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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第二十六話 秩序

 間違いない――。

 そこにいたのは瀕死のスラウブではなく、炎の獅子王ファルートであった。


「スラウブ……?」


 正確には、炎の獅子王ファルートと化したスラウブであった。

 スラウブは、何が起きたのかわからないといった様子で自分の両手を見つめている。水竜も、突然現れた炎の獅子王ファルートに愕然とした様子だ。

 

 ――一体何が……?


 イアンが炎の獅子王ファルートの圧倒的な姿に立ち尽くす。

 なぜ、スラウブが炎の獅子王ファルートと化したのかがわからなかった。自分を救ってくれた〝救済〟の時は、クララがスラウブを炎の獅子王ファルートにさせていたように見えた。もともとスラウブには、炎の獅子王ファルートと化する力が存在するのであろうか。

 すると、水竜が体を上下に反転させるように全身をくねらせ、ツノを川の水に突き刺した。


 ――あれは……!


 イアンがかろうじてかわした、水の刃の構えだ。

 

「スラウブ!」


 物体のみならず、空間すらも斬り裂くようなあのすさまじい水の刃――まともに食らえば、炎の獅子王ファルートであろうとただでは済まないはず。

 戸惑う様子のスラウブが、イアンの声で水竜の方に意識を戻したと同時に、水竜がツノを振り上げる。

 三日月状の水の刃が、スラウブを襲う。

 スラウブは反射的に腕を振り払った。三日月状の水の刃が、スラウブの前ではじけるようにして消滅する。

 水竜とイアンが、炎の獅子王ファルートが持つその桁違いの力に固まった。

 スラウブが水竜に突っ込む。水竜はあわてたように槍の刃のようなツノをスラウブに振った。だがいとも簡単にツノは頭部ごと炎の獅子王ファルートと化したスラウブの手刀に跳ね返される。

 スラウブはひるんだ水竜の左目部分に突き刺さっていた大剣を抜き取った。大剣に、紅蓮の炎がまとわれる。スラウブはそのまま一気に、水竜の首を斬り落とした――。

 それは、あっという間の出来事であった。首を斬り落とされた水竜が川に倒れ、釣り上げられた魚のように体をぴくぴくとけいれんさせている。

 

「すごい……」


 半ば死を覚悟させられるほどであった水竜を、炎の獅子王ファルートと化したスラウブは、いとも簡単に倒してみせた。

 水竜がやがて完全に動かなくなると、水の壁の流れが勢いを落とし、水の壁を作っていた水は川の中へと消えていった。


「炎の獅子王ファルートだと……?」


 消滅した水の壁の近くに、愕然とした様子のターナーとその他の<ルーク>たちがいた。


「隊長!」


 イアンがターナーのもとに駆け寄る。


「そんなバカな……どうして……」

「隊長……?」


 ターナーは、まるで何か目の前で惨劇が起きているかのような顔をしていた。

 炎の獅子王ファルートと化したスラウブの姿が、徐々に戻っていく。

 

「……何が起きたんだ?」


 人間の姿に戻り、水竜のツノによる傷がすっかり治まったスラウブは呆然としていた。自身がなぜ、炎の獅子王ファルートと化したのかわかっていないらしい。


「隊長、プリチアに突入する寸前で、あのような魔物に襲われました。うかつに突入するのは、危険かもしれません」


 イアンが水竜の死体を指さした。ターナーもスラウブと同じように呆然としている。


「隊長?」

「あ? あ、そ、そうか……二人とも、無事で何よりだ」


 我に返ったスラウブが、ターナーに詰め寄るようにして言う。


「あんな奴がいるなんて、聞いてなかったぞ。危うく二人とも殺されそうだった」

「それは……」

 

 と――。水竜の死体が、川の水の中に溶けていくように消えていく。水竜の死体が完全に消えたと同時に、プリチアを覆う巨大な水の膜がはじけた。

 水の都プリチアの全貌があらわになるとともに、プリチアからよそ者を追い払うかのような、衝撃波のように激しい嵐が吹き荒れる。 


「うおおお!?」


 突き刺すような風と水しぶきに、スラウブが両手で顔の前をふさぐ。その隙間から見えたのは、なぜかそこだけ神々しく陽光が差し、大小様々な形の沼や川がきらめく、美しいはちみつ色の外壁で茅葺き屋根の建物群であった。


「危険だ! 任務を中止して撤退するぞ!」


 ターナーが激しい嵐の音に負けない声量の撤退命令を出す。


 ――え……?


 スラウブは驚いた。あのターナーが、いつかは収まるであろう嵐を理由に<ルーク>たちを撤退させるとは、あまりにも意外だったからである。だがプリチアの民を守ろうとしていたスラウブとイアンにとっては英断と言えるものだ。


「同意だ! お前ら、撤退するぞ!」


 スラウブはターナーの気が変わらぬうちに同調して、他の<ルーク>たちにプリチアから退くように新隊長として命令する。が、そこで気付いてしまった。


「俺とイアンのバルカンが、魔物に殺されてしまったんだ!」


 スラウブが息絶えて横たわるバルカン二頭を指さしてターナーに言う。


「なら誰かに一緒に乗せてもらえ!」


 すると、アズール襲撃の任務時に近くにいた女の<ルーク>、レジーナがスラウブのもとにやってきた。


「乗れ!」


 スラウブが渋々、レジーナのバルカンの後ろにまたがる。


「助かる!」

 

 イアンも他の<ルーク>のバルカンに一緒に乗ると、<ルーク>一行はプリチアを目の前に、狩りをあきらめた肉食動物のように撤退していくのであった。




【幕間 次なる手】




「失敗した!? なぜだ!?」


 ブルートが勢いよく立ち上がると、腰掛けていたベッドが激しい音を立てた。 

 

