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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第二十二話 若き未来のために ~後編~

「お前……なんでこんな所に……!?」 

「今日はたまたま、『コベラム』を観戦するブルートに同行する日だったの。普通の格好でね」


 クララはジェイクの方を真っすぐに見る。その顔は、まるで死を覚悟した戦士のようであった。


「ブルートに直訴して、私もこの戦いに参加させてもらうことにした」

「バカ、やめておけ。奴はただ者じゃないぞ」

「わかってるわ、だからこそよ。このままじゃ、兄さんが殺されちゃう」

「……お前を巻き込むわけには」

「じゃあ黙って兄さんもイアンも殺されるところを見ていろって言うわけ!?」

「クララ……」


 クララが声を荒らげ、スラウブの方に顔を向けた。


「今私がこうして生きていられるのは兄さんのおかげ。兄さんは――イアンのことも、お母さんのことも放っておけないんでしょ? 寝たきりだった私みたいに」


 スラウブは何も言わず、黙ってうなずいた。そんなスラウブを見てクララが少しだけ頬を緩める。


「私は兄さんが選んだ道に従いたいだけ。わかった? 兄さん一人を死なせるようなことは私は決してしない。わかった? 彼を倒して、イアンを救いましょう。わかった?」

「ああ……わかったよ」


 引き返せと言っても聞く気配もないし、今この状況を打破することができるとすれば、クララの力を借りるしかない。

 スラウブとクララは、互いにうなずいた。心中することを決めたかのように――。


「クララ本人には伝えたが、魔法による攻撃はなしだ。戦闘中の回復魔法の使用も禁止とする。あくまで使用できるのは、自身とスラウブを強化する魔法のみである」


 ブルートが〝救済〟の魔法のルールを定め、再開のゴングを鳴らした。


「残り時間は約十五分。〝救済〟の戦いを再開せよ!」


 約十五分の間で、この超強敵の息の根を止めるのは、かなり至難の業である。だが、他に選択肢はなかった。


「やるわよ、兄さん」


 クララは、スラウブの体に風の補助魔法をかけ、ジェイクの斧ではじき飛ばされてしまった大剣をスラウブのもとに戻し、それに炎の補助魔法をかける。自身にも風をまとい、拳と脚に雷をまとった。


「おお、すげぇ!」

「魔法だ!」

「これで面白くなりそうだぞ!」

「ジェイク、魔法に負けるな!」


 魔法の使い手であるクララの加勢で、闘技場を包み込む大観衆の熱気が強まる。


「クララ、お前はそこにいろ!」

「え?」


 困惑するクララをよそに、魔法の恩恵を受けたスラウブがジェイクに攻撃を仕掛けた。

 スラウブの身にかかった風の補助魔法による素早い動き、大剣にかかった炎の補助魔法による重い斬撃で、先ほどとは違ってスラウブとジェイクの戦いが拮抗する。スラウブはジェイクの斧攻撃の後に来る体術に気を付けつつ、逆に自身が蹴りを混ぜたりしてジェイクを翻弄した。

 だが――。


「なるほど……魔法ってやつはホントに面白いな」


 そう言ってジェイクは、スラウブの炎の大剣による斬撃を見切り、クララが現れる前と同じように斧で軽々と大剣をはじいてスラウブの体勢を崩し、蹴りを入れて吹っ飛ばした。


「ぐっ……!」


 風の補助魔法のせいか、スラウブの体は後方に派手に吹っ飛んだ。


「兄さん!」


 クララがスラウブのもとに駆け寄る。


 ――ダメだ……あいつ……まるで最初から補助魔法がかけられてるみたいに強い……!


