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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第二十五話 罠

 その日も、イアンはスラウブ相手にスパーリング場で戦いの鍛錬を積んでいた。


「日に日に上達してきているな」


 もうイアンを打ち負かすのに、スラウブが余裕を感じられる時はなくなっていた。それどころか、今のイアンはスラウブにとっていい練習相手となっている。イアンのスピーディでなめらかでしなやかな戦いに対応するため、スラウブの素早さにもさらに磨きがかかっているからだ。


「まだまだ……あんたには及ばないよ」

「でも、お前に越される時がそう遠くない日に来るような気がしてならねぇわ」

「だといいんだけどね」

「次は武器でやるぞ」

「うん」


 己の肉体のみで戦い、次に木製の武器での戦闘鍛錬に移ろうとした、その時。


「<ルーク>の諸君、緊急任務だ! 至急、闘技場に集まれ!」


 <ルーク>の隊長ターナーによる、緊急招集がかかった。

 スラウブとイアンは戸惑いの表情を浮かべながら、他の<ルーク>たちと同じように闘技場のフィールドへと向かう。

 <ルーク>たちがフィールドで縦横等間隔に整列し、前方にいるターナーの言葉に耳を傾けるまではあっという間のことであった。


「ペルーア王国諜報員たちの調査で、西のプリチアにおいて、我がペルーア王国を陥れようとする計画が企てられていることが発覚した!」


 スラウブが即座に現れようとした呆れの表情を隠す。


 ――出たよ、ペルーア王国諜報員様たち……。


 またでっち上げの情報を使って罪のない者たちを殺め、金目のものを奪い取る任務なのであろうか。


「これよりプリチアに向かい、我がペルーア王国の力を見せつけてやるのだ! 偉大なる我がペルーア王国を陥れようなどという不埒な思念を抱くとどうなるのか、プリチアの輩全てに思い知らせてやるのだ!」


 スラウブは周りの<ルーク>たちに形だけならって棒読み口調のような野太い声で応えた。

 そして、前回の任務でアズールを襲撃し、なんの罪もない者たちが無情に殺害されていった光景を思い出す。あの、母親と子供のことも――。


 ――もう、あんなことはさせない……!


 スラウブは、そのプリチアとかいう所の民たちを救うことだけを考えていた。


「もう一つ、任務へ向かう前に重要なことを諸君に伝えなければならない!」


 重要なこと? スラウブ含めた<ルーク>たちが、ターナーの方に神経を集中させる。


「本日より<ルーク>を率いる隊長に――この私と、もう一人がブルート様によって新たに任命された!」


 もう一人の隊長――<ルーク>たちの間で動揺が走った。


「本任務の主な指揮は私が執るが、スラウブ! 貴様は、今後私と共に<ルーク>を率いることとなる! よいな!?」


 突然の宣告に、<ルーク>たちの視線が一斉にスラウブの方に集まる。


 ――は? おいおい、何なんだよ急に……!?


 もう一人の<ルーク>の隊長に任命、しかもそれがブルートによるものと聞いて、スラウブはただただ混乱するだけであった。


「以上! 各自、自分の武器を手にゲートの前に集まれ! プリチアに向かうぞ!」

 

 スラウブはわけがわからず頭が真っ白のまま、周りの<ルーク>たちに流されるようにグスタスの鍛冶場で自分の大剣を取りに行く。その足で、闘技場内の一画にある石造りのゲート、そして筋骨たくましく鼻息荒い、虎柄模様でバッファローのような見た目をした獣――バルカンたちの獣舎にたどり着いた。


