4 アイラの業務報告(3)
クローゼットに向かい、デイドレスの下に訓練用のコルセットや下着に着替える。
公爵家に引き取られてから施されている社交教育は独特だ。
情報収集、潜入調査、果ては暗殺に関する教育が施される。
これは国王と、この隠密部隊の人間とそれを束ねる公爵夫妻しか知らない事実である。
隠密任務を行う人間をカラスと呼ぶ。
代々公爵家が秘密裏に国のために情報を集め、情報操作など裏で国のために活動する。
6歳のころ、私が参加したハウスパーティーでは子供にカラスがつけられ、言動を公爵に報告されていたらしい。
そしてカラスにむいている子供をカラスの報告から公爵様が選別していたのだ。
私に付いていたカラスの報告により、私の森での動きや狩り、大人の中でのお茶会の姿。
そして、そこから誰にも見つからずに逃れた方法など。
すべてがカラス向きと積極的に報告されたがため選ばれた。
6歳のころより10年間施された教育により、カラスとしてはもちろんの事、そこに含まれる令嬢としての所作により、ジョエル様の婚約者としては侮られながらも令嬢としては『令嬢の鑑』と言われていた。
気分転換にカラス訓練をしようと、訓練場に足をのばした。
訓練場につくと何人かのカラスが迎えてくれた。
カラスになる人間は多岐に渡る。
私のように縁戚の貴族の中から選ばれ、お茶会や夜会などの貴族間で動くもの。
貴族の中でも爵位が低かったものや、孤児からカラスになったものは市井にまぎれて動くもの。
カラス同士にも顔や性別年齢を隠し完全に裏の仕事をするものがいる。
公爵家に引き取られ各々教育がされ、適正にあわせて所属が決まる。
ただし私は教育期間中になぜか、ジョエル様の婚約者に選ばれてしまった。
そのため、行える任務はジョエル関連のものと高位貴族の情報収集と学園関係と少ししか出来ていなかった。
とても微妙なカラスとなってしまった。
だが自分自身、体を動かすことが好きなので、時間があれば他のカラスに教えを乞うため訓練場に足を運んでいた。
今日も市井担当のカラスと戦闘関連の動きをさらうことにした。
「嬢ちゃん今日もなかなか動くのに合わない格好で頑張るねぇ」
「私が動くことがある時は、ドレスのことが多いですから慣れのために。
それにドレスのほうがいろいろと隠せるんですよ」
「嬢ちゃんがその格好で大暴れするのを、ぜひ見たいもんだなぁ」
容赦なく蹴りあげてくるカラスに、普段社交界では見せないような笑顔で
「私もたのしみですわ」
と返事をする。
そのまま軽くしゃがみ込み、蹴りをかわして、ドレスの中に隠した歯をつぶしたナイフを取り出した。
さっとカラスの喉元に寸止めであてる。
「あ~本当にもったいねぇなぁ」
そういいながら両手を挙げて降参のポーズをとるカラスにむかって子供のように
「ありがとっ」
満面の笑顔で答えた。
気持ちよく体を動かした後、軽く汗を流し昼食をとる。
再度封をした報告書を封筒の上から凝視し気合を入れた。
歓談室の部屋の前で軽く深呼吸をしコンコンとノックをした。
「入りなさい」
公爵の声に
「失礼します」
と足を踏み入れる。
座るように促され、私が座ったことを確認したメイドがお茶を淹れてくれる。
その後メイドは分かっているように部屋を出た。
「さぁ昨日の報告をもらおうか」
公爵が優しく声をかけてくれた。
「こちらになります。」
帰宅して早々に書き上げた報告書を公爵に手渡す。
公爵の意向で、夜会などで知りえた情報は、脳内修正が入る前に早々に書き上げる。
後日、手渡しつつ公爵様や夫人の質問に答えることになっている。
公爵が報告書を確認している間、私は静かにお茶をいただいた。
「なるほど」
そういって奥様に報告書が渡る。
奥様が目を通されている間、公爵様からの質問がくる。
「それで、そもそもの話なんだがアイラはジョエル様との婚約をどうおもっているのかな?」
