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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第二十話 処刑される者

 間違いない。謎の侵入者の正体はイアンであった。

 スラウブは驚きを隠せなかった。『コベラム』であれだけボロボロにされて担架で運ばれていたイアンが、その日の夜に強盗に来るなんて思いもしなかったからである。


「頼むよ……見逃して……」


 スラウブに押さえつけられているイアンが、命乞いでもするかのような口調で言う。


「みんな大丈夫だ、すまない。こちらで対処するから」


 スラウブは騒然とする周りの民たちに右手を広げ、左手でイアンを掴んで起こす。


「とりあえず、俺の家で話を聞くから一緒に来るんだ」


 イアンの耳元でそうささやき、スラウブはイアンを家まで連れていくことにした。


        ◆


「兄さん、どこに行ってたのよ!?」


 スラウブが家に戻ると、目が覚めてしまったらしいクララが心配した様子で出迎えた。


「入れ」


 そんなクララをよそに、スラウブがイアンを家に招き入れる。イアンは気まずそうに、重い足取りでゆっくりとスラウブとクララの新しい家に踏み入った。


「その人は?」


 クララは黒いマントで身を包んだ顔がぱんぱんに腫れた人物に顔をしかめる。


「そこに座れ」


 クララの問いに答えず、スラウブはダイニングの椅子に腰掛けるように促した。イアンはうつむいたまま、スラウブの指示に従う。

 スラウブがどっしりと、イアンの前に腰掛けた。


「お前、ケガは大丈夫なのか?」 


 スラウブは【指輪】のことよりも先に、イアンの『コベラム』でのケガのことを訊く。

 イアンは何も言わず、こくりとうなずいた。


「本当に?」


 イアンの『コベラム』での惨劇を目の当たりにしていたスラウブは、もう一度訊ねた。

 またしてもイアンは何も言わずに、こくりとうなずくだけであった。


「ねぇ兄さん、この人は誰なの?」


 イアンのひどく腫れた顔を心配そうに見つめながら、クララがスラウブに再び訊ねる。


「クララ、こいつのケガを治してやれ」

「え? ええ……わかったわ」


 クララはそれ以上訊かずに、イアンのひどく腫れた顔に右手を広げた。


「じっとしてて」


 すーっとクララが大きく息を吸うと、イアンの顔が紺碧に光る。続けてクララがふーっと大きく息を吐くと、イアンの顔の腫れがみるみるうちに治っていき、元の小綺麗な顔が現れた。

 イアンが自分の顔を触りながら、驚きの顔を見せる。


「す……すごい……これが魔法……」

「大丈夫? 良くなった?」

「う、うん。ありがとう」


 イアンが晴れやかな表情でクララに礼を述べたところで、


「それで? どうしてウチに盗みに入ったんだ?」


 スラウブがイアンに問い詰め始めた。その言葉を聞き、クララが唖然とした様子でイアンを見る。

 すると、一転して厳しい表情になった二人を前に、イアンが肩をすくめながらゆっくりと口を開いた。


「もう……あんな目に遭いながら、金を稼がなきゃいけないのがいやだったんだ……任務で罪のない人たちを傷つけることも……露天市場で偶然あんたたちが【指輪】の話をしているところにいて……ごめんなさい……」


 イアンが涙ながらに謝罪する。クララには話が見えていない様子であったが、イアンから取り上げた【指輪】を改めてまじまじと眺めるスラウブには、動機などを含めて話が理解できた。


「他の奴からちらっとは聞いたが、車椅子生活の母親のために<ルーク>になったんだって?」


 こくりとうなずくイアンに、スラウブは『コベラム』の時に抱いた疑問と同じものを投げかけた。


「母親のために金を稼ぎたいんだったら、もっと安全な仕事すればいいじゃねぇか。なんでいつ死んでもおかしくないような<ルーク>になんてわざわざなったんだよ。そんな体つきなのに」

「こんな体つきだからなったんだよ」

「……どういう意味だ?」


 スラウブが目を丸くする。


「いつも母さんに言われるんだ。『強い体にしてあげられなくてごめんね』って……父さんも母さんもペルーア王国の人にしては体が細くて、お腹も弱くて筋肉もつきにくい体質だった。それで……僕もこんな体つきなんだ」


