28 アイラの王宮舞踏会任務(3)
この王宮舞踏会では高位のものから話しかけられないかぎり、下位の者から話しかけるのはルール違反になる。
私の場合、貧乏伯爵家の人間。
しかしジョエル様の婚約者のため立場は複雑だ。
高位貴族はきちんと私をジョエル様の婚約者として認めていようがいまいが、一応高位の者判断していて話しかけてくることは無い。
ただ、今回は私のドレスの事を聞きたいのか、夫人や令嬢の視線が痛い。
いつもならその視線をうまく逃れて情報収集にいそしむのだが……。
昨日も夫人から口酸っぱく情報収集はせずにジョエル様に集中するようにと言い含められていた。
そろそろ下位貴族のダンスが終わるという頃、ジョエル様が私を迎えに来られた。
「アイラ嬢……その……
もう一度私と踊ってくれないだろうか?」
手を差し伸べられ、私は驚きで目をぱちくりとする。
私の周りにいた夫人や令嬢の「きゃー」という声も聞こえる。
ここで手を取らないという選択は無く私はジョエル様の手を取った。
自分の頬が少し緩んだ気がする。
そんな私を見てジョエル様が少し息をのんだ。
近くにいる貴族たちが一瞬ざわりとしたが、私はそれに気づかない振りをしてジョエル様の手を取ってダンスフロアに進んだ。
「アイラ嬢と3回ダンスを踊るのは初めてだな」
はにかみながら言うジョエル様に少し頬が緩みながら「はい」と答える。
2回同じ相手とダンスをすることは特に意味は無い。
3回同じ相手と踊るということは、かなり深い意味が含まれる。
仲の良い夫婦や、婚約者のみに許された特権である。
更に、彼の色を2色纏い、3回ダンスを踊るということは二人の仲を周りに見せつける行為になる。
今まで、ジョエル様の色を1色しか纏わず、ダンスも2回しか踊らなかった私は仮の婚約者と言われていたのも納得できる。
しかし今日はジョエル様の色を2色纏い、ダンスも3回目になる。
貴族達も困惑しているがもちろん私も嬉しい反面、困惑している。
「アイラ嬢は……周りの声は気にしないで」
耳元でささやかないで欲しい。
自分の耳が熱くなる。
それを見てジョエル様が微笑むのがわかった。
「大丈夫です。私、エルとのダンスが好きなので」
仕返しに近づいた時に少し顔をあげて小声で伝えるとジョエル様の王子の仮面がはがれて真っ赤になった。
周りが一層とざわついたので申し訳ないことをしたなと少し反省した。
「楽しかったありがとう……」
手を繋いだままジョエル様に言われた。
「こちらこそ」
思わず返事をしながら頬が緩んでしまったことに気づき、すぐにいつもの微笑みに戻す。
おそらく気が緩んだ顔はジョエル様にしか見られていないはずだが……。
最近、任務に入っていないせいか気が緩んでしまっているかもしれない。
気を引き締めなおしてダンスフロアからジョエル様と戻った。
フロアから離れるとダンスを私とジョエル様に申し込む令嬢や令息に囲まれた。
ジョエル様が
「側妃に呼ばれているので失礼する」
と珍しく令嬢のお誘いを断る。
今までの舞踏会でもちらほらと私を誘う令息はいたが私はほとんどお断りをしていた。
踊る必要があればアーロンのように貴族に紛れたカラスとしか踊っていたため、他の令息と踊ったことは無い。
今日も目立たない程度に少しアーロンと踊ろうかと思ったが、輪の中にアーロンが居ない。
少し離れたところにアーロンが貴族としゃべっているのを見つける。
アーロンも気づいたのかこちらを苦笑いで見た。
どうしようかと悩んでいるとジョエル様が周囲を威嚇するようにはっきりと言い出す。
「アイラ嬢もお疲れのようだから少し休んでもらう。
私が戻るまで待っていてくれ」
前半は令息たちに、後半は私に向かってジョエル様が言うので令息も諦めたのかほかの令嬢を誘いに動いた。
私にドリンクを手渡し、壁際までエスコートしてくれる。
「ここで待っていてくれ」
と一言告げてジョエル様は側妃のところへ去っていった。
再び壁の花になってしまい、今も様々な人から注目されているため存在感を消すことができない。
しばらくぼーっとダンスをしている人たちを見ているとパシャと音がして足元に水がしたたっていた。
「まぁ!! 申し訳ございません!!」
会場には色のついた飲み物は無いはずなのに赤ワインなのかほのかにアルコールの匂いを感じる赤い液体が私のドレスの裾と靴を濡らしていた。
反射的に
「大丈夫です。お気になさらず」と言ったにもかかわらず
「まぁ本当に申し訳ございません!! どうしましょう!!
せめてドレスと靴にかかった水分だけでも取り除かせてください!!」
大げさに言う令嬢を誰か確認するとマリア嬢でさすがに私もびっくりした。
更に警戒心を深め「大丈夫です」と伝える。
しかし目に涙を浮かべながらマリア嬢が大きな声で話だす。
「申し訳ございません!! 私がわるいんです!!」
あまりにもマリア嬢が大騒ぎするため、周りの貴族がひそひそと話し出す。
これはよくない状況だなと考える。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
「承知いたしました。私について来てください」
仕方なくマリア嬢について行くことにした。
念のためアーロンに少し目配せだけしたが彼は気づいただろうか……。




