴンと共に世界中を蹂躙する破壊神だったの」


 イアンの母親の鋭い視線がスラウブとクララに突き刺さる。


「破壊神……?」

「破壊神ですって……?」


 破壊神――二人の中にあるペルーア王国の守護神、炎の獅子王ファルート像が揺らぐ。 


「ペルーア王国は今とは違って本当は――温厚な人々が暮らす平穏な所だったの。温かき炎の守護神アーフィスを崇め、争うことのない笑顔が絶えない人たちの王国だった」


 逆にペルーア王国が温厚な人々が暮らす平穏な所だったということが、あまりにも意外で驚かされた。


「そんな平和なペルーア王国も、黒い炎の獅子王ファルートとドラゴンによって蹂躙され、人々やバルカンが生贄として捧げられていたの。そんな中で、あどけない一人の幼い少年が、黒い炎の獅子王ファルートを変えた」

「一人の幼い少年……?」

「そう。その少年こそが――私たちの先祖なの」

「僕たちの先祖……?」


 母親を見つめるイアンの顔が、まるで何か恐ろしいものでも見ているようなものになる。


「その少年は他のペルーア王国の民たちとは違い、黒い炎の獅子王ファルートに対して恐れる様子もなく、ひたすら無邪気に接していた。そんな少年の存在に黒い炎の獅子王ファルートが逆に驚き、純粋さに魅了され、両者はいつの間にか次第に心を通わせるようになっていった」


 純粋さ――なぜか、スラウブの心にその言葉が重く響いていた。


「やがて黒い炎の獅子王ファルートは改心し、少年と共に、蹂躙させて封じ込めていた温かき炎の守護神アーフィスを呼び起こした。再生と治癒の力に長けた温かき炎の守護神アーフィスは、ファルートにまとう黒い炎の穢れを払い、炎の獅子王ファルートととして生まれ変わらせたの」


 再生と治癒の力に長けた温かき炎の守護神アーフィス――スラウブはなぜ首を斬られたイアンの母親が奇跡的に生きていたのか、なぜイアンが細身にもかかわらずボロボロにされても回復が早かったのか、理解できた。

 イアンの母親が、スラウブとクララの方に視線を移す。


「炎の獅子王ファルートと炎の守護神アーフィスは、同様に黒い炎の獅子王ファルートによって蹂躙されて封じ込められていた、プリチアの水の守護神クアーレと、アンリカの雷の守護神ディルモを呼び起こした。そして共に、圧倒的な力を持つドラゴンを瀕死の重傷を負いながらも、なんとか打ち倒すことに成功したの」


 プリチアの水の守護神クアーレ――。

 アンリカの雷の守護神ディルモ――。


 プリチアの水の守護神という言葉に、スラウブの額から冷や汗が流れ出た。


 ――まさか、プリチアで殺したあの水竜……。


 そんなスラウブをよそにイアンの母親は話を続ける。


「ただ……ドラゴンが絶命した時、その亡骸は白亜色の塊と化し、いかなる力でも破壊できなかった。実際、ドラゴンの亡骸は今もなお、その戦いが行われた地――宗教国家ベルテクスにあると聞くわ。ドラゴンの復活を恐れたファルートと守護神たちは各地に帰還すると、死ぬ間際に、人間たちに自らの力が宿る血を分け与え、その血は代々受け継がれていった」

「ファルートから力が宿る血を分け与えられた当時の人間の子孫が、ロドリックであり、スラウブと私なんですね?」  

「そう。炎の獅子王ファルートの力が分け与えられたスラウブとクララの先祖、炎の守護神アーフィスの力が分け与えられた私とイアンの先祖と同様、プリチアとアンリカの地にもそういった先祖がいて、今なお守護神の力が宿った者がいるはず」


 そこでスラウブは、自身に眠るファルートの力について訊ねる。


「一つ聞きたいんだが、いいか?」

「何かしら?」

「俺はこれまで三度、ファルートと化した。二回はおそらくクララの魔法の力を借りて、もう一回は、イアンと共に任務中だった時に突然なったんだ。どうすれば……というか、どういう条件の時にそうなれるんだ?」


 クララがその時口を挟んだ。


「そういえば、兄さんをファルートにした時に、母さんと父さんに【想い】を込めていたんだけど、もう一人――別の誰かの気配が感じられていたの」

「別の誰か……?」


 スラウブが顔をしかめると、


「それはたぶん、私の母だわ」


 イアンの母親の口から、その人物の正体が明かされる。


「炎の獅子王ファルートの力は強大すぎるあまり、力が分け与えられた人間は、自身の力のみで炎の獅子王ファルートになることはできない。私たちのような炎の守護神アーフィスの力が分け与えられた人間の力が必要になる。私の母は、ロドリックに仕える者だったの」 

