第二十一話 若き未来のために ~前編~
闘技場には、二か月ぶりに高い賞金を懸けた戦いである『コベラム』が開催されるとあって、多くの熱気を帯びたペルーア王国の民たちが押しかけていた。
「前回の戦いぶりは見事だったな」
控室で待機するスラウブのそばには、またしても筋骨隆々の狼男ジェイクがいる。
「すっかりお前のファンになっちまったよ」
そんなジェイクをよそに、ベンチに腰掛けるスラウブはなんだか思いつめた表情をしていた。
「どうしたんだ? そんな顔して」
自分の顔をのぞきこむようにしてきたジェイクに、スラウブが訊ねる。
「なぁ、ブルートが行う罪人の処刑の時、〝救済〟ってやつを申し立てて、戦いに勝てば――罪人を救えるんだよな?」
スラウブから突然〝救済〟の話をされたジェイクの表情が一変する。
「あ? ああ……まぁ……」
「間違いないんだよな?」
「ああ……」
「絶対だな?」
「……そうだ」
「……何か問題でも?」
「いや……別に……」
いつもとは違う表情のスラウブに戸惑ったジェイクと同じように、急に表情が一変したジェイクにスラウブも戸惑う。
今日のスラウブには、己の肉体のみで戦う形式がとられている。スラウブの出番は、まだ先のようだ。
「なぁ、昨日<アンジェラ>をしているクララから聞いたんだが、今日の『コベラム』中に一人処刑されるらしいな」
「ああ、そうだ」
「頼みがあるんだが、その時になったら教えてくれないか?」
「なんでだ?」
「それは……」
「〝救済〟する気なのか……?」
「……ああ」
スラウブの言葉を聞き、どこかジェイクは残念そうな顔をしている。
「〝救済〟に失敗すれば、お前も命を落とすことになるぞ。〝救済〟は『コベラム』とは違って、殺るか、殺られるかの戦いになる」
「大丈夫だ。必ず戦いに勝ってみせる」
ジェイクたちに連行された時のイアンの顔と同時に、病で寝込んでいた時のクララの悲愴な顔が、スラウブの頭には浮かび上がっていた。
「ところで、〝救済〟の時の相手は誰なんだ? ブルートか?」
「いや、違う」
「じゃあ、誰なんだ?」
「……お前でも手に負えない相手だ。それでもやるのか?」
「ああ。〝救済〟はどんな風にして戦うんだ?」
「特に規定はない。好きに戦えばいいし、好きな武器を使える」
せっかくファンになったというスラウブが命を落とす危険があることを、ジェイクは心配しているのであろうか。徐々に表情が暗くなっていく。
「どうして奴のためにそこまで?」
ジェイクも誰が処刑されるのかは、把握済みのようだ。
「母親のためにも、放っておけない」
「お前には関係ないだろ」
「ダメだ。病弱だったクララの面倒を見てきた俺の心が――イアンを救えと言っているんだ」
「…………そうか、わかった」
スラウブの決意に、ジェイクは応えるつもりになったようだ。
「安心しろ。必ず勝ってみせるから」
「わかった……」
スラウブが再び〝救済〟での勝利宣言をしたところで、ジェイクはその場を離れるのであった。
◆
『コベラム』の己の肉体のみで戦う形式でスラウブは、これまで培ってきた戦いの経験やパワーを武器に順当に勝ち上がっていく中、〝救済〟に向けて入念な準備を進めていた。グスタスの鍛冶場から持ってきた愛用の大剣の素振りをして感覚を確かめる。
あの陽気なグスタスも、スラウブが〝救済〟のために愛用の大剣が必要なんだと言うと、ジェイクのようになんだか表情を暗くしていた。しかも、必死に〝救済〟をやめるよう説得までしてきたのであった。それでも、スラウブの意志は変わらなかった。
ブルートによる容赦ない処刑で、変わり果てた我が子であるイアンの姿を車椅子生活の母親に見せるようなことだけはしたくない。だが〝救済〟による戦いに敗れれば、スラウブ自身が命を落とすこととなってしまう。そうなればクララが……。
――やられるわけにはいかない。
スラウブが愛用の大剣の持ち手を強く握りしめたその時、
「スラウブ、もうすぐ処刑が始まるぞ」
約束通り、ジェイクがスラウブのもとにやってきた。
「……わかった」
「ついてこい」
覚悟を決め、スラウブがジェイクのあとについていく。
闘技場のフィールド前の通路には、次の出番を待つ戦士が待機していた。そのそばで、スラウブも〝救済〟のために待機する。
「もう一度聞くが、本当に〝救済〟をするつもりなんだな?」
「……ああ」
「敗れれば、お前も命を落とすこととなる。それでもいいんだな?」
「……ああ」
「お前を失った妹の姿を想像してみろ。それでもやるんだな?」
「……ああ」
「今ならまだ引き返せるぞ。本当にやるんだな?」