「いてっ」


 急に背中に衝撃が走ったスラウブが後ろを振り向くと、そこには見覚えのあるバルカンがいた。


「お前は……」


 前回のアズール襲撃の任務時に乗ったバルカンだ。スラウブのことを覚えていたらしく、相棒のように思っているのか、「さっさと乗れよ」という顔をしている。


「わかったわかった」


 おどおどしているスラウブのことを執拗に突くそのバルカンの勢いに負け、スラウブはあわててまたがった。


「スラウブ! こっちだ! 先頭に来い!」


 ペルーア王国の外へ出るゲートの前には、炎の獅子王ファルートの兜をかぶったターナーの姿が。

 先頭に来いというのは、もう一人の隊長として前に出ろということであろうか。


「うおっ」


 まるでターナーの言葉を理解したかのように、スラウブのバルカンが前に出る。


「えっと……俺も、そういうのかぶったりするのか?」


 ターナーの兜を指さし、自分には似合わないだろうと懸念するスラウブが念のため確認した。


「いや、お前にはその派手な剣があるだろう?」


 皮肉にも聞こえたが、スラウブはほっと胸をなでおろす。

 周りの<ルーク>たちは、いつでも出られる様子であった。

 スラウブはアズール襲撃の任務時に近くにいた女の<ルーク>と目が合った。名前はレジーナというらしい。するとレジーナは、すぐに目をそらす。スラウブの正体を知ってから、アズール襲撃の時の態度とは違ってずっと恐縮した様子でいる。

 次にスラウブが目を合わせたのはイアンであった。イアンのバルカンにはもう、レジーナがお子様用補助具付きバルカンだと揶揄していた、二つの角に付けられた縄と背中に付けられた鞍がなかった。目が合ったスラウブに対してうなずき、イアンもなんとかしてプリチアとかいう所の民たちを傷つけさせないようにするつもりでいるようだ。


「ところで、そのプリチアってどういう所なんだ?」


 スラウブがターナーに訊ねる。


「プリチアはペルーア王国から西にある水の都で、大小様々な形の沼や川とともに連なる茅葺き屋根の建物で構成された国家だ」


 水の都と聞いて、スラウブは察しがついた。おそらく、ブルートが狙っているのは水資源だ。

 空気が乾燥していて緑が点々とする砂岩地帯にそびえるペルーア王国、その中に張り巡らされた水路の水は、どこからか引いているものなのだろう。だがそれは、ペルーア王国の規模を考えれば決して十分な量とは言えず、ペルーア王国は雨が降ることも少ないのが現実である。水資源を充実させれば、ペルーア王国はより豊かになり、民たちの支持もより一層得られるであろう。


「見た目の美しさにだまされてはいけない。豊富な水資源とともに、我がペルーア王国の財産を奪い取ることを目論む、危険な国家だ!」


 ――逆でしょうよ……。


 ターナーの言葉にスラウブは心の中でつぶやくも、口には出さないでおいた。


「開けろ!」


 バルカンたちの獣舎にあるペルーア王国の外へと出るゲートが、ゆっくりと開いていく。


「ペルーア王国に栄華を!」


 ターナーの声に、<ルーク>たちが手持ちの武器を掲げて応える。


「お前も言うんだ!」


 ターナーがスラウブをどやした。


「えっ? あ……えっと、ペルーア王国に栄華を! おっとっと!」


 スラウブが戸惑いながら、ターナーの言葉をなぞると同時に、スラウブのバルカンが勢いよくゲートの外へ飛び出す。スラウブとは対照的に、まるで新たに隊長に任命されたことを喜んでいるかのようだ。そんなスラウブのバルカンに続くように他のバルカンたちが、次々にゲートの外へと飛び出していくのであった。


        ◆


 ターナーを先頭に、そのわずか後ろをプリチアへの道がわからない新隊長のスラウブが走り、他の<ルーク>たちを導く。

 スラウブは、どのようにしてプリチアの民たちを守るか考えていた。

 クララがいない状況で炎の獅子王ファルートに変身することはできない。生身で、イアンを除いた<ルーク>たち全員を相手するのは無理があるし、まだ自身の影響力が十分ではない状況で変に反逆的な態度を取っていると、逆効果になったり、拘束されるといった面倒なことが起きる可能性がある。


 ――どうしたものか……。


 どういう意図かよくわからないが、ブルートが自身を<ルーク>の新しい隊長に任命した。ということは、<ルーク>たちを改心させて、こういった任務を行わないようにさせていくことは可能かもしれない。ゆくゆくは、〝その時〟が来たら一緒にブルートのことを――。


 ――今は、できる限りのことをするしかないな……。


 スラウブがそんなことを思っていると、バルカンが長い岩のトンネルを抜け、辺りに急に緑が増え始めた。

 それから進み続けていくうちに、明らかにペルーア王国周辺とは雰囲気が変わっていく。

 澄んだ青い水の、小さな川が流れ、沼が現れ、沼から小さな川が複数枝分かれし、そこからまた沼が現れる。川や沼のそばには深緑の草木が生え、美しい紫色の花が咲き誇っていた。


 ――もうすぐか?