「親父に仕える者だった……?」

「ええ」

  

 そこでスラウブはなぜプリチアでの水竜との戦いで、自身が炎の獅子王ファルートとなれたのかが理解できた。すぐ近くにイアンがいたからだ。


「でもちょっと待って。だとすれば、ブルートとその侍女の長であるラスクは一体なんなの? ブルートからはファルートの、ラスクからはおそらくアーフィスの力が感じられたのはなぜなの? その先祖の方々とは関係ないはず」


 クララがイアンの母親に問い詰めるような口調で訊ねる。


「奴らは――血を飲んだの。ブルートはロドリックの血を、ラスクは私の母の血を、遺体からね」

「なんですって……」


 それを聞いて、クララが絶句した。


「ロドリックの死、彼が率いていた騎士団員の大半を失ったペルーア王国に住む温厚な民たちは、トルオス王国の侵略という恐怖におびえ始めた。そして、強さという力を追い求めるようになってしまった。彼らはその身を鍛え、武器を作り、やがて――外からの侵略に抵抗するための戦闘集団<ルーク>という組織を作り上げた」

「<ルーク>……」


 スラウブが右上腕にある獅子の顔の焼印を見つめる。


「彼らはそれだけじゃ、不安が収まらなかった。絶対的な力を持つ者を必要としたの。炎の獅子王ファルートの力を持つ者を。ロドリックの子孫であるあなたたちの存在を知らなかったペルーア王国の民たちは、次なる炎の獅子王ファルートの力を持つ者を生み出すために、ロドリックの血を摂取することを試みた」

「次なるファルートの力を持つ者を生み出すために、親父の血を……?」

「そう。ペルーア王国神殿でそれは儀式のようにして行われた。だけど、ロドリックの血を飲んだ者は――次々と全身が発火し、焼死していった。力を分け与えられた者と関係のない者にとってその血は、災いをもたらすものであり、呪いの血だったの」

「なんだって……」


 なんて恐ろしいものが自分の体に流れているんだ、とスラウブは全身に鳥肌が立つのを感じた。


「そんな中、一人の少年がロドリックの血を飲んだ」

「一人の少年……?」

「その少年はロドリックの死後、混沌に包まれたペルーア王国の中で生まれた。体が弱く、母親からは罵られ、周りの人間からも罵られたり虐げられていた」


 イアンがその少年に自身を重ねる。


「少年は自身を変えるべく、賭けの如く自らロドリックの血を飲むことを選んだ。誰しもが、その少年が幼くして無惨な死を遂げるものだと思っていた。ところが、死ななかった。それどころか、その日以降、その少年の体はみるみるうちに大きくなり、強くなっていったの」

「その少年ってまさか……」

「ブルートよ」


 クララは、ブルートの体に触れた時に感じた炎の獅子王ファルートの力が間違いではなかったことを知らされた。だが、疑問が生まれる。


「どうして、ブルートはロドリックの血を飲んで死ななかったの?」

「わからないわ。なぜかブルートの体は、ロドリックの血に適応したの」


 一番知りたいことが、謎なのだと言う。


「ブルートは若くして、当時の最も体の大きな<ルーク>に引けを取らない体格となり、しかも当時の<ルーク>の隊長を圧倒的な力で打ち負かし、一気に<ルーク>の隊長にのし上がった。そして暫定的に王となった者を殺害して、正式に王の座に就いたの」


 どうやらブルートは強大な力を守るためにではなく、私欲のために使う道を選んでしまったらしい。


「ブルートはそれだけでは足りず、炎の獅子王ファルートと化する力を求めた」


 炎の獅子王ファルートと化するためには、炎の守護神アーフィスの力を持つ者が必要となるはず。


「当時のブルート率いる<ルーク>に私の父を殺害させ、私の母を殺害させて遺体を持ち帰った。そしてブルートに力を与える者として、ブルートを守る者として、次なるアーフィスの力を持つ者を生み出すため、同様に私の母の血を飲むことが試みられた。その者に志願したのが、ブルートの妹であるラスクだった」

