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【番外編】マリアのその後(4)



次の日、今までにないほどすっきりとして目が覚めた。

クラリッサに話を聞いてもらったからだろうか。

心の中に澱みのように黒くて重くたまっていたものがすっきりとなくなっているように感じる。



2人で朝食をとり、とりとめの無い会話をしていれば昼食の時間になった。


昼食を持ってきてくれた女将さんが私の顔をみて安心したように笑ってくれる。


「良かった。顔色も表情もよくなったね。安心したよ」


その言葉に私は嬉しくなって微笑みながら返事を返す。


「ごはんいつもありがとう。とてもおいしいです」


いつもの淑女の仮面をかぶった笑顔ではなく、アイラとしての笑顔ができた気がする。


「よかった」

という女将さんがそのあと少し困ったように言いにくそうに私に話し始める。



「お嬢ちゃんが支払ってくれた宿泊料だと……明日までなんだが……。

いつまでもいてくれていいよ。

と言いたいんだが、さすがに私の我儘でそこまでできなくて……」


「そうですか……。もちろんです。

女将さんもお仕事ですし……」


「どうするかは、今日の夕刻に教えてくれれば大丈夫だから……」




心配そうに部屋を出ていく女将さんの背中を見ながらどうしようかと考える。

もう私は貴族令嬢でもないから働かないといけない。

自分に仕事ができるのだろうかと不安になりながら昼食に手を付ける。



「マリアちゃん。

食事のあと私の話を少し聞いてくれる?」

クラリッサに急にそういわれ、私はうなずいた。




食事のあと私はクラリッサと向き合っていた。


「これから話すことはすべて事実なの。

それを聞いた上でマリアちゃんに自分で判断してほしいの」


神妙に言われて私は緊張しながらうなずいた。




「私はある人に頼まれて、マリアちゃんが家をでてからあなたを見守っていたの。

詳細は言えないけれど、依頼主の名前は必要であれば出すように言われているからいうわね。

その方がマリアちゃんも安心できるだろう……」



クラリッサの言葉に驚きつつ考えた。

私は依頼主の名前を聞いてもいいのだろうか……。

またお父様や側妃様だろうか……。

けれどクラリッサは『見守るように頼まれた』と言った。


私の事をそんな心配する人に思い当たる人はいない。

私は意を決してクラリッサに依頼主の名前を聞いた。


「聞くわ。その依頼主は……。誰?」


「あなたに危害を加えるようになんて依頼されていないわ。だから安心して聞いて頂戴」


そういって私の目を真剣に見つめるクラリッサ。

私はしっかりと彼女の目をみてうなずいた。




「依頼主はアイラ様よ」




ガタっと机が揺れる。

それは私が同様のあまり勢いよく立ち上がったからだった。


「なぜ……なぜ……」


動揺する私に安心させるように優しく肩に手を置いてくれる。


「ここじゃ話しにくいわね、ソファに移動しましょう」


安心させるように背中をさすりながらゆっくりとソファに移動させてくれるクラリッサの手に少し落ち着き、おとなしくソファに座った。




「続きをお願い……」

震える声でクラリッサに続きを促す。


「アイラ様は、私に詳細を教えることなく数日マリアちゃんを見守るように頼んだの。

あなたの話を聞いてアイラ様はマリアちゃんが家を追い出されることを予想していたかもしれないと今なら思うわ。

貴族令嬢のあなたが無事に過ごせるか心配だったんだと思うの」




私はアイラにひどいことを何度もした。

けれどアイラが私を見る視線は嫌悪や無関心ではなくいつも心配そうなものだったことに今更ながら気づいた。

敵意のこもった視線を向けられたのは、花祭りの時だけだった……。




「アイラ様は、もしマリアちゃんと接触する場合があればその時私がどう対応するかの判断はすべて私に任せると仰っているの。

だから私の判断であなたに親身になっているし、心配しているの。

これは下心も無い私の本当の気持ちよ」


不安そうに瞳を揺らしながら私を見つめるクラリッサに軽く微笑みを返した。

クラリッサが私にしてくれた思いやりの数々はうそではないと信じられた。



「それでね……。

私はあなたの話を聞いてあなたも被害者だと思ったの。

もちろん行動におこした数々のことはいけないことだし反省するべきことよ?