 すると前方遠くに、巨大な半球状の青い膜のようなものが見えた。


「あれはなんだ?」


 スラウブがターナーに尋ねる。


「あの中に、プリチアが存在するんだ」


 ターナーの言葉に、スラウブは即座にあれは結界とかバリアとか、そういった類いのものであると推測した。


「あんなものが張られてたら、中に入れないんじゃないか?」


 スラウブが率直な疑問をぶつける。


「大丈夫だ。あれはただの水の膜。中には簡単に入れる」

「そうなのか?」


 あのプリチアを覆う巨大な水の膜は、ただの見かけ倒しのカモフラージュらしい。でもどうやってあんなものを作り出しているのであろうか。


「止まれ!」


 そんなスラウブの疑問をよそに、ターナーが辺り一面に高い背丈の草木が生い茂る沼の所で、〈ルーク〉一行を止めた。


「これより、別部隊で行動していく」


 アズール襲撃時とは違い、別々の部隊で攻めていくらしい。


「スラウブとイアンの部隊と、私とその他の部隊だ」


 スラウブの部隊のメンバーは、イアンだけ……?


 ――なんだ、その極端な部隊編成は……。


 スラウブが、イアンと共に呆気にとられる。


「二人だけ?」

「そうだ」

「なんでだ?」

「貴様の戦闘スキルと、ここ最近急激な成長を遂げたイアンを評価して、だ」


 ターナーの無茶ぶりともとれる采配に、イアンが戸惑う。


「そんな、いきなり重荷すぎますよ。二人だけ、しかも彼の右腕みたいな扱いなんて……」


 自分は変われた。だがまだ、成長段階である。スラウブがメンバーとはいえ、二人だけの部隊なんて荷が重すぎる。と表情をこわばらせていたイアンに対し、


「いいだろう、任せろ。二人で先陣を切ってやる」


 スラウブが引き受ける気満々の口調で言う。


「そう思っていたところだ。二人で先陣を切ってもらいたい。貴様らがプリチアの奴らをかき乱したところで、我々の部隊が突撃して一気に潰していく」

「わかった」


 イアンが「正気なの!?」と言いたそうな顔をしたところで、スラウブがイアンの方を見てウィンクする。スラウブには、何か意図があるらしい。


「……わかりました」


 イアンはそれ以上言わないことにした。

 <ルーク>一行が、プリチアを覆う巨大な水の膜に近づいていく。

 透明ではないが美しいコバルトブルーの巨大な水の膜へと流れていく大小複数の浅い川の色は、なぜかプリチアに近づくほど青みがかったグレーのくすんだ色をしていた。


「スラウブたちは正面から奇襲を仕掛けろ。我々は頃合いを見て側面から攻めていく」

「了解。ちなみにプリチアの中はどんな感じなんだ? いきなり兵士の大群が待ち構えているとか、そんなことはないよな?」

「それはない、安心しろ。軍の者たちはいるが、茅葺き屋根の建物群があるだけだ。中央にそびえる、とりわけ巨大な茅葺き屋根の建物が奴らの本拠だ」

「わかった。何かしらの合図をするから、しばらく待っていろ。合図を確認したら、援護しに来てくれ」

「了解だ。私が大剣を掲げたら、お前たちは突撃しろ」


 スラウブとターナーが事前に打ち合わせをする。


「それじゃ任せたぞ、期待のビッグコンビ!」


 そう言ってターナーは、他の<ルーク>たちを率いて大きく迂回するように巨大な水の膜の側面へと向かっていった。

 

「なんで『任せろ』なんて言ったの?」


 ターナーたちの行方を見届けるスラウブの後ろ姿にイアンが話しかける。


「お前しか、<ルーク>の中で信用できる奴はいない。最高の部隊編成だ」


 イアンはスラウブの意図を把握した。


「この中の人たちを助けるんだよね?」

「当たり前だろ」


 やがて、ターナーたちが巨大な水の膜から少し離れた側面に集まっていくのが見えた。


「今日が――〝その時〟になりそうだ」

「え……?」

「さっき奴が言っていたが、この中にも軍の者はいるらしい。そいつらに言って、中の住民たちに見つからないように隠れてもらうんだ。それで奴らに対して、逆にこちらが奇襲を仕掛ける」