「はい。想定外のことが起きまして」

「それはなんだ!?」


 自身の前でひざまずく、<ルーク>の隊長ターナーを見下ろしながら、ブルートが問い詰める。


「奴は魔物との戦いの中で、炎の獅子王ファルートと化していました」

「……なんだと?」


 ブルートがターナーから目をそらした。

 スラウブが炎の獅子王ファルートと化すのには、クララの魔法の力が関係しているのだと思っていた。〝アーフィス〟の力を宿す生き残りは、身近な者一人だけであるはずなのだから――。


「どうやら奴自身の中に、炎の獅子王ファルートと化する力があるようです」

「そんなバカな……」


 ブルートとターナーの目論見は、失敗に終わったようである。

 これまで何度かプリチアへの侵略を試みようと<ルーク>を送り出していたが、必ず過去の<ルーク>たちは全滅、もしくは先に突入した部隊が全滅して撤退を余儀なくされていた。ターナーは、過去に先代の〈ルーク〉の隊長がプリチアに突入し、骨だけの姿と化していたのを目撃していた。プリチアは何か強大な魔物によって守られているのは間違いないと考え、スラウブとイアンの部隊だけを組ませて突入させ、二人を魔物に殺させることをブルートに提案していたのだ。


「やはり、彼らは私たちの手で葬り去ろうよ、兄さん」


 ラスクがブルートの広大な背中に向かって言う。


「それについては我々<ルーク>にお任せください。ついでに、反逆者の芽となりつつあるイアンも、葬り去ってみせます」


 ターナーがブルートを見上げる。


「うぬ、任せたぞ。ペルーア王国の命運を懸けた任務を遂行せよ。ついでに、奴の【指輪】も首と一緒にここに持ってくるんだ」


 ブルートは、スラウブとクララがこの地へとやってきた時に目にした【指輪】の輝きを忘れていなかった。


「仰せのままに」


 そう言ってターナーが立ち上がり、寝室から去っていくと、ブルートは再びベッドに腰掛け、ラスクの肩に手を回した。


「厄介なことになってきたな……」


 するとラスクが、ブルートの胸にそっと手を当てる。


「大丈夫よ。いざとなれば、私が兄さんに力を与えてあげるもの」


 じんわりと優しく温めるようでありながら、凍てつくようなラスクの声。


「うぬ、頼むぞ。我が妹よ」


 ブルートは、自身の胸に置かれたラスクの手をしっかりと握りしめるのであった。




        ◇◇◇


 夜、スラウブはクララと共に自宅のベッドにいた。


「ファルートになった!? どうやって!?」


 クララが自らの疲労を吹き飛ばすかのように声を上げる。


「それが……わからないんだ。俺が不注意で、その水竜のツノでブッ刺されて、死にかけてた時に突然、すさまじい力が湧き上がってきて……」

 

 スラウブは水竜との戦いを思い起こしながら、なぜ自身が炎の獅子王ファルートと化することができたのかを探っていた。


「俺自身の中にある、親父の血が覚醒したのか……?」

「まぁ、それしか考えられないわね……」


 チェルビュイでのナバロとの戦いと、イアンの〝救済〟の戦いの中では、クララが両親への【想い】を通してスラウブを覚醒させていた。二度の覚醒を通して、スラウブは炎の獅子王ファルートと化する力に目覚めたのであろうか。


「でも……どうやって覚醒させたのか、わからないんだ。それがわかれば……」


 スラウブが天井に目をとどめたまま、やがて口を開く。


「クララ、一応お前にも伝えておく。俺は――頃合いを見て、ブルートをペルーア王国から〝追放〟しようと思っている」


 クララがスラウブの胸に手を当てる。


「大賛成。〝その時〟が来たら、私も協力するわ。父さんの故郷を、誇りあるものにしたいもの。ここの人たちが――無意味な戦いをしなくて済むように、苦しまずに済むように、無意味な侵略や略奪をしなくて済むように、ね」

「そうだな」


 自身の胸に置かれたクララの手をスラウブが握った。


「<ルーク>の奴らを――イアンみたいに変えてみせる。〝その時〟まで、もう少し待っていてくれ」

「わかった」


 安心したかのようにクララはスラウブに背を向け、横になる。それから寝息を立てるまでは、それほど時間はかからなかった。

 スラウブも仰向けのまま目をつむり、物思いにふける。

 プリチアではイアン以外の<ルーク>をせん滅させるつもりでいた。だがやはり、クララの言うようにできれば誇りある行動をしたい。なんとかして、無意味な侵略や略奪をしないようにイアン以外の<ルーク>たちを改心させたい。

 何よりできることなら、わずかな可能性でありながらも、ブルートを改心させ、本当の意味で永遠の安泰と栄華をもたらしていきたい。

 だが、闘技場のフィールド上で見せつけられた、ブルートによる残酷で無慈悲な処刑の光景がスラウブの脳裏をよぎる。


 ――奴は……〝追放〟するしかないか……。


 ふと、スラウブは目を開ける。


 そこに真っ先に飛び込んできたものは、銀色で光沢感ある鋭利なもの――。


 ――ナイフ……!


 クララとは反対側、すぐ左隣に、自分の心臓にナイフを突き刺そうとする何者かがいる。

 スラウブは反射的に体を左にひねりつつその何者かを殴り飛ばすように右手を出した。 

 何者かが派手に吹っ飛ぶ。一瞬でも遅れていたら、ナイフはスラウブの心臓に突き刺さっていた。


 ――気付かなかった……。


 物音一つなく、全く気配もなく、家に侵入し、自分のことを殺害しようとした侵入者――。

 スラウブはベッドから立ち上がり、その正体を確認する。


 そして、愕然とした。


「レジーナ……?」

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