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【想い】の虚像 《__漫画化しました__》  作者: 影浦ねこぼ
第二章

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第十八話 栄華のために

「ファルートの力を……? ウソだろ……?」


 浴槽にもたれかかっていたスラウブが体を起こして声を上げる。


「ウソじゃないわ。ブルートの体から、チェルビュイで兄さんをファルートにした時と同じものが感じられたの」

「そんなバカな……」

「それだけじゃない。その変な女からも、何か強大な力が感じられた」

「何か強大な力……?」


 だが考えてみれば、これだけたくましい体つきをした民たちがあふれるペルーア王国を統べる者が、あのような鈍重そうな見た目をした者が務められるのは、何か特別な理由があってのことであろう。


「下手な真似はしないでおいた方がいいぞ。もし何か変なことされたら、すぐに逃げるんだ。いいな」


 謎多き現在のペルーア王国の王ブルート――スラウブはブルートのもとで仕えることとなってしまった妹クララに、最大限の警戒をするように言う。


「大丈夫。自分の身は自分で守るから。兄さんの方こそ、気を付けてよ」


 少し前まで、寝たきりで必死に看病しなければならなかった妹クララ。いつの間にか、たくましさすら感じられる言葉が増えるようになってきた。

 そんなクララにスラウブは安心すると同時に、どこか不安な気持ちにもなるのであった。


        ◆


 数日後、<ルーク>たちは全員、闘技場のフィールドに集められていた。その中には当然ながら、スラウブもいる。

 集まった<ルーク>たちの前に、炎の獅子王ファルートをかたどったものと思われる兜をかぶった大男が現れた。<ルーク>の隊長ターナーだ。

 

「<ルーク>の諸君! 突然だが、今日は我がペルーア王国を守るため、非常に重要な任務を遂行しなければならない!」


 <ルーク>の隊長というだけのことはある、いかつい風貌のターナーが話し始める。


「ここ最近我がペルーア王国で発生している金銭や骨董品などの強盗と、それにともなう殺人の実行犯たちの潜伏先が、ペルーア王国諜報員たちの調査によって東のアズールであることが判明した!」


 ターナーが声を上げると、周りの<ルーク>たちの間に殺気にも似た空気が漂った。


 ――ここ最近ペルーア王国で発生している強盗や殺人……?


 スラウブは目を丸くした。ここペルーア王国でそんなことが起きていたなんて初耳だったからだ。そもそもジェイク率いる<ガーディアン>が、ペルーア王国の治安を守っているのではなかったのか。


「これよりアズールに向かい、実行犯たちの排除と奪われたものを奪還しに向かう。アズールはこの実行犯たちをかくまっているものと思われるため、アズール内にいる者は全て危険であり、敵だと思ってよい。また、アズール内にある骨董品やその他金目のものは違法に流れ着いたものだと思われるため、できるだけ回収しろ! よいな!?」


 ターナーの言葉の後で、<ルーク>たちが男も女も野太い声で応える。


「なぁ、アズールってどんな所なんだ?」


 スラウブは自分の横にいた女の<ルーク>に話しかけた。


「アズールはここから東に向かった先にある小さな町だ。以前から顔以外を布で覆った奴らが集まっていて、うさんくさい町だと言われていたんだ。今日こそ化けの皮を剥いで、盗られたものを全部奪ってやるさ」