「……ああ」
「……そうか。わかった」
ジェイクがもう一度、スラウブの意志を確かめた。スラウブも、自分の意志を確かめる。
ジェイクいわく「お前でも手に負えない相手」という〝救済〟の対戦相手――何者かはわからないが、ジェイクの言うことが事実でもウソでも、スラウブは決心を変えなかった。だがそれと同時に、クララの顔が頭に浮かび、スラウブは直前になって心の中をかき乱されていた。そんな中――。
「今日も素晴らしい、ペルーア王国の伝統である『コベラム』にふさわしい青空である。我がペルーア王国の誇りである<ルーク>たちと、<ルーク>への入隊を目指す者たちの熱い闘いには、我も酔いしれるばかりだ。皆の者も、楽しんでいるであろうか?」
フィールド上で、あの時と同じようにブルートによる演説が始まり、大歓声が沸き起こる。
「盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ないのだが今日一人、皆の前で処刑をしなければならない、ペルーア王国にふさわしくない者がいる。その者は己の弱さから欲に敗れ、他者が血のにじむような苦労をした末に得た財産を盗んだ」
大観衆からのブーイングが沸き起こる。
「ここに連れてこい!」
『コベラム』に参加する戦士たちが入場する通路とは別方向にある巨大な門から、ぼろ布を身にまとい、縄で縛られた、やや細身でやつれた顔をした若い男が、<ルーク>たちによってブルートが待つフィールドの真ん中に連れられていく。
やはりその若い男は、イアンであった――。
「痩せた盗人のニンジン野郎!」
「卑劣な根性なしのカマ野郎!」
「よかったわね、これで連敗記録も止まるわ!」
四方八方からの容赦ない罵声を浴びながら、イアンが徐々にブルートのもとに近づいていく。
――イアン……。
スラウブがじっとイアンを見つめ続ける中、イアンはフィールド上の真ん中でひざまずいた。
「お前には心底失望したよ。せっかくお前の望み通り、我がペルーア王国の誇り高き<ルーク>に入れてやったというのに」
ブルートが黄金のハンマーを担いだ状態でイアンを見下ろす。なんの言い訳もできず、ただ申し訳ないといった感じでイアンはうつむいている。
「<ルーク>は、ペルーア王国に栄華をもたらす、我らの誇りである。ゆえに、このような卑劣な軟弱者は――<ルーク>にも、我がペルーア王国にも不要な存在であり、決して許すことはできない!」
大観衆が「その通りだ」といった感じの声を上げる。
イアンにはもう、あきらめの顔が浮かんでいた。
「だが、規則は規則だ」
ついに、時が来た。
「この者に――〝救済〟を申し立てる者はいるか?」
ブルートが手にしている黄金のハンマーを高々と掲げ、闘技場にいる者全てに訊ねるようにぐるぐると回す。
ジェイクが、後ろのスラウブを振り返った。
スラウブがうつむき、目をつむりながら深呼吸をした後、顔を上げ、かっと目を見開く。
そして――フィールド上のブルートに向かって一歩一歩進みながら、
「ここにいる!」
ブルートに引けを取らない声量で、スラウブが名乗り上げた。
大観衆が騒然とする。いつも余裕たっぷりの表情をしているブルートも、突然でまさかのスラウブの登場に、愕然とした様子になった。当のイアン本人も、驚きを隠せない。
「その者の〝救済〟を申し立てる!」
黄金のハンマーを高々と掲げているブルートのように、スラウブが愛用の大剣を高々と掲げながら、ブルートのもとに近づいていった。
「スラウブ……」
ブルートが一歩二歩と下がる。まるで、徐々に近づいてくるスラウブに威圧されているかのように。
「……本気なのか?」
「ああ、本気だ」
ブルートが〝救済〟の戦いにおける相手だとにらむスラウブは、鋭いまなざしを向ける。
「……ふうむ。お主には多大なる期待を寄せていたんだがな。ペルーア王国を共に背負っていく者として」
「俺はペルーア王国のために戦うさ。車椅子生活の母親のために命を懸けてきた、イアンを救うために! で――戦いの相手は、あんたなのか?」
スラウブがいつでもかかってこいと言わんばかりに大剣を構える。
「いいや……違う」
言ってブルートが巨大な門に向かって歩み出した。すると、イアンと連れの<ルーク>たちも共にブルートについていく。
スラウブが拍子抜けする。
「ではこれより、〝救済〟をかけた戦いを始める!」
ブルートは再び黄金のハンマーを高らかに掲げ、高々と声を上げると、イアンと連れの<ルーク>と共に巨大な門の中へと消えていった。
――相手は一体、誰なんだ……?