 ジェイクは、補助魔法がかけられたスラウブの力量を測っていたにすぎなかったようで、またしても簡単にあしらわれてしまった。


「ダメよ、一緒に戦わなきゃ!」


 遠距離からの魔法攻撃ができないルールでは、クララの身が危険すぎる。かと言って誰かの手を借りなければ、とてもジェイクには敵わない状況だ。


「……わかった。だけど気を付けろ。奴は――これまで出会ってきたどんな奴よりも手強いぞ」

「了解。ほら」


 クララがスラウブの手を引っ張って体を起こす。


「私がなんとか隙を作るから、そこを兄さんが突いて」

「ダメだ。隙は俺が作るから、お前がそこを突け」

「私に彼を倒す火力は出せない」

「お前を危ない目に遭わせられない」

「じゃあ、こうしましょう。臨機応変に、ね?」

「……わかった」


 そう言ってクララを危険にさらしたくないスラウブと、スラウブにこれ以上ケガさせたくないクララは、同時にジェイクに突っ込んだ。

 ジェイクは右から来たスラウブの炎の大剣を斧で、左から来たクララの雷の拳を上腕で、その圧倒的な馬力と素早い身のこなしではじいて二人の体勢を崩し、隙を作らせない。

 すると、先にスラウブが攻撃を仕掛け、それから少し間を置いてクララが攻撃を仕掛けたりして、自然と二人は連係を取った。だが、馬力だけでなく、無駄な動きが一切ない圧倒的なスピードもあわせ持つジェイクは、全く隙を作らない。

 それならばとクララはジェイクの後方に回り込み、少し距離を離しながら、隙をうかがう。

 ジェイクがスラウブの炎の大剣による攻撃をはじき、体術を叩きこもうとしたタイミングで、クララは指先を伸ばして雷の手刀を作り、ジェイクの首を狙う。

 しかしジェイクは瞬時にスラウブに膝蹴りを入れ、斧を反対方向に振ってクララの手刀をはじく。


 ――クソ……! こいつ、隙がない……。

 ――ダメだわ……! 彼、隙がない……。


 刻々と時間だけが過ぎていき、スラウブとクララに焦りが見え始めたその時であった。

 ジェイクがスラウブに急接近し、腹部に拳を浴びせる。


「うっ……!」


 今までに感じたことのない痛みに、スラウブはその場でうずくまった。


「兄さん!」


 するとジェイクは、反対方向のクララに急接近する。クララがあわててジェイクに手刀を繰り出す。だが手刀はまたしても簡単に斧ではじかれ、クララはジェイクに腹部を殴られた。


「うっ……!」


 体勢を崩したクララをジェイクは、スラウブの方にぶつけるように、投げ飛ばす。

 スラウブは痛みをこらえながら、自分の方に飛んできたクララの体を受け止めた。 


「いい加減あきらめろ!」


 うずくまるスラウブとクララに、ジェイクが声を上げた。


「自覚を持て! お前たちはペルーア王国をより繫栄させ、未来を共に築き上げていく者たち! このペルーア王国にふさわしくない、軟弱で卑劣なイアンのためなどに、己を犠牲にすることなど許されない! ただちにこの無意味な〝救済〟を辞退しろ! 二人ともだ! 俺はまだ本気を出していないぞ! 今二人の腹部を殴ったのだって、手加減したんだ!」