「ペルーア王国で強盗や殺人が起きていたなんて、初めて聞いたんだが」

「詳しいことは知らないが、ペルーア王国諜報員たちからそういう報告があったらしいから間違いない」

「ペルーア王国諜報員たちってどんな奴らなんだ?」

「さあな。ペルーア王国諜報員たちのことは、あたしら<ルーク>もよく知らないんだ」

「本当に、そのアズールって所にいる奴らが犯人なのか?」

「それもペルーア王国諜報員たちの調査だから間違いない。余計なことは考えなくていいから、うちらは命令通りに動けばいいだけだ」


 女の<ルーク>が突き放すようにしてスラウブに言う。

 スラウブは<スキーモ>であった時のことを思い出した。同じように、確証もないのに、命令で敵対勢力だからと言われて罪のない人々を殺めたことがある。

 あの時と同じなのではないか――スラウブは<ルーク>の隊長ターナーの命令に即座に疑念を抱いていた。おそらく、ターナーを動かしているのはブルートであろう。


「各自、自分の武器を手にゲートの前に集まれ! アズールに向かうぞ!」


 ターナーの言葉に、<ルーク>たちが再び野太い声を上げる。そして働きアリのように列を作り、ペルーア王国随一の鍛冶職人であるグスタスの鍛冶場に向かっていった。その後をスラウブも追う。


 ――そういえば、俺の大剣どうなった……?


 スラウブは愛用の大剣をグスタスのもとに預けていた。なんでもグスタスは、スラウブの大剣を国宝級のものに磨き上げてやるとか豪語していた。

 <ルーク>たちがグスタスから磨き上げられた自分の武器を受け取って、すれ違いざまに列を後にしていく。スラウブの順番が回ってきた。


「よう! 未来の王! 初仕事だな!」


 グスタスは相変わらずのノリだ。


「だからその呼び方……」

「約束通り、お前さんの武器を国宝級のものにしてやったぜ!」


 グスタスが差し出してきたのは、無駄に上品な輝きを放つ金ぴかの大剣であった。


「え? あの、これは……なんでしょうか?」


 自分がこれまで愛用していたものとは全く違うものに、スラウブが思わずすっとんきょうな声を上げる。


「まぎれもなく、あんたの大剣さ!」


 らせん状の装飾が施された柄から獅子の横顔の装飾が施された刃まで、金ぴかに輝く大剣――それは、これまで自分が使っていたものをきれいに磨き上げてくれるだけ、そう思っていたスラウブの予想をはるかに上回りすぎるものであった。


「どうだ!? すごいだろ!? ちゃんと背中にそいつを収める鞘も用意してあるぜ!」


 チェルビュイでナバロに斬られてしまったものと同じような、革のベルトを巻いた鞘をグスタスがスラウブに差し出す。その鞘もまた、無駄に上品な輝きを放つ金ぴかのものであった。


「感謝しろよ!? このグスタス様による特別仕様で磨き上げてやったんだからな! がっはははは!」

「は……はぁ……」


 言葉を失いながら、スラウブが以前のように鞘のベルトを右肩から左腰にかけて巻き、新しく生まれ変わった愛用の大剣の感触を確かめた後、鞘に収める。大剣の感触はこれまでとほぼ同じで、むしろ無駄な重厚感の割りには軽いくらいであった。後ろの順番待ちをしていた<ルーク>たちから失笑にも似た笑い声が聞こえてくる。スラウブは恥ずかしそうにしながら、<ルーク>たちの列を後にするのであった。

 

 新しく生まれ変わった愛用の大剣を手に、様々な武器を手にした<ルーク>たちと共にスラウブは闘技場内の一画にある石造りのゲートの前に立つ。


「全員揃ったか!? 行くぞ!」


 ターナーが掛け声とともに鉄の扉を開けると、広大な空間が現れ、そこには筋骨たくましく鼻息荒い、虎柄模様でバッファローのような見た目をした獣の集団が居座っていた。広大な空間はどうやら、その獣たちのためにある獣舎らしい。


「こいつらはなんだ?」


 スラウブが先ほど声をかけた女の<ルーク>に訊ねる。 


「バルカンさ。他の国では馬にやらせているような役割をペルーア王国ではこの獣たちにさせている。ま、馬なんかより気性も荒くて力も強いから手なづけるのは大変なんだがな。一応食肉でもあって、ほどよいやわらかさの肉が絶品なんだ」


 <ルーク>たちを見るなり立ち上がり、「さっさと乗れ」と言わんばかりに姿勢を低くするバルカンたち。それに応えるかのように<ルーク>たちが次々とバルカンたちにまたがっていく。


「俺は……どれに乗ればいいんだ?」

「どいつでもいいから空いている奴に乗れ。こいつらはみんな『誰でもいいからさっさと乗って外に連れていけ』精神で育てられているから大丈夫だ。振り落とされないようにだけ気を付けろ」