「え……? ブルートの妹……? ウソでしょ……?」


 ラスクの正体を知らされたクララが再び絶句する。


「またしても、奇跡は起きた。ラスクは私の母の血を飲んでも死ぬことなく、望み通りに炎の守護神アーフィスの力を得たの」

「どうして……?」


 なぜブルートとラスクが、炎の獅子王ファルートと炎の守護神アーフィスの力を持つ者に選ばれたのか、あまりにも謎であった。二人はスラウブやクララ、イアンの体に流れる血とは関係ないはずなのに。


「私は姿を隠し、<ルーク>の目から逃れることができたけど、両親を失った悲しみやあまりにも変わってしまったペルーア王国の姿に我を失い、毎日のように自傷行為に走ってしまった。しまいには、建設中の闘技場で飛び降り自殺まで試みたの。そこで出会った心優しい夫に助けられたけど、両脚が機能しなくなってしまった。アーフィスの再生力でも修復不可能なほどにね。ホントバカよね、私ったら」

「ひどい……」


 母親は笑いながら言うが、イアンの目からは涙があふれていた。


「そうしてブルートは炎の獅子王ファルートの力を、ラスクは炎の守護神アーフィスの力を手に入れた。でも、ブルートは一度、ペルーア王国の民全てに変化(へんげ)した姿を見せびらかしたことがあるんだけど、なんだかそれは――炎の獅子王ファルートの姿とは異なっていたわ」

「ファルートの姿とは異なっていた……?」

「そう、あれはなんだか……」


 スラウブがイアンの母親の言葉を待っていた、その時であった。

 玄関のドアに強い衝撃が走る。おそらく<ルーク>だ――。


「イアン! お母さんと一緒に二階へ!」

「うん!」


 スラウブは咄嗟に指示し、イアンもそれに応える。

 スラウブとクララが身構えた。

 玄関のドアの衝撃音が今にも壊れそうなほどにまで達した直後、急にその音が止まり、代わりに外が騒がしくなる。


「なんだ?」


 それは、集団同士で争っているような感じであった。

 クララがいつでも魔法を放てるように構え、スラウブがドアを一気に開けると、イアンの家の前では<ルーク>ともう一つの勢力が戦っていた。

 スラウブとクララの前に現れた人物でその勢力が判明する。


「ここは我々に任せて行け!」


 左上腕に盾のような紋章を刻んだ、ドレッドヘア―で両手に曲剣を握り、筋骨隆々のトカゲの顔をした女ミシェルだ。<ルーク>と戦っていたのは、ジェイクが長を務めていた<ガーディアン>であった。ミシェルが襲い掛かってきた<ルーク>の一人を両手の曲剣で倒す。


「早く!」


 ミシェルは唖然とした様子のスラウブとクララをど突くように叫んだ。


「どうして?」


 スラウブは訊ねた。


「ブルートは偽りの王だ。誇り高きロドリックの血を継ぐ、そなたこそ、ペルーア王国の王にふさわしい。ペルーア王国を――混沌の闇から救ってくれ! 私の愛したジェイクの死を、どうか無駄にしないでくれ!」


 ミシェルの「私の愛したジェイクの死」という言葉に、再び二人は唖然とする。


「行け! 行くんだ!」


 だが二度目のミシェルの叫びで、スラウブとクララは押し出されるようにして<ルーク>と<ガーディアン>の戦場から離れた。


「闘技場に寄るぞ!」

「なんで!?」

「俺の武器を取りに行く!」

「わかった!」


 クララは先頭に立つスラウブに続き、共に闘技場を目指した。

 眠ることのないペルーア王国に活気をもたらす民たちがその日だけ、悪いことをして夕飯を抜かれて寝かしつけられた子供のように息をひそめて静まり返っている。凝った装飾が施され、極彩色の花で彩られた砂岩の建物群によって構成された黄金色の街は、こうして人気がないとチェルビュイのように幻想的で美しいものだなとクララは思った。

 そして今度こそ、ここを守りたいと思った。ここの民たちに受け入れられたかった。ここをあるべき姿にしたかった。

 その【想い】は、スラウブも同じであった。

 やがて、二人は闘技場にたどり着く。

 闘技場に設置されている松明の一つを取り、スラウブは導かれるようにして、グスタスの鍛冶場へと向かう。レジーナの槍を手に、警戒しながら人気のない不気味な闘技場を進み続け、目的の場所に到着した。

