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40 アイラ、王子と向き合う


「エル……」


私はジョエル様の話を聞いて、何も言えずただ彼の名前をつぶやきながら握られた手に力を入れる。

困ったように悲しそうに眉を下げて微笑むジョエル様の表情に引きずられるように私も悲しくなった。


「アイラ、そんな表情をしないでおくれ……。

確かに側妃は実の母だが、本当に親子の愛情はないんだよ。

僕が母と思えなくなったには様々な理由があるんだ。


もちろん王妃から愛情を得られたことで、側妃の母としての態度に疑問を感じたのは確かだ

けれど僕にとっては側妃を母としてどうしても許せなくなった出来事があるんだ。

その話を聞いてくれるかい?」



いつも自分の事を『私』というジョエル様が、今は『僕』と言っている。

ありのままのジョエル様の姿を見せようとしてくれていると感じる。


ジョエル様がこれから言うことはすべて本音として受け止めるべきだと私の背筋も無意識に伸びる。

そしてこれから言われる言葉に私がどう思うかも分からずにそんなことを思った。



「アイラ……僕はきみが……カラスだということを知っている」



自分ののどがヒュッと鳴ったのがわかった……。


思わず反射的にジョエル様と繋いでいる手を引き抜こうとしたが、ジョエル様の手が私を離すまいと力強くなる。


「聞いてくれ!! アイラ!! 頼む僕を見てくれ!!」


私は何も考えられずジョエル様の濃い夜空のような紺色の瞳を呆然と見た。


「アイラ……」


目が合った私につぶやくように私の名前を呼ぶジョエル様。

私は引き絞るように声を出した。



「エル……。

ジョエル様……秘密にしていてごめんなさい……」



なんとか出すことのできた声は自分の者とは思えないような力のない弱々しい声だった。


「アイラ……僕の話を聞いて……。

僕は君がカラスだと知ったのは僕たちが12歳の頃だよ」

今度は驚きのあまり思わず目を見開いてしまう。


「そんなに前から? では婚約は?

なぜ私をカラスと知ったまま婚約者としていたのですか!?」


「君を好きだったからに決まっている!」

力強く私の疑問に返答してくれるジョエル様に私は肩の力が少し抜けた。




「じゃぁ少し僕の昔話をしようか……」

懐かしそうに目を細めながらジョエル様は話し出す。


「じゃぁまず、なぜ僕がアイラとの婚約を望んだか不思議に思ったことは無いかい?」


「最近までずっと思っていました。

仮の婚約者との噂を信じてしまっていたのもありますが。

でも……今は……その……。

エルの気持ちを聞いたので……」


思わず頬に熱が集まるのを感じる。

手でかくそうとするも、手はジョエル様に繋がれている。

そんな私の頬にジョエル様は嬉しそうに手を添え微笑む。



「そうだよ。婚約を申し込んだころから僕の気持ちは変わっていないよ。

僕はね君に一目惚れしたんだよ。

8歳の頃の子供を集めた王宮のお茶会を覚えているかい?」


「あの蜂の騒ぎの……? でもあの時私はエルとテーブルを共にしていません」



おどおどしながら言う私をなだめるように私の頬に置いた手を優しく動かすジョエル様。

その手のぬくもりに少し安堵する。


「そうだね。君のテーブルには到達できなかった。

でもね、あの蜂が来て大騒ぎになったとき、動けなくなった僕に誰かがテーブルクロスをかけたんだ」


いたずらっぽく言うジョエル様の言葉にギクリとした。もしかして……。



「そうだよ。あの時、僕は誰がテーブルクロスを僕にかけたか偶然にも見たんだ。

そしてテーブルクロスのすきまからその後の事も見ていた。

銀盆を蹴り上げそれを投げて蜂にぶつけ退治した。

そしてそれを満足そうに年相応の少女の満面の笑みを。

僕はそんな君の笑顔に一目惚れしたんだ。


話しかけようとしてけれど、すぐにその場を騎士に連れ出されてしまって僕は君に話しかけられなかった。

そのあと、兄上に銀色の髪の少女は誰かと聞いたんだ。


僕たちと同年代の銀髪は君だけだった。だからすぐにアイラだとわかったんだ。

そして兄上に相談したら、すぐに国王に言うように言われ婚約が決まった」



まさかあれを見られていたとは思わなかった。

カラスとして私はあの行動を間違っていたとは思わない。

ただまさか見られていたとは。そしてそれがジョエル様だったとは……。


 

「カラスの仕事をしたアイラに一目ぼれしたんだ。

だからアイラがカラスだからと嫌いになったり軽蔑することは一生ないよ。

それ以上にカラスの君を見るともっともっと僕は君を好きになるだろう」


 

私の目を見てハッキリと言ってくれるジョエル様に

「はい……」としか返せなかった。

私の頬は熱を持ったように熱い。

おそらくジョエル様の目には真っ赤になった私が映っているだろう。

頬に添えられたジョエル様の手が時々優しく撫でる様に動く。


 

「そしてそのあと僕が側妃を見限ることになった出来事があったんだ」

声を固くしてジョエル様が続きを話しはじめる。


「ある日、側妃に呼ばれ私室を訪ねたんだ。

その日はアイラの王子妃教育が王宮で行われた日だった。

いつも通り『サイラスよりも』と小言を言う側妃の話を話半分に聞きながらなんとなく部屋のごみ箱に目が入った。


そこにはたくさんの刺繍されたハンカチが捨ててあった。

僕はその時、嫌な予感がしたんだ。」


「まさか……それって……」


「そう、君が王子妃教育中に課題として刺したものだった。

僕はそれを見て頭に血が上って側妃を問い詰めた。

僕の剣幕に側妃が驚く中、ごみ箱の中身を奪ったんだ。


それを見た側妃が

「あんな婚約者を勝手に選んで。いつかあの子もその刺繍のように捨てられるのに」

と笑いながら言ったんだ

 

そのあと急いでその刺繍を手に兄上の元に行った。

すると兄上が教えてくれたんだ。

兄上の婚約者が王子妃教育で提出した課題は王妃が自分の判断で女性ものは王妃が受け取り、男性ものは婚約者である自分に渡されていると。


僕はそれから側妃を母とは思えなくなった……」



「ではそれでは……。私のせいでは……?」


側妃が起こした事件は変わらない。その罪は変わることない。

けれどジョエル様から母親を奪ったのは自分なのではないかと……。



「違うよ。アイラ。

僕は、僕の大事な物や人を共に大事にしてくれない側妃を母親と思えなくなったんだ。


そのことを聞いた国王、王妃、兄上はともに憤ってくれた。

そして君の最後の作品だけ国王が手を回して側妃の手に行かないようにしてくれて僕の手元まできたんだ。

それが僕の望む家族の形だった。ただそれだけだよ」


私はコクンとうなずくしかなかった。



「アイラそんな顔しないで? 僕は幸せだよ。

君との婚約できて、そして正しい愛情を与えてくれる家族に囲まれて……」


そういって軽く抱きしめてくれる。私はそってジョエル様の背中に手を回した。



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