第二十三話 代わりの戦士
「あら、イアンじゃないの。久しぶりね、おかえりなさい」
その日の夜、釈放となったイアンはスラウブに連れられ、久しぶりに母親のもとに帰った。
「た……ただいま……母さん」
「なんだか少しやつれたんじゃないの? 大丈夫?」
スラウブとクララの家で体を洗い、身なりを整えさせてもらってから会ったものの、やつれた体までは隠しきれなかった。
「<ルーク>の中で地位が上がって初めて経験する立場だったから、お前も大変だったんだよな?」
スラウブが少しおおげさに言いながらイアンの肩に手を回す。
「う……うん」
スラウブはイアンと<ルーク>の同期で、イアンが先に出世してしまったという設定でイアンと母親とは話を合わせている。
「何か作ってやるから、座って休んでろよ」
言ってスラウブが、厨房で料理し始める。イアンは久しぶりに母親とテーブルで一緒になった。
「頑張ってるのね。イアンがたくましくなって、お母さんうれしいわ」
「う……うん。一応……頑張ってるよ」
満面の笑みを浮かべる母親とは対照的に、イアンは浮かない表情でなんとかごまかす。
イアンが留守の間、スラウブが自分の世話をしてくれていたことを母親から聞かされ、イアンはいたたまれない気持ちで、かつ心臓を鷲掴みされているかのようであった。
「ほーら、今日はたらふく食っちまえ!」
しばらくして、スラウブが作った料理をテーブルに並べた。
「ありがとう。スラウブってね、とっても料理が上手なのよ!」
久しぶりに帰った我が子にスラウブを加えた食事会が始まると、より一層母親は上機嫌になる。
「ホントだ……おいしい」
イアンは最初にスラウブ得意の生姜スープを口にすると、舌鼓を打った。そして、ちゃんとした食事が久しぶりだったのか、夢中でスラウブが作った料理にがっついていった。
「それで? またしばらく家に帰れなくなっちゃうの?」
一転して、母親は心配そうな表情でイアンに訊ねる。
「いや、もう今日から家に帰れなくなることはなくなりますから、大丈夫ですよ。それに、イアンは料理が上手いらしいから、もう俺がここに来る必要もないんだよな?」
再びスラウブが少しおおげさに言うと、母親は安心したのか、満面の笑みを取り戻した。
「あら、言ったじゃない、その逆よ。この子は料理が下手なの。だから、あなたもたまには、また来てくれるとうれしいわ。この子に料理を教えてあげてちょうだい」
「わかりました、またそのうちお邪魔させてもらいますね」
母親は新しい家族が増えたようで、笑いが絶えない様子であった。
そうしてスラウブの〝救済〟によって命を救われたイアンは、母親と共に久しぶりの時を過ごしたのであった。
◆
「ちょっと外で待っててもらってもいいかな? 母さんを寝かしつけてくるから」
食事会を終えたイアンが、スラウブを外で待たせ、母親を寝かしつけに家に戻る。
「ああ、わかった」
陽気な母親にスラウブが合わせ、イアンも浮かない気分でありながらもなんとか二人に合わせて話が弾み、すっかり暗くなって人影もなくなるほどの時間を過ごしていたようだ。
夜の涼しい風が吹き抜ける路地は、砂岩の建物群の灯りによって黄金色に輝いている。
しばらくして、イアンがスラウブのもとにやってきた。
すると突然――。
「なんで……なんで、僕の〝救済〟なんかしたんだよ!? 頼んでもないのに!」
イアンが怒りの形相でスラウブに詰め寄った。
「なんでって……」
幻想的な雰囲気をかもし出している路地に響いたイアンの思わぬ発言に、スラウブがたじろいだ。
「あんた、自分が何をしたのかわかってるのか!? 僕なんて、もうこの世に必要なかったのに! こんな弱い自分、もういやだったのに! 違う自分に生まれ変わりたかったのに!」
イアンが激しく続ける。
「あの闘技場の中で、一体誰が僕の〝救済〟なんて望んでいたって言うんだ!? 僕の命が、<ガーディアン>の長であるジェイクを殺してまで救う価値があったとでも!? 僕の命が、今後ペルーア王国のためになるとでも!?」
感情を乱しながら詰め寄るイアンを押し返すように、スラウブが冷静に口を開いた。
