第二十七話 覚醒
間違いない。
スラウブを殺害しようとした侵入者の正体は、アズール襲撃の任務時に近くにいた女の<ルーク>、レジーナであった。
「どうしてここに……?」
するとレジーナはスラウブの問いに何も答えず、背中の槍を取り出し、動揺するスラウブ目がけて繰り出す。スラウブは咄嗟に槍の刃を両手で挟んで押さえた。
「何をしている!?」
必死に槍の刃を押さえ込むスラウブに、レジーナが口を開く。
「貴様らは、ペルーア王国を脅かす反逆者と認定され、<ルーク>一同に抹殺命令が下されたのだ!」
「何!?」
レジーナの力は強く、徐々にスラウブの心臓に槍の刃が迫っていく。
「ペルーア王国の真なる王は貴様ではない! ブルート様なのだ! 永遠の安泰のために、貴様はここで死ね!」
スラウブの体に槍の刃が触れた、その時であった。
「ぶっ……!」
突然、レジーナが吐血する。驚いたスラウブが槍の刃からレジーナの方に視線を移すと、背中に何かが刺さっていた。結晶の針だ。
「兄さん、どいて!」
背後からのクララの声で、スラウブは槍の刃を左に流して右に倒れ込んだ。クララは、突然の出来事に目を覚ましたのち、状況を即座に把握するやいなやレジーナの背中に結晶の針を打ち込んだらしい。
クララが続けて結晶の針を次々とレジーナに放つ。
レジーナは、背後の壁に結晶の針ごと打ち付けられた。
「ぐはっ……!」
そこへすかさずクララは結晶の針を追加で放ち、レジーナの額に突き刺さる。
レジーナが、微動だにしなくなった。
「大丈夫!? 兄さん」
「あ……ああ。助かったよ」
クララの容赦ない魔法攻撃と、救世主の磔のような状態となっているレジーナを見て、スラウブは呆然とする。
「こいつ誰?」
レジーナに近づき、その右腕に刻まれた獅子の顔の焼印で、クララはその女の正体に気付く。
「まさか……」
「<ルーク>だ」
「ウソでしょ……」
「ブルートが、俺たちを暗殺するために<ルーク>を送り込んできたんだ。間違いない。クララ……今日が〝その時〟だ」
クララの目は、すっかり覚めていた。
「戦うぞ」
「……わかったわ」
下着姿だった二人は急いで着替える。スラウブの大剣は、グスタスの鍛冶場に預けてしまっている状態だ。仕方なくスラウブは、レジーナの槍を手に取った。窓から家の前の様子を見る。他の<ルーク>は見当たらない。
「まずはイアンの所に行くぞ。あいつも狙われている可能性が高い」
「わかった」
二人は二階の寝室から一階の玄関まで、警戒しながら移動した。ドアの前にスラウブが立つ。
「おそらく、待ち伏せされている。俺が先に行くから援護を」
緊張感ある顔でクララがうなずいたところで、スラウブはドアを一気に開けて家の前に飛び出した。
スラウブの予想通りであった。突然飛んできた矢をかろうじてかわす。
左右の少し離れた所から二人ずつ、計四人の<ルーク>が襲い掛かってきた。剣とメイス、斧と弓を構えた<ルーク>たちだ。
スラウブは剣とメイスの<ルーク>たちの方へ駆ける。左右に動きながら、背後から来る矢には当たらないようにして、レジーナの槍を軽快に操り、素早い動きで剣とメイスの<ルーク>を攻める。
斧の<ルーク>が、スラウブを背後から襲おうと近づいたその時、後ろの方で雷のような轟音が響く。
「なんだ?」
弓の<ルーク>が、倒れていた。背後を狙おうとした標的の家の前から、もう一人の標的が現れる。
――しまった……!