 バルカンの一頭にまたがった女の<ルーク>に言われた通りに、スラウブは自分の一番近くにいたバルカンにおそるおそるまたがった。バルカンは小刻みに跳ね、興奮を抑えきれないようだ。

 ふと、スラウブは二つの角に付けられた縄と背中に付けられた鞍の、他とは違うバルカンがいることに気付く。そのバルカンに近づく一人の<ルーク>がいた。

 昨日、鍛錬場でターナーに頭を踏まれながらどやされていた、やや細身で小綺麗な顔つきをした青年――イアンだ。


「あいつも行くのか?」

「まぁ一応、<ルーク>だからな。あのバルカンは、あいつ専用のお子様用補助具付きバルカンさ。お前もあれを付けてほしいか?」

「俺は平気だ」


 からかうようにして女の<ルーク>に言われたスラウブがややムキになりつつ、イアンの身を案じる。


「開けろ!」


 そんな中、一際大きな体で炎の獅子王ファルートの面をかぶるバルカンにまたがったターナーが声を上げると、バルカンたちの獣舎にあるもう一つのゲートが開き、乾いた風が一気に吹き込んできた。ここから外へ出られるらしい。


「ペルーア王国に栄華を!」


 先頭に立つターナーの声に<ルーク>たちが手持ちの武器を掲げて応えると、バルカンたちが次々にゲートの外へと飛び出していった。するとスラウブのバルカンも、その掛け声の意味がわからず戸惑う乗り手をよそに勢いよく飛び出す。

 そのあまりの勢いに、必死にしがみつくスラウブは「栄華」の意味の疑問を捨てざるを得ないのであった。




【幕間 栄華とは】




 クララは『サントゥリオ』の玉座の間で、ラスクや他の<アンジェラ>たちと共に客人のもてなしをしていた。

 ブルートがどっしりと座る玉座の前には、客人であるオークの行商人が背負った荷物を下ろし、品物を床に広げていた。

 ブルートの玉座のすぐ横には、巨大で黄金の獅子の横顔や緻密な装飾が施されたハンマーのようなものが置かれている。

 クララやラスクに他の<アンジェラ>たちは、ブルートの玉座を囲むように立っていた。クララの横には、ペルーア王国の居住試験でクララの試験官であった魔法使いダニーがいる。さらにオークの行商人の後ろには、スラウブとクララがペルーア王国に入国した時と同じように、<ガーディアン>のジェイクとその部下たちが立っている。


「いかがでしょうか? 我らオーク族のキャドニーで採掘された鉱石をふんだんに使用したアクセサリーの数々でございます」


 ブルートに匹敵するような体格をしたオークの行商人が、腰を低くしながらブルートに言葉をかける。話によるとオークの行商人は、屈強な体つきでありながらおだやかなオーク族の国キャドニーで盛んな鉱石採掘によって作られたアクセサリーを、色々な国や地域に出向いて売っているらしい。


