表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/35

第十九話 コベラム

 アズール襲撃から三日後、闘技場では多数のペルーア王国の民たちが押しかけ、熱気に包まれていた。闘技場で定期的に行われる高い賞金を懸けた戦い『コベラム』が開催されるからである。

 スラウブも、『コベラム』に参加する戦士として闘技場にいた。


「お前のデビュー戦、じっくり楽しませてもらうぜ」


 闘技場にある控室の一室、戦士たちによる殺伐とした空気の中、準備体操をしているスラウブに、ペルーア王国にたどり着いてからずっと付きまとう筋骨隆々の狼男ジェイクがにやけながら言う。


「どうぞごゆっくり、お楽しみくださいませ」


 それに対してスラウブは投げやりな口調でジェイクに返した。

 『コベラム』はいくつか試合の形式があり、己の肉体のみで戦う形式や、木製の武器で戦う形式、多人数戦といったものがある。形式は毎回戦士によってランダムで決められる形だ。

 『コベラム』には<ルーク>たちの他に、<ルーク>への入隊を希望する参加者同士の予選を勝ち抜いてきた者たちも参加する。『コベラム』本戦で好成績を残し、認められれば、<ルーク>の仲間入りを果たすことができるのだそうだ。逆に『コベラム』で結果を残し続けられなかった<ルーク>は除外され、一般の民の身に落とされてしまう。

 今回スラウブには、木製の武器で戦う形式が選ばれた。巨体に似つかわしい大きな手に合った木の棒、スラウブのパワーも相まって、これで殴られれば相手も相当なダメージになるであろう。


「スラウブ、そろそろ出番だから行くぞ」

「へいへい」


 『コベラム』関係者からの呼び出しがかかり、スラウブは重い腰を上げる。


「思いっきり暴れてこい、期待の新人!」

「言われなくても暴れてやるさ」


 振り向きざまにジェイクに対してそう言い残し、スラウブは『コベラム』関係者の後についていった。アズール襲撃のこともあり、スラウブは容赦なく<ルーク>たちを叩きのめすつもりだ。


 ――もうここまで来たら、賞金を稼げるだけ稼いで、戦えない体になったらジェイクが言ってたみたいに贅沢し放題な暮らしをすればいいか……。


 もはや戦うことが俺の人生であるんだと覚悟を決め、スラウブは闘技場のフィールド前の通路で待機する。フィールドでは、スラウブの前の試合がこれから行われるようだ。

 やがてスラウブがいる反対側の通路の方から、一人の男が現れた。

 全身刺青だらけでブロンドの髪をオールバックにしたマッチョ男の<ルーク>――いかにも荒くれ者といった風貌の大男がフィールド上で観客たちを煽り、大歓声を受けている。木製の武器を手にしておらず、多人数戦ではないのを見ると、己の肉体のみで戦う形式の試合のようだ。


 ――相手は誰なんだ……?


 あの全身刺青の<ルーク>を相手にするのはめんどくさそうだなと思ったスラウブが、ふと後ろを振り返る。

 すると、その全身刺青の<ルーク>の対戦相手と思われる人物がスラウブの方へと歩いてきた。

 その人物に、スラウブが驚く。


 ――イアン……?


 間違いない。ペルーア王国の民にしては珍しいやや細身な青年、イアン。

 その表情は、怖気づいているようにも見えた。


 ――マジかよ……。


 フィールドへ向かうイアンの目と、心配そうに見つめるスラウブの目が合う。イアンが重い足取りで歩きながら、スラウブの方を見続けた。なんだかスラウブには、イアンが助けを求めているように見えてならなかった。体格差含め、あの全身刺青の<ルーク>にイアンが勝てる理由など見当たらない。