気付いた時には遅かった。斧の<ルーク>は、地面から吹き出してきたかのような突風で宙に舞っていた。そこに雷を撃たれる。
スラウブはクララの魔法に一瞬怖気づいた剣とメイスの<ルーク>の隙をつき、レジーナの槍で剣とメイスの<ルーク>を打ち倒した。
「さすがだな、魔法使い」
スラウブがクララに親指を立てる。
「油断しないで」
クララはひたすら辺りを警戒している。
真夜中であるからか、<ルーク>たちの命令を受けてか、辺りには他の民たちの気配がない。
「そうだな。行こう」
スラウブが再び気を引き締め、イアンの家に向かおうとした、その時。
「スラウブ!」
広大な路地の曲がり角から現れたのは、イアンであった。
「イアン! 無事か!?」
「平気だよ。<ルーク>が、家に襲い掛かってきたんだ」
すでに、ブルートの手はイアンにまで及んでいた。
「二人の<ルーク>が僕の家に侵入してきて、殺されかけたんだ。なんとか打ち倒したんだけど、ひょっとしてあんたらも危ないんじゃないかと思って、急いで来たんだ」
「ちょうど、俺たちもお前の所へ駆けつけようとしていたところだったんだ」
ひとまずスラウブは胸をなでおろす。
「ねぇ、あなたのお母さんは? 無事なの?」
だがクララの言葉に、冷や汗が流れ出た。
「大丈夫、安全な場所に隠れているように言ってあるから。奴らの狙いはあくまで僕たち。今日が――〝その時〟だよね?」
イアンは甘かった。綺麗ごとだけでやっていけるほど、この世の中は甘くない。イアン以上にこの世界の無慈悲さを知っているスラウブとクララが顔を見合わせる。
「急いでお前の家に戻るぞ! お前はお母さんを守るんだ!」
「え?」
「早く!」
スラウブに続いてクララが駆け出すと、あわてて二人を追うようにイアンも来た道を戻るべく駆け出す。
道中、三人の行く手を阻むかのように<ルーク>が現れるが、ペルーア王国の居住試験や〝救済〟の時のように制限なく魔法を操るクララの力もあって、三人は難なくイアンの家へと近づいていった。
「もう少しだ!」
幻想的な黄金色の灯りによって照らされた、一切の人気がない不気味で広大な路地を進み続ける。
とある一角を、三人が曲がった。
「……!」
先頭のスラウブが足を止めると、クララとイアンも足を止めた。
目の前に現れたのは、炎の獅子王ファルートの兜をかぶった大男、その左右に立つ<ルーク>の姿であった。そして、大男の前には車椅子に座る中年の女性の姿が――。
「母さん!」
飛び出そうとしたイアンをスラウブが止める。そこにいたのは、<ルーク>の隊長ターナーと、その側近たちであった。イアンの母親の首には、側近の一人が装備する曲剣の刃が突き付けられていた。
「動くな! 武器を捨ててひざまずけ! 魔法使い、お前もだ!」
すると三人の背後から、ターナーの声とともに他の<ルーク>たちが現れる。
スラウブとクララの嫌な予感は、現実のものとなってしまった。
「抵抗すれば、この女を貴様らと共に処刑する!」
曲剣使いの側近がイアンの母親の髪を後ろに引っ張り、曲剣の刃を首の皮膚に食い込ませる。
「わかった! わかったよ!」
イアンが、先ほど家に侵入してきた<ルーク>たちが使っていたナイフ二本を地面に捨てた。
スラウブも、顔をしかめながらレジーナの槍を地面に捨てる。
クララが、おとなしく両手を上げてその場でひざまずくと、スラウブとイアンもその場でひざまずいた。
三人の背後から現れた<ルーク>の一人が、クララの目に布を巻きつける。
「ダメよ! 三人とも! 私のことはいいから戦いなさい!」
イアンの母親が、曲剣の刃を首に突き付けられながら叫んだ。
「黙れ!」
ターナーが声を上げると、イアンの母親の首から一筋の血が流れ出た。
「お願い、やめて!」
イアンが懇願の声で叫ぶ。
「ブルートは間違ってる! 奴はプラウルと同じだ! 力による支配は、栄華などもたらさない! 生み出すのは、混沌だけなんだ! ここを、トルオス王国と同じ道に進ませるな!」
スラウブの説得にも、ターナーは聞く耳を持たなかった。
「それならなぜ、貴様の父親はトルオス王国との戦いで命を落としたのだ!? 炎の獅子王ファルートの力を所持していたのにもかかわらず、だ」
「チェルビュイを――守り抜いたんだ。誇りある勇気とともに」
「違う。貴様の父親は、甘さゆえに命を落としたのだ。ペルーア王国の民たちを置き去りにし、次なるトルオス王国の侵略という恐怖を蔓延させ、ペルーア王国に混沌をもたらしたのだ!」
「何!?」
スラウブは目隠しされた状態のクララと目を見合わせた。
「そうか、貴様らは知らないのだな。ロドリックの死後、ペルーア王国が陥った混沌と、ブルート様が王の座に就いたことで、今の安泰がもたらされたのだということを」
ターナーが高らかに笑い声を上げた。
――ペルーア王国が陥った混沌……?
スラウブは戸惑いの表情を見せる。
「スラウブ! クララ! イアン! 終わらせるのよ! ペルーア王国の混沌を! そして取り戻しなさい! 誇り高きペルーア王国を! ぐふっ……!」
叫ぶイアンの母親の首に、一層曲剣の刃が食い込む。
「もうよい。貴様らは――ペルーア王国に再び混沌をもたらす危険な種であり、反逆者である。よって、この場で処刑する! やれ!」
スラウブは、三人の背後に集まってきた<ルーク>たちが、各々の武器を構える気配を感じた。
――まずい……! このままでは……!