 スラウブは今日、イアンを除く<ルーク>たちを一掃し、ペルーア王国に戻ってブルートを〝追放〟する気でいるらしい。


「……本気なの?」

「ああ」


 後ろ姿のスラウブの表情は見えなかったが、その力強い口調は、スラウブの意志が本気であることを証明するのに十分なものであった。


「……わかった」


 イアンも今日が〝その時〟であるという覚悟を決める。

 そして――ターナーの大剣が高々と掲げられたのが、遠くではあるが見えた。


「覚悟はいいか!?」

「うん」

「行くぞ!」

「うん!」


 スラウブとイアンのバルカンが、浅く幅の広い川の上を走り、正面の巨大な水の膜に突っ込んでいく。


「なるべく早く行動していくぞ!」

「了解!」

「ついてこい!」


 ターナーが言っていた、中央にそびえる、とりわけ巨大な茅葺き屋根の建物――そこにプリチアの長や軍関係者といったものがいると予想し、スラウブはそこになるべく早く行ってプリチアに危険が迫っていることを伝えるつもりでいた。

 スラウブとイアンのバルカンが、プリチアを覆う巨大な水の膜を突破しようとした、その時であった――。


「うおおおっ!?」

「うわっ!」


 突然、押し戻されるようにスラウブとイアンのバルカンが後方へ派手に吹っ飛ばされる。

 スラウブとイアンとバルカンは、川に転げ落ちた。

 

「なんだ!?」


 スラウブが起き上がり、前方を見た。まるで、下から突き上げられたような衝撃であった。


 ――罠でも仕掛けてあるのか……?


 やがて、スラウブの疑問に対する答えが、前方から現れる。

 くすんだ色の川の中から出てきたのは、川の色と同じ青みがかったグレーで、らせん状の赤い模様が禍々しい、太くて長い尻尾のようなものであった。


「あれは……?」


 イアンが尻尾を凝視する。


 ――あの尻尾で払われたのか……? あれは、何かの魔物……?


 すると尻尾のそばから、上体と尻尾の主の顔が現れた。

 蛇のような体で、槍の刃のようなツノを生やしたドラゴンの顔――。


「なんだこいつは……?」


 その凶悪な顔つきと赤い目に、イアンが怖気づく。

 この浅い川の中に隠れられていたとは思えないほどに、魔物の体は大きい。


「こんな奴がいるなんて聞いてないぞ」


 スラウブがターナーたちに応援を求めに行こうとしたその時、辺りの川の水が渦を巻くようにして、スラウブとイアンとバルカンの周りに水の壁を作っていく。

 スラウブとイアンがその光景にくぎ付けになっていると、水の壁の流れは勢いを増し、すっかり辺りが見えなくなってしまった。

 パニックになったバルカンが、二頭とも水の壁を出ようとその場から逃げるように後方へと突っ込んでいく。すると、バルカンたちが水の壁の流れにはじかれるようにして右に吹っ飛ばされた。

 バルカンたちは倒れたまま、その場で体をぴくぴくと震わせている。

 イアンがバルカンたちのもとに向かう。


「そんな……」


 バルカンの首は、ねじれるようにして曲がっていた。鋼鉄の筋肉の塊であるバルカンがいとも簡単に吹っ飛ばされ、丸太のような首がこれだけ曲がっているということは、水の壁の流れは相当すさまじいようだ。


「イアン! こいつを倒すぞ!」


 どうやらこの魔物は水の壁を作り、獲物を閉じ込めて狩る水竜らしい。

 スラウブはこの水の壁を消すには、水竜を倒すしかないと判断した。


「ええ!? そんな無茶な……!」


 だが実際、それしか方法がなかった。水の壁はバルカンですら抜け出せず、人間が抜け出そうものなら、ミンチになることは想像にたやすい。

 スラウブが黄金の鞘から黄金の大剣を抜いた。全身の姿を現した水竜が、激しい水しぶきのような勢いの甲高い咆哮を上げる。

 出方をうかがうスラウブに、水竜が体をしならせ、槍の刃のようなツノを振り下ろす。スラウブが両手握りの大剣で体勢を崩されながらも、なんとかツノをパワーではじいた。

 体の大きさも相まって、水竜の力は強い。水竜がツノを剣のように、突いたり振ったりしてスラウブを攻撃する。スラウブは歯を食いしばりながらそれらをはじき、どう攻めるか思考した。


