【番外編】マリアのその後(2)
私は包み隠さずクラリッサに話した……。
婚約者のいる相手に恋をした。
大人に言われるまま、王宮に行き人目のつくところで第二王子、ジョエル様と庭園などで仲睦まじい様子をアピールした。
ジョエル様は私の呼び出しに嫌な顔をせず、毎回応じてくれていた。
しかし今思えば、それはジョエル様を意のままに操りたい側妃からの命令だったと分かる。
そして、ジョエル様もアイラを側妃から護るためであったことも明らかだ……。
学園で、アイラと共にいるジョエル様をよく見かけるようになり、ジョエル様は今まで見たこともないようないつもの理想の王子様とした姿ではなく年相応の男の子の顔をしていた。
私はそれに焦り、アイラに様々な嫌がらせをした。
私がアイラに直接、体当たりをしても彼女は毎回、私の身を案じてくれていた。
今思えばあの表情に嘘は無かった。アイラは私を心から案じてくれていた。
でもそんなことに気づくことは無かった。
なぜなら私は焦っていた。
ジョエル様の婚約者の立場をものにしなければ私は……。
常にそういう焦りがあった。
婚約者にさえなれれば、お父様は私を表面だけではなく心から愛してくれるのではないか……。
お母様は宝石を見るように私を慈しんでくれるのではないか……。
私は話しながら自然と涙がこぼれていた。
それに気づいたのは、優しい手つきで私の涙をぬぐってくれたクラリッサの手のおかげだ。
私はクラリッサに無理やり微笑みを作って
「大丈夫だ」と伝えた。
「大丈夫よ。ゆっくりで。一旦お昼にしましょう」
外を見ると太陽はすでに真上に昇っていた。
思ったよりも時間が経っていたことに初めて気づいた。
クラリッサが昼食をとりに行ってくれている間に私は窓を開けて外の空気を思いっきり吸い込んだ。
久しぶりに感じる外の空気に頭が冷静になる。
こんなに良くしてくれているクラリッサに私はこれから話すことを伝えてもいいのか……。
嫌われるかもしれない。優しくしたことを後悔するかもしれない。
そんな不安を抱いた時、昼食を持ってクラリッサが現れた。
「まぁ! どうしたの? 顔色が良くないわよ」
無条件に心配してくれるクラリッサに私はさらに顔色を悪くしたのだろう。
昼食をテーブルに置いて私に駆け寄ってくれた。
「まずは座りましょう」
私の肩と腰に添えられたクラリッサの手が暖かくてまた涙がこぼれた。
「大丈夫?」
心配そうに椅子に座る私に自分は床に膝をついて覗き込むクラリッサに私は泣きながら本音を漏らした。
「こんなに……人にやさしくしてもらったことがなくて……。
続きを話せば、あなたが……私を軽蔑するんじゃないかって……」
「まぁ」と言いながら私の涙をハンカチで優しくぬぐってくれるクラリッサの顔をおずおずと見た。
「そんな風に思ってくれて嬉しいわ。でももう過去の事よ。
マリアちゃんが後悔して反省して前を向くお手伝いをしているつもりなの。
だから、大丈夫よ。それに私の事を話せばマリアちゃんも私を軽蔑するかもしれないわ……」
少し寂しそうに言うクラリッサに私は勢いよく椅子からおり、クラリッサの前に膝をつく。
「そんなことないわ!!!私は……今のクラリッサに助けてもらっているのだもの!」
言い放つ私に嬉しそうにでも困ったように笑いかけながら、クラリッサは私の手を持ち立たせてくれる。
「さぁまずは温かいうちに昼食をいただきましょう。
マリアちゃんのごはんがおいしそうだから、私も女将さんにお願いして同じものをいただいたの」
見ればふわふわとしたパンプディングだった。小さなポタージュとフルーツもついている。
「おいしそう……」
思わずそう言った私にクラリッサは優しく微笑んでくれた。
二人で昼食を食べた。
昼食を食べ終え、お茶を飲み、クラリッサは食器を下げたついでにレモン水をもってきてくれた。
それぞれのグラスにレモン水をそそぎ席に着く。
それを見届けた私は軽く息を吐きクラリッサに言う。
「この先の……話は……。
あなたを不快にさせるかもしれないわ……」
俯きながら言う私に、クラリッサはそっと私の手に自分の手を添えて
「大丈夫。話してみて……」
私の目をしっかり見て言ってくれるクラリッサを見て私は勇気を持って話し始めた。
学園で仲睦まじい様子を見せ始めたジョエル様とアイラに私の焦りはどんどんと募っていった。
今まで私のお誘いを断ることが無かったジョエル様が花祭りで私の手からすり抜けきっぱりとお断りされた。
私はその時、怒りに目の前が真っ赤になった。
私が本当の婚約者ではないの!? このままでは、みんなに見捨てられてしまう……。
更に焦った私はやってはいけないことに手を出した……。
王宮舞踏会の数日前から側妃様に何度かお呼び出しを受けた。
お父様が言っていた『偉い人』とは側妃様の事だったのかと、その時初めて理解した。
側妃様は、アイラとジョエル様の婚約の事を何度も嘆き
「こんなことがあれば、あんなことがあれば」
と語っていく。
私はその言葉を参考に作戦を立て、私に色目を使ってくる令息を使いアイラ嬢を陥れることに決めた。
しかし、作戦は失敗した。
縄に縛られた私はジョエル様とアイラの姿を見て怒りのあまり取り乱し、結果ジョエル様に
『私が愛しているのはアイラ嬢だけだ。
君を好きになったことは一度もないしこれからも無い。
あきらめてくれ。私は愛する人を傷つけた君を許すことはないよ』
と言われ嫌悪された。
さらに使い物にならなくなった私をお父様もお母様も簡単に捨てた。
話し終わった私は涙がとめどなく流れていた。
クラリッサが優しく抱きしめながら背中をさすってくれる。
「私はどうすればよかったの……
どうすればお父様とお母様に愛してもらえたの……」
何度も同じことを言いながら泣く私を何も言わずに抱きしめ何度も涙をぬぐってくれる。
そんなクラリッサに安心して知らずのうちに眠ってしまった。




