35 アイラ囮任務(2)
ガタゴトと馬車が揺れる音に意識がぼんやりと戻ってくる。
私の体はカラスの訓練でほとんどの薬物類の効きを悪くしている。
病気やけがの時は大問題だがその時はカラス専属の医者が特別な薬を準備してくれるので今まで特に問題になった事はない。
まだ少しぼーっとする頭で今の自分の状況を確かめる。
特に衣服に変化もなく、触られた形跡もない。
腕は体とともに縄で縛られているが足は自由だった。
まぁ普通の令嬢であればこれで十分だ。
普通の令嬢であればだが……。
薄目を開けて確認すると、さほど時間は経っていなかったようで、夕日で赤くなっていた空も変わらない。
その後、30分ほど馬車で走っているとガタンと音がして馬車が留まる音がする。
そして私は男に肩に担がれ馬車から降ろされる。
「おいっ! 薬の量は合ってるのか?」
「おう。言われた通りの量だぞ」
「まぁ依頼主たちが到着するまで部屋にころがしとこうぜ」
「こんな嬢ちゃん攫うだけであんなに払ってくれるとは太っ腹だよな」
「あははは」「がはははは」
あぁ……。なんと下品な笑い方だろうか。
依頼主たちと言っていたからこれからくる標的は複数人ということが判明した。
そして今、この誘拐犯を捕まえても意味がないことも理解した。
とりあえず依頼主が判明するまでは寝たふりでもしようと、そのまま男たちに運ばれることにした。
予想よりも優しく長椅子に寝かされたことに少しびっくりしつつも目は閉じたままにしている。
しばらくすると、男たちがアルコールでも飲み始めたのか声も大きくなる。
アルコールの匂いが部屋に充満していく。
この匂いは、カルダス地方の有名なウイスキーの匂いだ。
こんな男たちが手に入れられる代物ではない。
寝かされている長椅子も手触りが良く高級感がある。
薄目を開けて確認したときにも思ったが、部屋もきれいでほこりっぽさも無い。
ということは、今も現在使われている建物で、カルダスのウイスキーを手に入れられる貴族相当の人間が依頼主。
もしくはこの計画を立てた犯人だろうと推測した。
そんなことを考えながらぼーっとしていた意識をはっきりさせていると、玄関が開く音がした。
足音から複数人が部屋に入ってきたことが分かる。
「おお。確かにアイラ嬢だな」
「確かに」
「助かった。これが依頼料だ」
3人の男たちの声が聞こえた。
合計で今6人捕獲対象がいる。
破落戸と思われる私を誘拐した3人が下品に声をかけている。
「このお嬢ちゃんどうするんだ?」
「もしお楽しみなことをするなら仲間に入れてくれや」
「まぁまだ酒も残ってるし、見学といくか」
それに依頼主と思われる一人が「私を一瞥したようで「ちっ」と舌打ちをする。
「起きろ!」と私の胸倉をつかんできた。
その言葉に私は気だるそうに目を開けて状況をさっと確認した。
依頼主と思われる3人を確認すると少し驚いた。
王宮舞踏会で私が気絶させたゴルダン伯爵令息マレック、ギード子爵令息ミランとガルーダ子爵令息マリオだった。
「どうも。アイラ嬢。僕たちを覚えておられますか?」
にやにやしながら私の胸倉を掴んだまま引っ張り、顔を近づけて言うマレックと思わしき人物に冷静に声をかける。
「ごきげんよう。もちろんですわ。
ゴルダン伯爵令息マレック様、ギード子爵令息ミラン様とガルーダ子爵令息マリオ様」
そう言うと頬を思いっきり頬をひっぱたかれた。
顔を真っ赤にして目を見開いてマレックが怒鳴る。
「もう俺たちは貴族令息じゃないんだよ!!
あのあと家を勘当されて平民におとされたんだよ!!」
「まぁ落ち着けよ、マレック。
でも『さるお方』のおかげでこうして屋敷も金も準備していただけてるんだから」
「おい。アイラ嬢。俺たちは『さるお方』に頼まれて、お前を傷物にするんだよ」
下卑た笑みで私を見る。怯えた表情をしてみると満足げに6人とも笑っていた。
「『さるお方』とは……誰なんですか……なぜ私が……」
声を震わせながら言うと、にやにやとしながらマレックが上機嫌に話し出す。
「『さるお方』の名前はいえるわけねぇーだろ。
俺たちも間者を使って指示かくるんだからな」
「なぜアイラ嬢かというと、『さるお方』の考えと俺たちの考えが一致したからだよ!