 ジェイクの目的は、制限時間までに二人を〝救済〟から辞退させることのようである。

 腹部に入った一打で、スラウブとクララはもはやまともに戦うことはできない。まだ本気を出していないという圧倒的な力を持つジェイクに対して、勝算も全くなかった。


「クララ……お前の言う通りだ……俺は……イアンのことも……母親のことも放っておけない……寝たきりだった……お前のことみたいに……」

「ええ……わかってる……」


 経験したことのないほどの痛みをこらえながら、クララはスラウブの手を握る。


「もう……〝あの力〟を使うしかない……」

「そうね……」


 スラウブもクララも、この状況を打破する手段は一つしかないとわかっていた。


「残り約五分!」


 何者かの声が闘技場に響き渡る。

 大観衆の声は、スラウブとクララに辞退を望む声と、ジェイクにとどめを刺すことを望む声で包まれていった。

 クララが《想応石》のネックレスに手を当てる――。


「お願い――母さん、父さん。力を貸して――!」


 そして、クララがありったけの【想い】を込め、スラウブの手に流し込む。

 スラウブの体が、クララが握る手から徐々に紅蓮の炎に包まれていく――。


「おい、あれ……」

「なんだ……?」

「一体、何が起こってるの……!?」


 大観衆が狐につままれていると、闘技場をすさまじい衝撃波が襲った。


「うおっ……!」


 ジェイクが目の前に両手を広げる。

 やがて衝撃波がおさまり、ジェイクが目の前の両手をどけるとそこには――。


「お……お前は……!」


 まるで血管のように体中に炎を張り巡らせ、筋骨隆々とした分厚い肉体に、燃え盛る立派なたてがみを生やした獅子の獣人が、ジェイクの前に立っていた。

 闘技場にいたスラウブとクララを除く全ての者が戦慄する。


「そ……そんなバカな……!」


 現在のペルーア王国の王であるブルートも、その一人であった。

 突如現れた獅子の獣人――炎の獅子王ファルートが、ジェイクのことをじっと見つめる。


「炎の獅子王ファルートよ、我が愛する者にその魂を与え、あの者を打ち倒す力を与えたまえ!」


 激痛でうずくまっていたクララが内から湧き上がるような声を上げ、炎の獅子王ファルートと化したスラウブに手を広げながら、ゆっくりと立ち上がった。

 紺碧の炎が、スラウブの大剣にまとわれる。


「行くわよ――兄さん!」


 炎の獅子王ファルートと化したスラウブが、目にもとまらぬ速さでジェイクに接近し、紺碧の炎の大剣を振り下ろす。


「ぐおっ……!」


 ジェイクがかろうじて紺碧の炎の大剣が自身の身に当たる寸前で斧で受け止める。だが、先ほどまでのスラウブとは桁違いの力に、思わず斧を両手で握った。そこでスラウブがすかさずジェイクの腹部に蹴りを入れる。


「ぐっ……!」


 初めてスラウブから受けたダメージに、ジェイクが吹っ飛んだ。


 ――炎の獅子王ファルート……? なぜだ……こいつは一体……?


 即座に受け身を取って体勢を立て直したジェイクに、再びスラウブが手にする紺碧の炎の大剣が襲い掛かる。

 右手の大きな斧に最大限の力を込め、ジェイクはスラウブの斬撃を受け止めていく。


 ――こいつは……本気を出さないとヤバい……!


 とてつもない力で大剣をはじいて体勢を崩し、岩石のように重い体術を叩きこむ先ほどまでのジェイクの戦術が――通用しなかった。むしろジェイクの方が、斧で紺碧の炎の大剣を受け止めるのに精一杯であった。

 それどころか、スラウブはジェイクの戦術を真似するように、炎の獅子王ファルートと化してジェイクよりもわずかに増したリーチを活かし、体術を混ぜてきた。

 拳は腕で、蹴りは脚で受け止め、ジェイクはスラウブの攻撃を防ぐ。


 ――クソ……隙がない……!


 完全に逆転した形勢に、今度はジェイクが焦り始める。


「残り約一分!」


 闘技場内に何者かの声が響いた。


 ――このまま制限時間まで耐えれば……!


 今のスラウブを倒すことは難しいと判断したジェイクは、残り約一分の制限時間まで持ちこたえ、制限時間切れによるこの戦いの勝利を目指すことに切り替える。


「【想い】よ――弱き者に救いの手を差し伸べ、永劫なる未来を与えたまえ」


 フィールド上から湧き上がってくるような、クララのうなる声――それは炎の獅子王ファルートと化したスラウブを包む紅蓮の炎の勢いを増し、大剣を包む紺碧の炎の勢いを増した。


 ――【想い】……?


 スラウブとジェイクのハイスピードな大剣と斧の応酬が始まる。クララがパワーアップさせたスラウブの大剣の重みが増し、本気のジェイクが両手持ちの斧でも徐々に体勢を崩されていった。


 ――何なんだ……この力は……!?