絶体絶命であった。
ふとスラウブの脳裏に、ターナーが言っていた「貴様の父親は、甘さゆえに命を落としたのだ」という言葉がよぎる。
自身が炎の獅子王ファルートと化して、その力が絶大なものであることがわかった。
その力がありながら、命を落とすことなど考え難いほどに――。
――親父は……本当に……。
そんなやましい考えがスラウブの頭をよぎったその時、雷が落ちたような轟音が辺りに響き渡った。
三人の背後にいた<ルーク>たちが後ろに倒れ込む。
クララは目に巻きつけられた布を取った。
「え……?」
雷の魔法を、その場にいた<ルーク>全員に当てて倒すはずであった。
背後の<ルーク>たちは倒した。だが、ターナーと左右の側近は倒れていなかった。
ターナーは、自身の大剣を天高く掲げている。その大剣には、紺碧のオーラがまとわれていた。
「貴様の魔法に対処すべく、ペルーア王国にいるもう一人の魔法使いから、力を授かったのだ」
「ペルーア王国にいるもう一人の魔法使い……?」
クララがペルーア王国の居住試験で戦った試験官ダニーのことだ。
「我は警告したはずだ」
ターナーの言葉の後で、側近がイアンの母親の首に突き付けていた曲剣を鋭く振るう。
イアンの母親の首から、大量の血が吹き出した――。
「ぐふっ……!」
口から血を吹き出し、イアンの母親がもがきながら車椅子から転げ落ちた。
「あああああ!」
イアンが地面に捨てたナイフ二本を拾い、叫び声を上げながらターナーたちに突っ込む。
「反逆者どもめ!」
ターナーが、紺碧のオーラがまとわれた大剣をイアンの方に振るった。
すると――大剣から飛び出た紺碧の三日月状のオーラが、風の刃の如くイアンに襲い掛かる。
「ああっ!」
イアンが咄嗟に出したナイフ二本ごと派手に後方へ吹っ飛ばされる。スラウブが砲弾のように吹っ飛んできたイアンを、自身もその勢いに吹っ飛ばされながら受け止めた。
「それは……?」
クララがターナーの紺碧のオーラがまとわれた大剣を凝視する。
「魔法の力とは、実に素晴らしいものであるな。これはダニーによって魔法の力がもたらされた、魔法剣だ」
「魔法剣……?」
クララが過去にスラウブの大剣に炎の力を宿したようなことを、ダニーがターナーの大剣に行ったのであろう。そしてターナーの大剣には、魔法を防ぐ力も与えられているようだ。
「実に惜しいものだ。貴重な魔法の力を持つ者、圧倒的な戦闘力を持つ者、だが貴様らには、この偉大なるペルーア王国を統べるにふさわしくなかったロドリックの血が流れている。今日この場で、弱きロドリックの呪われし血を――我が朽ち果てさせてやる!」
言ってターナーが魔法剣を三人に向けて連撃のように振るい始めた。
ターナーの魔法剣から放たれる風の刃を、クララが即座に魔法の壁を作って防ぐ。
「うっ……!」
ターナーは魔法使いではない。だがダニーが力を与えたターナーの魔法剣から放たれる風の刃は、クララの恩師であるフィオナや、クララの姉で黒魔法使いのナタリアを彷彿させるような威力であった。
クララは魔法の壁で風の刃を防ぎながら、ターナーたちを雷の魔法で攻撃する。だが、結界にはじかれるかのように雷の魔法はターナーたちに到達する前に消滅してしまう。
「母さん……」
イアンがスラウブに抱きかかえられながら、倒れ込む自分の母親を見て涙を浮かべる。
「しっかりしろ。今は、奴らを倒すことに集中するんだ。クララ! なんとかして隙を作れ!」
「くっ……! わかってる!」
スラウブの声に応えようとするも、ターナーの魔法剣の力は想像をはるかに超えて強く、しかもターナーは大剣の魔法剣をスラウブのように軽々と振り続け、クララは魔法攻撃に力を入れられないでいた。
「母さん……」
イアンの脳裏に、母親と共に過ごした日々が浮かび上がる。
車椅子に乗りながらも、こんな自分を支えてくれた。
そんな母親のために、自身も命を削り、ボロボロになりながら、支えてきたというのに……。
「よくも……」
「イアン……?」
イアンがスラウブの手から離れ、立ち上がり、ゆっくりと、魔法剣で攻撃し続けてくるターナーの方へと向かっていく。
「よくもおおおおおお!」
全身から湧き上がるような声で、イアンが叫んだその時――。
イアンの体が、紅蓮の炎に包まれていく。
やがてその場に、すさまじい衝撃波が襲い掛かり、クララとターナーの魔法を打ち消した。
「え……?」
スラウブが愕然とする。
「なんだ……?」
ターナーが手を止める。
「え……?」
クララが、後ろを振り返って絶句する。
そこにいたのは紅蓮の炎に身を包んだ、オオワシのような鳥であった――。