あの舞踏会で俺たちの人生を無茶苦茶にしたお前の人生も無茶苦茶にするためだよ!!」
「これで俺たちに穢されれば、お前は第二王子の婚約者ではいられなくなるしなぁ」
怯えてふるふると震えたふりをしたまま考える。なんとなく読めてきた。
ということはおそらく外にも何人か隠れているだろう。
この6人で時間を使っていられないと思い小さく嘆息した。
「じゃぁお楽しみといこうか」
胸倉をつかまれて無理やり立たせた私の制服のジャケットを脱がそうとする。
しかし縄が邪魔で脱がせないことに気づいたマレックがイライラしながら怒鳴る。
「おいこいつの縄を切れ! 襲っちまえばこんな令嬢なんともねぇよ!!」
「おぉ坊ちゃんたちわかってるねぇ。抵抗される方が楽しめるからな」
言いながら破落戸の一人が私の腕と体を縛っている縄を背後からナイフで切った。
手間が省けた。
「それではお楽しみくださいませ」
「えっ!?」と困惑したまま縄を切った男が意識を失って後ろにバタンと倒れる。
縄が切れた瞬間におもいっきり側頭部めがけて回し下蹴りを当てて昏倒させた。
破落戸の男が取り落としたナイフを地面に落ちる前にキャッチする。
「なっなんだお前!! やれ!! 金を払ってるだろう!!」
ものすごく動揺しながらマレックが叫び、あっけにとられていた破落戸が私にとびかかろうとする。
一人は後頭部を飛びながら組んだ両手の中にあるナイフの柄で打撃し昏倒させ、もう一人は顎を蹴りあげ意識を刈り取った。
呆然としているマレックを置いて逃げ出そうとしているミランとマリオが目に入る。
すばやく手元にあったナイフを扉のノブに向かって思いっきり投げた。
「「ひいぃ」」と二人は腰がぬけたようで座り込んだのをみてマレックに丁寧に笑顔で声をかける。
「まだお楽しみになりますか?」
「おのれーーーーーーっ!!」
勢いよく私に突進してきたので、肩をつかんで膝蹴りを腹に入れる。
マレックはよろめき「うえぇ」と胃の中のものを吐き出した。
「まだあなた方にお伺いしたいことがございますので、意識は取りませんわ。
それでは大人しくお答えくださいませ」
言いながらマレックの襟首をつかんでミランとマリオが腰を抜かしているところに引きずって連れていく。
マレックは胃の中のものを吐き出すのに忙しいのか抵抗をしない。
ノブに刺さっているナイフを念のため抜き取り三人に向かいあう。
「さぁそれでは、質問です。
分からない場合は分からないとお答えくださってもかまいませんわ。
ただしわかることに関しては素直にお答えください。
一つ目。今日私を攫うことに関して時間や、日程の指定はございましたか?」
ナイフをくるくると回しながら問えばミランとマリオがコウコクと顔色を真っ青にしながらうなずく。
「では二つ目、このお屋敷は東広場の端にあるお屋敷ですわね?
このお屋敷をご準備されたのはその『さるお方』なのですね?」
「なぜ場所を!!!」
マレックが苦しそうに言うのを私はうんざりしながら手元で回していたナイフを止める。
「質問のみにお答えください」
少しだけ威圧をこめて言うと苦しそうに「そうだ」と答えた。
「では最後の質問です。『さるお方』とはだれですか?」
と問えばミランとマリオが焦りながら
「本当に知らないんだ!!!」と叫びながら言う。
ナイフを持ったままマレックに近づき「あなたは?」と問えば「本当に知らないんだ」と答えた。
もう満足だという意味も込めてまずはミランとマリオを拘束する。
マレックは肋骨も折れているだろうから息を吸うのもしんどいだろう。
そしてまだ聞きたいことがあるのでマレックはそのままにして残り3人の拘束も始めた。
レッグガーターに隠したカラス御用達の針金で後ろ手にまとめた両手の手首と親指同士を止めていく。
「お前なんでそんなものを……」
つぶやくマレックに答える。
「淑女のたしなみですわ。
そんなことよりもまだマレック様にお伺いしたいことがございます。
この誘拐は私を誘拐して辱めるように指定があったのですね?」
マレックの前にしゃがみこみ視線を合わせるとマレックはコクリとうなずく。
「そして第二王子の婚約者ではいられなくなるだろうと『さるお方』はおっしゃった?」
再びうなずくマレックを確認し、マレックの首に手刀当てる。
意識を刈り取り同じように後ろ手で縛り仰向けに寝転ばせた。
「まぁ意識がない方が痛みも感じないでしょうし、呼吸しやすいように仰向けにしておけば内臓に骨も刺さらないでしょう」
静かになった部屋で独り言をつぶやき私は静かに部屋を出た。