「隊長! 助けてください!」


 イアンが叫び、ターナーたちに救助を要請する。だが、何も反応はない。


「無駄だ! 俺たちでどうにかするしかない!」


 スラウブは水竜が突いてきたツノを、片手握りの大剣で右前方に回転しながら跳ねて流し、咄嗟に振り向きざまに水竜の左目を狙って大剣を突いた。

 大剣は見事に水竜の左目に刺さり、水竜が叫び声を上げながら後方にひるんだ。


「イアン! 一緒に戦うんだ!」


 イアンはこれほどの大きさの魔物を相手にしたことがなかった。しかも、あの槍の刃のようなツノをスラウブみたいに対応できる自信がなかった。

 水竜が咆哮を上げ、ツノをスラウブの左側から真横に払うようにして攻撃する。スラウブがそれを大剣を立てて受け止めた。水竜は片目を潰された怒りで力が増し、スラウブが徐々に横に押し出されていく。

 水竜の狙いは、水の壁までスラウブを押し出してミンチにすることであった。


「うおおおおお!」


 スラウブも必死の形相で、水竜のツノに抵抗する。両者が譲らずその場から動かなくなった、その時であった。

 スラウブは背中の方に危機が迫るのを感じる。尻尾だ。水竜が尻尾で後ろからはたこうとしている。瞬時にスラウブは大剣に力を込めたまま川の中に倒れ込んだ。倒れたスラウブに、水竜が上からツノを振り下ろす。

 スラウブは上体を起こし、ツノを必死に大剣で受け止めた。だが力が入りにくい体勢で水竜の勢いに押されて川の中に沈む。顔をかろうじて出すが、口の中に水が入り込んだ。


「げふっ……!」


 スラウブの呼吸が苦しくなっていく。このままでは、水竜のツノに斬り裂かれるか、窒息死するかのどちらかであった。


「スラウブ!」


 このままではスラウブが危ない。救えるのは、イアンのみであった。


 ――やるしかない……!


 イアンは覚悟を決めた。双剣を取り出し、一心不乱の勢いで水竜に向かう。飛び跳ね、水竜の右目を狙って双剣を突き刺そうとした。その姿が見えた水竜がそれを避けるようにしてスラウブから離れる。


「助かった」


 スラウブが即座に起き上がる。イアンはスラウブの近くで双剣を構えた。

 水竜は新たな敵であるイアンに横から払うようにしてツノを振った。イアンは咄嗟に川の中に倒れてツノをかわす。水竜のツノが、空振りした軌道の先にいたスラウブの大剣によって受け止められた。


「今だ!」

 

 その言葉の意味を刹那に理解したイアンがすぐさま起き上がり、双剣で無防備状態の水竜の頭部に斬りかかる。

 が、水竜も危機を察知し、刹那に双剣をかわすようにしてスラウブとイアンから離れた。


「クソっ!」

 

 ペルーア王国随一の鍛冶職人であるグスタスが作り上げた武器は、いかなる魔物の皮膚であろうが貫けるほどのクオリティである。水竜の頭部を斬り裂くまで、あと一歩であった。


「俺がなんとかして隙を作るから、お前はそこを狙うんだ!」

「わかった!」

 

 二人で作戦を決めた時であった。水竜が突然、体を上下に反転させるように全身をくねらせ、ツノを川の水に突き刺す。


「なんだ?」


 その様子にくぎ付けになるイアンに、どんな攻撃をしてくるか察しがついたスラウブが叫んだ。


「イアン! 横に避けろ!」


 スラウブの声に押されるかのように、イアンは共に離れるようにして横へ跳ねた。水竜がツノを振り上げたのは、二人の回避行動とほぼ同時のタイミングであった。イアンのすぐ横をまるで鋭い何かが通り抜ける。スラウブは一瞬であるが見ていた。


「気を付けろ! 今のは水の刃だ!」


 三日月状の水の刃、それを水竜は飛ばすことができるらしい。おそらくまともに食らえば、真っ二つにされるのは必至だ。

 水竜が横向きに二人に近づき、尻尾をイアン側に、顔をスラウブ側に向ける体勢になった。そしてイアンに尻尾を振り下ろす。イアンはまたスラウブとは反対側に動いて避ける。向かってきたスラウブには、ツノを振って近づけさせない。