「素晴らしい……」


 ブルートが立ち上がり、オークの行商人が床に広げた品物の数々をまじまじと眺める。

 ネックレスにペンダント、ブレスレットに指輪、イヤリングにアンクレットといった様々なアクセサリーには、様々な色の美しい鉱石が使用されていた。


「身につけてみてもよいだろうか?」

「もちろんでございます」


 ブルートが金や宝石のアクセサリーで彩られた腰布以外の、自身に今身につけているアクセサリーを外し、オークの行商人が床に広げた品物の数々に手を伸ばす。

 しばしの間、その場にいた皆が全身に様々なアクセサリーを身につけていくブルートを眺める奇妙な時が流れた。


 ――きれいなアクセサリーね。欲しいな。


 クララは本心を心の中でつぶやいた。


「これら全て、いただくとしよう。ペルーア王国の民たちにも、これらを手にするチャンスを与えてやりたい」


 よほど気に入ったのか、ブルートはオークの行商人の品物全てを買い取ることを申し出た。


「それはそれはありがたきお言葉で! 我らオーク族の誇りである産物をお気に召していただけたようで何よりでございます」


 商売としての最高の結果に、オークの行商人の声がはずむ。


「ふむ。ところでだ……」


 言ってブルートが玉座のすぐ横に置かれた、巨大で黄金の獅子の横顔や緻密な装飾が施されたハンマーを手にオークの行商人に近づく。


「こいつをどう思う?」

「と言いますと?」


 上品な輝きを放つ金に細かな装飾が見事なハンマー――ブルートがまるで鑑定を依頼するかのようにオークの行商人に見せつける。


「我の愛用品なんだが、いくらほどの値が付くと思う?」


 そう言われてオークの行商人は黄金のハンマーを触りながらまじまじと眺め、


「それはもう、このような素晴らしい逸品――国一つが買えるほどの値が付くのではないかと。見事な職人の技としか言いようがありません」


 ブルートを見上げるようにして言った。

 するとブルートが口角を吊り上げ、にんまりとした顔を浮かべる。


「実に、いい答えだ」


 その言葉と同時に、ブルートがオークの行商人の頭に黄金のハンマーを振り下ろす――。

 オークの行商人の頭から、滝のように血が流れ出た。

 突然の出来事に、クララが愕然とし、口を開けたまま言葉を失う。


「な……何を……するのです……?」


 オークの行商人が、意識がもうろうとした状態で言葉を震わせる。


「栄華のためだ」

「えい……が……?」


 ブルートがオークの行商人の血が付いた黄金のハンマーを右肩に担ぐ。


「栄華とは、永遠の安泰。力の分だけ、我らは永遠の安泰に近づくことができる。力とは――強さ、そして富だ。強さがあれば、富が得られる。富を得るために、我らは強くなろうとする。力を得るためには、手段を選ばない!」


 ブルートは栄華について熱弁すると、再びオークの行商人の頭に黄金のハンマーを振り下ろした。

 玉座の間に響き続ける、ブルートの黄金のハンマーによる打撃音と砕ける音。

 クララは<スキーモ>であった時でさえも目の当たりにしたことのないような悲惨な光景に、思わず顔を背けて目をつむる。

 ようやく黄金のハンマーによる打撃音と砕ける音が止んだころ、クララは顔を戻しそっと目を開ける。

 そこには血の海が広がり、頭が完全に潰れたオークの行商人がうつ伏せに倒れていた。クララが吐き気をこらえる。


「鉱石採掘が盛んなオーク族の国キャドニー――か」


 ブルートが口角を吊り上げ、つぶやく。


「やめておけ。行商人なのにそいつはダニーのゴーレムを己の肉体のみで倒してみせた。オーク族の国を侵略するのは難しい」


 ジェイクがブルートに声をかける。


 ――侵略……?


 動揺するクララは侵略という言葉と、ジェイクがブルートにため口をきいたことに違和感を覚える。


「ふむ……。アクセサリーは、全て我が寝室に持ってこい。我が気に入ったものは残し、あとはキツネの奴に売らせることとする。こやつの遺体の処理も任せたぞ」


 言ってブルートが赤く染め上げられた黄金のハンマーを右肩に担いでその場を去っていくと、


「あんたたち、アクセサリーをブルート様の寝室に持っていきなさい! 丁寧に扱うのよ。ダニー、クララ、この遺体の処理を!」


 ラスクがクララ含む<アンジェラ>たちとダニーに指示を出した。

 ラスクの指示を聞いた<アンジェラ>たちは顔色一つ変えずに、即座に行動し始める。要領よく連携して、オークの行商人が床に広げたアクセサリーを丁寧に集めていく。

 一方、ジェイク率いる<ガーディアン>たちは、何も言わずにその場を去っていった。

 

「ほら、遺体の処理をするよ」


 クララがダニーに肩を叩かれる。


「遺体の……処理って……?」


 クララは動揺し、吐き気をこらえたままだ。その様子を見かねたダニーがオークの行商人の遺体に近づく。

 

「よく見ておきな。こうするんだ」

 