 愕然とするジェイクの斧を、スラウブが振り上げた大剣がはじき飛ばす。大きく体勢を崩したジェイクが、完全に無防備になった。


 そして紺碧の炎の大剣が、ジェイクの身を貫く――。


 あまりの出来事に、闘技場内が静まり返った。

 スラウブが紺碧の炎の大剣を引き抜くと、ジェイクはフィールド上の真ん中で仰向けに倒れ込んだ。


「見事だ……」


 口から血を吐き出しながら、ジェイクは首だけを起こし、圧倒的な存在感で立ち尽くす炎の獅子王ファルートと化したスラウブに称賛の言葉を贈る。

 やがて元の姿に戻ったスラウブは、まるで抜け殻にでもなったかのように呆然としていた。


「そ、そこまで!」


 何者かの声が闘技場内に響き渡ったところでスラウブは我に返り、ジェイクのもとに駆け寄った。


「お、おい、大丈夫か?」


 スラウブが、自身が愛用する大剣によって体に穴が開いたジェイクを抱きかかえる。


「まったく……何が『大丈夫か?』……だよ」


 ジェイクが笑いながら、弱々しくスラウブの胸に拳を当てながら言う。


「ごめんなさい……」


 クララもすぐさま駆け寄ってきた。


「何言ってんだ……お前らが……戦いに勝っただけの話だよ……〝救済〟は……成功だ」


 途切れ途切れの言葉を吐き出すジェイクを抱えながら、スラウブがクララに声を上げる。


「魔法で助けられるか!?」

「やってみる!」


 クララがジェイクの体に開いた穴に手を当て、すーっと大きく息を吸う。体に開いた穴が紺碧に光ると、クララはふーっと大きく息を吐く。

 だが、ジェイクの様子は変わらなかった。


「なんで……!?」


 クララがうろたえる。瀕死の状態のジェイクを救うだけの魔力が残っていないのか、クララの回復魔法はどこか弱々しかった。


「そういえば、私の居住試験の時、試験官が魔法使いだった。彼女を急いで呼んできて……」

「よせ……もういい」


 立ち上がろうとしたクララの腕を、ジェイクが掴んだ。


「ルールはルールだ……〝救済〟は命を懸けた戦い……〝救済〟したからには……あいつの面倒をちゃんと見てやれよ……いいな……そうじゃないと……俺の死が無駄になる……からな……」

「ジェイク……」


 ペルーア王国の<ガーディアン>の長にして最強戦士であるジェイクを犠牲にしてまで救ったイアンの命――その責任が、スラウブに重くのしかかる。ジェイクに対する多数の声援を考えると、ペルーア王国の民たちによる、自分たちやイアンに向けられる目が厳しくなっていくであろう。 


「てか……お前ら……一体……何者なんだ……?」


 ジェイクが最後の力を振り絞るように声を出す。

 するとスラウブはそっとジェイクの体を地面に置いて立ち上がり、大剣を高々と突き上げ、闘技場にいる者全てに聞かせるように声を上げた。


「我が名はスラウブ、この者はクララ。元ペルーア王国の王にして、ペルーア王国の守護神である炎の獅子王ファルートの力をその身に宿していた騎士団長ロドリック、そして元チェルビュイの女王ハイネの血を継ぐ者なり!」


 静寂に包まれていた闘技場が、一瞬にして騒然となった。


「兄さん……?」

「今こそ、俺たちの真実を口にするべき時だ。そうだろう?」


 言ってスラウブはクララを共に立ち上がらせる。


「ロドリックとハイネの子供……? そうか……なるほど……そういう……ことか……」


 天を見上げ、自身が敗れた理由を悟ったジェイクは、うっすらと笑みを浮かべた。


「そんなバカな……!」


 ブルートは自身の特等席を後方に激しくひっくり返し、絶句する。そしてどこからかやってきた、想像すらもしなかった正体を持つ二人にくぎ付けになった。

 気が付くと、闘技場は元ペルーア王国の王の血を継ぐという二人に対して熱狂の渦に包まれていた。


「ジェイク……」


 やがてブルートの視線は、フィールド上の真ん中で仰向けに倒れ込むジェイクに移された。


「さらばだ……ブルートよ……」


 ジェイクは首を、別れを告げた者の方に傾け、小さくつぶやく。

 それからしばらくして、炎の獅子王ファルートの力以外では到底敵わないほどの力を持ったペルーア王国の最強戦士であるジェイクが、微動だにしなくなった――。

 スラウブとクララがなんとも言えない、複雑な表情を浮かべながらその様子を見守り続けた。


「きゅ、〝救済〟は成立とし、この者を釈放する!」


 何者かの声が響くと、巨大な門から<ルーク>たちによって連れられたイアンが再び現れた。<ルーク>の一人が、イアンを縛っていた縄をほどいていく。


「行け、お前は釈放された」


 イアンを縛る縄が完全にほどけ、<ルーク>の一人に促されると、イアンはおどおどした様子で、ゆっくり一歩ずつ、フィールド上の真ん中に立つスラウブとクララのもとに向かうのであった。

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