「……お前が処刑されたら、お母さんはどう思うんだ?」
「う……」
スラウブの言葉に、イアンが激しい身振りを止める。
「車椅子が手放せない状態で、夫も亡くして、残ったたった一人の家族が無慈悲に殺されたら、あの優しいお母さんはどう思うんだって聞いてんだ!」
今度はスラウブが逆に声を上げた。イアンがスラウブの声に圧倒される。
イアンはそれでも負けじと押し返すように叫んだ。
「か、関係あるもんか! こんな……いくら食べても大きくなれない体に、いくら鍛えても強くなれない体の、周りから見下されてばかりの、足手まといなだけの僕なんかを産んだ、お父さんとお母さんが悪いんだ!」
「何言ってんだバカ野郎!」
スラウブは、せっかく救ったばかりのイアンを殺すかのような勢いで平手打ちして吹っ飛ばした。
派手に吹っ飛ばされたイアンが、殴られた頬を押さえながら体を起こし、スラウブの方を向く。
「僕は……あんたとは違うんだ……ジェイク相手に勝って……しかも〝救済〟の後の『コベラム』でも優勝できるようなあんたとは……全然違う……」
スラウブは〝救済〟によってイアンを救った後、そのまま『コベラム』の己の肉体のみで戦う形式で勝ち進み、前回に続いて優勝を遂げ、闘技場にいた者全員を驚かせた。
「この世の中は所詮……弱肉強食の世界さ……ジェイクは強くて、文字通りペルーア王国の守護者で、みんなから愛されてたのに……僕なんか……とても彼の代わりになんてなれないよ……」
強靭な肉体を持つスラウブを心から妬み、これから自身に向けられるであろう、ペルーア王国のあらゆる者たちによる厳しいまなざしを想像して、イアンは泣き崩れた。
そんなイアンをしばらくの間見続けたスラウブが大きく息を吸い、ゆっくりと口を開く。
「それなら――俺がお前をジェイクの代わりにしてやる」
「え……?」
その言葉に、イアンの涙が一瞬にして吹き飛んだ。
「俺がお前を――強くしてやる」
「僕を……強く……?」
「そうだ。お前をうんと鍛えてやる。あのアホ隊長のように、ただ無意味に罵声を浴びせるだけじゃない、本当の鍛錬をお前にしてやる」
イアンの前で仁王立ちするスラウブのまなざしは、本気であった。
「今日はもうさっさと寝ろ。明日の朝、お前を迎えに来る。一緒に鍛錬場に行くぞ。いいな!」
スラウブが一方的に言い残して、その場を去っていく。
「え……あ、ちょっと……」
イアンは放心状態のままその場でずっと、スラウブの姿が消えるまで、その背中を目で追い続けるのであった――。
◆
翌朝スラウブとイアンは、共に闘技場の<ルーク>たちの鍛錬場にやってきた。
鍛錬場では<ルーク>たちがいつものように、個々が己を磨くために、黙々と各自の鍛錬に励んでいた。
スラウブがイアンより先に鍛錬場に足を踏み入れる。
<ルーク>たちは、スラウブの存在に気付くと、どこか恐縮しているような様子であった。逆に、スラウブの後にやってきたイアンに対しては、冷ややかな目を向けている。
「ようし、まずはお前の実力を直に見てみたい。スパーリングからだ」
そんな周りの様子を気にすることなく、スラウブは鍛錬場内にあるいくつかのスパーリング場の一つに立つようイアンを促した。
「え……? いきなり……?」
「そうだ。武器はなしで、己の肉体のみの形式でだ」
スラウブがスパーリング場の中央で構える。
「早くしろ!」
「わ、わかったよ」
いきなりすぎるスラウブによる鍛錬におどおどしながら、イアンもスパーリング場の中央で構えた。
すると、イアンが構えるなりスラウブはイアンに殴りかかった。
「うおっ!?」
イアンは予想外かつスラウブの目にもとまらぬ拳を頬にもろに受けて吹っ飛ぶ。
「いっつ……!」
「立て!」
スラウブはイアンに拳を浴びせた後も構えたままでいる。
「ちょっと待ってよ、いきなりすぎるよ……」
「お前に隙があったから攻撃したんだ。相手が、お前がのんびりしてるのに合わせてくれると思ってるのか?」
どうやら、スラウブは本気のようだ。
「分かったよ……」
イアンがゆっくりと立ち上がる。するとすかさず、スラウブがイアンに攻撃を仕掛けた。
「うおっ!?」
