36 アイラ囮任務(3)
私は部屋を出て玄関に向かった。
外にいるだろう人間の気配を探る。
担がれて屋敷に入る時に薄目を開けて確認した林の中に5人の気配があった。
うち2人はカラスの気配である。
よって捕獲対象は3人だ。
カラスは訓練中にカラス同士にのみわかる気配の出し方を覚える。
2人はおそらく相手側にばれないように屋根の上に移動し待機しているようだった。
残りの3人は気配の消し方が騎士などよりは少し上手いので同業者かもしれない。
同業者だったことを考えると、逃げられるわけにはいかないな。と考え玄関扉からそっと離れる。
そして林側に窓がある部屋にそっと忍び込む。
かがんで窓からそっと捕獲対象の存在を確認すると3人の人間が隠れているのが目に入る。
気配は消せても隠れているのを見つけられる程度なので隠密としてはレベルが低いなと思う。
仕方ないと独りため息をつき、レッグガーターに右手を添えながら思いっきり窓を開ける。
急な大きな物音に3人がそれぞれこちらを確認したので3人の居場所がすぐにわかる。
すかさずそれぞれに小型のナイフを投げる。
「「「うがっ」」」とほぼ同時に3人はうめき声をあげる。
私が狙ったのは肩や太もも。致命傷にならない場所だ。
私はそのまま窓から飛び出し3人めがけて走り出す。
走りながら素早く3人の背後に回り、足首に先ほどより大きいナイフで切りつけ、両足の足の筋を切りつけた。
3人が倒れこんだ事を確認して3人の肩を両肩ともに外して回り一息つく。
これで逃げることも武器を使うこともできない。
私の捕獲完了を確認してやや小柄な男女が屋根から降りてきて私の元にやって来る。
2人は黒のストールを鼻下まで覆うように巻き付けていた。
「我々、伝令のカラスです。今からカラスを飛ばしお館様に報告します」
「お願いします」
「片付けカラスが来るまで少々お待ちください」
「承知しました」
業務連絡の会話が終わる。
伝令カラスの2人はカラスを飛ばし終わった後、なぜか私を見つめていた。
私は2人になぜ見つめられているのか分からず、とりあえず無言で2人を見つめ返す。
私よりも年下で、二人とも同じような顔つきなので双子なのだろうか。
二人を見ると、地味な恰好にストールを巻いて更に髪をさりげなく隠すように帽子をかぶっているので印象に残らない。
素晴らしい擬態だなと思っていると、二人は帽子をとりながら私に向かって声をかけた。
「「姉さま」」
帽子からこぼれた髪。女の子はストレートロングで、男の子は少し長い襟足を紐で結んでいた。
びっくりしたのは髪色で私は完全な銀色だが、二人は青みがかった銀色だった。
「もしかして……」
「そうです。姉さまの妹のクリスティーナと弟のクリストファーです」
お辞儀をしながらストールをずらす二人は確かに私の兄上と姉上に似ていた。
私が公爵邸に引き取られた頃はまだ二人は赤ちゃんだった。
それから一度も顔を合わせたことはなかった。
「あなたたちもカラスだったの?」
「はい。姉さまが公爵邸に引き取られた5年後に動物の扱いに長けているということで我々もカラスの適性を見いだされました」
「つい先日ひなガラス期間が終わり、今回が初任務です!」
落ち着いた口調で話す弟のクリストファーと元気に答えるクリスティーナ。
「訓練期間のひなガラスが終わるまで姉さまと接触できなかったのです。
ですが、今回お館様のご厚意をありがたく受け取り、こうしてお会いすることができました」
「私達は姉さまのお話をたくさん先輩方から聞きました!
私達も早く一人前になりたくて頑張りました!
でも……私たちは戦闘にはあまりむいていなかったようで、こうしてカラスを従える伝令カラスの任を受けました」
「先ほどはお助けできずに申し訳ありませんでした。姉さま……」
しゅんとするクリストファーがかわいくて思わず頭をなでる。
クリストファーは嬉しそうにはにかむ。
「姉さま! 私も! 私も!」
かわいらしく頭を差し出すクリスティーナの頭も空いた手でなでる。
満足した2人はそれぞれ私の手をとりギュっと握ってくれる。
「実は……噂に聞く姉さまに会いたくて、何度か公爵邸の訓練所で隠れて姉さまの訓練を見ていたのです」
「姉さまはいつもドレス姿でものすごく綺麗なのにとっても強くてかっこよかったです!!
さすが戦闘狂カラス姫と言われるだけありますね!!」
思わず「え゛っ!?」と変な声が出た。
「クリスティーナ? その戦闘狂カラス姫って何?」
聞くとクリスティーナは元気に語り始め、クリストファーまで頬を染め話し始めた。
「訓練、実践問わず苦手分野の戦闘は皆無で俊敏さと手数の多さで相手を圧倒するつよさ!」
「そして相手を負かしたときに見せる普段見せない満面の笑顔がとても可憐でかわいらしく!」
「漆黒のカラスと呼ばれるカラスの頂点のカラスたちも一目置く存在!」
「しかし普段は優雅で姫のようなたたずまい!
そこから戦闘狂カラス姫と呼ばれカラスの中では大人気なのです!!」
興奮しながら私の手を握ったまま上下にぶんぶんと振りながらに話す二人に私はうなだれるしかなかった。