 ダニーがオークの行商人の遺体に右手を広げた。するとオークの行商人の遺体と血の海が凍りついていく。続けてダニーが広げた右手をぐっと握りしめると、凍りついたオークの行商人の遺体と血の海が粉々に粉砕し、細かな氷の粒となった。その細かな氷の粒を、ダニーが左手を広げて開けた『サントゥリオ』の入口へ風で流し飛ばす。

 

 ――ひどい……。


 ダニーの無情とも言える魔法さばきに、クララは怒りが芽生え、すっかり吐き気が吹き飛んだ。


 ――彼はただ、商売をしに来ただけなのに……!


 クララが無意識のうちに強く握りしめた拳に魔力が流れていく。


「『強き者こそが正しき秩序を生み出す』――彼は、その一部となっただけ」

「何を言って……!」


 ダニーの言葉に対して語気を強めたクララに、ラスクが矢のような視線を送る。咄嗟にそれを感じ取ったクララが眉間のしわを戻し、拳の力を弱めた。


「だが……」


 それはラスクには聞こえず、クララには聞こえるほどの音量の、ダニーのつぶやきだった。


「きっとその時は――もうすぐ来るはずだ」

「え……?」


 意味深な言葉を言い残してその場を去っていくダニーの背中を、クララは怒りを忘れ、ただじっと眺め続けるのであった。




        ◇◇◇


 ペルーア王国を出てから一時間ほど経ったであろうか。<ルーク>一行が砂漠地帯を駆けていく中、行動を共にするスラウブはバルカンから振り落とされないように必死だった。


 ――なんつうパワーなんだよこいつ……!


 バルカンの揺れを例えて言うなら、激しく揺らされた鐘の中の(ぜつ)、つまり分銅部分といったところであろうか。よほど退屈な時間を過ごすのが嫌いだったのか、バルカンは無駄に躍動感にあふれていた。


 ――そろそろ目的地に着いてくれ……!


 ペルーア王国にとって英雄たちの集まりらしい<ルーク>というだけのことはあって、体の強さは尋常ではないのだろう、スラウブ以外の<ルーク>たちはバルカンの揺れをものともせずにいる。バルカンの無駄な躍動感がスラウブの腰に響き始めてきたところで、ようやく<ルーク>一行の足が止まった。


 ――やっとか……。


 <ルーク>たちがターナーの左右に広がるように並び、何やら下の方を眺めている。

 スラウブはバルカンの右側の背中を叩いて<ルーク>たちの列の右側へ行き、空いているスペースで止まった。そして周りの<ルーク>たちと同じように下の方を眺める。

 スラウブの視線の先には、一面に広がる巨大な泉が――その周りには、多数の木々と砂岩の建物があった。


「あれは、町……?」


 砂漠に突如現れた、オアシス地帯の美しい町にスラウブはくぎ付けになる。


「あれがアズールだ」


 そんなスラウブの横に女の<ルーク>がやってきた。


「あんなきれいな町に、本当にペルーア王国で強盗や殺人をするような奴らが?」

「あんなきれいな町だからこそ怪しいんだろ?」


 戸惑うスラウブをよそに、女の<ルーク>は手にしていた槍の先をアズールの方に向け、臨戦態勢に入る。


「行くぞお前たち!」


 ターナーが手にしていた大剣を高々と掲げながらアズールの方に突撃すると、それに続くように周りの<ルーク>たちも一斉にアズールへと突撃していく。


「ペルーア王国に栄華を!」


 声を上げる<ルーク>たちには、なんの迷いもためらいの様子も感じられなかった。あのイアンでさえも。

 いつの間にか、スラウブは<ルーク>たちから一人遠い所に取り残されていた。

 するとそんなスラウブの尻を蹴り上げるようにバルカンが、他の<ルーク>たちを乗せたバルカンたちを追うようにアズールへ砲弾のように突撃していく。


「ちょっと待て待て待て待て!」


 バルカンにスラウブの声は全くと言っていいほど届いていなかった。スラウブ含む<ルーク>一行のバルカンたちは、あっという間にアズールの中に侵入していた。

 遅れたスラウブがアズールの中に入ると、すでに色鮮やかな布の衣装に身を包んだアズールの民たちが、突然現れた猛獣に乗って武装した筋骨隆々の侵入者たちに容赦なく襲われていた。