スラウブの攻撃を、イアンはなんとか防ごうとしながらも次々に浴びていく。
ダメージが蓄積されて動きが鈍くなり、スラウブの蹴りを受けたイアンが再び派手に吹っ飛んだ。
「ちょっと待ってよ……手加減なし……?」
「当たり前だろ。強くなりたいんじゃなかったのか!? 違う自分に生まれ変わりたかったんじゃないのか!?」
「何事にも、段階ってものがあるでしょ?」
「そんなんで変われるとでも!?」
「何なんだよ……急に」
「俺は――お前をジェイクの代わりにしなきゃならないんだ! あいつのためにも!」
「そんなこと言われたって……」
「お前はなんで<ルーク>になったんだ!? お母さんを安心させてあげたかったんだろ!? 『弱い自分を変えたいから、強くなりたいから、<ルーク>に入れてほしい』ってあのブルートに頼み込んでまで入ったんだろ!?」
「う……」
「いつになったら変わるんだ!? 体がデカくならないから強くなれない? デカくなれないなら、なれないなりに工夫すればいいだろ? 俺だって昔はガリガリだった。ガリガリなりに、強くなるように工夫したんだ。必死に生きようとしたんだ!」
スラウブの言葉に、イアンがうずくまりながらその場で葛藤する。
体が細く、弱々しい自分――。
周りから虐げられ、『強い体にしてあげられなくてごめんね』と母親に謝罪され、心配され、『コベラム』では参加費が目的でいつも初戦敗退でボロボロにされる自分――。
強くなることをあきらめ、盗みという罪を犯して、<ガーディアン>の長であるジェイクを犠牲にしてまで、スラウブに救われた自分――。
「自分を変えられるのは、自分しかないだろう!? いい加減目を覚ませ! 自分を変えてみせろ!」
イアンが立ち上がる。いつでもスラウブの攻撃に対応できるように構えながら――。
「……分かった。自分を――変えてみせるよ」
イアンがスラウブに攻撃を仕掛ける。攻撃を仕掛け続ける。大振りの攻撃が、受け止められても、かわされてカウンターを食らっても、イアンはスラウブに腕を振り、脚を振り続けた。スラウブに吹っ飛ばされても、立ち上がり続けた。
「単調になるな。工夫しろ」
そう言われて、イアンは冷静になり、拳と見せかけての蹴りといったフェイントを混ぜたり、間合いを急に変化させたり、攻撃の角度を変えたりといった戦い方の工夫を見せ始める。
それでも数々の修羅場を乗り越えてきた百戦錬磨のスラウブには、到底敵わなかった。
そんな中、スラウブはあることに気付く。
――こいつ、体つきの割りに意外と回復が早いな……。
あの【指輪】を盗もうとして家に侵入してきた日も、イアンは『コベラム』でひどくボロボロにされていたはず。このスパーリングでも、スラウブはイアンを強くするために攻撃の力を抜いていない。イアンが倒れた時には一旦スパーリングを止めて追い打ちはしていないが、スラウブはパワーには自信があり、イアンの身には相当なダメージが入っているはずだ。それでも、果敢に立ち向かってくる。
「やればできるじゃねぇか」
だんだんとスラウブもイアンを倒すのが容易ではなくなり、常にどこか自信なげで頼りなかったイアンの顔つきも変わってきていた。
最初より手を焼きながら、スラウブがイアンに拳を浴びせて吹っ飛ばす。
「よし。次は武器を使った戦闘訓練だ」
気が付けば長時間に及んでいたスパーリングで、イアンは息が上がってきていた。
「少し休むか?」
「いや……大丈夫。やれるよ」
イアンが傷だらけあざだらけの顔のまま立ち上がり、木製の武器を取りに向かう。
「その意気だ」
スラウブもその様子を見つめながらイアンに続いた。スラウブはいつものように木製の大剣を取ったのに対し、イアンは木製の双剣を手にする。どうやらイアンは、双剣を武器に戦うスタイルらしい。
互いに木製の武器を手にしながら、再びスパーリング場で向かい合う。
「行くよ」
先に声を出したのはイアンだ。スラウブが〝救済〟でリーチがあって重厚な大剣を、自分の腕の一部みたいに軽々と扱えるのを見ていたせいか、慎重に間合いを取る。そうしているうちに、スラウブがじりじりとイアンとの間合いを詰めてくる。
――変わらなきゃ……!