 イアンの双剣はスラウブの大剣よりは重厚感がなく、イアンの体格もスラウブより劣る。スラウブに尻尾で攻撃すると斬られてしまうからであろうか、尻尾でイアンを、ツノでスラウブを攻撃している。

 

「くっ!」


 スラウブの鍛錬の成果だろうか、イアンは柔軟な動きで水竜の尻尾をなんとかかわし続けた。


「イアン! 大丈夫か!?」


 水竜の動きでスラウブは気付いた。自分のことは近づけさせないようにして、攻撃対象のメインはイアンにしている。なんとかして、イアンが攻める隙を生み出さねばならない。だが水竜も動きに変化を加え始め、スラウブもなかなか攻められないでいた。

 

「うわっ!」


 すると、イアンが回避行動が甘くなったところで双剣をはじかれてバランスを崩し、その場で座り込んでしまった。待ってました、とばかりに水竜が顔を上げ、ツノをイアンに向ける。イアンのことを突き刺す気だ――。


「イアン!」


 スラウブが、一目散にイアンのもとへと向かう。水竜が、イアンにツノを向けて突っ込む。


 ――まずい……!


 その時であった。

 水竜が、イアンにツノを突き刺す直前で急激に方向転換する。


「ぐっ……!」


 水竜のツノは、スラウブに突き刺さっていた――。


「えっ……?」


 イアンがその光景に愕然とする。


 ――しまった……。


 スラウブは、イアンを守ることに一心不乱になっていた。水竜は、そこを狙っていたのだ。

 水竜の急激な方向転換に、スラウブは対応できなかった。

 

「クソがっ……!」


 スラウブが自分の不注意に腹を立てるかのように、右手の大剣を水竜の顔に投げつける。水竜の傷ついた左目部分に追い打ちをかけるように、大剣が突き刺さった。

 水竜が叫び声を上げながらスラウブからツノを抜く。スラウブは、川の中に倒れ込んだ。


「スラウブ!」


 イアンがスラウブのもとに駆け寄る。スラウブの周りから、赤い水が流れ出ていく。


「ごめん、僕のせいで……!」


 また、自分のせいでスラウブを傷つけてしまった――。

 結局、変われていない――。

 足手まといの、役立たずにしかなっていない――。


 苦しそうにしているスラウブを見て、イアンが自分の情けなさ、無力さに憤る。

 

「げふっ……! お前ならできる……自分を信じろ……戦うんだ……」


 スラウブが口から血を吹きながら、イアンの体を押し出すように叩いた。

 それに応えるように、イアンが立ち上がる。

 

「来いよ! お前の相手は僕だ!」


 イアンは叫び声を上げながら、苦しむスラウブから離れ、左目部分にスラウブの大剣が突き刺さった水竜と対峙する。

 水竜が、ツノでイアンに襲い掛かる。イアンは自分への怒りを力に、双剣でツノを受け止めた。


「うおおおおお!」


 イアンはツノを押し返し、水竜の顔めがけてジャンプし、双剣を突き刺そうとする。だが水竜にかわされ、尻尾ではたかれた。


「うっ!」

 

 激しい痛みをこらえ、再び水竜に対峙する。水竜のツノ攻撃を身軽な動きでかわし、双剣で押し返し、なんとか反撃しようとする。しかし、なかなか双剣の刃が水竜に到達できない。

 次第にイアンに焦りが生じ始め、追い詰められていった。


 ――ダメだ……! こんな奴、一人じゃ倒せない……!


 イアンはスラウブの方をちらっと見る。スラウブは微動だにしない。早く水竜を倒して救助しなければ――。


 ――クソっ! 誰か……! 助けてよ……!


 焦りや恐怖、自分への怒りといった感情にかき乱され、全身に熱を帯び、イアンが心の中で叫んだ、その時――。

 川の中に倒れ込むスラウブの体が、紅蓮の炎に包まれていく。


「え……?」


 やがて水竜が生み出した水の壁の中を、すさまじい衝撃波が襲った。


「うっ!」


 思わずイアンが、双剣を握る両手で顔の前を覆う。水竜が、思わずのけぞる。

 衝撃波がおさまり、イアンが両手を顔の前から離す。

 スラウブが倒れ込んでいた所に立っていたのは――。


「炎の獅子王ファルート……?」

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