 

「おい! お前ら正気か!?」


 その凄惨な様子にスラウブが思わず声を上げる。

 だが<ルーク>たちはスラウブの声を気にする様子もなく散らばり、次々とアズールの民たちを殺めていく。

 スラウブの頭の中に一瞬、チェルビュイの人々に襲い掛かるトルオス王国軍兵士たちの姿がよぎった。

 アズールの町中には、価値のありそうな骨董品やアクセサリーに鉱石といったものが置かれた露店がある。


 ――やはり、こいつらの目的は……!

 

 スラウブは<ルーク>たちの目的を即座に把握した。ペルーア王国での強盗や殺人というのはでっち上げの話であり、この地への侵略の口実にすぎなかった。

 アズールの町中、四方八方から悲鳴と破壊音の協奏曲が鳴り響く。やがて乗り手を降ろしたバルカンまでもが、アズールの民たちに容赦ない頭突きで襲い掛かり始めていった。


 ――ちきしょうが……!


 スラウブはなんとか生き残っているアズールの民たちを助けようと、辺りを見回し、建物の中を探す。だが、<ルーク>たちの手はすでにアズールの奥深くにまで及んでいた。次々と現れる、老若男女問わない死体、死体、死体――。

 

 ――そんな……。


 スラウブはある一軒の家屋の中で、倒れたテーブルのそばで横たわる母親と思われる女の遺体と、その息子と思われる子供の遺体の前でたたずんだ。


 ――俺は……あんな奴らと……。


 短時間の間にこれだけ攻め入ることができる<ルーク>は、強靭そうな見た目をした荒くれ者ばかりが集まるペルーア王国における精鋭中の精鋭であり、とんでもないならず者のようである。

 スラウブが嘆いていたその時、死んでいると思われていた子供が突然咳き込んだ。すると、死んでいると思われていた女も突然動き出し、子供の体をかばうようにしてスラウブの方に目を向けた。どうやら女と子供は、死んだふりをしていたようだ。


「お願い……やめて……」

「ごめん……ママごめん……」


 震える声で女がスラウブに命乞いするように言い、子供は咳き込んでしまったことを母親に詫びる。


「だ、大丈夫だ。何もしないから」


 スラウブはあわてて両手を広げ、敵意がないことを示した。


「二人とも大丈夫か? ケガは?」


 他の<ルーク>たちと同じように容赦なく殺すものだと思っていたのか、母親と子供はスラウブの言葉や行動に、呆気にとられた様子であった。


「え……? ええ……大丈夫よ……」

「しばらくの間、どこかに隠れているんだ」

 

 敵意のない様子のスラウブにそう言われ、母親と子供がゆっくりと立ち上がる。


「あなたって……」


 スラウブに言葉をかけたその時、母親がスラウブの後ろの方に目をやったのが一瞬見えた。それと同時に、母親が突然飛んできた何かに体を貫かれ、仰向けに倒れる――。


「え……?」


 間髪置くことなく、子供の顔に投げナイフが突き刺さり、子供も倒れる――。

 呆然とするスラウブには、母親に突き刺さっているものに見覚えがあった。


「何をしている!?」


 後ろを振り返るとそこにいた、女の<ルーク>の槍だ。


「敵を目の前に、なんでぼさっと突っ立っているんだ!?」


 スラウブの表情が一変し、母親の体から槍を抜く女の<ルーク>をにらみつけ、拳を強く握り、声を震わせる。


「お前……自分が何をしたのか、わかってるのか……!?」

「何って、任務さ。我がペルーア王国を脅かす存在をせん滅しているだけの話だろう」


 女の<ルーク>は、そしらぬ顔をしていた。

 