 ペルーア王国の王にして騎士団長ロドリックの血を継いだ屈強な体の自分とは対照的なイアン――。


「母さんは僕が物心つく前から両脚が不自由で車椅子生活で、父さんは……大工の仕事中の事故で亡くなった。母さんは、周りから虐げられていた弱い僕を心配して、いつも僕の体のことを言っていたんだ。だから、少しでも強く見せて安心させてあげようと思って……『コベラム』では参加費を持って帰って、いつも三回戦までは行けたよとかって言ってたんだ……」


 徐々にイアンが<ルーク>になった理由が見えてくる。


「<ルーク>に入ろうと頑張っていたんだけどいつもダメで、ある日偶然、ブルート様が虐げられていた僕を救ってくださって……そこで、ダメもとでお願いしたんだ。『弱い自分を変えたいから、強くなりたいから、<ルーク>に入れてほしい』って。そうしたら、ブルート様がこころよく特別に許可してくれたんだ」

「ブルートが……?」


 いじめを受けていたイアンを救い、<ルーク>に入れることを許可した――スラウブはますますブルートという人物がわからなくなる。


「要するに、<ルーク>を抜けたくて、【指輪】を盗みに来たのね」


 クララがきつすぎない程度の口調で問い詰めると、イアンは再び涙を流した。


「私、今ブルートのもとで仕事をしているの。よかったらあなたが危険な目に遭わずにお母さんの世話ができるように、相談してあげようか?」

「できるの?」

「ええ。話してあげる」


 スラウブは「まともに話が通じる奴なのか?」という顔をした後でイアンにくぎを刺した。


「とりあえず、この【指輪】には二度とかかわるな。この【指輪】は、呪われてるんだ」

「呪われてる?」


 と、その時――。

 家の扉をこんこんと叩く音がした。


「隠れろ!」


 スラウブはとっさに、イアンに二階へ隠れるように指示する。クララもなんだか不穏な空気を察したのか、思わず身構えた。

 スラウブが慎重に扉を開けるとそこに現れたのは、ジェイクとその部下のミシェルと筋肉質な弓を構えた男女であった。


「スラウブ、お前の家で強盗事件が発生したと通報を受けた」


 扉の前の四人から、ぴりぴりとした空気が漂う。


「大丈夫だ。犯人は捕まえてここで厳しく説教してもう帰した。解決済みだ。騒がしてすまない」


 まるで自分が罪を犯して問い詰められているかのような口調でスラウブが答える。


「犯人は目撃証言から、イアンだと特定されている」

「あ、ああ……そうだ。本人はすごく反省してた。お前も知ってるんだろ? 彼には複雑な事情があったんだ。許してやれ。明日クララがなんとか彼の問題を解決できるように、ブルートに相談するってさ」