 鍛冶場ではグスタスが背中を向け、何やら作業をしていた。


「やっぱり来たか……」


 見ていなくても、やってきた者がスラウブであるとわかったらしい。


「……俺の武器を、渡してくれないか?」


 グスタスも<ルーク>たちのように敵対してくる可能性がある。スラウブはレジーナの槍を構えた。

 <ルーク>たちの武器が置かれていた所には、グスタスが生まれ変わらせたスラウブの大剣だけ、一人仲間外れにされたかのように、寂しげに黄金の輝きを放ちながらたたずんでいる。

 グスタスはスラウブの言葉に無言で立ち上がると、何も抵抗する様子もなく、スラウブの大剣を手に持ち主のもとまで運ぶ。


「そいつは……レジーナのか」


 スラウブが手にしているレジーナの槍を見てグスタスがつぶやく。

 グスタスには、いつもの活気が感じられなかった。


「よこしな。持ち主がいなくなったってんなら、磨き直さなきゃならねぇ。それが俺の仕事だからな」


 スラウブは何も言わずにレジーナの槍をそっと差し出すと、グスタスもそっとスラウブの大剣を差し出した。

 グスタスがレジーナの槍を手に再び持ち場に向かう。


「助かる」


 何気なくスラウブが感謝の言葉を述べた。

 グスタスが、布でレジーナの槍を我が子に付着した汚れを取り去るようにして拭き始める。


「あんたが何をしようとしているのかはわかる。あんたを初めて見た時、なんとなくペルーア王国の何かが変わるような気がしたんだ。それは間違いじゃなかったみてぇだな。あんたはやはり、未来の王なんだよ」


 ただひたすら、グスタスは己の作業に没頭していた。


「ブルートは幼馴染みだった。優しい子だったよ。当時ひ弱だった俺を、御曹司のクソガキどもから守ろうとしてくれたりしてな。そんな子が混沌に飲まれて、〝力〟を手に入れた途端、暴君と化してしまったんだ。争いごとが嫌いな俺は、この道を選んでブルートに貢献し続けた。それが――取り返しのつかない過ちであったことにも気付かずにな……。もう、潮時だ」


 スラウブとクララが唖然として見つめるグスタスの後ろ姿には、悲壮感に似たものが感じられた。


「ものづくりは好きだが、そろそろ……違うものを作ってみてぇんだ。みんなが愉快な気持ちになれるような、そんなものがな。あんたが――俺にそうさせてくれることを願ってるよ。行ってきな」


 グスタスの言うものがどんなものなのか、すぐには想像つかなかったが、それを意味するものが武器ではないことだけは二人に理解できた。 

 スラウブが何も言わずに、グスタスが差し出した大剣を手にその場を離れる。


「あの……ご協力ありがとうございます」 


 クララはスラウブの後を追う前に一言だけ、初めて会ったグスタスに言い残した。


「タフガイをよろしく頼んだぞ、魔法使いの美人さん」


 背中を向けるグスタスに覚悟を決めた顔でうなずくと、クララもその場を後にするのであった。

 

        ◆


 豪華絢爛で圧倒的な存在感を放つ砂岩城『サントゥリオ』――幻想的な黄金の明かりで照らされたブルートとラスクが居座る牙城は、これから祝宴でも開かれるかのように美しく輝きを放っている。

 日々苦い表情で職場へ足を運ぶクララであったが、今日は違っていた。


「きっと、今のペルーア王国の姿を父さんは望んでいないはず」

「ああ」

「奴らを玉座から引きずり下ろすわよ、兄さん!」

「ああ、乗り込むぜ!」


 スラウブは大剣を握る力を強め、クララはネックレスの《想応石》に手をやりながら、共に力強く歩みを進めていく。だが二人はグスタスから聞いた幼き頃のブルートの話を思い出し、同時に複雑な気持ちにもなっていた。

 しかしながら双方ここまで来てしまった以上、後戻りはできない。意を決したクララが、スラウブの体と大剣に強化魔法をかける。スラウブもまた、自身の身にまとわれた風で気持ちが吹っ切れた。


「奴とやる時は――頼むぞ」

「ええ、わかってる」


 スラウブが何を言っているのか、クララは理解している。

 いつでも戦う準備ができていた二人であったが、なぜか『サントゥリオ』の重厚な入口を守る、二人の警備兵たちの姿がなかった。


「……中で待ち伏せてやがるな」

「そうね……」


 スラウブとクララが最大限に警戒心を抱きながら『サントゥリオ』の入口に近づいた途端、ゆっくりと扉が開く。

 中から現れたのは、ペルーア王国のもう一人の魔法使い、ダニーであった――。

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