第十七話 独裁者が新たに目指すもの
「美しい……」
神々しい光が差す宗教国家ベルテクスのとある神殿の祭壇――トルオス王国の独裁者プラウルの視線の先には、堂々たる姿で眠るドラゴンの亡骸があった。
「これを見れば、宗教国家ベルテクスの〝全ての生の頂点に立つ神ドラゴンが宿るこの地こそが、世界を統べるにふさわしく、その資格がある〟との教えは正しいと誰しもが納得するものだよ、ジョナ」
独裁者プラウルが背中越しに宗教国家ベルテクスの教皇ジョナに語りかける。
教皇ジョナは、突然宗教国家ベルテクスに現れ、突然トルオス王国を宗教国家ベルテクスの一部としていきたいと申し出てきた独裁者プラウルに対し、疑心暗鬼を抱いたままであった。
同行していた独裁者プラウル専属のエリート騎士<セレッサ>たちとトルオス王国軍兵士たち、ベルテクス騎士団の騎士たちとの間にも、緊張が走ったままだ。
「トルオス王国と宗教国家ベルテクスはきっと一つになれる。この美しきドラゴンの声が聞こえる……偉大なる指導者、教皇ジョナのもとで――あるべき姿になれと」
独裁者プラウルは荘厳なドラゴンの亡骸にくぎ付けになったままである。
「確かにそなたは、世界を統べる資格がない。世界を統べる偉大さも、魅力も、信仰心も感じられない」
皮肉を込めたように教皇ジョナがそう言うと、<セレッサ>たちとトルオス王国軍兵士たちの表情が一変した。その様子を見て、ベルテクス騎士団の騎士たちがそっと腰の剣に手をやる。
「だがそんなそなたが率いる軍勢に、我が国は敗れた――この私にも、この偉大なるドラゴンに合わせるような顔がないのもまた事実だ」
教皇ジョナも独裁者プラウルと同じようにドラゴンの亡骸に目をやった。
「過去のことを、水に流そう。過ちに気付けず、犠牲となってしまった我が国とそなたの国の兵士たちの無念を、これ以上無駄にしないようにするべきだ。そうであろう?」
独裁者プラウルが教皇ジョナに手を差し伸べた。
「それで、私はどうすればいいのだ?」
教皇ジョナは独裁者プラウルの手を取らなかった。
「そなたを招待させていただきたい。我が美しきトルオス王国へと。これからそなたの国の一部となっていく場所だ。実際に、足を踏み入れてみたいとは思わないかね?」
独裁者プラウルの申し出に、教皇ジョナがしばらく沈黙し、ゆっくりと口を開く。
「……いいだろう。だが少しでも妙な真似をすれば、今度こそ両国の関係は終焉を迎えるであろう」
「安心してくれたまえ。私はもう、自尊心を捨てている」
「わかった……明日、そなたたちが迎えに来てくれ。そこに同行しよう」
「申し出の受け入れに感謝する」
独裁者プラウルが胸に手を当て一礼し、<セレッサ>たちとトルオス王国軍兵士たちを手招きする。
「それでは明日、楽しみにしておりますぞ、教皇ジョナ殿」
自身への疑いを拭えぬまま教皇ジョナは、<セレッサ>たちとトルオス王国軍兵士たちを率いる独裁者プラウルの背中を見つめ続けるのであった。
◆
トルオス王国の豪華絢爛な城や建築物が並ぶ富裕層地区『ベネステ』――数名のベルテクス騎士団の騎士たちと<セレッサ>たちに囲まれながら、独裁者プラウルと教皇ジョナが隣り合わせに並ぶ形で歩いていた。
「美しい街並みだな」
教皇ジョナが『ベネステ』の圧巻の景観に声を漏らす。
「気に入っていただけたようで何よりだ」
うっすら笑みを浮かべた独裁者プラウルとは対照的に、周りの上品な衣装に身を包んだ『ベネステ』の民たちは、教皇ジョナと共に歩く独裁者プラウルの姿に驚き、騒然とする。
「皆の者、安心せよ。私は今、外交の真っ最中なのである。道を開けろ、皆の者は普段通りにしておればよい」
困惑した様子で『ベネステ』の民たちは独裁者プラウルの命令通り、一行のために道を開けた。
「民を従えるすべを心得ているようだな、プラウルよ」
