6 赤色カラスの受難(アーロン視点)
俺は孤児院出身だ。
公爵様の出生ロンダリングにより、伯爵家次男となっている。
なぜ孤児の俺が伯爵家の次男とされたのか。
それはこの赤髪ゆえだろう。
市井のものは茶色の髪に茶色の瞳のものが多い。
そして色付きの髪のものは貴族に多い。
だから俺は貴族の隠し子だったのではないかとよく孤児院でも言われてきた。
俺は正直どうでもよかった。
それよりも公爵家でのカラス訓練が楽しかったので、この髪色でよかったと思える今日この頃だ。
俺がジョエル様の側近候補に選ばれ、学友となったのは10歳のころだった。
すでにジョエル様とアイラは婚約していた。
アイラとは訓練で一緒だったりしたので、まぁ友人とは言わないでも顔見知りだった。
そこから俺だけがなぜ一方的にアイラに詳しくなったかというと、ジョエル様のせいだったりする。
俺の任務対象のジョエル様には、悪癖と言っていいものがアイラに対してのみある。
10歳のジョエル様付きになってしばらくしたころ、俺はジョエル様のお部屋にお伺いした。
「ジョエル様、何をされているのですか?」
「明日のシミュレーションだ」
そう言いながら、机に向かって何かを一心不乱に書いている。
その中の一枚を手に取り、見たことを俺はものすごく後悔することになる……。
そこにはびっしりと何パターンにも及ぶ、会話パターンが書かれていた。
「ジョエル様…これは?」
ジョエル様はペンを置きまさに、どや顔で言い放つ。
「あぁこれは明日のアイラ嬢とのお茶会での会話パターンのシミュレーションだ」
「なる…ほど?」
よくわからない……。
どういうことだ?
疑問符が頭を占める俺にジョエル様は続ける。
「アイラ嬢はとてもかわいい。
世間では綺麗だといわれているが、実はとてもかわいいのだ。
そんな彼女を前に何も準備せずに出てみよ。
頭が真っ白になって醜態をさらすことになる。
あらかじめシミュレーションをしていくことで、冷静にそこから言葉を紡ぐことができる」
うんうんと一人で納得しているジョエル様に、白い目になる。
これは当日こっそりと監視する必要があるなと。
そしてお茶会当日。
理由が分かった。
シミュレーションから会話を選択するジョエル様。
その中にはなかった行動をアイラがとった。
俺が隠れている木のほうを見て、頬に手をあてておっとりと言い出した。
「あそこになぜカラスがいるのでしょう」
独り言のようにアイラが小首をかしげた瞬間。
ジョエル様は顔を真っ赤にしてうつむいた。
それでもアイラにばれないように、ちらちらとアイラを見ている。
なるほど。
べた惚れだ。
それ以外言えないほどべた惚れだ。
お茶会が終わり、ジョエル様の『アイラかわいい講演会』を一時間ほど拝聴した。
それ以降ジョエル様はアイラに関することを、俺に話すようになった。
一応、念のため公爵様夫妻には報告書を定期的に書いているのだが……。
もう内容は、ジョエル様がいかにアイラに惚れているかの報告書と化している。
今までは特に2人の関係性に変化も何もなかった。
しかしある日、事態が急変した。
俺は教室の入口にアイラの姿を発見した。
目線の先はジョエル様だった。
これはまずい。
ジョエル様のシミュレートには無い。
俺は焦ってアイラに話しかける。
「アイラ嬢どうされましたか?」
「アーロン様お久しぶりです。
少しジョエル様にお話しがあったのですが、取込み中みたいですのでまたにしようかと……」
アイラの視線に合わせて、ジョエル様を見ると明らかに驚き、焦っている。
仕方ない。
とジョエル様にお伝えする。
明らかにジョエル様は動揺した。
「わわわわわかった」
と言いアイラのもとへ焦りながらむかう。
その背中を見つつこれは後で呼び出しがあるなと考えた。