 ――俺には関係ない……。


 スラウブは目をそらした。

 やがて、フィールド上にいる全身刺青の<ルーク>のもとにイアンがたどり着く。


「なぁ、ホントにあの組み合わせでやるのか?」


 スラウブがイアンの背中を見ながら『コベラム』関係者に訊ねる。


「組み合わせや試合の形式は全員あくまでランダムだ」

「マジか……」

「心配するな、死ぬわけじゃない。いつものことさ」

「いつものこと?」

「あいつの目的は参加費さ。ボコボコにされて、たった一人の家族のもとに参加費を持って帰る。それだけさ」

「たった一人の家族?」


 スラウブが「たった一人の家族」という言葉に顔をしかめた。


「母親だよ。車椅子生活のな」


 一瞬、スラウブの頭に病で寝たきりだった時のクララが思い浮かんだ。

 そこでスラウブは疑問に思う。


「なんで、<ルーク>になんてなったんだあいつは?」


 『コベラム』に参加する闘技場の戦士でもあり、ペルーア王国を守る兵士でもある<ルーク>――車椅子生活の母親を看護するイアンが、命を落としかねないような危険な<ルーク>になぜわざわざなったのか、スラウブには不思議に思えてならなかった。 


「さあな。本人に聞いてくれ」


 無関心な口調で『コベラム』関係者が答えたその時、全身刺青の<ルーク>とイアンの試合が始まった。

 口角を上げながら、イアンにじりじりと詰め寄っていく全身刺青の<ルーク>。それに対してイアンは、全身刺青の<ルーク>から距離を取り続ける。


「逃げてんじゃねぇよ、痩せたニンジン野郎!」

「観客を楽しませろよ、この腰抜け!」

「それじゃつまらないわ!」


 観客たちが四方八方からイアンに罵声を浴びせる。


「おいおい、これじゃ試合にならねぇだろ」


 つまらなそうな口調で全身刺青の<ルーク>がイアンに言う。

 すると観客たちと全身刺青の<ルーク>の圧に負けたかのように、イアンが全身刺青の<ルーク>に近づき、右足の蹴りを繰り出す。

 だが、全身刺青の<ルーク>にその右足を掴まれた。


「うっ……!」


 あわててイアンは掴まれた右足を振りほどこうとするが、全身刺青の<ルーク>の力に完全に抑えられ、左脚で小刻みに飛び跳ねて動くことしかできない。


「へっへっへっへっ」


 全身刺青の<ルーク>がもう勝利を確信したかのように笑う。四肢が自由に動かせなければ、まずこの全身刺青の<ルーク>には勝てないとイアンは必死の形相で右足を振りほどこうとする。

 もてあそぶように、全身刺青の<ルーク>が掴んだ右足でイアンをぐるぐると振り回す。観客から大歓声が沸き起こった。

 そして――。


「おらぁ!」


 全身刺青の<ルーク>が掴んだ右足で、イアンを弧を描くように地面に叩きつけた。


「うっ!」


 どすっという音とともに、イアンが頭を押さえて倒れ込む。そこをすかさず全身刺青の<ルーク>が馬乗りになってイアンを完全に押さえつけ、顔面に拳を浴びせていく。

 イアンの小綺麗な顔はみるみるうちに崩壊していき、必死にもがいていたイアンが徐々に動かなくなっていった。


「おいおい……もうやめさせろよ」


 スラウブがつぶやいてから試合終了の鐘が鳴るまで、しばらく時間がかかった。

 フィールド上では、全身刺青の<ルーク>が両手を上げて大歓声を浴びる一方、イアンは微動だにしない。

 やがて、小綺麗な顔つきが完全に崩壊したイアンが担架で運ばれ、スラウブの横を通り過ぎていく。


「おい……大丈夫か?」


 あまりにもひどいその様子に、スラウブは思わずイアンに声をかける。だが、イアンに意識はなかった。


「安心しろ、いつものことだ。次、お前だぞ。ああいう風にならないようにな。逆に言えば、ああいう風にするまで、相手は手を緩めてこないからな」


 イアンの身に起きた惨劇にも、驚くほど『コベラム』関係者は平然とした様子であった。

 死なない程度の()るか()られるかの世界、それが『コベラム』らしい。

 ペルーア王国の居住試験での戦いを思い出し、スラウブの木の棒を持つ手の力が強まったその時であった。


「皆の者よ。次の試合を始める前に、ブルート様による演説がある」


 闘技場に何者かの声が響き渡ると、一斉に大観衆が静まり返る。

 『コベラム』に参加する戦士たちが入場する通路とは別方向にある巨大な門から、ぼろ布を身にまとった男と女が縄で縛られた状態で、<ルーク>たちによってフィールドの真ん中にひざまずかされた。