予想外の質問に私は思わず固まった。
「どう…とは?」
「そのままの意味だよ。
破棄になってもいいものなのか……。
そもそもアイラはジョエル様へ何かしらの感情はあるのだろうか?」
私は聞かれて戸惑った。
破棄が嫌なわけではなく、私がジョエル様抱いている感情とは……。
「その反応だと考えたこともなかった。という感じかな?」
「そうですね……。
ジョエル様とのお茶会は態度も義務的だなと感じます。
エスコートも無難という感じでしょうか。
これが政略結婚であれば納得できるのですが……。
私がカラスであることはご存知無いでしょうし、カラスであるというだけで席は伯爵家の人間です。
伯爵家も王家と縁づいてメリットがあるわけではないです。
ですので、どういう感情かと聞かれても……。
あるのは戸惑いでしょうか。」
「そうか。お茶会などで愛情が芽生えると踏んでいたようだが、そもそもあるのが戸惑いであればどうしようもないな」
公爵は独り言を言ったのかうまく聞き取れなかった。
「あらぁ。アイラちゃんとジョエル様の婚約は、ジョエル様のゴリ押しよぉ」
報告書を読み終えた奥様がおっとりと爆弾発言を落とした。
公爵様があわてて
「おいっ」
と止めようとするが奥様はおっとりと話し始める。
「まだそんな事をしてるのですかぁ?
アイラちゃんが自分で判断できるように促すのも、私たちの親代わりの役割よぉ」
有無を言わさない奥様の口撃に公爵は押し黙った。
「アイラちゃんはジョエル様に聞いたことはないのよね?」
そう聞かれて頷くしかなかった。
確かに何も言われていない。
だから奥様の言葉は半信半疑だ。
「私は、嘘は言ってないわよぉ。
ジョエル様が自分で側妃様を通さずに国王にお願いされてのよ。
それで婚約が認められて調ったんですから。
国王から一応の体で、私たちにも秘密裏に話は来ましたからね。
アイラちゃんはお茶会や夜会の時きちんとジョエル様を観察した?
カラスにとって先入観というものはあってはいけないものよ。
まずはジョエル様をカラスの力を存分に発揮して、観察してから婚約破棄でもなんでもするならすればいいわぁ。
よくわかんない小娘の調査はアイラちゃんに任せずに、ほかの学園にいる子にお願いするわ。
アイラちゃんには、当分カラスの業務はお休みしてもっと現状把握をしなさい」
奥様の発言を聞いて眉間に皺が寄るのがわかる。
「ですが奥様。
今まで観察はしていましが特に感じるものはありませんでした」
「ん~そうねぇ。ヒントくらいならいいかしら。
アイラちゃんのしている観察はターゲットの闇の部分を見る観察なのよぉ。
それだけじゃカラスとしては半人前よ。
一人前のカラスはターゲットの一挙一動すべてから正確に相手の感情をよみとるのよぉ」
「ふむ」
と私は考えた。
確かに今までの任務は人の噂話からターゲットが問題に紐付くような行動をしているかどうかしか判断していなかった。
ターゲットの感情まで読もうとしたことは無い。
そして何より元優秀なカラス『カラスの女王』という名をほしいままにし、今も王妃と側妃の派閥関係なく優雅に社交界を飛び回っている奥様の言葉は胸に刺さる。
「承知いたしました。
少しお時間をいただき、私は元々の任務、ジョエル様付きのカラスに集中させていただきます」
奥様は納得されたのか、満足そうにうなずかれた。
話がひと段落したところで公爵様が口を開く。
「今回アイラの報告にあったハイナス伯爵及びマリア令嬢に関しては別のカラスが担当する。
ほかのカラスからもハイナス伯爵の件では、別の報告もあったからな。
マリア令嬢に関してはアイラも関わることがあるかもしれないが臨機応変に対応してくれてよい。
また相談事などあればいつでも声をかけてくれて構わないからな」
「承知いたしました。」
そう答えて部屋に戻った。