いつも自分より体格のいい者たちに対して、守りの姿勢でいた。
スラウブ相手に己の肉体のみで戦って、体中が痛くてしんどい。
それでも――。
――自分から攻めなければ……先ほどのように……!
イアンはスラウブに攻撃を仕掛けた。
片手の剣を振り上げると見せかけての突き攻撃、あっさり見切られて流される。
ゆっくりした動きから一気に間合いを詰めての攻撃、あっさり見切られて流される。
低めからの攻撃と見せかけての跳びながらの回転攻撃、あっさり見切られて木製の大剣で吹っ飛ばされる。
高めからの攻撃と見せかけてのスライディングからの攻撃、あっさり見切られて蹴飛ばされる。
「ぶっ……!」
イアンの整った高い鼻から血が吹き出した。
「もっと動きを小さく、速くしないと見切られるぞ」
スラウブは体型の割りに素早く動けるため、打ち勝つにはスピードも求められる。
「わかった」
イアンは鼻血を出しながら、スラウブに立ち向かう。
動きを小さく、できるだけ速く、出せるだけの力を出す。
左手の剣を出すと見せかけて、右手の剣を突くと見せかけて、左脚を高く繰り出すと見せかけて低く繰り出す。
スラウブの木製の大剣で顔面をひっぱたかれるも、イアンの左脚もスラウブの腹に当たる――。
「やるじゃねぇか」
スラウブの頬が緩んだ。
「あんた……そんな腹してよくそんなに素早く動けるね」
「これはただ幸せをため込んでるだけさ。全身を構成しているのはほぼ筋肉だけだ」
「あっそ。幸せね……」
いつの間にか、他の<ルーク>たちがその後も続くスラウブとイアンのスパーリングにくぎ付けになっていた。
イアンは、スラウブに歯が立たないなりにも、今までの自分とは違う進化を感じていた――。
◆
スパーリングを終え、昼食を終えたスラウブとイアンは、再び共に鍛錬に励む。
「次はトレーニングだ」
「はいはい、筋トレでしょ。毎日のようにやってるのにさ……僕の体はホントに成長しないんだ」
そう言って顔中傷だらけあざだらけのイアンが、細い腕に似つかわしくない鉄の重りを掴もうとする。
「おい、待て。筋トレの前に、可動性トレーニングだ」
「可動性トレーニング?」
「そうだ」
「何それ?」
するとスラウブがイアンの前で左脚を前にして膝を曲げて腰を沈め、右脚を後ろに伸ばし、体をひねって上を向き、右手を地面につき、左手を天高く伸ばした。
「何してるの?」
イアンがそんなスラウブを不思議そうに見つめる。
「体を動かしながら筋肉の柔軟性を高めて、関節の可動域を広げてるんだ。こうすることで自分の体を、思い通りに大きくしなやかに動かせる能力を高められて、筋トレの効果も上げられる」
「へぇ」
イアンはスラウブと同じような体勢を作った。
その後も、仰向けになって首と左腕を左に伸ばし、左脚を右にひねって伸ばす、反対側の腕と脚も同じようにやる。
右脚を軸にして立ち、両腕を肩の高さで右方向に伸ばし、左脚の膝を外側に開く。その状態から両手を逆方向に振り出すと同時に左膝を内側に引き寄せる。軸脚を替えて同様に行う。
こういった動作をスラウブと共に行う。
イアンはなんだか体がほぐれてやわらかくなり、内なる力が解き放たれていくような気がしていた。
「重いものをひたすら動かせばいいわけじゃない。ここにいる奴らは、ゴリ押しでそれでもいけるのかもしれないが、お前みたいな奴は入念な準備をしてから、今の自分に合った重りで、正しい形で、正しく筋肉に負担を与えて成長させてあげるんだ」
「入念な準備をしてから、今の自分に合った重りで、正しい形で、正しく筋肉に負担を与えて成長させてあげる……」
イアンはこれまで他の<ルーク>たちの体つきをうらやましそうに眺めながら、同じようにひたすら無理して自分には合わない重さの鉄の重りを動かしていた。
「体質には個人差があるんだから、地道にコツコツとパワーアップさせていけばいいんだ。戦いも、少しずつ上手くなっていけばいい」