と――スラウブは自分がフィールド上に向かってきた方向から、誰かが向かってくるのを感じた。
振り返るスラウブの目に入ってきたのは――。
「ジェイク……?」
スラウブよりやや背丈が高く、スラウブより筋肉量が豊富で分厚い体をした筋骨隆々の狼男、ジェイクがスラウブのそばを通り抜け、スラウブの正面に向き合うように立つ。ジェイクの右手には、獅子の横顔のような装飾が施された金銀の斧が握られていた。
「〝救済〟の相手って……」
全く予想していなかった意外な対戦相手の登場に、スラウブが愕然とする。
「そうだ。我がペルーア王国の〝救済〟制度の対戦相手を務めているのは――この俺だ」
ジェイクが鋭いまなざしをスラウブに向けた。その目は、「だから言ったのに」と言っているかのようであった。
「ジェイク―! 待ってたぞー!」
「ジェイクー、久々にお前の戦いっぷりを見せてくれ!」
「いつも通り、しばいてやれジェイクー!」
どうやらペルーア王国の民たちには、多数のジェイクのファンがいるらしい。
その一方で、
「スラウブー、いますぐ〝救済〟を辞退しろー!」
「あんた間違いなく殺されるわよー!」
「そいつだけは無理だ! やめておけ!」
ペルーア王国にやってきてからこの短い期間で、スラウブも多くの民たちの心を掴んでいた。スラウブのファンたちは、〝救済〟の辞退を望んでいる。
――こいつ、そんなにヤバいのか……?
スラウブはこれまで、ジェイクが戦う姿を見たことがない。
「構えろ」
ジェイクに言われ、スラウブは渋々大剣を構えた。
――仕方ない。別に……こいつに何か思い入れがあるわけでもないし……。
ジェイクはただ<ガーディアン>としてスラウブに付きまとっていただけの存在だ。特に思い入れがあるわけではない。今自分がやるべきことは――イアンを救うことである。
スラウブは決心し、大剣を握る手に力を込めた。
「制限時間は三十分! 勝敗は生か死かのみ! 戦いの形式は一切問わない! 三十分以内にジェイクを仕留められなければ、お前とイアン、両方を処刑とする! 途中、辞退することは可能である!」
闘技場に何者かの声が響き渡る。〝救済〟のルール説明のようだ。三十分以内にジェイクを倒さなければ、スラウブも無慈悲に処刑される――。
対戦相手を打ち負かせさえすればよいペルーア王国の居住試験や『コベラム』とは違い、〝救済〟は完全なる殺し合いらしい。
一応、途中でも辞退することはできるようであるが、それはすなわち――イアンを見捨てることとなる。
「それでは、始め!」
何者かの声により、イアンの〝救済〟をかけた戦いが始まった。
スラウブは大剣を構えたまま、ジェイクの出方をうかがう。
ジェイクもまた斧を構えたまま、スラウブの様子をうかがっていた。
――そういえば、制限時間があるんだったな……。
友人になれそうな雰囲気のある奴ではあったが、そうなれるとは限らない。クララと今後暮らしていくうえでも、イアンが惨たらしく処刑されずに母親と安全に暮らしていけるようにしていくうえでも、ジェイクの存在というものは今のスラウブにとっては重要ではない。
心を鬼にすることを決意したスラウブは、ジェイクに攻撃を仕掛けることにした。
――クソ、なんで相手がブルートじゃないんだよ。
愚痴をこぼすように、スラウブはジェイクに突っ込んだ。
――早く終わらせてやろう。
一瞬そんなことを思いながら、スラウブは素早く大剣を振り下ろした。
だが次の瞬間、スラウブの体は振り下ろした大剣ごと右に大きくそれる。
――うおっ……!