 クララがスラウブの方に目をやってからジェイクたちの方を向き、「任せて」とばかりに首を縦に振る。


「いずれにせよ、罪人は連行しなければならない。ペルーア王国の規則で、罪を犯した者はブルート様による裁断が下される。許しを得られるかどうかは、ブルート様次第だ」


 スラウブはブルートによる『コベラム』での無慈悲な処刑を思い出す。


「奴を出すんだ。罪人をかくまえば、お前たちも罪を問われるぞ。俺の嗅覚はごまかせないからな」


 しまった、ジェイクは獣人だったとスラウブは思わず後ずさりした。ジェイクたちはスラウブに突き刺すような視線を容赦なく向けている。

 すると――。


「僕はここだ」


 イアンが、二階からゆっくりと下りてくる。


「イアン……!」


 スラウブは、なんとかしてイアンを救いたかった。


「いいんだ……もう……」


 イアンの顔には、あきらめのようなものが浮かんでいた。


「もう……疲れたんだ……」

「イアン……」


 その言葉の意味をスラウブが理解する。

 ふと、クララが《想応石》に手をやったのを見てスラウブは首を横に振った。

 何も言わず、イアンはスラウブの横を通り、ジェイクたちのもとに行く。


「お前を――ブルート様のもとに連れていく」


 イアンが差し出した両手をミシェルが縄で縛った。

 ジェイクたちに連れていかれる前に、イアンがちらりとスラウブの方を見る。

 イアンの口が、かすかに動くのが見えた。


〝母さんをよろしく〟


 スラウブにはジェイクたちに連行されるイアンの口が、そう動いているように見えてならなかったのであった――。


        ◆


 それから二か月後、スラウブもクララもなんだかんだと言いながらも、ペルーア王国での生活に慣れてきていた。

 そんな中、<ルーク>での鍛錬を終えたスラウブは、自宅へ戻る前にある所に寄っていた。


「ホントに悪いわね。いつもいつも」


 イアンの家だ。スラウブはイアンが連行されてから、母親の世話をしてから自宅に戻るようになっていた。


「いえ、仕方ないですよ。息子さん、<ルーク>の中で地位が上がったんですから。しばらくの間、家に帰れないほどにね。俺は息子さんに頼まれた身なので、どうか気にしないで」


 スラウブが厨房で久しぶりに得意の生姜スープを作りながら、なんとかつじつまを合わせる。

 イアンの母親は、いかにもおひとよしといった感じで、強さとかたくましさとか戦いとかいった感じの言葉とは無縁な人物であった。


「あの子……頑張ってるのね」

「ええ。あんな頑張り屋、<ルーク>の中でもなかなか見ないですよ」

「『コベラム』でいつも痛々しそうな姿で帰ってきては『今日は二人倒してきた』とか言って、賞金の入った袋を手に帰ってくるのよ、あの子」

「は……はぁ……」


 あの時も、イアンはひどく腫れあがった顔をして帰ってきて、そのまま母親との将来のために【指輪】を盗みに自分たちの家に来たのであろうかと思うと、スラウブはなんとも言えない気分になる。


「それにしても、あなたってホントに大きな体した人なのね。すごく力持ちだし。さぞかし強いんでしょうね。あの子も……あなたみたいにしてあげられればよかったんだけど……」


 スラウブはイアンが言っていたことを思い出した。


「いえ……たまたまそうなれただけです。俺はもっとイアンみたいに、自分の地位を上げられるように努力しなきゃいけない身なんです。ほら、できましたよ」


 スラウブが赤子を抱えるようにして、生姜スープの入った皿をイアンの母親のもとに届ける。


「おいしい……具だくさんで、それにいい香り……体が喜びそうだわ」

「それはどうも」


 どうやら自身の得意料理は、万国に受け入れられる味らしい。誇らしげにスラウブは腰に手を当てた。


「もう少し頑張れば、息子が作ってくれる料理に肩を並べられるわ」


 あいつ、料理が得意なのか、とスラウブはイアンの顔を頭に浮かべつつ、今どうしているのであろうかと心配になる。


「努力します」

「いやだ。冗談よ、冗談。その逆。息子ったら、料理がホントに下手で、いつも私がアドバイスして、おいしくなるまで直させてるの」

「あ、そうなんですか」


 イアンと母親のやりとりを想像して、スラウブはなんともほほえましい気持ちになった。

 その後スラウブは食事の片づけをして、イアンの母親をベッドに寝かしつける。


「それじゃ。また来ますね、お母さん」

「ええ、素敵な食事をありがとう。おやすみなさい、スラウブ」


 そう言って、何も知らないイアンの母親はどこか幸せそうな顔を浮かべながら眠りについた。スラウブはその様子を複雑な表情を浮かべながら見届け、イアンの家を後にするのであった。


        ◆


 クララがいつものように疲れ切った顔で、夕飯の支度を終えた『コベラム』を翌日に控えるスラウブのもとに帰る。


「おかえり」


 <ルーク>の鍛錬を終え、イアンの母親の世話をし、クララにも得意の生姜スープを作ったスラウブもまた、少し疲れがにじみ出てきたようで、額の汗を拭う。


「兄さん…大事な話があるの」


 <アンジェラ>の仕事を終えて帰ってきたクララの顔はいつもひどいが、今日はなんだかより一層ひどかった。


「なんだ? どうかしたのか?」


 いつになく深刻そうな顔のクララに、スラウブは顔をしかめる。


「……ブルートになんかされたのか?」

「違う、そんなんじゃない」

「じゃあなんだ?」

「<アンジェラ>の仕事をしていた時にね……小耳に挟んだの。明日の『コベラム』の最中に、一人処刑されるって……」


 スラウブが一瞬固まった。


 ――まさか……。


 やがて、スラウブの嫌な予感は的中する。


「処刑されるのは……イアンよ」

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