 それから少しして現れたのは――ブルートだ。

 どっしりとした足取りで、フィールドの真ん中にいる二人に向かっていく。その右手には、巨大で黄金の獅子の横顔や緻密な装飾が施されたハンマーが――。

 ブルートが二人の前で止まる。男と女は、おびえた様子であった。


 ――何をする気だ……?


 スラウブが目を凝らしていると、ブルートが闘技場の大観衆に向けて口を開いた。


「今日も素晴らしい、ペルーア王国の伝統である『コベラム』にふさわしい青空である。我がペルーア王国の誇りである<ルーク>たちと、<ルーク>への入隊を目指す者たちの熱い闘いには、我も酔いしれるばかりだ。皆の者も、楽しんでいるであろうか?」


 大歓声が沸き起こる。


「そんな中、実に残念なことが起きてしまった。この我の前にいる二人が――八百長をしていたことが発覚したのである」


 大観衆からのブーイングが沸き起こった。男と女が震え出す。


「ペルーア王国は、強き民たちによって成り立っている。一流の戦士たちを育て上げ、切磋琢磨し合い、そしてゆくゆくは――この世界の全てを手中に収めていくのである」


 ブルートが手にしている黄金のハンマーを高々と掲げ、大観衆に向けてそれをぐるぐると回す。 


「ゆえに、このような者たちは――我がペルーア王国には不要なのだ。だが、規則は規則だ。この者たちに〝救済〟を申し立てる者はいるか?」


 ブルートが闘技場にいる者全てに訊ねるように見回した。


「〝救済〟ってなんだ?」

「あの二人のために戦うことさ。勝てば、あの二人を免責にすることができる」

「免責にしないとあの二人はどうなるんだ?」

「見ていればわかるさ」


 スラウブが『コベラム』関係者に尋ねている間、〝救済〟を申し立てる者はいなかった。


「では、この者たちを〝追放〟する」


 すると――ブルートが手にしていた黄金のハンマーを男の頭に振り下ろした。


「何を――!?」


 スラウブの視線の先で、男が倒れ込む。

 ブルートは、倒れ込んだ男の体に容赦なく黄金のハンマーを振り下ろし続けた。闘技場に響き続ける、ブルートの黄金のハンマーによる打撃音と肉の砕ける音。


「きゃあああああ……!」


 あまりの地獄絵図に、隣にいた女が悲鳴を上げる。

 その凄惨な光景にスラウブが慄き、言葉を失った。


 ――イカれてやがる……!


 スラウブが愕然とし、開いた口が塞がらないまま、男がひざまずいていた場所が血の海と化したところで、ブルートは女の前に立った。


「ブルート様……どうか……お許しを……」


 縄で縛られ、身動きが取れない女は、震える声でブルートに命乞いする。


 ――おい、まさか……ウソだろ……。


 ブルートが、その場で固まっているスラウブの方を見た――。ブルートの吊り上がった口角から、ちらりと白い歯が見える。

 そして、ブルートは女に黄金のハンマーを振り下ろした。

 隣にいた男に起きたことの再現であった。あまりにも無情で容赦のないブルートによる黄金のハンマーの処刑――。

 スラウブは、その場で身動き一つできなかった。現在のペルーア王国の王ブルート、その暴君たる姿の前に。

 大観衆による大歓声が沸き起こる。ブルートが赤く染め上げられた黄金のハンマーを高々と上げた。


「皆の者よ。引き続き、正々堂々たる熱い『コベラム』を楽しんでくれたまえ!」 


 ブルートが赤く染め上げられた黄金のハンマーを右肩に担ぎ、フィールド上からゆっくりと退いていく。

 その際、ブルートは横目でスラウブの方に目をやると、再び口角を吊り上げ、白い歯を見せつけるのであった――。


        ◆


「はあ……今日も疲れたわ……」


 新しい我が家の水浴び場の浴槽で、見事に『コベラム』の木製の武器で戦う形式で優勝を遂げたスラウブと共につかるクララがため息をつく。


「俺も……」


 浴槽にもたれかかり、スラウブも大きくため息をついた。結局、高い賞金を懸けた戦い『コベラム』と言っても、優勝賞金は一か月分の生活費をもう一か月分もらえる程度で、参加する戦士たちはあくまで娯楽としての駒に過ぎないのかと思わせるものであった。