そして左の頬に強い衝撃が走り、スラウブの巨体が吹っ飛んだ。
ジェイクは、すさまじい速さと力で大剣をはじき、斧を持つ手とは反対側の拳でスラウブを吹っ飛ばしたらしい。
――こいつ……!
ジェイクの〝ヤバさ〟を知るのには、今の動きだけで十分であった。チェルビュイでナバロと戦った時にもないような、圧倒的な危機感がスラウブを襲う。
スラウブはゆっくり立ち上がった。ジェイクは同じ構えのまま、微動だにしない。
牽制するような動きでスラウブはジェイクに近づき、今度は一気に突き攻撃を仕掛ける。
だがまたしても大剣は木の棒のように軽々と後方にはじかれ、押し返されるように胸を殴られた。
「ぐっ!」
後ろによろめきながら回転して受け身を取り、急いで体勢を立て直したスラウブに、今度はジェイクが攻撃を仕掛けてきた。大剣で受け止めようとしたスラウブごと軽々とはたくように斧を振り下ろし、大きく体勢を崩したスラウブの腹に蹴りを入れて再び吹っ飛ばす。
どうやらジェイクの戦い方は、重厚な斧を軽々と自分の腕の一部のように振るって相手の隙を作り、強靭な肉体から繰り出される岩石のように重い体術を間髪入れずに叩きこむというスタイルらしい。
――こいつ……マジでヤバい……。
スラウブは完全に迷いを捨て、ジェイクに対して果敢に攻めた。だが、全く歯が立たなかった。
大剣はことごとく簡単に斧で体ごとはじかれ、そこに刹那の強烈な体術を浴びせられる。
もともと獣人というものは身体能力が人間よりも基本的に優れているのは事実であるが、ジェイクは今まで出会ったどの獣人よりも、さらに言えばどの魔物よりも、パワーもスピードも圧倒的であった。
――イチかバチかだ……!
スラウブは大剣を、なるべく短い距離で、なるべく短い動作で、槍のようにジェイクめがけて投げつける。しかしそれすらもジェイクに簡単に見切られ、スラウブの大剣は遠くまで斧ではじき飛ばされてしまった。
スラウブはあきらめる様子なく、両手に拳を作って構える。
「やめておけ。お前の――〝救済〟辞退を希望する」
ジェイクがそんなスラウブの目を真っすぐに見据えて口を開いた。
「お前は俺ほどではないが、まだまだ強くなれるし、ペルーア王国を背負っていく存在になれる。軟弱で足手まといなだけのイアンなんかのために、貴重な人材を無駄にしたくはない」
確かにジェイクとの力の差は歴然で、このままではスラウブは殺されるか、イアンと共に処刑されて、犬死する未来しか見えなかった。
「……そういうわけにはいかないんだよ。あいつの母親のためにもな」
「あの女も、車椅子がなければまともに動けないただの足手まといだ。だいたい、奴らのことなどお前には関係ないだろう?」
「……違う」
「何が違う? なぜそこまでして奴らを救おうとする? お前のものを盗んだ、ただの盗人に過ぎないだろう?」
スラウブの頭の中に、これまでのことが次々と浮かび上がった。
「俺も本当は――イアンと同じなんだ」
突然スラウブの口から出てきた意外な言葉に、ジェイクが顔をしかめる。スラウブの表情は本気で、もはやジェイクの説得を聞く気はなさそうであった。
「……その言葉の意味はわからないが、残念だよ。本当に」
大剣を失ったスラウブに、ジェイクが斧を構える。
「行けー! ジェイクー!」
「やっぱジェイクは最高だぜ!」
「スラウブ、もう辞退しろー!」
「お願いスラウブ、辞退してー!」
様々な声が飛び交う中、ジェイクがスラウブに引導を渡そうとした、その時であった。
「両者、一旦手を止めよ!」
フィールド上に響き渡った声の主は、ブルートだ。
「〝救済〟に参加したいという者が、もう一人現れた」
闘技場の大観衆が騒然とする。
――〝救済〟に参加したい者がもう一人……?
すると、巨大な門から〝救済〟に参加したいというもう一人が現れた。
その人物を見てスラウブが愕然とする。
そのもう一人とは、クララであった――。
「クララ……?」
クララがゆっくりと、あざだらけのスラウブのもとに近づいていく。
そして、呆気に取られているジェイクに向かって声を上げた。
「私も彼と共に、イアンの〝救済〟を申し立てるわ!」
【続く……】