けれどあなたの周りにいた大人が、あなたを利用し、使い捨てたことを私は許せないと思っているの」



怒りをにじませながら言うクラリッサに私の胸はまたほんの少し暖かくなる。

私を思って本気で怒ってくれている。

その事実が嬉しくて仕方なかった。



「マリアちゃんに起こったことは、アイラ様からは何も聞いていなかったの。

それでね……マリアちゃんはもっと人に心から大事にしてもらう経験をするべきだと思う。

甘言に惑わされないようにしないといけないと思うの……。


それでね。

提案なんだけど……私の職場で働いてみる?」



私はぱちくりと目を見開いた。


「けれどね……私の仕事場は……。

その……東広場の花街なの……」


言いにくそうに話すクラリッサ。

花街ということは娼婦だろうか……。

その不安が顔に出ていたのか、クラリッサが焦って説明を始める。




「あっ! それだけ聞くと娼婦のお誘いになるわよね。違うの。

花街にも色々あってね。

もちろん春を売るお店もあるわよ。

でも私の働いているお店は高級クラブなの」


私は『高級クラブ』がわからなくて首をかしげる。




「クラブは男性のお客さんが、私たちのようなホステスをそばに置いてお酒を飲んだり話したりするお店よ。

うちのお店はこの王都で一番高級な店なの。

だからお客様もご紹介が無ければ入れないような店なのよ。


だから貴族や大商人、他国の要人なんかがお客様だわ。

だからマリアちゃんがもしうちで働いてくれるなら、見目は少し変えないといけないの。


髪を切ったり、染めたり、化粧で印象を変えたり……。


でも令嬢教育をすでに受けているから仕草や礼儀、会話運びなんかは問題ないと思うわ。

うちのお店の子たちはみんな令嬢教育と同じものを受ける事が義務付けられているの」



体を売ることは無いと聞いて心から安心した。

花街で働くことに抵抗はあったが、自分が平民と同じ生活ができず、貧民街へ流れ込む未来が安易に想像できていた私は立ち上がりクラリッサに向かってできるだけ綺麗に見えるように言う。


「よろしくお願いいたします」


淑女の礼を丁寧にして答えた。


顔を上げるとクラリッサは目を見開き驚きながらもすぐに笑顔になり同じように立ち上がり優雅な淑女の礼をしながら

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

と言ってくれた。



2人で顔を見合わせ声を出して笑った。こんなにおなかの底からわらったのは生まれて初めてだった。




次の日、私はお世話になった女将さんにお礼を言い、クラリッサと宿をでた。


宿を出て、クラリッサにお願いして最初に向かったのは美容院。

私は髪を男性のように短く切った。

色もブロンドから濃い茶色に変えた。


切った髪は、ふた房を除いてお店で買い取ってもらった。


迎えに来たクラリッサが目を見開いて驚きながらも

「素敵だわ」

と言ってくれる。

軽くなった私の髪をなでてくれた。


そしてもらった髪の房を見せながらクラリッサの顔を見ながら言う。


「この髪、一つは私の戒めのために自分で持っておくの。それで、申し訳ないんだけど、もう一つはクラリッサに持っておいてもらいたいの……」


差し出した髪の房を、大事なものを受け取るようにそうっと手にしてくれる。


「わかったわ。もしまたあなたが路を間違えそうになった時、私が必ずあなたを引き留めるわ」


私の目をまっすぐと見て言ってくれた。




夕日で真っ赤に染まった街を生まれ変わった自分で歩く。

そっと髪の房に口付けて

「さようなら……」

と告げた。


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