「クララ……」


 ペルーア王国の夜は、澄んだ空気によって見事な星空が見える。そんな星空を見ながらスラウブがつぶやいた。


「何?」

「ひょっとしたらここは……長くいられるような所じゃないかもしれない……」

「どういう意味……?」

「お前も感づいているだろ?」

「え……?」

「ブルートだよ」


 スラウブに言われてクララがうつむく。


「奴はイカれている」

「そうね……」


 スラウブは闘技場で起きたことをクララに話し、クララは今まで話さないでおいた『サントゥリオ』で起きたオークの行商人の惨劇を話した。


「奴だけじゃない。ここにいる奴らのほとんどが……まともじゃない」

「そうね……」


 つぶやきながら、クララはこれまでの過酷な道のりを思い出す。


「……もう少し、様子を見てみましょうよ。きっと、フィオナのような人だっているはず」

「……そうだな」


 スラウブもこれまでの道のりを思い出し、フィオナのことを思い出し、クララに同意することにした。現状、ペルーア王国以外に行くあてがないのも事実である。改めてスラウブとクララは、自分たちが平坦ではない道で踊らされていることを思い知らされるのであった――。


        ◆


 それから二人は、身を寄せ合いながらベッドで眠りについていた。

 ふと、スラウブは家の中で物音がしていることに気付く。それは、明らかに自分たちのものではなかった。


 ――誰かいる……?


 物音がしているのは下の階からだ。

 クララは疲れの影響からか、起きる気配が全くないほどに爆睡している。

 スラウブはクララを起こさないようにそっと自分の体から離した。そしてそっとベッドから下り、下の階に向かう階段へ近づく。

 どうやら何者かに下の階を物色されているようだ。そこでスラウブはふと思い出す。


 ――そういえば【指輪】が入った荷袋、下の階に……。


 そっと階段を下り、侵入者に近づくつもりでいたが、自身の体重のせいで階段から音が鳴ることもあり、スラウブは一気に侵入者に近づいて捕まえることにした。


「誰だ!?」


 スラウブが威圧するように言いながら一気に階段を下り、侵入者と対峙する。

 侵入者は黒いマントで身を包み、顔には右目以外の部分に包帯がぐるぐるに巻かれていた。


「何をしている!?」


 侵入者の手には、暗闇でもわかるほどまばゆい輝きを放つものが。


 【指輪】だ――。


 侵入者があわてて家を出ようとする。

 スラウブは反射的に侵入者にタックルして止めようとした。だが侵入者はやわらかい身のこなしで、床すれすれに身を落とし、見事なスライディングでスラウブをかわす。


「クソ!」


 侵入者が家を出る。


「待て!」


 にぎやかさが落ち着いた夜のペルーア王国の街で、謎の侵入者をスラウブが追う。

 スラウブにはかなりのスタミナがあり、見かけによらず足もそれなりに速く、侵入者を徐々に追い詰めていった。

 やがて息が切れてきたのか、侵入者の走る速さが明らかに落ちていった。

 飛びかかって捕まえられる距離まで追い詰めたところで、スラウブはとうとう【指輪】を盗んだ侵入者を捕まえることに成功する。

 辺りが騒然とする中、すかさずスラウブは侵入者を完全に押さえつけた。


「お前は何者だ!? 盗んだものを返せ!」


 言ってスラウブは侵入者の手から【指輪】を取り上げ、侵入者を仰向けにして顔の包帯をはがしていった。

 侵入者のその顔はひどく腫れていたが、スラウブにはそれが誰なのかがすぐにわかった――。


「イアン……!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