「アズールの奴らはもうすぐでせん滅される。気を引き締めろ。敵を見た目で判断するな! 油断して不意打ちを食らったらどうするんだ!? そんな様子じゃ、隊長にどやされるぞ!」


 スラウブが険しい顔で、背中の大剣の柄に手をやった。


「……なんだ? 何をする気だ? まさか――あたしに刃を向けるつもりか?」


 スラウブと女の<ルーク>がにらみ合う。


「<ルーク>はペルーア王国にとって英雄の集まりだ。我々に混乱をもたらすようなことをすれば、タダでは済まないぞ。お前の妹もな」


 女の<ルーク>も槍を握りながら、スラウブにくぎを刺した。


「罪のない人々を殺めることが――英雄の行いだとでも?」

「大事なのは、ペルーア王国に栄華をもたらすことだ」

「栄華……何なんだよ、栄華って」

「永遠の安泰さ」

「永遠の安泰……?」

 

 女の<ルーク>が口にした「安泰」という言葉に、スラウブの表情がまた一変する。


「力の分だけ、我々は永遠の安泰に近づくことができる。力とは――強さ、そして富さ。ブルート様が幼き頃、ペルーア王国は当時の王ロドリックを失い、混沌に陥った。それを収束させたのが、新しい王の座に成り上がったブルート様だった。ブルート様は教えてくださったのさ、力がもたらす安泰をな。そしてあたしら<ルーク>に、名声を与えてくださった」

「力がもたらす安泰……?」

「お前やお前の妹も、安泰が欲しいのだろう? それに、英雄としての名声を得られるチャンスなんだぞ」

「……こんなことで、安泰など得られやしないし、こんなの英雄が行うことではない!」


 スラウブが女の<ルーク>にきっぱりと言い放つ。女の<ルーク>が言ったことは、トルオス王国の思想そのものであった。


「なら戻るか? 労働者兼兵士としての奴隷<スキーモ>とやらのような自分に。トルオス王国から追われる逃亡者に」

「くっ……!」


 スラウブの頭の中で、これまでのことがよぎる。


「終わるまでここにいろ。それまで自分がどうしていきたいのか、よく考えることだな。ここでの話はなかったことにしておいてやる」


 女の<ルーク>はそう言い残すと、その場を去り、再び任務に戻っていった。

 スラウブは母親と子供の遺体の前で、ただ立ち尽くすことしかできないでいた。


 それからしばらくして、アズールが静まり返ったころ、スラウブは外へ出る。そこには、ぱんぱんに膨らんだ麻袋をかついだバルカンにまたがる<ルーク>たちがいた。


「しっかり任務はこなせたのか!? 新人!」


 ターナーがスラウブに声をかける。


「たまたま近くで見ていましたが、目を見張るほどの活躍ぶりでしたよ、隊長。さすが、ペルーア王国の居住試験で衝撃を与えただけのことはあるようで。彼のおかげで、あたしは麻袋に金目のものを詰めるだけで済みました」


 女の<ルーク>が笑みを浮かべながらターナーに言う。


「そうか。派手な武器を持っているだけのことはあるな。これからも期待しているぞ、スラウブ! それに比べてお前は、相変わらずだな」


 ターナーが振り返った先には、うつむくイアンがいた。


「気が小さいんだか、ためらいなんだか知らんが、敵は倒せないし、麻袋は空っぽ。本当に情けない。お前はただの囮にするぐらいしか任務には役に立たないな。お前にはいつも通り、一切報酬はやらんからな!」


 ターナーがそう言うと、周りの<ルーク>たちが罵りながらイアンを武器で小突く。イアンはやはり<ルーク>の中でも異質な存在らしい。

 呆然と立ち尽くすスラウブの肩をターナーや他の<ルーク>たちが叩いていく中、女の<ルーク>とうつむくイアンは、ただスラウブの横を通り過ぎるだけであった。


「引き揚げるぞ!」

 

 ターナーの声に<ルーク>たちはバルカンにまたがり、アズールから去っていく。

 スラウブは自分がどうありたいのかわからぬまま、再び激しくバルカンに揺られ、<ルーク>たちの後をついていくのであった。

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