「これからは、そなたがこの地の民を率いていくのだ。私と共に」
「ふん」
鼻であしらったものの、教皇ジョナは独裁者プラウルと共に過ごすうちに、この地に心を寄せ始めていた。
「街歩きを楽しんでいただいたところで、今度は我が国の銘菓でも楽しんでいただこうかと思うのだが、いかがであろうか?」
「銘菓?」
富裕層地区『ベネステ』を離れ、二人は中間層地区『メリア』に足を運んだ。
『ベネステ』の豪華絢爛な城や建築物が並ぶ街並みとは異なり、レンガ造りの建物が並ぶ『メリア』の街の一画で、急に人が多く並ぶ光景が現れる。
『メリア』の民たちが、『ベネステ』の民たちよりも一層驚く。教皇ジョナと共に歩いているのもそうであるが、独裁者プラウルがこの『メリア』に現れることなど、これまで一切見たことがなかったからだ。
「皆の者よ、先に失礼させてもらうぞ」
独裁者プラウルと教皇ジョナたちが唖然としている民たちの列の先頭に立つ。
「ここがトルオス王国の銘菓、デニークが最もうまいとされる店だ」
「ほう」
老舗感あふれるその店の外観を興味深そうに眺めた後で、教皇ジョナは独裁者プラウルと共に店の中に入る。
「いらっしゃい、ご注文は?」
貫禄たっぷりの体格をした店員が、威勢よく声を上げたところで突然の独裁者プラウルの訪問に愕然とした。
「やぁ、ご機嫌いかがかな? 外交の一環でな、こちらのお客に――最高のデニークを提供してほしいんだ。トッピングなどは君らに任せる」
「え……? あ……は……はぁ……」
「頼むぞ」
独裁者プラウルによるデニークの注文にたじろいだ後、貫禄たっぷりの体格をした店員は他の店員たちを集めて何やら話し合い、デニーク作りを始めさせる。
「楽しみにしていたまえ。我が国自慢の逸品だ」
「それはそれは」
教皇ジョナが期待を寄せてからしばらくして、中心の空洞に様々な果物とはちみつ色のクリームがトッピングされた円柱状の小麦粉の生地で作られた、トルオス王国銘菓デニークが運ばれてきた。
「ご苦労。こちらの大事なお客に、たっぷりと堪能していただくとするよ」
「は……はぁ……どうぞ、お楽しみくださいませ」
貫禄たっぷりの体格に似つかわしくないおどおどした姿に、面白おかしそうに笑みを浮かべながら、独裁者プラウルと教皇ジョナはその場を後にした。
「これは……なかなかに美味であるな」
「そうであろう?」
独裁者プラウルと教皇ジョナは、中間層地区『メリア』にある、富裕層地区『ベネステ』の景色を見下ろせる高台に来ていた。教皇ジョナが庶民的な所作でデニークを口にしながら『ベネステ』の景色を眺める。
「ここから見る景色も、なかなかに感慨深いな」
「そうであろう? 私も幼い時に父に連れられて以来、久々にこの景色を見たが、改めて素晴らしいものであると我ながらに思うよ」
ちょうど日が暮れ始め、『ベネステ』の豪華絢爛な城や建築物が並ぶ街並みが暖色の明かりによって彩られると、『ベネステ』の景色は教皇ジョナを歓迎するかのように、この世のもとは思えないような幻想的なものへと姿を変えてみせた。
「……大変気に入ったよ。このトルオス王国の地が」
「それはそれは。お褒めいただき、誠に光栄なことで」
「本当によいのか? この地を――我が国の一部としていくことに」
「もちろん。これは、そなたとあの全ての生の頂点に立つ神聖なるドラゴンにこそ、ふさわしい景色であったのだ」
「ふむ……」
複雑な感情が混ざり合い、教皇ジョナは目をつむり、しばらくの間黙り込む。
そして、意を決したかのようにゆっくりと目を開けた。
「共に導いてゆこう。プラウルよ、世界を――あるべき姿に」
「その言葉が聞きたかった、ジョナよ」
新しい時代を映し出すかのようにまばゆい輝きを放つ『ベネステ』の圧巻の夜景を前に、独裁者プラウルと教皇ジョナは、がっちりと手を組むのであった――。
◆