「そうか……」
「お前は細身を活かしたスピーディで、かつなめらかでしなやかな戦い方を意識してみたらどうだ?」
「それじゃ、パワーが足りなくて負けちゃうんだよ」
「それなら、瞬発力も同時に高めるといいな」
「瞬発力?」
「瞬時の動きで、高い火力を出すんだ」
「どうやって?」
スラウブが鉄の重りを片手に、瞬時に腕を高く伸ばして引っ込め、それと同時に両脚を前後に動かして元に戻す。
「やってみろ。ほどよく動かせる重りで」
「う、うん」
イアンが、スラウブが握っている重りよりは小さいもので、同じように動いてみせる。
「もっと速く!」
「え? あ、うん」
もう一度、同じ動きで速く動いてみせる。
「もっと速く! もっとだ!」
「わ、わかった」
もう一度、同じ動きでより速く動いてみせる。
「遅い!」
「わかったって!」
イアンは、両腕がぱんぱんになるまでその動きでスラウブにしごかれた。
「はぁ……」
「次は脚だ」
「え? ちょっと待っ……」
「こんな感じで」
言ってスラウブは、重りを両手に握りながら両足のかかとを上げてつま先だけで立ち、両足を揃えたまま前後に跳ねてみせる。そしてそのまま斜め右前に跳んで後ろに戻り、斜め左前に跳んで後ろに戻るを繰り返してみせた。
「やってみろ」
「う、うん」
イアンがスラウブの動きを真似する。
「よし、動きを速くするぞ!」
「え? あ……」
スラウブがスピーディに動き始めたところで、イアンも釣られるように素早く動く。
だんだんとスラウブのスピードが増していった。
「前後に!」
「うん」
「斜めに!」
「う、うん」
「速く!」
「う……うん」
「もっと速く!」
「う……ん……」
「もっと速く! もっと!」
「う…………」
しばらくして、イアンは地面に倒れ込んでいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「よし、最後に闘技場の周りを走るぞ」
「ひ……ひぇえぇえぇえぇ……」
◆
夜、スラウブの肩を借りながら、けんけん歩きでイアンは帰路についていた。
傷だらけであざだらけの顔で、全身が激しい筋肉痛の状態なのに、なぜだかイアンはどこか不思議な充実感を感じていた。
「はぁ……ひぃ……」
「疲れたか?」
「うん……あんたの鍛錬、隊長よりキツかったよ……」
「でも、あのアホ隊長の鍛錬より中身はあっただろ?」
「まぁ、そうだね……なんとなく、効果が実感できたよ」
「お前には必ず、ジェイクの代わりになってもらうからな。覚悟を決めろよ?」
他の〈ルーク〉たちのように、行き交う民たちはスラウブには恐縮している様子なのに対し、イアンには冷ややかな目を向けている。イアンは萎縮しながら、スラウブに張り付くようにしていた。
「……わかったよ、死ぬ気で頑張るから。てかさ……あんたを鍛え上げた人って、相当すごい人なんだろうね」
スラウブの頭の中で、チェルビュイでのナバロとの死闘が蘇る。
「まぁ、確かに……すごい奴だった」
「どんな人だったの?」
「それは……」
スラウブはイアンを支えながらしばらく天を仰いだ後、ゆっくりと口を開いた。
「残念だが――そいつは殺した。ジェイクの時のように、ファルートの力を借りてな」
「え……?」
イアンが足を止める。
「逃亡したチェルビュイに、そいつが現れたんだ。トルオス王国から逃げる時に、そいつの子供たちを皆殺しにしたから、復讐しに来たんだ。殺される寸前まで追い詰められた時に、クララが俺にファルートの力を呼び起こしてくれて、それでそいつを殺して、俺は――自分の正体をクララから教えてもらった」
「そうなんだ……」
唖然とするイアンに、スラウブが続けた。
「俺はいつか必ずブルートを――そいつのようにこのペルーア王国から〝追放〟してみせる」