その後、トルオス王国は〝トルオス地方〟として、宗教国家ベルテクスの一部となることで、独裁者プラウルと教皇ジョナの間で正式に合意された。
以前とは異なり、トルオス王国と宗教国家ベルテクスの間には、どちらか一方が近づくだけで戦が起こるようなことはなくなり、ベルテクス騎士団の騎士たちが〝トルオス地方〟に配属されるようになり、トルオス王国軍兵士たちも宗教国家ベルテクスに配属されるようになった。
そんな〝トルオス地方〟が誕生してからしばらく経ったある日、独裁者プラウルと教皇ジョナによる合同演説が行われることとなった。
トルオス城の前、神々しいまでに輝く独裁者プラウルの像が設置された大広場、そこには〝トルオス地方〟に疑念を抱いた、多数の民が多く押しかけている。
やがてトルオス城のバルコニーから、独裁者プラウルと教皇ジョナが現れた。
「皆の者よ、今日はよくぞ集まりいただいた。皆にお配りした文書にあった通り、トルオス王国は〝トルオス地方〟として、この偉大なる宗教国家ベルテクスの指導者、教皇ジョナのもとで導かれてゆくこととなった。全ての生の頂点に立つ神ドラゴンが宿る宗教国家ベルテクス、トルオス王国はその一部となり、この教皇ジョナと私とで、世界をあるべき姿に導いていくのだ。安心しろ、志はこれまでと変わっておらぬ。形がこれまでとは異なるだけだ」
これまでと変わることなく、独裁者プラウルは堂々とした姿勢と口調で大広場に集まる民たちに向かって語りかける。続いて、教皇ジョナが民衆に向けて口を開いた。
「偉大なるトルオスを築き上げてきた、偉大なる民たちよ、私は宗教国家ベルテクスの指導者にして新しいトルオスを偉大なるプラウルと共に導く者、教皇ジョナである。皆に誓おう、プラウルと共に、世界をあるべき姿に導く。すなわち、世界を一つにまとめあげていくのである。どうか、私についてきてくれたまえ!」
教皇ジョナが大広場の民衆に向かって右手を、まるで民衆の手を取るかのようにして差し伸べた。
だが、
「あんたには失望したぜ、プラウルよ!」
「ドラゴンなんてでっち上げの存在だろうが!」
「うわさで聞いたぞ! 魔法国家チェルビュイの侵略に失敗したんだって!? あんたも所詮、その程度か!?」
「トルオス王国は、どこにも譲らないわ!」
民衆の一部から、ヤジにも似た罵声が飛ぶ。すると――。
「今の愚か者の発言者、見ていたか?」
「ええ、しっかりと」
「始末しろ」
「御意」
独裁者プラウルがすぐそばにいた<セレッサ>の一人に指示を出した。
指示を受けた<セレッサ>は、手にしていた美しいバラの装飾が施された銀の弓を構えると、素早い動きで民衆の方へと矢を四本放つ。
悲鳴とともに、民衆が静まり返った。
「皆の者よ、私が誰なのか、忘れたわけではあるまいな?」
独裁者プラウルの重石のように圧のかかった声に、民衆は狼を前にしたウサギのように縮こまる。
「安心しろ。トルオスはトルオスで、私は私だ。意味はわかるな?」
独裁者プラウルの言葉に、民衆が静まり返った。
「教皇ジョナよ、どうか民たちによる無礼を、お許しいただきたい」
「やはりそなたには、変わっていない部分もあるようだな。安心したよ」
「もちろんですとも」
教皇ジョナがうっすらと笑みを浮かべると、独裁者プラウルもそれに応えるかのように笑みを浮かべる。
そうして〝トルオス地方〟の民たちへの演説を終えた二人は、共ににこやかにバルコニーから退くのであった。
◆
それからしばらく経ったある日、トルオス城の玉座に居座る独裁者プラウルのもとに、一人のトルオス軍兵士が駆け込んできた。
「プラウル様、報告いたします。宗教国家ベルテクスのドラゴンの亡骸から、ドラゴンの血が確認されたとのことです」
「――ついに来たか」
そのトルオス軍兵士の言葉を聞いた独裁者プラウルは、不敵な笑みを浮かべ、玉座からそっと立ち上がるのであった――。




